喧嘩腰の告白1
夜、使用人の部屋の窓から僕は三日月をみていた。
窓ガラスが風でカタカタと鳴っている。だんだんと雲が出てきた。雲が月を隠すのをぼーっと眺めていると、そういえばそろそろお月見の季節だな、と思った。
――トントントン。
布団に入るにはまだ早い時間。そんな時間の来客を告げるノックだ。僕は仕方なく起きた。
「こんな時間になんですか。僕、眠いんですけど……、ッ!」
「夜分遅くにすまない。俺だ」
眠りたいけど眠れない、そんな不機嫌さをあらわにしながら口にした。けれど、眠れない夜に現れたのは避けていたはずのリュカ様だった。
僕は、突然の来客に驚いて扉を閉めようとした。
ところが、その扉との隙間に足を差し込んでリュカ様はいう。
「逃げんな」
開口一番核心をつかれて腹の内が痛い僕は言い訳をした。
「べつに、逃げてませんよ」
「……本当か? お前、俺になにか隠し事してないか」
疑う視線が僕をじっとみつめてくる。後ろめたい僕は、ついそれに耐えきれずそっぽを向いた。
「なんだ、また反抗期か? それとも風邪でも引いて弱ってんのか。――昼間、様子がおかしかったから見に来たんだ」
僕の様子に彼は険しい表情をゆるめて、僕のことを労るように心配している旨の言葉を吐き出す。けれども、それがどうにも今の僕には逆効果であった。わけもなくイライラが募ってしょうがない。腹の底で湧くような苛立ちを必死に押さえて、僕は扉を閉めようと強硬手段にでる。
「だいじょうぶです、とにかくもう帰って……ください」
リュカ様を押しのけようとするが、彼の体は容易に退けられない。こんなのは主人への背信もいいところだが、僕は自分の行動に目をつぶった。
そうやって部屋にあげないまま戸口で応対していると。
「調子悪そうだから一緒に寝るぞ」
「……いやです」
「なんでだ? ただ寝るだけだぞ。なにか都合が悪いことがあるなら言ってみ、……」
「絶対イヤ!!」
パシンという乾いた音、彼は叩き落とされた手を反対の手でおさえている。
僕も、彼も、双方呆けたような顔になっていた。
強引に乗り込もうとする主人に気づけば手をあげていた。そんな自分が信じられない。普段ならありえない行動にでた。そのせいで、余計に気が立ってもう自分の中身がぐちゃぐちゃになってしまいそうだった。端的にいえば「怒りで我を忘れそう」だ。
些細なことが目についてしょうがない。
彼と一緒にいると、彼と一緒にいるべき人までちらつく。
この負の連鎖が僕を追い詰めて、こころに重くのしかかる。
(まともな判断なんて、できないよ。いつからこんなに息苦しいんだっけ?)
トゲトゲしい態度を収めて年上らしい態度に切り替えたリュカ様だったが、これにはたまらず、壁を叩いて抗議してきた。
「寝るだけだ、なにもしない。それなのにどこが不満なんだ。俺は婚約で忙しい、疲れているんだ。なあ頼む、もう寝かせてくれ」
彼の言ってることが正解なのはよく分かる。しかし微塵も納得できないのが人情というもので。
僕は僕で、主人のさも当然といった無神経な態度に発狂しそうになっていた。
(添い寝は、そう簡単な覚悟じゃありませんよ。ねぇ、リュカ様……)
僕は願いを込めて、リュカ様に頼み込んだ。
「無理です……。お願いだから今日は部屋に戻ってください。僕だって寝たいんです。もう、疲れた……」
「なら! ……ッ!?」
これ以上怒声も抗議も聞きたくなくて、強引にリュカ様の口を封じていた。口元に当てられた手を信じられないような目でみるリュカ様。ごめんなさい、僕はそれだけを言って、手を取った。
不穏な空気が僕らを包む。横たわる溝に理解が及ばない。相手のことを理解したいけど、すり減らした神経はこれ以上の作業を拒絶する。
「僕のことは放っておいてくださいよ……」
こわばった顔を無理に取り繕って苦笑いを浮かべた。つぱった表情筋の一筋一筋がブチブチ鳴って途切れそうに思えた。
「それは帰れってことか……? ――もういい」
リュカ様はそれ以上こだわらず、くるりと背を向けてすたすたと去っていった。廊下を歩くスリッパの音だけが妙にむなしく響いて聞こえた。
逆なでされた神経の不快感だけが室内に残っていた。




