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ミニュイの祭日  作者: 月岡夜宵
前章 星降る夜(ニュイ・エトワレ)

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愛の軌跡を捲る

 刻印された表紙をめくった。そこには少し過去の僕らの姿が映っていた――。


「執事服か? また懐かしいな」

「正式なものは着そびれましたからね」


 肩をすぼめて僕は答えた。

 僕の寝室にいるのはわが永遠の主人――婚約者であるリュカ・ベルナルドである。このお屋敷の次期当主たる人物だ。


「俺達も卒業したし、学園も少しは静かになるだろうな」と、リュカ様は感慨深そうにつぶやく。

「問題児でしたもんね」

「……主にお前がな」

「抜け駆けですか!?」


 両親たちの厳しい試練を乗り越えて、晴れてこの日がやって来た。

 横に立って、学園の卒業アルバムをほほえみながら(めく)る。

「ちょっと出よう」

 ふと窓の外へ誘い出された。バルコニーではふくよかな満月が出迎えた。

「今夜も月が綺麗だな」

「ええ」

 うなずいた僕の目からも見とれるほど美しい男に育ったリュカ様が手を伸ばす。僕はためらった末、そっと手に手を重ねた。


「星月夜の中、ちょうどお前がやって来たんだっけな」

「眠れなかった満月の日ですよね?」

「そう。ふらっとバルコニーに出てきて……鉢合わせた。あの時が案外転機だったのかもな」

 懐かしい話をするリュカ様に付き合って、隣に並び立つ。





「四年の冬は離れ離れだったよな」

「リュカ様が学園に戻られましたからね」

 リュカ様がいなくなると屋敷がしんと寂しくなった気がした。残された僕は主を思って一日千秋。冬の帰省が待ち遠しくてよく泣いていた。


 そんな僕にある冬の日、手紙が届いた。リュカ様からだった。寂しくないかとかこっちは学園生活でへとへとだとか、自分の近況と僕への愛情が綴られていた。

「アイツどうしてるかなって……よく思い出してたよ。夜中に相部屋を抜け出して手紙を書いていた。寮監は文通のこと、秘密にしてくれたよ。おかげであの頃は静かに過ごせたな」

「へえ、そうだったんですね」

 机に乗せたカップに紅茶を注ぐ音がする。丁寧に出した紅茶をリュカ様のもとに差し出した。


「お前の存在がロケットからバレた時はうるさかったぞ? かわいいこの子は誰だってせっつかれてな」

「むう。その話は知らないですね」

「妬くなよ。たしかに俺もモテていたがお前だって……」

「やっぱり僕モテてたんですね!!」

「……マスコットとしてな」


 文通が終わったのはリュカ様が五年生に上がってから。この年、僕も王立ミッドガルド学園に入学したのだ。貴族の伴侶としてふさわしくなるため、僕は途中から学園に編入した。この学園は13歳から18歳までの貴族子女が6年間通うことになっている。三年生までが中等部、四年生からが高等部というくくりになっていた。僕と彼は学び舎も寮も異なっていたがそれでも交流を続けていた。


 なかでも、厳密には貴族ではない僕は特待生として色目でみられていた。落ちこぼれ寄りの僕は苦労したのだ。なお学校内ではブロッコリートンボというあだ名で、盛り上がったカツラに丸メガネという奇天烈な変装をしていたせいで、最初教室で避けられていた。


「だからやめろと言ったんだ」

「舐められたら終わりですもん!」

「その覚悟がおかしいんだよ……あのなあ貴族でもないお前が舐められないわけないだろ」

「でもリュカ様まで舐められると思ったら悔しくて……胃も何も受け付けなくって……苦肉の策です」

「俺はむしろあんなやつが知り合いだって、言いづらかったぞ」

「……だから微妙に避けてたんですか? あっあー!」

「こほん。友達はできないし偉そうなおぼっちゃまにはいじめられてるっていうから、俺と共謀した時は面白かったがな」

「魔法が解けたみたいでした!」

「かかったやつもいたけどな。お前のせいで……いやこの話はよそう」


 阿呆めと叱られた日はよく覚えている。リュカ様の部屋に押し込められて夜な夜な泣いた。こっそり外出届を出してくれたリュカ様には感謝だ(僕のとこの寮長さんはめっちゃ厳しかったので)。そうして翌朝、リュカ様同伴のもと、泣きつかれて腫れぼったい目を隠しながら変装を忘れて登校すると、学園中がざわついた。主にリュカ様の非公式親衛隊が。

 学校に行くのが億劫な僕を、恭しく教室までエスコートしリップサービスまでつけてくれた日は忘れない。

『お姫様待遇はどうだった』

『わ、悪くなかったですよ……』

 散々からかわれた手前すごくよかったなんて素直に言うのは業腹で、その時は隠した。彼には実情すべてがバレバレだったらしいが。


 教室で避けられていた僕は一躍話題の中心に。僕=あのブロッコリートンボだと知ってみんな驚いていたが一人を除いて普通に応対してくれるようになった。話ができるだけでも嬉しかったが、リュカ様との関係を隠す必要がなくなったのも大きかったのかも。心の安寧を得た僕はいじめっ子のボスにも堂々と挨拶をしてやった。彼は目を白黒させて真っ赤な顔で逃げていった。

「あいつは……ほんと……かわいそうだよな。よりにもよってルナに初恋を奪わ……、なんでもない」

 楽しかった学園生活もリュカ様の卒業でまた寂しくなってしまった。始終だれかを巻き込んで巻き込まれてと、笑いあった日々は遠くなる。





 さてそんなリュカ様とのお付き合いだが、そもそも学園に入学する契機になった事柄があった。


 両親に問い詰められて真実を告白したのはリュカ様だった。

 使用人からカラーの話をされて、エマ様は卒倒した。

 フレでリック様もまさか不眠の話がそんなことになっているとはと頭を抱えていられた。

 正直に話すリュカ様の横で着座する僕は心臓が飛び出しそうなほどバクバクだった。

 真実を告白したうえでリュカ様は「ルナが欲しいです」と堂々と宣言した。

 なお、僕は動揺して赤面しっぱなしだった。


 もちろんふたりは――大反対。

 食卓を揺るがすほどのエマ様の動揺ぶりがみてとれた。フレデリック様は努めて冷静になろうとして珍しく失敗していた。ふたりからの怒涛の「「ダメ」」に僕は余計悲しくなった。


 よくよく話を聞けばふたりとも僕らのことを一心に思って反対してくれていた。当時の僕にはすぐには理解できなかったが、平民の僕と貴族の彼では、当然のように立場が違うのだった。まして男女の性別でもない。その違いはエマ様よりフレデリック様にこそ理解があった。そう、元とはいえフレデリック様だって庶民の出だった。孤児でこそないが、彼は身分という壁を乗り越えて当主の座についたのだ。厳しかったとされるお祖父様の幾多の試練を乗り越えて。

 ふたりに説得されて折れそうになった僕だが、リュカ様は違った。怒涛の勢いで啖呵を切り、結婚の強行寸前まで一時は燃え上がってしまったのだ。それでも話し合いの末、お互いに冷静になり、協議のような交渉を重ねた。何度も話し合ううちに、僕もリュカ様をなだめて、フレデリック様もエマ様をなだめてと、お互いの心情にどちらも歩み寄ろうという流れになった。


「ふたりのことは好きだし。お互いを思う関係性も好ましくあるわよ? でも、将来のことが不安だわ」と嘆息したのはエマ様だった。

 フレデリック様も同意見なのかうなずいてから言った。

「君たちの相性がいいことは分かってる。だから少し危惧はしていたんだ」

(ん? それって……)

「以前からルナ君の気持ち(・・・・・・・)は把握していたからね」

「え? え??」

 僕が首振り人形のようにフレデリック様とエマ様とをみつめているとリュカ様が肩にぽんと手を置いた。

「バレバレだったってよ」

「うそだあああああああ!!」

 これからは隠し事もうまくなりましょうねとエマ様に励まされ、そんな流れがあって、双方が折れるというよりお互いの意を汲んだ結果……、「認められるようにがんばります」という台詞で経過監査といった形に落ち着いたのだった。





 そして今日、僕ことルナリードは王立ミッドガルド学園を卒業して19歳となった。学園に通い、貴族社会の洗礼を浴びて、ようやく両親に交際が認められた。婚約者として落ち着いた僕にこれから待っているのはエマ様直々の紳士教育である。

 そんな中、リュカ様は僕を伴って屋敷の地下に下りていく。ランタンの明かりが頼りなく揺れる階段を、慎重に進む。

「この先に何があるんですか?」と尋ねるもはぐらかすリュカ様だ。


 これをお前に見せたかった、そういって案内された部屋には熊の石像が置かれていた。荒々しいほどの躍動感、生命力のある白亜の石像に度肝を抜かれていると、ベルナルド家の興りに関する例の単語が出てきた。

「これこそ『四日間の籠城戦』を先祖とともに守り抜いた精霊ベアズリー様だ」

「あの伝説の!? ただのおとぎ話じゃなかったんですか!」

「そうだ。霊装こそ失われたが……ほら」

「精石が手のひらから出てきたあ!?」

「貴族が重んじられたわけは特別な力と富でもあるエネルギーを手にしていたからなんだ。今となっては精霊信仰も廃れ、精霊たちも野に帰ってしまったそうだがな。ここにあるのはその力の名残だよ」

 人外の力は本当だったなんて、と感嘆していると気づいてしまった。

「僕に話してくれてよかったんですか?」

「一緒に居てくれるんだろう?」

 暗に共に秘密を守ってくれと伝えられて、僕はうなずいた。

「新時代はもうすぐそこだ。新エネルギーが発見された。開発もどんどん進むだろう。もともとあった貴族と平民の差もいずれは……」と感慨深そうにつぶやくリュカ様の姿がそこにはあった。





 僕らはもとの寝室に戻ってきた。注いだ紅茶の残りは冷めてしまったので捨てて新しいものを淹れようとしたら腕を取られた。

「もう寝ますか?」

 サイドテーブルにはめくりかけだったアルバム。ちょうど浜辺の写真になっていた。

「夏になったら……海に行くか」

 勇気を出して誘ってくれたことが嬉しくて、僕は彼の目元にキスをひとつ贈った。

「楽しみにしてます」

「ん。ベッドに行くぞ」

 そう言ってリュカ様は僕を抱えた。僕()多少大きくなったがリュカ様はその比ではない。仕上がった体つきはしなやかでいて肉付きがたまらない。まれにお風呂上がりに見るワイルドさとセクシーさに僕の視線は釘付けだ。

 

 リュカ様の寝室にお姫様抱っこで運ばれながら会話を楽しむ。

「なんだか昔の僕をみる目が輝いてましたね」と頬をふくらませて、ついやきもちをにじませて言えば、答えが返ってきた。

「今でもお前はかわいいよ」

「本当ですか?」

「お、疑うことを覚えたか」

「む! それって僕がかわいくないみたいな!」

 すると「冗談だ、あっはっは」とごまかされてしまった。

 かわいくない彼の耳にすり寄って噛み付いてみる。といってもあまがみだが。

「なんだかんだお前もでかくなったな」

「でしょう? スマートですよね!」

「スリムにしちゃ多少肉が」

 ぎゅ。

「いひゃいぞ?」

 その先は言わせませんと言外に圧を込めて微笑んだら「しょうがないな」といった表情が返ってきた。

 ベッドにたどり着くとリュカ様の腕から離れてランプを吹き消した。


「おやすみなさい。リュ……ン、ん? まだ足りないんですか」

「お前が可愛い顔してるからな」

 顎を撫でるように伝って頬にキスをされる。そのまま指を引かれてそこにもキスを落とされた。

「あと一回だけですよ?」

「それじゃあ……」

「ン……おやすみなさい」

「ああ。おやすみ」


 愛しい人に抱きつくようにして、僕らは今日も、寝台を共にする。僕の部屋のベッドにある抱き枕は久しく出番がない。まんまるな満月が、僕らの様子を見守るように、カーテンの隙間からやさしく覗くのみであった。


(愛する人に、やすらかなまどろみを)

―完―

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