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バッドランズ・グレイアウト  作者: 梅屋凹州
二章

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14/26

1・5話 亡郷/望郷 中編

日付超えてしまいましたが更新しました。

次回更新は3月28日か29日を予定しております。よろしくお願いします。


 ーーブロロロロ。


 おっさんのイビキのような排気音を鳴らして、”たま”の運転する軽トラが坂道を登っていく。ふもとの漁協から借り受けたという年代物の軽トラの運転席は、革と塩水の匂いが混じったワイルドな匂いがしていた。


 十三の故郷は、切り出したピザのような形をしている田舎の村だ。


 霧がかった深い山を背に、海へ向かって段々と先細りしていく。なだらかな斜面に沿って、集落がぽつぽつと点在していた。

 斜面を下りきった先には、猫の額ほどの港があって、そこには数艘の舟が泊まっていた。アサリや海苔といった、ごくわずかな海の幸が取れるだけの静かな港だ。


 鉄道駅はない。コンビニもない。一時間ほど国道へ向かって歩けば、農業用品をメインに扱うホームセンターとドラッグストアがあるきりで、スーパーには車を出さないとたどり着けない。


 村唯一のバス停も数年前になくなり、十三の母校である中学校もなくなった。ないない尽くしの村ではあるが、この隙を待ってましたとばかりに、イノシシと鹿、キツネにタヌキにツキノワグマといった、野生動物が、村に多く出没するようになった。


 しかし村人たちも図太いもので、年々増える動物の侵略に怯えることもなく、淡々と捕獲し、食えるものはジビエにして食べている。山の実りと田畑の収穫、そして海の幸と畜産物のおかげで、自給自足で生活が事足りている住人も少なくない。


 だから、村は育たない。老人が日ごとにこっそりと老いていくように、大きな変化はなく、しかし確実に村そのものが死に向かっている。


 十三の生家は、そんな村の中腹にあった。


 村の”商店街”にある牛乳屋兼新聞販売店と、干物みたいなばあさんが営む純喫茶の一軒先。そこが、十三の実家兼小料理屋だ。


 店の脇に軽トラを停めた”たま”は言った。

「とうちゃーく! おまたせしましたっと」

「ありがと、たまくん。買った荷物、店ン中運ぶね」

「うん! ありがとー! おれ、このトラック漁協のノムちゃんに返してくるね」

 そう言って、”たま”がまたブロロロロと排気音を立てて軽トラを発進させていった。


 その背中を見送ったあと、十三は店の入口の引き戸を開けた。

「ただい……」


 営業時間外のはずの店のなかには、すでに強いアルコールとタバコの臭いが充満していた。

 常連たちが、すでにカウンターや小上がり席に詰めかけていたのだ。厨房にいる母が、せわしなく動いて水割りを作っている。十三が出かける前はまだ布団で寝ていたはずだが、今はバッチリ化粧をして、パーマのかかった髪を後ろに結っていた。


 十三は厨房に入り、小声で母に声をかけた。

「……お客さん、もう?」

「野球中継が雨で中止になったんだって。家ですることないし暖房代がかかるから、ウチ来て呑むんだって」

 素っ気なく言った母は、十三に目をくれることなく、顎で流し台を示した。

「そこ突っ立てないで、早く洗い物手伝って。あ、その前にこの焼酎とお通し、二番卓に運んで。手ェ洗ってからね」

「ハイハイ」


 帰って休む暇もない。十三は壁に引っ掛けてあるエプロンを提げ、爪の先と手首までしっかりと洗い、水割りをテーブルまで運んだ。


「どうぞー水割りでーす」

 すでに赤ら顔になった客たちは焼酎をぐびぐびと煽っている。今日の話題は、地元球団へのダメ出しらしい。

「……今年はダメだね。ぜんぜん打たねぇもん。今年も優勝は厳しいか」「そいつぁ遠い夢ってもんだよ。リーグ優勝すら何年前の話なんだか」「高い契約金払ってもダメだねぇ、何やってんだか」


 十三が酔っ払い卓の灰皿と空いたグラスをお盆に乗せて片付けていると、次はカウンターから声がかかる。「おいっ兄ちゃんこっち! ハイボールねん〜」

「はーい」

 十三は注文通り、手早くハイボールを出したら、厨房に戻った。ようやく母直々の指令である洗い物に手をつけた、が、シンクを片付けきる前に、次は料理のオーダーが入った。砂肝の旨辛炒めと山菜ときのこの煮浸し。母が素早く指示を飛ばしてくる。

「あたし砂肝やるから、アンタ煮浸し出してきて」

「はいはいはーい」

 適当に返事をして、十三は冷蔵庫に作り置きしていた煮浸しを取り出す。ラップを外して盆に乗せ、客に持っていく。そうしてる間に、別卓から注文が入る。


 休む暇もなかった。一度店を手伝うと、抜け出すことは難しくなる。そうしているうちに、”たま”が店に戻ってきた。


 ガラス戸を開けて店内を見渡した”たま”は「わあ」と笑って、楽しそうに言った。

「みなさんいらっしゃいませ〜。やってるねェ!」

「おっ、たま! 今日、休みだったんでねーの?」

「組合長さんこんにちは〜! 今日ね、シノくんのお見送り会するから、遊びに来てたんだあ」

「あれ、息子。そうなの〜?」

 やっと十三の存在を認知したらしい客ーー農協の組合長が、焦点をあわせて目を丸くした。


 ”息子”とは、ここでの十三の呼び名である。おそらく、十三の名前は常連客にさえ覚えられていない。


 十三は愛想よく笑って答えた。

「はい、そうなんです」

「あンれ〜〜そうだったのォ。じゃあママ、寂しくなるねェ」

「そうよぉ。だからお客さんたくさん来てくれないとね」水を向けられた母が笑顔をつくって、わざとらしくシナを作った。

「東京に行ったら立派なモンだよ〜。末は学者か大臣か、だな」

「やだねぇ金の卵世代は、例えが古くって。今はIT企業の時代だよ。なぁ、息子!」

 同意を求められた十三は愛想笑いを浮かべる。


 酔っ払いたちはそれ以上十三に話しかけることはなく、今度は母に絡みはじめた。

「オレも若けりゃあ東京に行ったなあ! 六本木か銀座あたりのスナックでさ、美人のママの酒としっぽり呑むのよ」

「しっぽりだって。ヤらしいねえ」

「男ならよォ、グラビアアイドルみてぇなのさ。おっぱいの大きい女捕まえてよ。谷間に札束突っ込んでみたいよなあ!」

「ハハハ、男の浪漫だなぁ!」


 酔っ払いたちが盛り上がってる隙に、”たま”が十三に小声で耳打ちした。

「シノくんシノくん、今日お店混んでるね。壮行会、どうしよっか?」

「う〜ん……難しいかもねぇ」

 本当は、開店前に店を借りて二人で呑むつもりだったのだ。


 小さな村のなかで、男二人がゆっくり飲める場所は、この店ぐらいしかない。十三の部屋はこの店舗の二階にあって、四畳ほどしかないウサギの寝床だ。大柄な”たま”はいつも天井に頭をぶつけるから、ゆっくり酒を呑む場所には適さない。その”たま”には、家自体がない。


 しかし、肝心の店がこの賑わいとあれば、その計画も泡と消えそうだった。

「仕方ないね。お店が落ち着いたら呑もっか」

「そうだねェ」

 こっそりと話をつけた二人は、それぞれ店の手伝いに戻る。


 だが、その日は閉店時間まで、客が絶えることはなかった。


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