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ミニュイの祭日  作者: 月岡夜宵
前章 星降る夜(ニュイ・エトワレ)

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くもりガラスの晴れないまにまに

 コスモスの咲く中庭の花畑で、僕の好きな人は、誓い合う仲の相手と微笑んでいた。僕はその幸せそうな家族写真を眺めてみていることしかできなかった――。




 その記念撮影から三日後。秋の空気が深まった頃、寝ていた僕のもとまでその電撃発表が漏れ伝わってきた。アリス様とリュカ様の婚約が、正式なものとなり、屋敷中に広まったのだ。


 僕は、窓の外から黄葉しつつあるイチョウの葉をみつめる。パジャマの下で胸がぎゅっと痛んだ。押さえてみても僕の頭はいまだ冷静さを欠いていた。

 率直に言って、動揺を隠せない。

 突然現れた婚約者の存在。エマ様もフレデリック様も、オスカー様までもが手放しに喜んでいたことを僕は思い出す。祝福の対象となったリュカ様もアリス様も控えめに並び立つ姿は大変お似合いにみえた。それが、少なからず……苦しい。


 アリス様は、初対面ではそれこそ嫌味な相手で、悪印象も抱いた。だが話してみれば、彼女にもなにか事情がありそうで、婚約に悩み迷い踏み出すか戸惑う、普通の少女。リュカ様は、言わずもがな。いまさら僕が語ることなどないだろう。


(だめだ、こんなこと考えちゃ……とにかく仕事しよ)

 僕は頬を叩いて無理にやる気を出した。







 屋敷内廊下。南向きの格子窓から昼間の日光が入る。僕は廊下の突き当りを洗濯かごを持ったまま抜けようとした。

 その時ふいに、窓の外がみえた。眼下には、今朝方みたイチョウの木の下で、葉っぱを拾って眺めているリュカ様がいた。


「リュカさ――……っ!」


 声をかけようと窓を開けたタイミングで、僕は思わず顔をしかめた自分に嫌気が差した。


 リュカ様のもとには先客がいた。彼が拾った黄色い落ち葉をハンカチで包んで受け取るアリス様の姿があったのだ。頬を染める彼女はイチョウの葉を丁寧に扱い、眺め終わるとカバンにしまった。

 アリス様の声を聞くリュカ様は相変わらず笑っている。ふたりは楽しくおしゃべりに興じているようだった。


 胸はまだ傷心中のように痛んだ。いや現に僕のは一方的な片思いで、実るはずのなかったこの思いは、受け取り手のいないまま傷んで腐敗するのを待つだけのあまりものなのかもしれない。

 いずれは朽ち果てるだけなのに。なおも手放せないのは僕が愚かだからだろうか、それとも。

 僕はそっぽを向くと格子窓をおろして閉めようとした。その時。


「おーい、ルナ! お前も来いよ!」


 リュカ様に呼ばれるが、僕は顔を隠して窓を閉め切った。







 婚約発表に乗じて忙しかったのか、呼ばれたのはこれが初めてでも、あれから僕はリュカ様に声をかけられないでいた。僕はおもわず唇をかみしめた。この三日間、こらえていたものがせきをきったように溢れてしまう。


 あんな素敵な子が現れるなんて知らなかった。知らないから、単純な僕は、やさしくされて恋に落ち、情にほだされてパートナー関係を結んでしまった。分かっていたらこんな不毛な恋なんかしなかったと思う。

 適当に進んだ廊下で立ち止まる。洗濯かごを脇において、窓の下からみえないように座り込んだ。手で頬を拭っても、やっぱりボロボロと湧き上がる涙と嗚咽のせいで、うまく隠せない。


『おーい、ルナ! お前も来いよ!』豪快に笑ったあなたの笑顔が焼き付いて頭の中から離れてくれない。僕はいつまで好きでいればいいんでしょうか、神様。


 何度願っても、どんなに後悔していても、隣に立っていいのは僕じゃない。

 それを理解してもなお無理だった。


 嗚咽まじりの声でなんども名前を呼ぶのをためらう。苦しい時にもそばにいてくれた主人は、もうあの人は、僕の特別な相手ではなくなったのだから。

(二年前に戻りたい……)

 僕は行為を抱いた自分自身を恨めしく思いながら顔を立てた膝に埋めるのだった。

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