パニック・キッチン2
お手伝いをしている僕ことルナは、二度寝を妨げられ、お腹が空いているなか始まったお菓子作りに付き合っていた。僕にとっては遅い朝食なのだ、これが。
黙々とボウルの中の液体をシャカシャカと混ぜる。隣で同じ作業をしているカレン同様、牛乳や生卵、砂糖の入った液体じみたものを手分けして混ぜる。溶かしたチョコにドライフルーツをいれたいわゆるデザートなパンケーキはカレンが担当し、僕の方はプレーンな生地を混ぜている。いわゆるおかず用ってやつだ。
脱力しきっている僕の方は正直やる気がなかったが、エマ様の叱責とご飯のために、仕方なく協力している。というのもエマ様いわく……。
「お菓子作りは女の子のロマンよね〜〜」などとのたまったからだ。
もちろんムっとしながら、僕は返した。
「僕は女の子じゃないですよ!」
ところがエマ様はどこ吹く風で、僕の返答を無視してフライパンの準備を鼻歌をうたいながらし、レシピを再確認していた。
僕の機嫌はますます悪くなっていった。
ぐるぐるぐる……。
だが、作業に集中すると余計なことを考えずにすむことに気づいて、僕はもくもくとボールをシャカシャカした。なお、勢いで液体を飛ばして叱られ、めそめそするという二点セットまでが工程だ。
無心でボールと格闘すること数分。
そうこうするうちに焼く段階までたどり着いた。しっとりした生地をエマ様がおぼつかない手つきでフライパンに流し込む。これでいいのよねと厨房係に確認をとり、ようやくコンロが点火された。
パチチチチ、という着火音が鳴り、火がつく。精石によって赤く揺らめく火の上でフライパンごと液体を熱する。横には布巾を用意し、よりふっくらさせる用意もあった。
思い立ったらしいエマ様だが奥様は普段、調理場になど立たない。バカンスということで普段はしないお菓子作りに挑戦してみたいとのこと。じつに、学生時代ぶりらしい。
そんなこんなでエマ様がお菓子作りに挑戦している中、僕は担当する作業がなくなり、手持ち無沙汰になってしまった。内装は使い勝手のいいキッチン。余計な時間を潰す趣味の道具などほどほどに狭いが機能的なキッチンにあるはずもない。
僕がこそっと逃げるように出口へと向かうと……「あたっ」、誰かとぶつかった。
額を押さえて頭を抱えていると、眼前から言葉が降ってきた。
「まったく、どんくさいな……。それでも主人の忠犬なのか?」
「えと、僕は忠犬ですから、主人に怪我はさせてないでしょう?」
「体格差の問題だろ、それ」
リュカ様は朝市で買ってきたお土産を渡そうとしてきた。袋から次々に掘り出し物を取り出す彼。だったが、僕はそんな彼から距離を取って下を向いてしまった。とっさに視界に入る床の木目模様。
(つい顔を見られなくて、挙動不審な態度を!?)
自分で消化できない感情がめまぐるしく頭の中を行き来し、僕はそのたびに右往左往する。反してリュカ様は手を伸ばさない僕に首をかしげている。
(やっぱりコマンドなんてご褒美をねだったのはやりすぎだったかも……。いまさら合わせる顔がないなんて、うう)
恥じらう僕の視界に、偶然、カレンの好奇の目が入った。彼女はなにかを嗅ぎ取ったらしく、こちらを指差して必死に合図を送っている。いやなんの合図??
(ひとまずカレンのことは無視しよう。うん)
にぎやかな彼女の忙しない動きのせいで余計に落ち着かない。焦るほど口は空回りし、言い訳もできない沈黙が続いた。




