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ミニュイの祭日  作者: 月岡夜宵
前章 星降る夜(ニュイ・エトワレ)

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リュンヌ狂詩曲3

「きみはアリス、だよね? ねえ、そちらの方は?」

「わたくしのダディよ」

「パパぁ!?」


(あ、やっぱり)

 最初は婦人と殿方で、連れ添った間柄なのかと錯覚したが違ったらしい。だが疑問が一つ残る。それは取り残された例の存在だ。


「じゃ、じゃああの子って……」

「オスカー、みせてさしあげて」


 ふふんと鼻をならして父親のいる右手を広げたアリス。

 オスカーと呼ばれた父親は、大きなボストンバッグをがさごそ漁ると人形を抱きかかえて彼女にうやうやしく渡した。


「わたくしのベアトリスちゃんよ。可愛いでしょう?」

(おっ、おにんぎょうさんなのー!?)


 僕はたまらず白目をむいた。




 不穏な会話は、要約するとつまり、大事な用事があって持っていけない(おもちゃをもっていくなんてとんでもない!)という父親が隠してだか忘れてだかした人形を持ってきてほしいと駄々をこねていた娘のわがまま、ってこと!?

(なるほど、理解した)




「この子はね、お母様が作ったお人形なの。名前はアリスがつけたんだけど、とってもかわいいでしょう? わたくしのことを想って生まれる前に作ったのですって……」しみじみと語る彼女の瞳には、母親への深い愛情がみてとれた。


 よほど大事な人形らしいと、人の機微にうとい僕でも分った。


「アリス・クーロンよ。ルナリード、よろしくね。それからさっきはごめんなさい。あなたにとっては不快なことだったんでしょうね」


 自己紹介の挨拶だ。彼女は握手を求めるように手を差し出す。


「僕も悪いから気にしないで、ほんとごめんよ。みんなからはルナ(・・)って愛称で呼ばれてるんだ。よろしく」


 僕も手を差し出す。交わした手はやっぱり細くて僕のほうばかり緊張していた。


「ルナ……ふむ。そっちの方がかわいげがあってあなたにぴったりね」とアリスは花がほころぶような笑みで笑うのだった。


「ところでダディ? なぜ邪魔くさいかばんまで持ってきたの? いくらなんでもこのお家に迷惑でしょう、そんなものおいてきなさい!」

「え……せめて見えないよう持っていくっていうパパの配慮は」

「そんなものいらないわよ!」


 目に見えて落ち込む姿のオスカーさんは再度馬車に戻っていった。引き返すときに聞こえた「これじゃ完全に遅刻だよ……」という哀愁たっぷりの嘆きが、ほとほと娘に手を焼いている父親という像を顕にしていた。




「まったくダディは、これだから」アリスは手を左右に広げやれやれと首を振った。

「いやきみのせいでしょ」

「ルナまで大人みたいなこと言うのね」


 僕がつっこむと彼女はとたんに不機嫌オーラを全開にしてきた。このやりとりちょっと懐かしいな。ああ、そっか。彼女はちょっと、バカンスに出かけた島で出会った少女、カレンに似ているのかもしれない。女の子ってみんなこんなに横暴なの?

 女性に対しておぞけめいたものを感じながらシャツのカフスをいじっていると、彼女がめざとく見せて、と言ってきた。

 僕は素直に外すと、彼女にそっとカフスを渡した。

 アリスは石をうっとりとみつめる。


「まあまあまあ、これは素敵な物ねぇ。よければわたくしが買い取ってあげてもよくってよ」


 僕は思わずくすっと笑ってしまった。言ってる内容はかわいくないが、素直に欲しいと言えないのはプライドが高いせいだろうか。


「冗談でもやめてほしいな。それは僕の宝物なんだ」

「そう……残念ね」


 アリスは大人しく引いてくれた。彼女いわく、宝石なんかとは比べ物にならないが、これはこれまで見たことのない不思議な感じがして、たいへん珍しく惹かれるそうだ。


「きれいな石ね。どうやって手に入れたの?」

「観光で訪れた島のお祭りで偶然拾ったんだよ」

「お祭りで? 不思議ね」

「夜になると光る短冊が燃え尽きてこうなったんだ。見た目は石みたいだけど、ほんとは紙きれなんだよ」

「ますますおもしろいわ!」

「大事な人との思い出の品なんだ」

「へえ、そう……」アリスは感慨深そうに、しみじみとうなずいた。


 欠片の説明を話し終わると、アリスは妙にしおらしい態度で言った。


「……あなたはいいわね。なんだかわたくしが持っていないものをいっぱい持ってる気がする」


 思わずといった感じで漏れた吐息に、僕は彼女の方をみる。


 アリスにはアリスの込み入った事情があるようで、思い悩む姿に引っかかりは覚えるが、それは僕ごときが踏み込んでいい領域ではないように思えた。

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