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ミニュイの祭日  作者: 月岡夜宵
前章 星降る夜(ニュイ・エトワレ)

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就寝雇用の約束

 アリスの乗った担架を見送った僕とリュカ様は、屋敷の人たちのすすめを断って、僕らも自分たちの馬車に乗り込んだ。雪煙が舞う中、急いで帰宅する流れとなった。

 夜の闇がより一層濃くなった頃、僕らはベルナルド家の屋敷に到着した。

 待っていてくれたフレデリック様が玄関でランタン片手に出迎えてくれた。

「ただいま戻りました、父上」と、リュカ様が僕の代わりに帰宅を告げる挨拶をした。

「ご苦労さま。ルナくんもお腹が空いたろう? 温かいごはんがあるから……」

 フレデリック様は気を遣って食卓へと案内しようとした。ところがそれを遮ったのはリュカ様の声だった。彼は父親であるフレデリック様に謝るとまず寝室に向かうと説明した。そこで、てっきり自分の部屋に入るかと思えば、なぜか僕の部屋の扉を開けてなかに入るよう促した。

「大丈夫か?」

 正直……、立っているのも限界だったのでリュカ様の肩を借りながら、ベッドへ腰をおろした。倒れ込むようにベッドに乗るが、それでもまだリュカ様は隣に立っていた。


「リュカ様……?」

「俺のことは気にするな」

「でも、」

「いいから……おやすみ」


 目元を撫でるようにリュカ様の手が行き交った。寝かしつけようとしているようだ。僕も横になりたくて目を閉じたがそこで、苦しそうな、アリス様の寝顔が過ぎったら、もうダメだった。

「無理ですよ……寝る、なんて」

 気づいたら、岩清水が流れるように涙が流れてきた。はじめはゆっくりとした流れだったが一度流れ始めるとなかなか止めようがなかった。

 屋敷につくまで、結局、一睡もできなかった。不調を感じる体の異変には気づいても、尖った神経のせいで、体はうまく休まらない。より酷いのは精神の方だ。アリス様がどうにかなってしまったらと、そんな悪い想像ばかりしてしまう。勝手にストーリーを造る脳のせいでえづくように泣き出してしまった。こんな女々しい自分にさえ嫌気が差す。


 僕なんかに振り回されるリュカ様もかわいそうだ。彼だって目の下に色濃いくまを作っている。不穏な寝不足はここ最近眠れていない証拠だろう。昼間気づけなかったのはいつかのように、化粧道具で完璧な偽装をしていたのかもしれない。

「僕のことはいいですから、寝てください」

 自分だって、という部分を省いて言い張るもリュカ様は頑として応じなかった。

 室内にギスギスとした空気が漂う。眠れないだけで、こんな雰囲気なら自分としては気絶してでも意識を落としたかった。


 室内の明かりはリュカ様によって消されている。立ち尽くすリュカ様の影がようやく分かる程度だ。

 それなのに目を閉じるのにさえ意識が冴えてうまくいかない。焦りばかりで眠気はどんどん遠のいた。

「待ってろ。なにか持ってくる」と言うとリュカ様が室内を出た。

 扉の隙間から漏れた光がどんどん細くなる。


 ――僕は、自分がとにかく許せなかった。

 

 まぶたに焼き付いたアリス様とリュカ様の完璧な家族写真。婚約の事実を知ったあれからというもの飽きることなく脳内が焼き増している一枚だった。

 苦しい、しんどい、つらい。

 そういった感情に支配されて、とうとう本物は直視できなかった。

 語るエマ様も見守るフレデリック様も、だれもが希望を望んで撮った写真だ。それなのに、僕ばかりが素直に祝福できなかったせいで、ふたりの心に暗い影を落としてしまった。

「ぅく、は……」

 すくいようがない自分の愚かさにため息のような喘ぎ声が漏れた。


 部屋にまた照明の明るさが入ってくる。リュカ様はお盆の上にろうそくを乗せているようだ。彼の困惑顔が火によって照らされてよく見えた。


(戻ってこなくてもよかったのに……)

「温かいお茶だ。飲めるか?」

「いらないです……けほっ」

「とにかく飲め」


 拒絶を気にすることなくリュカ様がすすめてくる。けれど喉にはなにも通る気がしない。

 僕は無言で頭を振った。

 すると、彼の長い指が僕のあごにかかる。視界を埋める凛々しい顔立ち。リュカ様の顔が迫って、そうして口移しに飲み物が入ってきた。舌越しにゆっくりと注がれる。拒否するほどに溺れるような不快感が這い上がり、僕は舐め取るようにお茶を飲み込む。時計の音もわからない暗がりで僕は水を求めた。


 最後の一滴まで注ぎ込まれるとようやくリュカ様の唇が離れた。

 喉の奥がつかえてむせていると彼が背中を優しく叩く。あやすような手つきで、タオルを渡してきた。それも僕が受け取る前に涙が拭かれてしまった。


「泣くなとは言わん。だがせめて心配はさせてくれ。……どの口がと思うかもしれんが」

 眠れない僕を支えてリュカ様が隣に座った。


「お前だって、俺にとって必要な相手なんだ。こんな結果、望まなかったが、これでも答えを練り直してるところだ。だから、今は休んでくれ」と、リュカ様が僕の背中を再度あやすように叩いた。

「もういいんです。僕は、僕が全部悪いって……」

「そんなことはない!!」


 わかってます、そう言い切ろうとして失敗した。リュカ様がそれ以上の剣幕で遮ったから。

 僕はうっかりリュカ様と視線を合わせてしまった。見つめ合うこと数秒、頭を乱暴にかいて向き直る、彼。

「わかり合いたいと、思った。もっと知らなければいけない、と。アリスのことも、……お前のことも。ふたりの願いも知らず立場を押し付けていたことに気づいたんだ。今更だろ?」と、リュカ様は疲れ切った声で自嘲した。


「お前の……否定して悪かった」


 謝罪も突然だった。おそらく僕の気持ちをどうかしていると一蹴したときのことを意味しているのだろう。


「いまさら謝らないでくださいッ!! ひっ、僕は、ほんとに、ずっと届かなくても好きだったのに!」


 ――こんな恋、しなきゃよかった。


 その後悔は何度目だろう。

 最初は叶わない望みのためにそう思っていたのに、いつしか他の誰かを傷つけるぐらいならこの思いを消してしまいたい、そういう気持ちに変遷していた。移り変わっても、思いの本質も、後悔も、変わらなかったが。


「でもこの気持ちのせいでリュカ様もアリス様も振り回した。最低なのは、僕の方ですよ!!」

 やっと絞り出した声に、リュカ様の手が僕のおろしていた手をさすった。

「はっ、どこが? お前もアリスも欲しがった俺のがずっと最低だろーが。俺はどっちも在って当然だと、失いそうになってやっと気づいたんだ。そんなことない、ってことに……」

 「でもそれは」

「家の都合や主人の思惑のため……そうしてお前の恋心すら捨てさせようとした。こんな男でも、まだ……好きって言えるのか」

「……よく、わからなくなっちゃいました」


 急いで目元にタオルをあてて、僕は正直な思いを答える。

 

「あれだけ好きって盲目的に唱え続けて、でもリュカ様の事情も、アリス様の願いも知って、余計に……。っぅ、なんだかスタート地点より後ろにもどちゃった気分です。今は、なにも、考えられないです」

「……そうか」

「傷ついたし、傷つけたし、そのせいでもっとあなたでいっぱいになった。好きが辛いのなんて今更だった。でも、リュカ様との楽しい思い出もいろんなイベントも、僕はっ。アリス様から、奪おうなんてこれっぽっちも思ってなかったのに……ッ!!」



 ――ああ、そうか。今気づいた。


 僕は、彼と一緒に居られたから幸せだったのだ。この恋を初志貫徹して封じていたとしても僕は幸せ者だったのかもしれない。なくなってしまったそのもしもの可能性に、僕は声もなく泣いた。





 ぐずぐずとした鼻も落ち着いてきた頃、泣きすぎたせいかもしれないが涙は止まっていた。僕の目元を確認すると、待ってろと退出したリュカ様がまた戻ってきた。いつかのように、氷袋を片手に。

 それと共に大きな荷物を空いていた左手に抱えている。

 ぽいと無造作に放られたのでこれはなにかと尋ねた。


「お前はいつだって俺に安堵をくれたよ」

「リュカ様、抱き枕なんて使ってましたっけ?」

「お前のためだ」

「へ?」

「睡眠導入剤と抱き枕、足して二で割ったのがお前」とリュカ様に指を差された。

「はあ? ……なんのことです?」


 僕が理解できないでいると、リュカ様はおかしそうに笑いながら再度横に座る。彼は膝を開いてその間に手をついた。

「わからないか? お前は俺に絶対の安心をくれた。眠れず不安になる心にたっぷりの休息をもたらしたんだ。それでも理解できないなら……そうだな、信頼、だろうか」

(ああ、それなら理解できなくもない)

 僕はただ一心に願っていたから。彼の安息を。だからこそ、そこに絆が感じ取れる信頼、という言葉はすとんと刺さった。

「リュカ様も眠れてませんよね?」

「……バレてたか」

「ごまかしてもむだです。あの……一緒に、寝ますか?」


 確認の意味を込めて聞くとリュカ様はびっくりしたような顔をして、ふはっといつものように笑った。

 起き上がろうとした僕を戻して、ベッドに押し倒す。

 手と手をつないだまま、彼にのしかかられてしまい、つい凝視した。

 

「寝る……んですよね?」

「そうだな」

「あの、じゃあ、これは?」

「お前って……案外、可愛い顔してたんだな」

「ぎゃ!? な、なななな何を!?」

「いやなんだ、泣いた後のわりには惹かれるなと……」

「いじめっ子はんたーい!!!!」

(待って。この状況はなんですか?)


 つい大声で遮って耳を痛そうにしたリュカ様からデコピンを食らってしまったが、ずるいのはリュカ様の方ではなかろうか。僕は悪くないと思う。


「おい、あのカラーはどこだ」と言いながら彼はベッドサイドのチェストを急に漁る。

 僕は、「寝るんですよね?」と再確認した。

「もちろん」と彼はなんでもない風に答えた。

(これ噛み合ってます?)


 言われた通り、ふくろうの飾りのついたチョーカーの位置を示すと机からケースごと持ってリュカ様が戻ってきた。僕の首筋をじっと見てからカラーの留具を外して首に向けてきた。つけるよな? と確認を一応されたけど、拒否する選択肢ってあったのだろうか。分からぬまま、彼に手ずから装着された。


「えーっと、あの?」

「よし、寝るぞ」

「寝心地悪いんですけど!?」と間髪入れず突っ込むと寝るまでだと半笑いで答えられた。

「お前が寝入るまで付けいてほしい。あとは俺が外すから」

「はあ」


 なんだかわからないまま眠りにつく体勢を布団の中で探していると。

「どうなるかはわからないが……、この先どんな形になっても一緒にいさせてくれないか。俺の決断だって、添い寝は半端に放り出してもらって構わないものじゃないんだ」


 自分の喉が鳴るのを聞いた。

 わずかな期待に腕が伸びそうになるのを必死で押さえて、僕は布団に潜り込む。そんな僕を包むようにリュカ様が潜り込んできた。体と体を密着させて、僕らは眠る。


「抱き枕はおまえじゃなきゃ変なんだ」

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