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バッドランズ・グレイアウト  作者: 梅屋凹州
一章・幕間

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1・5話 社畜机 後編

「社長、なんかあの机うるせーんですけど」


 定刻ギリギリに出勤したミケが、挨拶もせずに棺に訴えてきた。

 あまりにも唐突すぎて、棺はポカンと聞き返す。


「……机?」

「昨日、にーさんが運んできたあの事務机っす。伝説の新人用の」

「あぁ、あれ」

「オレ昨日、昼近くまでひとりで残業してたんスよ。そしたら部屋のどこかからブツブツ独り言みたいなの聞こえてきてぇ。よく聞き取れなかったけど、たぶん男の声で、なんか恨み言みたいなのブツブツ言ってたっスわ。事務所には他に誰もいねーし、心当たり、この机しかないんスけど」

「んー……」

 状況を把握した棺は、ミケの隣に置かれた事務机をまじまじと見つめた。


 昨日大量の埃が乗っていた事務机は、”とら”によって磨かれ、ピカピカになっていた。

 年代物らしく色がはげたりキズがあるが、ひどい損傷があるほどではない。少なくとも、”呪いの品らしく”見えなかった。


「そんなことあったんだ〜。ミケちゃん怖い思いしたねえ」

 向かい側で話を聞いていたチカが口を挟むと、ミケは反論する。

「いや別に怖いとかじゃねーんですけど。残業中にゴチャゴチャ喋られると集中できねーんで、なんとかなんねーかな? って話ス」

「たしかに困ったな。どうするかな……」

 ミケはガラも態度も悪いが、ヤードの稼ぎ頭だ。ミケの残業時間に邪魔が入るというのは、会社にとっても切実な問題である。


 棺がしばし悩んでいると、

「社長、仕置銃で撃ってみるのは……?」

 と、”とら”が提案してくる。

「あぁ、あの”件”をぶっ飛ばせるってアレね。いいんじゃないですか社長。やってみれば」

「チカお前、軽く言ってくれんな……。仕置銃は、チャージするまで時間がかかるんだよ。かくしの中じゃともかく、ここじゃ簡単にぶっ放していいもんじゃないんだ」

「へー。大変ねぇ」

「お前、他人事だな」

「そりゃ他人事だもん。あたし、銃撃てねーし」

 と言って、チカは手をひらひらと揺らして指を見せてくる。その両手の中指は、ない。


 チカは諸事情あって両手の中指を落としている。ーー理由については棺も承知しているが、実際に手のひらを見せられると、気分が落ちるというか、食欲が失せるのだった。


 ”とら”が言う。

「じゃあ、俺が机、捨ててきましょうか……? 粗大ごみだと思うんで、業者呼んでおきます」

「そうだな……。シノの机は、どっかで別のとこで探しておく。”とら”、頼む」

「はい……」


 そうして、”とら”が事務机をビル外まで運びだし、その日は終わったのだがーー。


「ははは……いや〜参りましたねェ……」

 次の日。


 ”とら”が笑いながら通勤してきて、例の机を事務所に運びいれたとき、棺は「マジかよ……」と天井を仰いだ。

 ”とら”は何故か楽しそうに言う。


「いやぁ、業者サンが持ってったの、ちゃんと見守ってから帰ったんですけどね。出勤したらビルの前にありましたよコイツ。ウケる……」

「いやウケてる場合じゃないだろ」


 ”件”を捨てても、何度も同じ場所に戻ってくる、というのは、怪談でもよく聞く話だ。執着か、未練か。いずれにしても当事者になると、うんざりする。


 棺は机に手をついてうなだれた。

「どうすんだこれ……完ッ全に不良在庫じゃねぇか……」

「珍しい、社長が困ってる……」

「抱えたくなるだろこれ……ん?」


 そのタイミングで、ふいに棺は気づいた。

 

 袖机に、鍵穴がついている。


「これ……ここの鍵、誰か見たか?」

「いえ、俺は……」「オレも知らないッス」「あたしもー」

 その引き出しの存在に、社員全員が気づいていなかった。


 この事務机は、よくある引き出しが一体になったタイプだった。その袖机の一番下、一番大きな引き出しに、鍵穴がついている。

 棺が取っ手に指をかけて引いてみたが、開かない。鍵がかかっているのだ。

 

 もう少し強く引っ張ってみると、重い手応えを感じる。何か荷物があるのかもしれなかった。


「これ……中、なにか残ってるな」

「あらら」

 チカが覗き込んでくる。

「ん〜〜……隙間からじゃ、さすがに中は見えないねぇ。とらちゃん、机運ぶときに、鍵見た?」

「いや、鍵はついてなかったと思いますよ……。倉庫にもないだろうし、たぶん元々ついてなかったんじゃあないですかね……」

「じゃあ、鍵がかかったままってこと? 買ったときから?」

「たぶん」

「怪しいな〜〜。……ムリヤリ開けてみます? 社長」

 チカがいかにも開けてみたい様子で聞いてくるので、棺は少し迷ったが、


「そうだな……もうこうなったら、さっぱり解決しちまおう」

 そう返答すると、チカがニッコリ笑う。


「オッケー。……んじゃとらちゃん、後ろから支えてくれる?」

 そう言うと、”とら”が「わかりました……」と答えて、机を後ろから抱き込む形で支えた。


 チカがパンプスの先を、引き出しのわずかなふちにかけて、「いくよ」と一声、

「ーーふっ!」

 引き出しに両手をかけ、取っ手を思い切り引っぱった。


 ーーメキメキメキ。


 破壊的な音を立ててスチールの引き出しが湾曲する。”とら”が支えていなければ、机は後ろに吹っ飛んでいただろう。

 ケンカ自慢の渡世人を幾人もなぎ倒してきた、チカの凄まじい怪力によって、引き出しごと鍵が破壊されようとしていた。


「せぇっ、の!」

 チカの気合一声、ばきばき、と音を立てて、引き出しの中身が露になる。

 埃が舞い散るなか、そこにあったのはーー。


「書類……?」

 引き出しのなか、ぎちぎちに詰められた、書類の山だった。

「うげえ」と、ワーカホリックのミケが顔をしかめて書類を手にとり、眺めた。


「反省文、反省文、始末書……なァんか、あんまり仕事できるヤツじゃなかったんスね。この机の持ち主」

 ミケが書類を束で持ち上げてパラパラと読んでいる。日付は60年代。高度経済成長時代の、モーレツサラリーマン、などという言葉が生まれた頃のものだろうか。


 まだパソコンもない時代だ。おそらくそろばんを弾いて出したであろう計算。上司のものらしき、赤鉛筆で入った訂正には、『やり直し! 何回目だクズ!』の文字が添えられている。


 ミケは「絶対こんなのイヤっすわ。パワハラ上司の元で仕事とかマジ勘弁」と言うが、最年長のチカはしみじみとしている。

「昔はこういう時代だったのよね〜。みんなよく頑張ってたわー」


「あ」

 そのとき、”とら”が声を上げた。

「どした?」

「見てください、底……」

 棺は引き出しの底を覗き込んだ。


 そこには、「退職届」と書かれた白い封筒があった。


 棺はそれを手に取り、中を開ける。

 一枚きりの書面には、今も昔も変わらぬ定型文が、几帳面な字で記されている。


「私は一身上の都合により退職いたしたくーー、か……」

 棺は文面を読み上げる。

 ミケが神妙な面持ちで言った。


「……それが引き出しの奥で眠ってるってことは、この机の持ち主は退職届提出しないまま、机で死んだってことスよね」

「……だろうな。あえてしなかったのか、それともできなかったのか……」

 棺は退職届をじっと見つめ、思う。


 ーー”件”とは呪いの品だ。だが、ほとんどのものが、はじめから呪いを抱えていたワケではない。

 この机の上で朽ちた平凡なサラリーマンの無念が、この事務机に宿り、”件”を生み出した。

 人の世は、自覚しないままに、呪いを生産し続けているーー。


 神妙な顔をしていたミケが、ため息まじりに吐き捨てた。


「はー、イヤな死に方。オレはそうなりたくないッスわー」

「この会社で一番仕事頑張ってる人が、なに言ってんの」

 そう笑ったチカは、社の印鑑が入っている木箱を持ってきた。


「はい、社長。退職届に社長印、押したげて」

「……おれのハンコ? なんで?」

「ただのおまじない。この机の元・持ち主が、『社長』の許可をもらって、無事成仏しますように、ミケちゃんが心穏やかに仕事できますように、って」

「あぁ……そういうことか」

「そういうこと」

 チカは時々、不思議なものの考え方をする。


 理解不能なこともあったが、棺は、それに反発しない。むしろ、尊重したかった。

 ろくに学校も出ず、社会への指針を持たない棺が、社員たちから学ぶべきことはあまりにも多いのだから。


 チカに言われるがまま、棺は退職届にハンコを押す。

 チカは微笑んで、机を撫でた。

「うん、これでよし。……おつかれさま、机の持ち主さん。これからは、ゆっくり休むのよ」


 それ以来。

 この事務机から聞こえた声はパタリと止み、ミケは健やかに残業できるようになったという。


 東雲十三が入社する日の前日に、机は”とら”によって処分された。


 そしてもうヤードに戻ってくることは、二度となかった。


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