1章3話・3
──ついに、”本物”が現れた。
男は、身の丈180は雄に超える、大男だった。黒スーツと開襟シャツに身を包んだ、今日びハリウッドでも見かけない、筋骨隆々の厚みのある身体。まるでインドのアクションスターだ。
黒髪を後ろに撫でつけた、”いかにもその筋”の風貌。全身が黒社会の人間ですと自己紹介しているような男の年齢は、おそらく三十代前半といったところだろうか。
彫りが深くてやや面長、眉間に刻まれたシワから、強面な印象を与えるが、涙袋と大きな黒目のせいで、剣呑なだけでないどこか愛嬌を感じさせる。まるで昭和の二枚目役者が演じる、裏社会の人間のようだと十三は思った。
任侠映画から飛び出してきたような出で立ちの偉丈夫が、十三を珍獣でも見るかのように、胡乱げに見下ろしている。
「あっ、あっ、あのっ」
──でかいでかいでかい! 怖い怖い怖い!
十三の全身に警戒と緊張が走っていた。初対面の人と話すのは営業で慣れっこなはずなのに、目の前の男を前に、今の十三は、冷や汗をかくばかりで何も言葉が出てこなかった。
十三の混乱を察してか、”社長”が口を開いた。
「シノ、こっちは”とら”。おれの部下で、オマエからすれば先輩ってことになるかな」
「せ、せ、せんぱいっ!?」
”アニキ”とか、若頭の間違いではないのか。
極めて通俗的な呼称で”社長”に紹介された”とら”は、すっと無言で十三に手を出してきた。恐ろしく厚い手のひら。この手でビンタ一発でもされたら、十三の身体はきりもみ回転しながら吹き飛んでしまうだろう。
「ヒッ」
反射的に十三の肩が縮こまれる。見かねた”社長”が口を挟んだ。
「いちいち怯えるな。とらはこんなナリだが、別にオマエを食ったりしねぇよ」
「人肉……食べたこと、ないですねェ……。まだ……」
”とら”が口を挟む。肉食獣の唸り声のような重低音。
「まままま、まだ!? これからも、ご予定はない、ですよね……?」
「……」
無言。
「フフ……」
と思いきや、”とら”は肩を震わせて笑っている。「おもしれェおニイちゃんだな……」その笑う様すら猛獣が飛びかかる前の慈悲の眼差しに見えた。
怖い。超こわい。十三は震えあがっていた。
「まァ、飲みものでも頼めや……」
そう言って”とら”が差し出してきたのは、ドリンクのメニュー表だった。ウイスキーやワイン、ブランデーなどの銘柄が書かれている。すべて酒だった。
「あの、これ、酒なんですけど……」
「……」
”とら”は無言ですっとメニュー表を引っ込めた。自身でもメニューを見た”とら”は、眉をひそめる。
「ん……そうだな、酒しかねェ……。よく、気付いたな……」
「ど、どうも……」恐縮する十三。”とら”は”社長”にメニュー表をトントンと指で示した。
「社長、見てください、コレ……。酒しかないですよ……」
「知ってる。わかってる。クラブなんだから当たり前だろう、とら。喫茶店じゃねェんだぞ」
「それにしたって、仕事中に酒は、ダメでしょう……。常識的に……なァ?」
ヤクザに常識を問われた十三はコクコクと頷いて同意を示す。”とら”は眉間にシワを寄せて、親の仇のようにメニュー表を睨んでいる。
「やっぱりお茶だよなァ……こういうときは……。社長、なんかお茶系ないんですかねェ……」
「いちいちうるせェやつだな……。そこの冷蔵庫にミネラルウォーターがあるから、それで我慢しろ」
「もう、しょうがねェなァ……ガサツなんだから……」
”とら”はのっそりと動いて、大きな身体を屈ませて隅に置かれた小さな冷蔵庫を開けた。なかから海外製のミネラルウォーターのボトルを取り出した”とら”は、十三に差しだしてくる。
「ほらァ……やっぱり全然冷えてねェし……。シノ、水飲め……」
「いえっ! むしろ気を使わせてすみませんでしたっ!」
十三は最大限の感謝と敬意を伝えるべく”とら”にへこへこと頭を下げた。そうこうしている間に、ソファーに座っていた”社長”が隣の空きスペースを叩いた。
「シノ、オマエはここ。座れ」
「はいっ」
十三は言われたとおり、”社長”の隣に腰を下ろす。”とら”は十三たちと対角線上にある一人掛けのソファーに、悠然と座った。
”社長”はノートPCをバッグから取り出し、立ち上げている。起動するまでの間に、”社長”は「さて」と改まった。
「──いいか、シノ。もうすぐ、ここバイト・ア・ダストで、オークションが開催される。そこで、オレたちの”商品”も出品される予定だ。オマエは今から、オークションを見て一連の流れを覚えろ。それが、今日の研修内容」
「オークション……って、商品の価格を競って落とすっていうアレですか?」
「ソレだ。オレたちは、商品を出品する側。オレたちの商品は毎回オークションの目玉だから、競りにかけられるのは今日も一番最後だろう。今からしばらくは、他の業者の品が流れる。客の購買力を煽るための、まァいわば前座だ。……下、見てみろ」
”社長”に言われ、十三は身を乗り出して窓ガラスの向こうに目を凝らした。




