意地っ張りと脱げないシャツ1
翌朝、僕は自分の部屋のベッドに居た。仕事も完全にやる気をなくし、呼びに来た使用人仲間の声も無視している。そのうち食事だけが盆で運ばれて、室外に置かれた。それでも、僕には起きられるだけの気力が湧かず、室内でずっと寝転がっていた。
立ち直れないままそれからさらに日が落ちて、また日が昇る。
いい加減にお腹が空いたので、僕はそっと、扉を開けてすっかり冷めていたジャガイモのポタージュとたまごのサンドイッチという軽食のメニューを頬張った。お行儀も悪いまま貪ったが、失恋してもお腹って減るんだな、そういえば今日という日も来たな、とどこか他人事のように思うのだった。
屋敷での僕の扱いがどうなったかは知らないが、食膳にはメモが貼られていた。メモは女性らしい筆記と文体で、「色々あるでしょうが私はまた元気なルナちゃんに会いたいから、今はゆっくり休んでちょうだい」と書かれていた。母親だった頃のようなあたたかさが滲むメモになぜか涙の匂いがし、僕は目元を拭いた。
奥様たちの間では、もしかしたら風邪とかで寝込んでいることになっているのかもしれない。そう思えば少しはましになった。リュカ様が報告すれば一発で終わりな気もするが、……やめよう、今はあの方のことは考えたくないし。
ご飯を食べたらちょっぴり元気がでた。もらったエネルギーで僕は外にでてみることにした。
使用人棟は驚くほどがらんとしていた。それはそう。使用人なら普通は昼間、本館の方で仕事をしているもの。僕はそのまま通路を抜けて、庭に出た。これからこっそりある場所へ向かおうと思っているのだ。なるべく人と鉢合わせしませんように。そう、祈りながら歩いた。
屋外に出ると昨日の雨のせいか空気が澄んでいた。遠くでは青い空に輝く山の頂までみえた。山岳を背景に本館に入るとまっすぐ目的地に向かう。奥まった通路を選んで進むと、道中でメイドさんたちとも遭遇した。でも彼女らは僕をみつけるとやわらかな笑みを向けてササッと自分の仕事に戻っていってしまった。正直ほっとした。今詳細を求められても答えられる自信がないし、笑いの種にできるほど自分の中でも消化しきれていないから。洗濯籠やら本を片手にぱたぱたと動く彼女らを横目に、僕は一人、温室にたどりついた。
静かだ。ほんとうに静かだ。
この場所はめったに人が訪れないから安心して来れる。
扉のノブを回して遠慮なく入った。
子供心にこの秘密基地めいた空間をみつけた時は目を丸くしたものだ。楽園のように多種多様な植物が所狭しと並び身を寄せ合うサンルームは、庭とはまた違った魅力がある。なんでも、エマ様のお母様が趣味で広げたというこの温室は彼女の隠れ家であったそうだ。辛い時や悲しい時、ここに隠れては彼女は植物たちとおしゃべりしていたという。厳密にはぐちを聞いてもらうだけで草木の声を聞いていたわけではないとは思う。けれど、いまならそのお母様の気持ちがよく分かる。なにも言わず、なにも聞かない植物は、最高の聞き上手だ。そのくせみどり特有のあたたかさとほんのりとした命を感じ取れて、僕の心はセラピーでも受けたようにほぐれていく。
(あぁ、あったかいなぁ……)
一時はこの温室もなくすような話も出たらしいが、その後エマ様のお母様が体調を崩し外にでられないときに重宝され、以来彼女の忘れ形見のように大切にされているらしい。面倒はフレデリック様の指示のもと庭師の人がしているのだとか。
撤去されなくてよかった、と思いながら僕は植物園のような温室で過ごす。
温室内部の気温は南国の植物用に外界より高めに設定してあった。そのおかげで昨夜の雨で冷えた体もあたたまる気がした。
――カシャン。
どこかで扉が開いた。




