2話・「出張業務がございます」
2章が始まりました。スピード重視のため誤字脱字ご容赦ください。あとで推敲いたします。
4/6か4/7に2話掲載予定です。
外線電話が鳴っている。
東雲十三はデスクの電話機に手を伸ばしかけたが、先に向かいの席の先輩・清水千華がすでに受話器を取っていた。
すみません、と十三が頭を下げると、チカはゆるく笑みを浮かべ、手で「いいから」とジェスチャーをして応答を始めた。
「お電話ありがとうございます。……えぇ、えぇ、あー、その件は間に合っておりますので。えぇ、担当も不在です。担当者の名前……斎藤です。えぇ、はい。それでは失礼いたします」
電話を切ったチカは、「よく営業電話かけてくるわよねーこんな夜中にさ」と呆れた様子だった。
十三はすかさずお礼を言う。
「すみませんチカさん、電話、出ていただいて。新人のオレが出るべきなのに……」
「いいのいいの。あたし、シノくんと違って電話応対ぐらいしかまともに出来ないしさぁ。これぐらいやらせてよ」
チカはゆるいウェーブのかかった髪を揺らして愛嬌よく笑う。
清水千華。ヤードの紅一点。社員からは、ファーストネームでチカと呼ばれている。42歳ーーこれは十三が社員名簿で調べたワケではなく、チカ自ら初対面のときに名乗ったのだ。シノくん何歳えっ23? 若いわねー。あたし42。ここで最年長だからよろしくねー。
とはいっても、十三の目にはチカは年齢相応にはとても思えず、むしろ若々しく見えるほどだった。
毎月知り合いのサロンで施術してもらうというウォーターパールのネイル。よく手入れされた、肩ぐらいのセミロングを高い位置で一つ結びにしている一方、サイドを刈り上げにしている。いつもパンツスーツで、スーツにあった色のパンプスを履き、背筋を伸ばして颯爽と歩く姿は、やり手の保険外交員かベンチャーの女性管理職という印象を与える。
趣味はジム通い、最近では暗闇ボクシングが気に入っているという。そのせいか、チカは同世代の女性よりはかなり大柄でガタイがいい。
チカを見るたび、十三はSFアクション映画の女戦士を思い出すのだった。
チカの所掌は、営業事務。こちらの都合などお構いなしに無遠慮にかかってくる営業電話と、毎日戦うのが主な仕事だ。
一週間前に入社したばかりの十三の世話を、なにか焼いてくれる。とても気の良い先輩だ。
ただ一つ。
「シノくんごめーん。今月の事務用品費の計算してるんだけどさぁ、表の数字が総計と合わなくって。こっち来てあたしのパソコン見てもらってもいい?」
「あぁ、はい。いいですよ」
「ごめんね、シノくんに教えてもらったショートカットキー? ってやつ? あたしうまく使えなくてさあ」
ーー両手の薬指がないことを除けば。
「……ハイ」
十三の返事はうわずった。その鋭利な切断面を見て、なぜ指がないんですか、など聞けるはずもない。
十三が自席に戻った頃、隣の席で、”ミケ”が怒鳴っていた。
「……おいカズヤぁ! そこの心スポは行かなくていいって言っただろ! 昨日他の配信者が取り上げたばっかなんだって! ライバルの配信チェックすんのなんて基本だろうが! もっとアンテナ張ってけ!」
舌打ち混じりに通話を切ったミケのスマホに、また新たな着信が入る。ミケはすかさず通話を始めた。
「……あ、デラちゃん? 久しぶりー。売れ行きどう? あぁそう、おっけおっけ。じゃああとで残高確認しとくから。……了解。上にマージンの交渉はしとくよ。ほいほいー、んじゃまた」
切った途端に、また電話がかかってくる。
「あー木坂さん。折り返しあざーっす。この間の怪談ライブどうでし-た? ……へー、まじッスか。じゃあ、いい人紹介させてもらっていいですか? 今度そっちに顔出したとき、連絡先交換させてもらいますんで。あー、名刺の偽名……んじゃ、四宮で。フリーライターってことにしてください。はいはい、ほんじゃまた」
ようやく着信が途絶えたミケが、電子タバコを吸って一言。
「クッッッソだりぃ」
大声で悪態をついたこの男は、三池咲零。通称”ミケ”。十三より一つ年下の22歳だ。
グラデーションのかかったカシスオレンジ色の短髪。大きな三白眼はネコ科の動物のように鋭く、あだ名どおりしなやかな猫のような体躯の男だった。
ミケはあまり視力が良くないようで、仕事中はメガネを欠かさずつけていた。スクエアタイプの黒縁眼鏡は、イタリアの老舗ブランドもの。他にも、ハリウッド俳優が手掛けた高級ブランドの、925シルバーのピアスに指輪、ネックレスにブレスレットといったアクセサリーをいくつも身につけて、仕事であろうともオシャレに余念がない。
ファッションにこだわりがあるだけに、身につけている海外ブランドのメガネはよく似合っているし、小顔で足も長くスタイルがいい。おとなしくしていれば、ホストかモデルでも通用しそうだ。
それなのに、本人はいつも電話にむかってチンピラ然とがなり立てているので台無しである。首筋や腕に入っている、どこぞの部族のまじないのようなタトゥーもガラの悪さに一役買っていた。
ミケは、オカルト界隈との人脈が広いらしく、主に”件”の情報収集を担当している。
三面モニターやスマホ、タブレットをフルに使い、休憩時間以外はデスクからほとんど動かない。オフィスチェアであぐらをかきながら、マルチタスクをこなしている姿は圧巻でもあった。今も、タバコの吸い殻を灰皿に放り投げたと思うと、エナジードリンクを飲み干して一分にも満たない休憩を終えると、また別の案件に取り掛かっている。
そのミケの飲み終えたエナジードリンクの缶を、はす向かいの”とら”が手に取って立ち上がった。
”とら”。32歳。宗谷寅ーーと会社では名乗っているが、これは本名ではなく渡世名というやつらしい。本名は社員名簿にも乗っていないので、十三も把握していない。
筋肉質で厚みのある巨躯に、葬儀屋のような漆黒のスーツを纏っている。やや長く伸びた黒髪を後ろに撫でつけ、彫りの深い異国的な顔立ちをしている。そのせいか、海外のマフィア然としていた。威圧的であり威厳があり、後ろに代紋の威光まで透けて見えそうな男だが、職務はいたって平和的、ヤードの庶務担当で、社内清掃が”とら”のデイリータスクだ。
コピー用紙の補充、ごみ捨てや備品事務用品などの管理、他に健康診断の担当などもしているらしい。衛生管理者ーーということになるのだが、その肩書はびっくりするほど似合っていない。どちらかというと、病院に送り込ませる側に見える。
とはいっても、本人は職務に真面目忠実で、勤務時間のほとんどを社内美化に費やしている。”とら”が巨大な身体をかがめてホウキを掃いたりゴミ捨てをしている姿を見ると、十三はなんだかすごく申し訳ないことをしている気分になる。
「おいミケ……このエナドリの飲み残し、捨てるぞ……」
「ぅぃーす。にーさんいつもあざーす」
後輩のミケが電子タバコの吸い殻や空き缶を生み出すたび、”とら”は甲斐甲斐しくゴミ箱に捨てている。傍から見ればチンピラにヤクザがこき使われているような異様な光景だった。見ていられず十三は立ち上がる。
「とらさん、オレ、なにか手伝いますよ」
「いいのか……? 仕事たくさんあって忙しいんだろ……?」
「まぁそうですけど、ずっとパソコンに向かってても正直疲れるので……。少し手伝わせてください」
「そうか……。じゃあ、シュレッダーのごみ、運ぶの頼む……」
”とら”はぱんぱんに詰められたシュレッダーの袋を顎で指さした。「わかりました」と十三は快諾してゴミ袋を持ち上げる。
事業ゴミは、毎朝業者が回収に来る。それまでは一階の駐車スペースに置いておくのが社内ルールとなっていた。
ゴミの片付けというといかにも雑用だが、エレベーターのない会社で、四階から一階までごみを下ろしていくのはなかなか面倒なものがあった。そして、得てしてこういう仕事は、指示されなければ誰もやらないものだ。
サンタのプレゼント袋のように膨れたシュレッダーごみを持った十三は、”とら”と共に階段を降りていく最中、せっかくの機会に雑談をすることにした。
「とらさんは、結構マメな人なんですか?」
「豆……? いや、豆じゃあないが……どうした?」
「ほら、前もお茶がないこと気にしてたし、几帳面なのかと」
「几帳面……綺麗好きってことなら、そうかもな……。自分の家がそういう仕事だったから……」
「家」
「掃除屋……」
「へえ。清掃業ってことですか?」
十三が尋ねたタイミングで、電話の着信音が聞こえてきた。”とら”が懐からスマホを取り出す。
「悪い……電話だ……。先いっててくれ……」
「わかりました」
十三が先に階段を降りていると、頭上から誰かと通話する”とら”の声が聞こえてくる。
「もしもし……あぁ、ハイ……寿の親父サン……。え……いや、それはダメですよ」
少し剣呑な雰囲気が漂っている。興味をそそられた十三が耳をそばだてて聞いていると、
「だからぁ……いつも言ってるでしょ……。8月は蛆が湧くからダメだって。何回言ったらわかるんですか……。潰すなら、秋口か冬でお願いしますよ……」
電話越しに悲鳴が聞こえる。「たすけてええええ」という野太い男の絶叫だった。”とら”は何事もないかのように話し続ける。
「なんだ、まだ生きてるじゃないですか……。あぁ……じゃあ血抜きだけして、出来ればワタも出しといて、冷凍庫にでも保管しててください……そのうちバラしにいくんで……ハイ……それじゃ……」
電話を切ったとらが、階段を降りてきて一言。
「なんの話だったっけ……あぁ、そう……掃除が得意なんだよ……」
十三は神妙な顔で頷いた。
「わかりましたよくわかりました」
掃除って、そっちか〜〜。
よく理解した十三は、金輪際”とら”の実家の話をするのはやめようと心に誓った。
デスクに戻った十三は、開きっぱなしのPC画面を一瞥する。
今日中に片付けようと思っているタスクバーは、モニターの端から端までびっちり埋まっていた。
「……ふぅ」
十三は周囲に悟られない程度に、小さくため息を漏らして、凝りに凝った肩を回した。
ーー東雲十三。一週間前に着任したばかりの、23歳の平凡なサラリーマンだ。
ワケあって新卒採用された会社から出向し、この株式会社グレイブヤードで働き始めて一週間が経つ。
元は営業マンだったが、現在の所掌は経理、労務、総務、庶務、営業事務ーーつまり、内勤業務のほぼ全てを担当している。
というのも、ヤードの他の社員たちが一般企業に務めた経験がないことから、サラリーマン経験者である十三が事務作業を取り仕切ることになったのだ。
現在、十三の抱えているタスクは、経費精算含む各種支払い業務、役所への提出書類作成に、社員の勤怠管理、業務委託している”商品”の帳票上の管理。
零細企業の悲しいサガというやつで、管理系ソフトやクラウドシステムなどは導入しておらず、ほぼ表計算ソフトやアナログ作業で事務作業をこなしていた。
月末までやることは、まだまだたくさんーーたとえ毎日残業をしても足りないぐらいにーー残っている。
特に、一番後回しにしたい経理の帳票を前に、十三は頭を抱えていた。
「貸借が……また合ってない……」「レシート……ぜったい足りてない……」「この仕訳……ぜったい違う……間違ってる……なんで……どこが……」
少しずつこなしていく分には問題ない。時間さえあれば解決するのだから。
だが、問題児になっているタスクが、あまりにも多すぎた。古い帳票を見て、領収書を見返す。場合によっては、レシートを出した本人に問い詰める必要まで出てくる。この細かい作業の積み重ねが、小さなストレスとなって十三を追い詰めていた。
一人ぶつぶつと唸っていると、デスクの向こうからチカが声をかけてきた。
「ねぇシノくん、なんか打った文字上書きされちゃうんだけど、なんでー?」
「あぁ、それはここのキーを……」
「おい誰だよ目録ファイルのコピー保存してねぇの!! ……にーさん! また上書きで消しましたァ!?」隣でミケが怒鳴りだしている。とらが身をかがめてぼそりと、
「……。かもな……」
「かもなじゃねーし!! 声小せぇし! またやったんスか! 何回同じことやってんスか! マジ無能じゃねぇスか!!」
「………。……すまねぇ……」
「おーいコラー、チビたちー。電話鳴ってるから少し黙ってくれないかなー。はーいこちら墓場商……あー、えぇ、営業はお断りしておりましてぇ……」
三人の先輩たちは、賑やかに騒ぎーーもとい、それぞれの仕事をこなしている。
こうなると、十三の集中力は霧と散る。
「ふーーーーー……」
十三は天井を仰ぎ、積まれに積みきったタスクをどの順番で処理しようか蛍光灯と相談したとき、
「シノ、おつかれ」
上からひょっこりと、陶磁器のような肌をした美少年が覗き込んだ。
「社長ォ! おっつかれ様ですぅ!」
上ずった声で返事をする十三を尻目に、その美しい少年は細く繊細な髪を揺らして「うん」と頷いた。
「進捗、どう? 最近ずっと残業続いてるみたいだけど」
「進捗まずまずです! 自分まだやれます!」
「そう。はりきってるな」
ヤードの社長である美しい少年は、そう淡々と労った。
黒澤棺。推定20歳。
使用者側であるため、履歴書や労働者名簿はなし。経歴本名は一切不明。性別不詳の美貌を称えているが、一応男であることは十三が自分の目で確認している。
二年前、なんらかの事情でグレイブヤードを興し、経営者として君臨している代表取締役社長社長。
十三の、敬愛する上司だ。
棺はいつも社長室にこもりきりで、社員たちの前に姿を見せることはあまりない。だが、仕事に忙殺されているのは、新人の十三でも知っていた。
オフィスのある四階の下、三階は、仮眠室やシャワー室、簡易キッチンが備え付けられており、ちょっとした居住スペースのようになっている。どうやら棺はそこで生活しているようで、家にはほとんど帰っていないようだった。裏を返せば、24時間のほぼ全てを仕事に費やしていることになる。ワーカホリックも良いところだった。そのせいか、いつも顔色が悪い。
実際、チカも、オフィスに現れた棺を見かけて物珍しそうな顔をしていた。
「あら社長、事務所に顔見せるなんて珍しいじゃない。どうしたの?」
「ちょっと、シノに用事があってな」
「オレに用事!? なんでしょう!」
「ランチいこ。もうすぐ休憩だし」
「ランチ! いきます! いかせていただきます!」
十三は飛び上がるようにして席を立った。ちょうど、壁掛け時計のチャイムが鳴っている。時刻は深夜二時。ヤードの昼休憩が始まる時間だった。
「どこのお店ですか? 社長の行きつけですか? そこって美味しいんですか?」
「すぐそこ。行きつけ。まぁまぁ美味い。静かだから通ってる」
「ワァ〜〜楽しみ〜〜。オレずっと社長とサシで話したかったんですよ〜」
「シノ」
「お前さ」
「はいっ」
「階段中に声響いてるんだけど、気づいてるか? みんなに聞こえてるぞ」
その言葉と同時に、頭上からプフフと吹き出す声が聞こえた。
階段の踊り場から覗き込んでいたチカが、「ごゆっくり〜〜」と声を降らせてくる。
「いくぞ、シノ」
「……はい。スミマセン……」
顔が発火したかのように熱い。
赤面しつつ、棺のあとをノソノソとついていく十三であった。




