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ミニュイの祭日  作者: 月岡夜宵
前章 星降る夜(ニュイ・エトワレ)

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喧嘩腰の告白2

 リュカ様が去ったあとでわざと扉を音を立てて閉めた。そのままベッドに潜り込むとふて寝するように眠りについた。それが昨日の話。


 そして現在。リュカ様は控えめにいって怒っている。僕とは目も合わさない始末だ。目が合いそうになるとフンとそっぽを向いて顔ごとそらす。それが僕には無性に腹立たしくもあった。




 僕らを呼びつけたエマ様が声をかける。

「ふたりとも喧嘩でもしてるの? 珍しいわねぇ……」

 エマ様は他人事のようにむくれている僕らを構う。こどもみたいな扱いをされて大変不本意な僕だが、エマ様相手に癇癪をおこしてもしょうがないので、僕らも彼女の前だけは外面を装うことにした。リュカ様はといえば相変わらずそっけない対応で返している。


 庭先に長椅子を並べてその1つにエマ様が座る。日差しが差す中、日傘片手に優雅なエマ様は大変絵になるだろう。傘のなかで日差しをきにするように空を見上げてからエマ様はつぶやいた。


「今日呼んだのはほかでもないの。今度アリスちゃんのためにみんなでお茶会をひらいて歓迎しようと思って!」

「なるほど、いい案ですね。それならアリスが喜ぶように花の飾り付けを……」


 エマ様の提案にリュカ様は同意した。そのまま彼らは妥協することなく案を煮詰めていく。話がとんとん拍子で進む様子を僕は薄目でみるとやってられないと庭の植木をなんとはなしにみつめた。


(これなら僕抜きでもいいじゃないか)







 青い芝生の上に落ちるイチョウの葉。遠い畑では小麦の黄金の波が見られる頃だろうか。風に揺れる麦の穂を思いながら屋敷に戻ろうとすると後ろから肩を掴まれた。

 強引に呼び止めた相手に僕は眉をひそめる。「なんですかリュカ様」と。


「……さっきの態度はなんだ?」

「なんのことですか」

「とぼけてもむだだ。話にも加わらず仕事も放棄してたじゃないか。まさかアリスに嫉妬でもしてるのか? 自分が構われないからってひがむなんてらしくないぞ!」


 頬がかあっと熱くなる。見当違いな指摘だが完全に間違っているとも言えない、リュカ様の非難。真実はとても話せないため、僕は口を動かして、……言葉を返すのをやめた。

 僕は彼への弁解を諦めたのだ。だって、あまりに不毛じゃないか。

 ならばいっそ、野次るでも詰るでも、すきにすればいい、と。そんな態度でリュカ様に向き合った。


 ふたりきりになると詰め寄ってきたリュカ様も僕の態度に言葉を失う。

 昼の庭先、雲行きの怪しい空模様がみえた。すこし肌寒い風が吹きすさぶ。


 すこしの間をおいて、思い出したようにリュカ様は僕に怒鳴った。


「大体っ、昨日の態度はなんだよ。お前さ、変だろ。なんで避けてる? そもそもどうして寝室に来ないんだ。お前俺のパートナーだろ!?」


 対面で胸を押されて僕の足はたたらを踏む。


「やるべき仕事もサボって、主人の命にも背いてる。……おかしいだろ」


 昨日の反省まで促されて立つ瀬がない。抑えきれない苛立ちがこみ上げる。喉元まででかかった罵詈雑言をぐっとこらえて、ストレスで頭髪を乱暴にかいた。ちらちらとよぎる完璧な家族写真に胃の奥がむかむかする。僕は威嚇するように深く息を吐いた。目を閉じて考えないようにしているとそれすら反抗的な態度として取られたようで思い切り叱られる。いつになく高い声で、真剣なまなざしで。


「」


 ああ、リュカ様の声が届かない。声はするのに頭の奥ではモヤがかったように、かすんでしまう。きっと僕の恋心だっていつかは風化して凸凹になって見るに堪えない傷跡だけが残るだろう。


「」


 完全に雨音がする。どうやら本格的に振り始めたようだ。ザーザーとノイズのように降りしきる雨。まるでここだけ世界から切り離されたみたいな、そんな感覚。


 点滅、それから暗転。


 空が光った。落雷だ。つんざくような悲鳴をあげて亀裂が走った僕のこころのように。どこかの木に落ちたのか、バキバキと小気味いい音が耳に届いた。ああ、木だってあんなに簡単に朽ちるんだ、人間のこころだって簡単に毀れるだろう。たとえば――こんなふうに。


「あなたに何が分かるんですか……。僕は僕だって一生懸命ッ!!」

「だからそれが出来てないって言ってるんだろう!?」


 僕は丸めた握りこぶしをほどいた。

 あまりにもひどい決めつけだ。気づけば僕の目は落涙していた。あふれて流れる涙の雫、とめどないそれは僕の口から上がらない断末魔のように思えた。

 リュカ様はなお、光る眼差しで凛々しく言い放つ。


「俺にだって責任感がある。お前の主人としてや、婚約者としての……重圧が。泣けばなんでも許されると思うな。お前だってもうすぐ一人前になるんだぞ、(主人)のために」


 主のため、それは今までだったらイコールでだいすきなリュカ様へと結ばれていたのに。ハートの心臓には亀裂が生じ、思いは歪みきってしまった。

 わかってる、これが全部錯覚なんだって。

 そもそも思い違いも甚だしい恋だなんてことは……全部、全部。

 だから今のフレーズを聴いた瞬間、僕のこころは粉々になった気がした。すすり泣いてるのに、自分の口からはなぜか、笑い声にも似た哄笑が漏れた。


「あ、はは……なんでですか」


 音を絞りすぎて届かない高い声。歯を食いしばっても、我慢しきれなかった思いが口をついて飛び出した瞬間だった。


「べつに僕じゃなくたっていいじゃないですか! 僕はあなたの枕でも、都合の良い便利な相手でもない!! 持てるからってなんでも振りかざさないでください!」


 自分の声もまともに聞こえないような激しい雨の中、僕は怒鳴っていた。

 やつあたりするだけして逃げようと踵を返す。ところがそれはリュカ様に阻まれた。彼によって右腕を握られて引き止められる。許さないと言外に力をこめられて。


「離してください!」

「……は? なんだよそれ」

「もう一緒にいたくありません。口もききたくない!」

「ッぅ――『Stop(やめろ)

「うぁ……、ぐっ。卑怯、ですよ……コマンドなんて!!」

「はは、俺が卑怯? なんとでも言えばいい。俺はお前の言うように貴族で、主人で、ごうまんな持てる者だからな。欲望に忠実で何が悪い」


 ギロリとしたきつい眼差しが降り注ぐ。

 僕はリュカ様の経験のない怒りに体が震えた。こころなしか体温も下がっていく。


(これ、まさか、グレア(・・・)を出してる……?)


 グレアとは、ドムが不機嫌なときに出す威圧感のようなものである。サブが浴びせられてしまうと身体が震えたり恐怖に飲み込まれてしまうらしい。らしい、というのは僕は今までグレアを浴びたことがないから経験がなかったのだ。




「『Down(伏せろ)』」


 僕の体は硬直していたが、それでもドムの命令を全うしようとわずかに動く。心に反して体はその場にかがんで、リュカ様を見上げる姿勢をとっていた。


「「やめてください……もう、こんなこと」

「『Shut Up(うるさい)! Corner(壁に向け)、そこでおとなしくしろ」


 そう言うとリュカ様は僕の体全体を背後から羽交い締めにした。引き留めるように抱きつかれ、首筋に口元が当てられる。抗議しようにも僕はグレアとコマンドのせいであっあっ、と音にならない声をあげるので精一杯だ。首筋に当たるリュカ様の吐息が息苦しい。物々しい雰囲気の彼からいますぐ逃げ出したい、そう思った。


 怖さと、理解不能なおぞけ。今の彼がなにより恐ろしいものに感じた。

 わずかな抵抗をも封じるように、ますます強くなる拘束する力とグレアが僕を追い詰めていく。 

 顔を壁に向けたまま静止する僕ら。流れる時間もわからないまま、ただ雨だけが降りしきる。


 Cornerはコマンドのなかでもとくに反省を促したり、お仕置きに使われるもの。見に覚えのない罰を与えられ、僕の心はずたずたに引き裂かれる。わけもわからぬままリュカ様によって命じられるコマンドの数々と、支配的で暴力的なグレア。精神は、崩壊寸前。


「あっ……う」


 ボロボロと涙がこぼれて頬を伝っていった。

 思わずじぶんの手の甲をみつめた。甲の皮を引っ張るようにあまがみして耐えていると彼が僕の名前を呼びながらうなじに吐息がかかる。

 その時、ふと、初めてコマンドを使われた日のやりとりを思い出した。ちょっぴり強引ででもやさしいプレイの直後、あのときたしか、彼は僕に言ったはずだ。


『……、わかった。つぎは○○○も用意させる。どうか機嫌を直してくれ』


 以前の約束に目を見開く。一縷の望みをかけて、僕は言い放った。


「シップ」








『緊急のときでも立ち止まれる言葉がいいぞ』

『なら、船……ですかね? これならリュカ様のトラウマを刺激できそうですし』

『それはたしかに使われたら凹むな。にしてもずいぶん的確のを選んだな。お前のことだから俺はもっと無意味にかわいいのを選ぶと思っていたがな』

『大丈夫ですよ、きっと使う機会なんて無――……』


 肩をすくめてみせた彼に、僕は安心しきった顔で説明した。

 軽口のような流れでチョイスしたワード。

 それはリュカ様が初めて(・・・)の時に用意させると約束していた、僕らの間のセーフワードだった。







 つまり、プレイの失敗だ。


「ひっ、……かはっ」


 愕然とした。理性を取り戻したのかリュカ様がふらふらと遠ざかる。離れるリュカ様の異変に僕は気づいた。彼は、いつかの悪夢に苦しめられた時みたく、自分で自分の首を締めていた。

 こばんだのはたしかに僕だが、その姿をみても、それでも傷つかないわけではない。

 僕は子供みたいに泣きじゃくるしかできない。

 僕の方をみつめるリュカ様。段々と苦しそうな吐息が薄れて、首元から手が外れた。

 リュカ様はこちらに手を伸ばす。

 僕は手を取れないまま、反射的に一歩下がる。




 ぎしぎしと鳴っていた僕の心は、軋み続けて、とうとう壊れてつかいものにならなくなった、恋心の歯車だ。




 リュカ様は信じられないという目で僕をみつめる。

 唖然とする彼に説明しようとして、何度も言葉を選ぼうとして、結局僕は失敗した。

 こんな赤裸々な告白でしか、あなたに渡せるものがないなんて。


「僕、が、ダメだったのは――ぜんぶあなたがだいすきだったからですよ」


 あけすけな告白のタイミングで雷が落ちた。ドーンと轟音を響かせて、僕らの顔が光り、明滅した。照らされたのは、雨に濡れて髪が張り付いたリュカ様の顔だった。彼からみた僕はきっと泣いていただろう。

 リュカ様が尻もちをついた。

 あんなことがあって動けない彼に近づく。うろたえる彼に近づくと、まるで押し倒したような格好になった。そっと石畳の上に手を置く。

 彼の顔がよくみえた。

 力の入ってない眉毛、呆然と開いた口、こそげるように表情をなくした頬。

 僕の告白に驚いている証拠だ。

 情けないことに、言ってしまった僕はもう引けなかった。


 雨に濡れた青臭い草の匂いがあがってくる。静かな間を置き、遠雷を耳にする。雨はまだ止まない。絡み合ったまま動かない僕ら。


 望めばキスすらできそうな距離にあっても、僕らの心はーー。


 僕はリュカ様の頬に指先をかけたが、こわばった仕草を感じて、すぐに外した。上半身だけ起こすように離れて、笑う。きっと泣き笑いの表情に見えたんじゃないかな。


「僕じゃだめでしたか?」


 つんと鼻をさすような、痛み。

 それを感じながら僕はリュカ様に再度問いかける。

 僕じゃだめでしたか、と。

 彼は相変わらずわからないように不審げに眉を下げた。


「こんな時に、なんの話だ?」


 緊張感からかリュカ様の喉仏が上下している。僕にはリュカ様が抱えているものがわからない。つまりはそう、問いかけの答えなどとっくに出ている。




「家族から突き放されて絶望していた僕。さりげないメッセージが、どれほどありがたかったか。応援されてあなたへ違う形の好意をもった。意識すればするほど深みにはまる恋をして、あなたとの日常でこの二年、ずっと色づいていた。隣にいれば伝わっちゃいそうなぐらい好きって言葉がとまらなかった。それはトラウマを打ち明けられた日も、ふたりで街に繰り出した日も、風邪で寝込んで弱った日も、お茶会に参加して懐かしい話をされた日も、お祭りにでかけて感動した日も……ずっと、変わらなかったのに。でもやさしいあなたは残酷でした。婚約者ができるなんて、僕、知ってたら……。僕は、こんな恋、選ばなかったのに!! っ、ひどいです、リュカ様。僕はこの恋をどう諦めたらいいか見当もつかないのに、あなたばかり先に進んでしまうんですね……。いっそ切り捨ててくれたほうがありがたかったのに!!!!」




 とめどなくあふれる思いを最後まで出し切る形で吐き出した。おかげか、喉のつかえは取れた。


 自分の立ち回りがおかしい自覚はしている。僕はとうとう泣きながら本心をすべて暴露したのだ。こんな形は望んでなかったのに、明かす(ルナ)も暴いてしまったあなた(リュカ様)も動揺している。




 この関係を諦めて手放す覚悟もできないまま、僕は答えを放棄した。リュカ様とどうしても離れたくない、そんな本心を無視して――。


「冗談……、だろ。好き、なんて嘘だよな?」


 僕は絶句した。

 思いの丈を聞いてもそれなのか、と落胆とともに顔を伏せる。石畳のタイルが目に入って、つま先から血が滲むのも構わずタイルを抉った。否定された思いはどこに捨てればいいのか、わからぬままに。


「……俺達は、そんなんじゃない。違うよ、なあ、そうだろ? 男同士で、まして主従(・・)だ。おまえ、どうかしてるよ……」


 うなだれる彼の乾ききった言葉を耳にする。

 見事なアーチが一箇所だけ剥がれたタイル。にじむ血が、濡れた地面に染み込んでいく。


 分かりあえない僕と彼では釣り合うはずもなかったのだと、僕の目からはもう涙は流れてこなかった。

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