仲直りのサイン1
秋色の紅葉の絨毯が地面いっぱいに敷かれた頃、染め上がった樹木を眺める僕がいた。すっかり玉砕したように、気持ちだけは晴れやかな今日このごろ。話し合いの末保留となった僕とリュカ様との関係は10月も継続し、今日も今日とて僕は複雑な思いを秘めたまま執事仕事に励んでいた。
本日のリュカ様のご予定は、ええっと、午前中はお勉強。午後はこの前話に出ていた婚約者であるアリス様とのお茶会だったよね。今回は顔ぶれも異なり、リュカ様も婚約者としての参加義務がつきまとうため、大人しく最後までいるという。僕は列席者としては参加はしないが給仕として控えるため、その準備や対応には追われており、目が回るような忙しさだった。
そんなこんなでお茶会当日――馬車は現れど、しかし約束の時間になっても現れない最後の出席者がいた。その説明にアリス様の父親であるオスカー様が現れて一同に謝罪した。曰く、「目を離したすきにうちの娘が消えていた」と。
アリスちゃんは騒ぎを起こす天才かな? 僕は胃痛を感じながら屋敷総出での捜索作戦に参加するのだった。
とにかく彼女を探すことになった僕だが、名探偵らしく馬車の方から推理を始めた。すると茂みに車輪が通ったような痕を発見し、それを追跡することに決めた。ところが、珍しく勘が働いたというのにあと一歩(僕の体感では)届かない。屋敷の本館に続く車椅子の道は絨毯によって途絶えていた。
(ううん、困ったぞ。これでは探しようが……)
近くの扉がひとりでに物々しく開いたせいで、僕は口から心臓が飛び出すかと思った。
ヒヤヒヤしていると室内から声がする。
「あら? あなたたしか……ルナね?」
「そう、じゃない。はい、アリス様。それでは会場にお戻りに……」
「そんなことより肩くるしい言葉をまずおやめなさい」
(そんなことって……)
リュカ様の婚約者で今回のお茶会の主賓なアリス様は、しかし会場に戻りたくなさそうで、代わりに僕に言葉遣いを改めるよう命じた。
彼女の身を優先して仕方なく応じると、彼女は目線をそらしてもじもじと膝の上に置いた指先を撫でながら言った。
「その……ごめんなさいね」
「ん? なんのことです?」
「……っなんでもないわ!!」
(はあ……?)
なんだかよくわからない謝罪を受けて僕は困惑しきりであったが、そんな僕でもここにきてひらめきがあった。
確信をもって彼女に向けて問いかける。
「もしかしてお茶会嫌いなんですか?」
「……わからないわ。参加するの初めてですもの」
(この年で?)
僕は不可解に思った。
アリス様はたしかリュカ様と同じ16歳だったはず。小規模な、それこそ僕が参加したようなお茶会なら貴族ならばだれしもありそうだ。そうでなくたってアリス様の外見なら引く手あまただろうに……。
素直に不思議だなと思ったが、もしかしたら父親であるオスカー様の過保護ぶりのせいだろうかと思った。たった一人の愛娘にしてはやけに過干渉な気もするし。
「アリス! こんなところにいたのか!」
振り返るとタイミングよくオスカー様が登場していた。
アリス様は顔をしかめて車椅子ごと向きを変えようとした。
しかし、そこは逃走慣れしているオスカー様で、車椅子の取っ手を引くと慌ててオスカー様が押す。
時間が惜しい様子で、僕も彼女らを追いかけて、遅まきながら会場へと向かった。
だがそれは何の前触れもなく訪れた。
言葉数少なくお茶会に参加していたアリス様が突然倒れたのだった。
慌てて客室へ運ばれて屋敷の医師が呼ばれた。僕は蚊帳の外で、結局中止になったお茶会の後片付けに追われていた。おやつの時間が完全に過ぎ去った頃、僕は客室へと出向いた。そこに、アリス様はひとりきりで居た。僕が許可を得て入室すると、アリス様は窓辺を向いて、返事をしたきりこちらを向かなかった。
「あなたもどうせわたくしのことおじゃま虫だって思ってるくせに!」
「なんのこと!? え、ちょっと、アリス様!?」
「わたしが普通じゃないから……だからお父様も……リュカ様も……」
(は、え? 急にどうしたんだ)
なんだか様子がおかしい。
アリス様は初対面の頃が嘘のようにしとやかさをかなぐり捨ててベッドに当たる。クッションを引き裂かんばかりの勢いでむしり、やつあたりを始めたのだ。精神的に追い詰められているのか、ヒステリーでも起こしているようだ。
「どうしてッ、私なのよ……」
当たり散らすアリス様は自分の太ももを叩いて絶叫した。
彼女を止めようと僕が半狂乱のアリス様の相手をしていると隣の部屋からオスカー様が現れてアリス様を抱きかかえた。オスカー様は「すまない、僕が……」と娘相手に謝っている。
そうこうするうちにすすり泣く声が漏れ聞こえてきた。オスカー様の胸の中で泣いていたアリス様は僕に向かって腕を伸ばす。
「ごめんなさい、……ルナぁ……っ」
僕に抱きつくちいさな体。涙を流すアリスに僕は目を白黒させていた。
客室をオスカー様をともなって出る。
その後、オスカー様が事情をいいにくそうに説明してくれた。
「症状が悪化しているんだ。あの子は先天性の病でね、妻と同じ病気にかかっている。そのせいで僕はサラを亡くした。せめてあの子だけはと願っているが……」と、やりきれなそうに丸めた拳をおろした。
夕方、オスカー様と別れた僕は使用人棟の私室に帰ってきた。晴れていた空のおかげか、高くのぼった夕陽が室内を明るく染める。このきれいな夕陽をアリス様もみているのだろうか……。
情報を整理すると、アリス様は深刻な病にかかっていて、ふさぎ込んでいる。どうやらあの後もオスカー様はもちろん、時折現れるメイド、それからリュカ様にさえやつあたりしていたそうだ。よほど本人の中でショックな報告でもあったのだろうか、僕は彼女を心配することしかできない。
呆然と室内から庭の花壇を眺めていた寂しげな後ろ姿が、いやに印象に残った。




