真夜中のフェスティバル
ふたりの婚約破棄それにリュカ様との契約から早三日後、ついに年末がやって来た。
師走の忙しい時期になって年越しをする広場では聖夜市というマーケットが開催されていた。新年へ向けてなにかと入用なものが売られているのだ。僕も毎年、ここで買い食いをしたり、かわいいぬいぐるみと出会ったりするのを楽しみにしている。
さて、そんなイベント会場へみんなで向かう準備をしていると、主人であるリュカ様を見上げて違和感に気づいた。蝶ネクタイを結ぼうとして妙に背伸びしている自分がいたのだ。
「ふっ、なにしてるんだ?」
リュカ様の視線を気にしながら自分の身長と比べていると彼に気づかれてしまった。くすっと品のいい笑みがこちらに向けられる。
僕は自分のしていた幼稚っぽい仕草を早々にやめて、素直に告白した。
「また身長伸びました?」
「おう、よく気づいたな。つっても数センチだが」
むむ。やっぱり運動の差かな。リュカ様との視線の高さに開きがでてきたぞ……。
「成長期だからですかね? あんまり大きくならないでくださいね」
「は! お前のためにこぢんまりしてろって? そんなの幼子の時しか言われないだろ」
「隣に並ぶのだって大変なんですから! とくに見上げた時!」
「はいはい」
(あ、聞く気ないな〜)
それに大きくなって困るのは他にもある。最近なんだか妙な色気もでてきて、リュカ様をふと見つめたときに流し目で返されるとドキッとしちゃうのだ。ほんと、困る。
「お前こそちいさくいろよ。母上が喜んで遊んでくれるぞ」
「僕は着せ替え人形じゃありません〜〜っ!」
「はは、そりゃ失敬」
リュカ様は機嫌よく鼻歌を歌いながらジャケットを羽織った。僕が細かい装飾を着付ける間にもその鼻歌は調子良く弾む。
「今夜のことだが、母上たちと別れたあとはふたりで過ごそう」
「いいんですか!?」
僕は能天気にわーいと喜んで、慌てて放り出しそうになった髪飾りを持ち直してリュカ様に留める。かきあげた髪のせいか、いつもより男ぶりが上がっている。まずいぞ、これも心臓に悪いかもしれない!
着替えが完了すると、ドレスアップを済ませたエマ様を引き連れたフレデリック様が外から声をかけた。時間だよ、と。僕らはうなずいて扉を開けた。
ノワール国の聖夜祭。かつてそれぞれの家の精霊たちが年の瀬を祝って酒を酌み交わしたとされる伝説から、この国の人々は年が明けるまで飲食や音楽を楽しむ。
すでに噴水広場では赤ら顔の酔っ払いがちらほら見受けられた。貴族であるリュカ様たちだが、今宵は従者として僕だけを引き連れてここを訪れていた。森林公園の警備は憲兵によって万全なので、自由に過ごすことができるのだ。
貴族らしい格好の人々も今夜は無礼講といった様子で、柔らかな物腰で店主と談笑している。身分差に厳しい国だが今夜だけは耳障りなことも言われる心配がない。誰もかれもが穏やかに年明けを待っているのだ。
夜の帳が下り、芝生のなかに設置されているガーデンライトが足元をほのかに照らした。天の川のように点々と散らばる光に導かれて僕らは進んだ。
到着する前は雲行きが心配だったが、夜になって満天の星の明かりが見えてきた。どうやら心配すら杞憂だったらしい。
にぎやかな人だかりができている噴水前広場を抜けて公園の奥へと誘われる。青空市場が広がっているエリアにくると、僕は目を輝かせて近場の店にたちよった。
「かっかわいい……!!」
「ぬいぐるみはまた今度な?」
「そんな……この子なんてちいさくて手のひらサイズですよ。ちっちゃい……」
リュカ様はきちっとした格好をしているのに左手をポケットに入れたまま歩いている。僕が何度か見かけて行儀が悪いですよと注意しても曖昧に笑って「これはいいんだよ」とごまかされた。今夜ばかりはお小言にうるさいエマ様もスルーしていた。単に目につかなかっただけかもしれないけどね。
「でもでも……あと一つしかありませんし」
「くまの他に、また部屋の住人が増えるな……」とリュカ様は僕の室内の様子を思い浮かべてか頭を抱えていた。
「あれ? なんで新入りの子、把握してるんですか?」と僕は振り返った。
「……きのせいだろ」
てっきりお茶会のあと入居した新しい子はフレデリック様の仕業かと思っていたが違うらしい――と僕が想像したところでリュカ様が僕の袖を引いた。
「店主、これはいくらだ」と値段を聞いて貨幣をきびきびと支払う。
新しいぬいぐるみは頭部にカラビナが付いていたので、ポケットの飾りに吊るす。僕はうきうきでその子を撫でる。
「お前って子供とか好きそうだよな」
「そうですね。かわいいですよね」
はああ、大きな耳がかわいいきつねのぬいぐるみに夢中になっていると「お前もこどもだからか」とか横から聞こえた。失礼なお口ですね!
そこへ他のお店を見ていたエマ様が加わる。
「あらいいわね! 写真機があればここで撮ったのに」
「そうですよね! かわいいですよね、この子……」
「ぬいぐるみをつけたルナちゃんなんて!!」
(あ、そっちですか――……)
エマ様節が炸裂して僕は少し当てられてしまった。家に帰ったら揃いの服で写真を……なんてとんでもない発言が聞こえた気がしたので僕は知らんぷりをするのだった。
市場の端に移動して露店に入る。出店ではミネストローネスープと切ったバゲットにチーズやハム、ガーリックなどが添えられた料理を買った。空いていた座席に座り、軽食をつまんでいるとやけにリュカ様の視線が刺さる。
「なんです?」
「お前が食事してるとこ見るの飽きないんだよな」
「まさかマナーがッ!?」
すると違う違うとツボったように返された。おすまししてお行儀に注意しながら食事を再開する。香り立つガーリックのスパイスがほどよく効いていて、パンもはかどる。
警戒しながらリュカ様をみると彼もスープに口をつけていた。トマトやじゃがいもがごろごろ入った野菜スープをすくって、おいしそうに喉をならしていた。
「……ネズミか? それともリス……いや、ハムスターだな」
「食事中になんの話ですか?」
「食べてるとこがみたいだなって」
「げっ歯類みたいに頬は膨らませてませんよ!?」
「だがかわいいだろ? なんか一生懸命に食ってんなーって」
「ぎゃあ!?」
(急にどうしたの!)
心臓がなんか、痛い。なんだろ胸焼けしたみたいなこの動悸は。
空いた手で頬を扇ぐも一度上がった熱はなかなか引かない。
苦し紛れに「僕はもっとかわいいですよ」と抗議したが彼は涼しい顔でスープを堪能していた。甘酒まで追加して上機嫌なリュカ様。ほんと、珍しいなと思った。
「俺だって機嫌もよくなるぞ」
「顔に出てました?」
「出てたかもな、はは」
「リュカも甘酒はほどほどにね」
「君がこんなに笑うなんて珍しいね。なにかあったのかい?」
「父上達にはまだ内緒です」
こうしてみんなで外食を楽しんでいると家族だった頃に戻ったようで、僕は鼻の奥がつんとしてしまった。二度と戻らないと分かっているからこそふとした瞬間に恋しくなってしまう。届かない、過去が。
食事を終えると真冬の祭典が始まった。聖夜のパレードだ。公園内部の大通りを明かりを灯した山車が回って行き交う。群がる人並みをぬって僕らも近づく。ほのかな青白い光は精石特有の色で、ろうそくとはまた違ったぬくもりを覚える。花壇の周りや街頭の下に詰めかけた人々も霊具で写真を撮ったりしながら思い思いに楽しむ。夜更け、流れ星が瞬くサプライズに公園中から拍手が送られた。
「さて僕らは星見の丘に行くけど……」
「俺達はもう少しゆっくりしていきます。よいゆうべを」
「そうか。よいゆうべを」
「あなた達も素敵な夜を過ごしてね。じゃあねルナちゃん!」
丘へ続く道の手前でフレデリック様たちを見送る。手を振りおえて下ろすとその手をリュカ様に掴まれた。隣の彼の表情を確認するより早くリュカ様が歩き出した。
リュカ様がやってきたのは野外公演が行われているメインステージだった。楕円形のステージには演奏家たちが集合し、音楽を奏でている。今はゆったりとしたリズムで、音に合わせて体を揺らし、家族や友人と踊る人も見受けられた。
「少し踊るか」
「踊るんですか! 僕付き合えませんよ!?」
頭を振って拒否しても手を取られて固まった。本当にダンスの経験なんてないのだ。僕が焦っていると、腕に添えられた手が導くように引かれた。
と、ここで。
(え曲のテンポが急にかわっ、わわ早い!?)
体を弱い力で引っ張られたり合図のようにタッチされたり、僕は彼に操られるようにステップを踏む。
くるくると回って、後半はダンスの体すらなしていなかったけれど、それでも僕らははしゃいだ。
「あはははは! 楽しいですね」
「そうだな……! これはじつにいい」
芝生に設置された、星あかりみたいな光の上で、ふたりで踊って。
曲が終わるとすっかり汗をかいていた。リュカ様の案内で静かな樹の下に落ち着く。
あたりの木にはカンテラが灯され、ここもほのかに青白く光っていた。静寂の中、少し冷たい吐息。リュカ様をみつめて僕は微笑んだ。
「夜ふかし、楽しかったです。やっぱりお祭りはいいですね! また来年もみんなで来たいなあ」
でもいつか、みんなで来ること自体、叶わなくなるのだろう。そんな感傷が僕の胸に影を落とすように残った。
「俺達だけはずっと一緒、だろ」
「ああ、そうですね。でも……」
僕は自分の胸で手を交差させながら語った。
「それだって本当にいつかは、なくなっちゃうかもしれない。僕はリュカ様が大事で、大好きで、この気持ちに嘘はありません。でもだからこそ、それが叶わ、」
「ダメだ」
リュカ様の青い目が暗くかげった。
一歩踏み出した彼に抱きしめられる、強い力で。
「約束……しただろ」
彼の声も濡れていた。涙雨の気配に、風の音がする。
すれ違った日々も思い出して泣き出すと、やさしいキスが贈られた。余計に、切なかった。
失敗ばかりの僕、それでも主人であるリュカ様は僕を見放さなかった。僕はそれだけで、もう。
リュカ様は唐突に片膝をついた。セミフォーマルなパンツの左ポケットに手を入れると、安堵したようなため息をついて、ぐっと頬に力を入れた。恐る恐る、といった手つきで取り出したのは。
「ルナリード、お前に生涯の愛を捧げる。これはパートナーとしてでも主人としてでもない。一人の男として、だ」
ポケットから箱を取り出され、かがんだ彼に差し出される。――金環日食のようなリングだった。
そのタイミングで、聖夜祭のメイン、大輪の花火が開く。花弁のような光が数多落ちて、収束していくのを、魅入られたようにみつめた。
「え……?」
「どうか受け取ってほしい」
「そんな、だって僕は……」
逃げ腰になった僕の左手を捕まえてその指を擦るようにしてリュカ様は言う。
――指輪。そこに明確な約束が秘められているのは明らかだ。ようするにリュカ様の未来が詰まっているのだから。
信じられない、いいや、信じたくない。
ルナリードは今混乱していた。使用人としてでも、番としてでもなく、恋人……あるいは伴侶として自分の隣に立たせようというのか!?
(それはかつてリュカ様にこそ、抵抗があったのでは?)
僕ではだめだと、たしかにそう言ったはず。
はっきりと思いを形にされて、目を瞬く間に、雷雨の拒絶や温室での本音がよぎった。そんな僕に、彼がおっかなびっくり伝える。
「そもそもお前のことは好きとか嫌いとは違う立ち位置においていた。もっとずっと気安い関係で、これからもずっとそばにいると、安心……いや慢心かな。とにかく油断していたんだ。じつに名前のつけにくい関係だった。だが最近、一人寝がすっかり寂しくなったことに気づいた」
リュカ様の中では結婚相手とケアやプレイをする相手が違うと知って僕は愕然としていた。胸糞悪いまま、彼に当たってしまい、僕らは喧嘩になった。そういう流れだったはず。思い出すだけでも、胸にちくんとバラのようなとげとげが刺さる。
「だから僕じゃ……」
「ああ、俺は……――っお前なしじゃだめだったんだ。とっくに手遅れだったよ、ルナ」
立ち上がったリュカ様は、眉を寄せた泣き笑いの表情だった。
ケースの蓋を閉じると、彼は僕の背中を押してそっと体を引き寄せた。
腕のなかにすっぽりと収まってしまうと、リュカ様は僕に縋るように言った。
「お前のことは大事だと、思う。それに、お互いを慈しむだけでは足りないと、気づいたんだ」
触れられている背中が熱いくらいに沸騰した。
動揺のせいでうろたえてしまう。それは、なにも僕だけではない。
彼は顔を隠すようにうつむいていた。それでも髪がかかっていない赤らめた耳元が正直な羞恥心を物語っている。
(大事って……今、言ってくれた? これは、本当?)
にわかには信じられない僕は、彼に確かめたくて仕方がない。
(聞き間違いじゃないですよね?)
「名前のつく関係になりたいと心から思う」
「つまり……?」
「あー、なんだ。俺と、――付き合っちゃくれないか」
ぎゅう、心臓から変な音がした。
潰れるほど抱きしめられて、自分の体もきつく押し付けて、ぐすぐすと泣きついて、半なきで問い詰めた。
嘘じゃありませんよね、と。
「俺はそんなに信用がないのか」、苦笑しながら問いかけられる。
「あるわけないでしょ!! だって……あんなこと!」と、彼の胸をぽこぽこ叩いた。
「悪かった……謝るから泣いてくれるな」
そう言って、目元を彼の指の腹で拭われた。
「取り消しなんてできませんよ!? いいんですか!」
「なんで怒り口調なんだよ」
「……いいんですね?」
「急に不安になるなよ、はは」
すねるな、そんなところもかわいい、とかなんとか言って僕をあやそうとするリュカ様。ほんとそういうところですよ! 僕の自信が肥大化したのはきっとリュカ様のせいですから!
軽いリップ音。目を見開いたら、リュカ様のドアップだった。
「好きだ」
「う……。僕も、ずっとだいすき……です」
頭を押し付けるように頬ずりした。
そっか、リュカ様も僕のこと好きなのか。なんだか胸に言葉がすとんと落ちてきた。紛らわしい言い方や余計な装飾のせいで見えにくかった本質がみえてくると、僕はやっと安心できた。
「お前こそ未来の約束までしていいのか? これから悩むことだっていっぱいあると思うぞ。一緒にいるのが嫌になったりするかもしれない」
「構いません。僕の幸せは、あなたと共に在ることなので!」
「そうか……それでいいんだな」
「はい!! 大好きです、リュカ様っ! 僕はこの広場にいる誰より、果報者です!」
――ああ、来年も最高の一年になりそう。
だってリュカ様との思い出がまた増えるのだ。いつだって僕に希望や光もたらしてくれる、ぼくにとって世界で一人だけの――リュカ。
星見の丘では星座鑑賞がすでに始まっていた。かつては精霊の力が最も強まると言われた日であり、星は青白く輝きを増す。受付でマットとブランケットを借りて芝生の上にふたりで座り込んだ。
僕の指輪をはめた手が彼の手によって包まれた。
「ちっさっ」
「む。ちいさくないですよ」
「これのどこがだあ? 口に入れられそうじゃないか」
「っ!? た、食べちゃやです……」
「冗談でビビるなよ、ははっ」
手を引っ込めると顔を近づけあった。唇を寄せたり離したり、お互いの感触を堪能するようにちゅっちゅっと吸い付いた。
(くせになりそう……!)
そうして眠気がピークになった頃、日の出を迎えた。
静かにまどろんでいた、少し冷えた体に、暖色の陽光が当たる。燃え盛るような朝日をふたりで並んで拝んだ。
よりそいながら新たな明日を、祈るように僕らは迎えるのだった。




