パニック・キッチン3
「ルナ、お前もしかして……」
キッチンで作業をしていた僕。料理も終盤になり、エマ様たちの目を盗んで部屋に引っ込もうとした直後、リュカ様と遭遇してしまった。逃げたい僕だったが、出入り口を塞ぐ形で占領するリュカ様を前に、昨日のあれこれを思い出して沈黙が続く――。
闖入者なリュカ様を前に、僕はたじろぐ。焦って出てこない言葉のせいで、僕は余計に困惑していた。困っているのはなにも僕だけでなく、僕を相手にするリュカ様も同じように眉を下げている。
「やる気がなさそうだな。さては、母上の指令から逃げようとしたな?」
(ぎくり)
言い当てられた僕はギョっとして一歩下がった。気まずい沈黙から隠れようと引いた後ろ足、だが、その少し上、腰に手を当てられ、全身を引かれる。
「手遅れなんだよ。お前の考えることなんか、バレバレだ」
リュカ様はいい笑みで勘違いしている。僕が話すのをためらっているのは、なにも逃げ出そうとしたのが気まずいせいじゃない。
(あなただからだ。あなたのせいで、僕は……)
「おいおい、どーした? そんなに意識されると……――っ、なんでもない」
リュカ様は口元を手のひらで隠してぷいとそっぽを向いた。
でも僕の方は動揺してその反応の理由まで考える余裕はない。
顔を覆った手のひらすら赤いなんて。
腰を捕まえていた腕が下ろされて、僕は解放された。
「トマトみたいだな?」
その時に顔がみえてしまったらしい。リュカ様の屈託ない笑い声。その輝きも、僕の視界には入ってこない。覆ったまま、僕は自分の吐く息が浅いことに気づいていた。
心臓がぎゅううってして苦しい。
恋をするって、こんなに、理不尽なのか。
「あら? リュカ、居たのね。ちょうどいいわ、味見してく?」
「そうですね。ほらルナ、ん」
エマ様が焼いた生地が皿ごとカレンの手によって運ばれた。
リュカ様が目で合図している。無言のコマンドだ。
『――〝食べさせろ〟』
「盛り付けもまだですよ?」
「構わん」
「でも……」
「あーん。ほら、早く」
フォークの下に手を添えて、リュカ様の口へとおそるおそる運ぶ。口を開けて待ち受けるリュカ様にそっと渡す。運ばれたパンケーキの欠片。咀嚼音ののち、飲み込まれていく。食道から胃の中へと落ちていっただろうパンケーキを堪能するかのような表情。リュカ様は食べ終えると右の親指で口元を拭った。ついでに舌がみえた。
「思ったより甘いのな」
(んんんッ!?)
何これ何これ何この感覚!!
僕は今感じた胸の高鳴り、ときめきに翻弄されて、咳き込んだ。
いつもよりリュカ様がかっこよく映るなんて、どうしちゃったんだ、僕。
なんだか昨日のキス……、いいや、ふれあいのせいでどこかおかしい。理性の歯車が壊れてしまったように、次から次へと押し寄せてくる。
「ごちそーさん」
(何がッ!?)
流し目でこちらを向くのはやめて!! 僕の心臓はもたないよっ!!
「っあ、つぅ……」
おおげさに動揺したせいで机の脚にすねを当ててしまった。僕が痛みに悶えているとリュカ様は颯爽とエマ様の方へと向かう。カレンはご機嫌にリュカ様の世話をやき、エマ様もお土産に笑い声をあげている。うらめしい僕はぼそぼそとリュカ様への恨み言を吐いた。
「お、元気でてきたな」
「なッ……!?」
あろうことかお土産をふたりに渡すと、リュカ様が戻ってきた。そりゃ出入り口は一つしかないけど、なにも今じゃなくても……。
「よかった安心した」
(うっ)
思わず胸を押さえた。照れながらキュンとしちゃってる胸は本格的におかしい。
僕はリュカ様が颯爽と部屋をでていったのを確認した。キッチンの床にしゃがみ込む。照れ顔を隠すように顔をあおいだ。カレンには笑われて、いたたまれない気持ちになった。
(見られてたの、うわー恥ずかし)
湯気がのぼる頭を別の意味で抱えて、今度こそ「平気?」と質問するカレン相手に「ちょっと大丈夫じゃないかも、です」と答えた。
「もっとグイグイ押しちゃえ!」と内緒話で応援するカレンに、エマ様にバレないよう「そんなんいけるわけないじゃん!!」とこっそり返した。
「あなたたちそこでなにしてるの?」 、コソコソしているとさすがのエマ様も不思議がってこちらに歩み寄ってきた。僕は必死に「なんもなかったです!!」とクソデカやけくそボイスで叫び、エマ様の困惑を誘うのだった。
(こんなつもりじゃなかったのに!!)




