リュンヌ狂詩曲1
バカンスから帰宅した一週間後の朝、僕は部屋で着替えていた。
おろしたてのシャツのボタンホールに特別なカフスを取り付ける。じつは、このカフスは夏祭りの夜に見上げた不知火の欠片で、それをアクセサリーにしたものだった。黒曜石のような輝きを秘めたカフスをみつめて、僕は奮起する。
シャツをぴったりと止めると、なんだかいい一日になりそうな予感がする。
九月のうろこ雲をみつめて、僕は支度を終え、部屋から飛び出した。
そんな長い一日も執事としての勉強やリュカ様の話し相手、加えて頼まれていた倉庫の整理をしていたらすぐに終わってしまい、気づけばもう夕方で、へとへとな僕は庭先を横切り屋敷に向かっていた。
(ああ……、部屋でゆっくりしたいぃぃぃ)
ぼやきながら肩を揉んだ。自分の体を労るも、なかなかな疲労感が襲う。おまけに、服は眠っていた倉庫の品々のせいでホコリまみれに。早くお風呂に入りたいよー!
「くしゅん……やば風邪かな? それともホコリでむせ……た?」
「あらやだ、ほこりでくしゃみなんてかわいいわ、ルナちゃん」
「エマ様!」
帰路につくそんな僕を迎えたのはエマ様だった。彼女はロングスカートの裾を翻して振り返る。ちょうど手に持っていた大きなブーケが僕の目に入った。きれいな花束は、こぶりな赤いバラの群れに橙色のガーベラが慎ましく隣り合い、大輪の黄色いダリアが一茎だけ添えられていた。さらに、もこもことした赤紫のケイトウがじつに映える花束だった。
僕は思ったまま、疑問を口にした。
「ずいぶん派手ですけど、どこかで結婚式でもあるのですか?」
「ええと、まあ、似たようなものね」エマ様は含みのあるような苦笑いをされた。
「お祝いごとですね! おめでたいです」
「ふふ、そうね」
エマ様はせわしなく視線をさまよわせた。僕は気にせず、ブーケの花たちを眺める。そうやって自然の美しさを堪能しているとエマ様が何事かしゃべった気がした。
「もう潮時なのかしら……? ううん、でも……」
「どうかされたんですか?」
なにか迷いかねるような素振りに僕は声をかけたのだが、エマ様は深く深呼吸をしたあとで自分で決断したようだ。僕に向かって「今日は疲れたでしょう? 別邸の方にお料理を持っていくからそっちでゆっくりするといいわ」という提案をしてくれた。僕は悪いと思い断ろうとしたが、使用人のゴーザさんにすでに頼んであるという。そこまで言うならと、ありがたく思い、僕はこのまま屋敷の中を通らずに外側から回って向かうことにした。
向かった使用人の部屋がある邸宅の裏口から、ちょうど見慣れない人がみえた。邸宅の玄関先で誰かが話し合っているようだ。それにしてはか細いが荒々しい声が聞こえる。僕はそっとゾウさん型のトピアリーの物陰から玄関口を覗いた。
「何度も言ってるでしょう!? あれはわたくしの大切な子なのよ! 馬車の中でおきざりにするなんて信じらんない! いつもダメって言ってるのに!!」
車椅子の女性……? が、地団駄を踏むように車輪に手を叩きつけていた。激しい所作に、僕は彼女がヒステリックなタイプの女性なのかと想像した。それより会話の内容もなかなかにショッキングである。
(え、あ、置き去りって……?)
「ちょっと車内においてきただけだろ。わがまま言わないでくれよ、アリス、今日はとても大事な日で……」
「オスカーはわたくしを一番にしてくれるのに、あの子は二番にしてくれないの!?」
「ええと、だから、あの子はこの場に連れていけないというか……」
「ねぇってば! わたくしの話聞いてるの、あの子を、今すぐ、ここに連れてきなさい!!」
激しい怒りで頭にかかったベールを振り乱す。勢いのままに膝下を人差し指で示しながら、ここと、その子を連れてくるように指示したようだ。さすがの剣幕に男性が折れ、屋敷の前に停めたであろう馬車に引き返していくのが分かった。
来客……にしてはずいぶんにぎやかな様子である。激しい口ぶりの彼女らがなんの用でベルナルド家を訪れたのか、ちょっと興味はあったが食事の用意もあるというので、僕は素直に引き下がろうとし、よろけて庭木の葉が揺れた。
「ちょっと、何を覗いているの!?」
(あ。見つかっちゃった!)




