リュンヌ狂詩曲2
バレてしまったので仕方なく彼女の前まで出ていく。すごすごと正体を現した盗み聞きの犯人に、アリスと呼ばれていた彼女は、剣呑な目をむけた。といっても、ベールに包まれているので実際の目つきはわからない。だが、上から下まで舐めるようにチェックしたらしく、頭部がかすかに動いていた。
「ふーん。って、あなたホコリまみれじゃない!? 一体何をしていたのよ!」
甲高い声で厳しい確認が入る。僕が正直に室内で作業を、と答えるとさらに追及してきた。
「そ、倉庫の整理を少々……」
「倉庫ぉ? そんな薄汚い場所で何を?」
「だから整理を……」
「嘘ね! ヘンシツシャは怪しいって、本当だったのね」
何故か問い詰められた末に嘘だと決めつけられた。極めつけは変質者扱いだなんて……ぐすん。ちょっと盗み聞きしてしまっただけなのに。
「は、まさかこれが再三言われていた盗み聞きのリスクってやつぅ!?」
「あなた……全部漏れているわよ? はあ、悪い人ではなさそうね」
「それにしても……」
まだなにか言い足りない様子で目の前の彼女は追加した。
「こんなこどもを雇うなんてこの家のご当主には呆れてしまうわ。さぞ資金繰りに困っているのでしょうね、使用人の質の悪いこと!」
「は? はあ〜〜!? え、なん、なんでそんな事いうの? あ、いや、おっしゃられるんですか??」
混乱のあまり叫んでしまった。遅れてへりくだるも、彼女は臭いものでも臭ってきたように扇子を鼻先に広げてくぐもった声で言う。
「もう普通に話して結構よ。身分も弁えず、来客に私語で話しかけて、謝罪の一つもない。これ以上理由が必要で?」
「いらない……です……」
「分かれば結構!!」
高飛車な女性はパチンと扇子を収めた。
この自由で風通しのよいノワール国だが、そのじつ、身分差には厳しいものがあった。貴族と平民にはみえない壁があり、とくに古から続く家との格差は、振興貴族とさえ別格で、庶民とは住む世界がまるで違うとまで言われるほどだ。
それでも僕にはいいたいことがあった。
「あの、さっきの言葉、訂正してください。あなたには分からないでしょうけどフレデリック様は素晴らしいお方です。僕みたいなこどもまで雇って、十分に行き届いた配慮をしてくれる、素敵な方なんです。だから、あなたみたいな人に悪く言われるのは我慢なりません」
見ず知らずの人間に家族としてまで育ててくれた人を悪く言われ、率直に言えばカチンときたのだ。だから僕は言い返した。
「あなたみたいな、人……? まあ! あなたの目こそ節穴じゃなくって! わたくしこうみえて立派なレディなのよ」
(レディーだって?)
なんだろ、このちぐはぐ感。まるでなにか見落としているような気がする。
僕が思案していると、白い身なりの彼女は愉快げに口元へと指を持っていった。
「あら、信じてなさそうね」
か細いわりに凛々しい態度で謎の来客は僕に向かって問いかける。
「あなたいくつ?」
「14歳です」
「そう……、思ったとおりね。わたくしは今日で16歳よ」
「はあ、そうです……ええ? えっ!? 僕と2コしか違わないの!?」
容赦のない発言にてっきりもっと大人かと思えば、彼女は僕と大差ない年齢だという。驚きのあまり、車椅子に近づいて彼女を凝視してしていた。
「なによ。文句でも……きゃあっ!?」
目線を下げていると突風が吹き荒れた。強い風の影響で彼女の顔にかかっていたベールがめくれ上がる。
僕は思わず二度見してしまった。
ベールを整えるついでに、乱れた前髪を直す彼女を前に沈黙する。
(うわっ、美少女だ……)
そうなのだ。
車椅子に座っていた女性の正体はなんと、とんでもなく清楚な見た目の少女だった。僕より2コ上というのさえ信じられない、手折られてしまいそうな儚さと可憐さを兼ね備えた女の子だった。
頭頂部のみ焦げ茶色を入れた斬新な白のロングヘアーは、絹のような髪が日差しを反射してキラキラと輝きを放っている。
鋭い眼差しをしていても大ぶりの|《宝石》のような赤い目は、職人によるカットのようにひときわ美しい虹彩に仕上がっていた。
細い手足もたしかに華奢で、勘違いした僕の方がおかしいほど、ちいさな女の子。それこそ、少女人形のような。
「あの……よければ僕が屋敷を案内しましょうか?」
「結構よ」
彼女の見た目にやられて思わず申し出てしまった。しかし僕の親切心を彼女はばっさり切り捨てた。やはり中身はかわいくないな、と僕は思う。
「ところであなた、お名前は?」
一瞬だけど、躊躇した。僕の名前を使ってベルナルド家に抗議したり、逆に僕の名前を告げ口するのに使うのかと思って。それでも渋々告げれば……。
「ルナリード? ふ、かわいい名前ね」
「今似合わないって思いましたよね、絶対」
「いえ違うわ。ただ控えめな月の光のイメージとはかけ離れているなとは思ったけれど」
僕と見つめ合った後、うふっと噴き出してしまう文句なしの美少女。その控えめな笑みにすら脳天をやられそうだ。なんていうんだろ、庇護欲をそそられる、ってやつかな?
「思ってるじゃないですかー。うう、どうせ僕なんかかわいいだけの執事ですよう」
「自己認識が高いんだか低いんだかわからないわね。あなたよく面白いって言われない?」
彼女と話し込んでいると、馬車の方へと消えていった男性がかばんを振り上げて戻ってきた。
「おーい、アリス、みつけたぞ! いやいやまさか座席の下に転がっているなんて。探すのに苦労して……ん? その子は誰だい」
「ルナリードですって! 見て、この子、この家の使用人なのよ!」
「へえ」
「へえ、じゃないわよ!? こんなこどもを雇うなんてこのお家どうかしてるわ!」
「いやアリス……それは別に珍しくはないだろ。うちにはたしかに未成年のメイドや執事はいないけど、アルバイトにくる厨房の見習いくんはいるだろ?」
「…………それもそうね」
「失敬。アリスがとんだ失礼をしたみたいで……すみませんね」男性が静かに頭を下げた。
僕は彼に向かって遠慮するように手を体の前で振って、申し訳無さをアピールした。
「い、いえいえ! とんでもございません! こちらこそ無作法でアリスさんには叱られてしまって……」
とさらに続けようとしたところ、男性の目が細くなり、車椅子の美少女に向けられた。
「また怒ったのかい!? アリス、よそではおとなしくっていつも言ってるだろう?」
「フン! 知らないわよ、そんなこと」
(このふたり、どういう関係性なんだろ? って思ってたけど今のやり取りをみるに、もしかして)




