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ミニュイの祭日  作者: 月岡夜宵
前章 星降る夜(ニュイ・エトワレ)

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レッスンの続きはご褒美のあとで3

 傷つけたリュカ様に拒否されたことで泣いていた僕だったが、プールの冷たい風にあてられて無人の小屋からカバンを取り出す。遠い浜辺の方からはカモメの鳴き声が聞こえている。南国っぽい植物も自生してるし、明るい気分をわけてくれる気がした。ほこりっぽい室内を見回すと、僕が持ってきた浮輪が壁にかかっていた。泣きつかれたのもあったかもしれないが、おかげですっきりした気分になっている。いくぶん落ち着くと、まだショックではあるが、冷静な頭で落ち込むことができた。そのため、反省することもまた、できる。


「人にあれこれ言われるのってそりゃ腹が立つよね」


 どうしよう。改めて考えるが、どうすればリュカ様は乗り気になってくれるだろうか。あれもこれもと、今は休暇中とはいえ、従者のくせに指示したのは生意気だったと思う。僕はうなじをかいて、自分の失態に呆れた。

 こうやってあとから振り返ると自分でもみえてくることは他にもあった。

 そもそもこれを特訓だと思ったのは間違いだったかもしれない、と。あくまでリハビリで、治療なのだ。彼に必要なのは海が怖くないだけの興味関心、あとはあくまでほんのちょっとの勇気だ。それなのに……。


「べつにたった一回で克服してもらわなくてもよかったのに」


 一人でしょげかえる。今更だけど、そう、僕はそこを勘違いしていた。


 怖いっていうならおとなしく付き添ってあげればよかった。一度きりじゃなくて何度でも、何度だって試せばよかったのに。そのために道具だって用意した。なんのためだよ、僕……。ちいさな階段、いや、踏み台からスタートしたってよかったじゃないか。計画が崩れたからって当たり散らして。


「あー、ほんと。僕ってばかだなー、こんなんじゃリュカ様も嫌気が差すよ……ぐすん」


 見守るはずが、焦っていた僕は口ばかり出して彼の傷口に塩を塗るような行いをした。本当はただ、手当てをするべきだった。気づいたことで、ますますへこんだ。


 お腹がなる。時刻はちょうど正午、そりゃお腹の虫もなるだろうけど、今は空気を読んでほしい。


「よし! くよくよしてたってしょうがない。これからどうしようか……そうだ! 謝る練習でもしとこ」


 僕はだれもいない小屋の中で、壁に向かって声を張る。そりゃ脳天気な僕だって謝罪が受け入れてもらえるとは容易く思えないが、それでもこのままじゃだめなことはわかる。距離を置かれるのは、誰だって、寂しいし。


「リュカ様ごめんなさい! 僕が、ばかでした! 今なら思う存分叱ってくれていいですから……ん? なんか変だな。上から目線っぽい? じゃあ……今だけ一回僕に当たるのを許しま……んん?」


 変だな。なんか続ける言葉がキャンペーンみたいになってる。でもでもこれで回数を指定しないと、わが主は無限に……ぶるる、考えるのはよそう。そんなに叩かれたらもぐらになっちゃうし。

 いっそ叩かれる練習でもするべきか。リュカ様はいつも額を……こうパチンってやってるよね? あれ、自分でやってもあんま痛くないな。もしかして手加減しちゃう? それにひょっとすると本気で殴られる可能性も……あわわ、全面的に悪いとはいえ叩かれるイメージはよくない。できれば攻撃されないような謝罪をしよう、うん、そうしよう。


 そうだ、あのヤシの木をリュカ様と見立てよう!


 目線を先を壁からヤシの木に変えてっと。僕は勢いよく小屋の外に向かって頭を下げた。


「リュカ様、僕が悪かったです。だから、もう一回だけプールで……いや、プールはもういいのでお風呂場で治療、うおぉをッッッ!?」


 すりすり。なにかが下がった頭部に乗せられた。反射的に上をのぞくと、そこには顔をのぞかせた……。


「……遅いと思って待ってれば、それはどういう遊びなんだ? ふふっ」

(あ。リュカ様がわらってる)


 戻らない僕を心配してくれたのだろうか。まだ怒ってるかもしれないのに、律儀な彼の責任感に、ちょびっとでも心配してくれた事実に、また戻って来てくれたことに、僕はすこしだけ救われた。

 小屋の裏から顔を出したリュカ様に、僕は駆け寄る。伝えたいことがありすぎて、なかなか声はでてこなかったが、それでも一言目は。


「リュカ様、ごめッ――」


 思わぬ声によって僕の言葉は遮られた。


「悪かった、お前は一生懸命だったのに……俺は体裁ばかり気にして。お前の気持ちを台無しにして、ほんと……すまない」

 なんと! 謝ろうとしたら先にリュカ様が申し訳なさそうに眉をハの字にして謝ってきたではないか。

(って、放心してる場合じゃない!)


 僕も慌てて謝罪文を思い出して言おうとする。だがまたも止められてしまう。


「お前のはいい。先に聞いたからな」

「ななな、全部聞いて!? 練習をですか!?」

「なるほど。さっきのは練習だったのか。俺は小屋の裏に居たから当然だろ?」

「そうかもしれませんけど、先に聞いちゃうのはあんまりです! 僕の覚悟を返してください」

「わかったよ、ならお望み通り一回だけ、な?」

「はえ?」


 バッチン!!


「いたっ……くない!? え、音だけのデコ、ピン?」

「ははっ。その顔に免じてこれで許してやる」


 額をおさえる道化のような僕を愉快そうに笑って、リュカ様は機嫌よく声を立てた。やはり僕の脳内イメージは正しかった。けっして先行したものではなかったが、あいにく全部正解でもなかったようだ。派手な音のわりに感触がなかったせいで、僕はいつもみたいに怒ったり慌てたりできなくてむずがゆかった。


「って、そっちプールですよ?」


 てっきり帰宅するのかと思えばリュカ様はなぜかプールがある岸辺の方へ歩き出す。忘れ物かと思って後ろをついていくと彼が突然、勢い良く振り返った。鼻先をこすりながら、少し、赤い顔をしている。その手を差し出す彼は……。


「今度はちゃんと付き合うから。だから、一緒にやってくれないか」


 僕をひたとみすえていた。そのまなざしは温かいもので、けして突き放すような冷淡さはにじんでいない。

 リュカ様から誘ってくれたことに感激する。胸の奥底に眠っていた花畑が再び目覚めて咲き誇るような喜びである。泉のようにわきあがるやる気に僕は無限のパワーを感じる。今ならなんだってやれる予感がしている。


「はい!!」と僕はうなずいて、彼の手に添うように自分の手を重ねたのだった。




「ゆっくりで大丈夫ですよー」

「わかってる。いちいち声に出さなくていい」


 大人しく見守る、その覚悟を再認識した僕だったが……じれったさに生唾を飲み込む。思わず手を伸ばしたくなるのを必死でこらえて、彼の足元付近で手を組む。

 鉄製のはしごを下るリュカ様。その足さばきはそろりそろりとのろまともいえる動きで、慎重に足をおろしている。僕の頭の中ではずるっと靴底が水滴で滑る嫌なイメージ、はしごがすっぽ抜けて落下してしまう大惨事という悪夢なイメージ、そんな悪い想像が次々に浮かんでは消えていく。何度も振り払い、祈るように彼をみつめた。


「見ててくれ」

「ちゃんと見てます。大丈夫です。あとはそのまま……」


 プールに入ってくださいと言葉にすることはあえてしなかった。沈黙を肌で感じる。おだやかな風が流れ、あたりにはあたたかな日差しが降り注ぐ。それなのに僕らの心臓は解きほぐされることもなく、緊張していた。


 そうして、やっとリュカ様の足が水面までついた。ぴちょん。リュカ様は思わず、水遊びをするような軽さではねた水滴に驚いた。足先で触れた水の冷たさに関心しているらしい。こわごわとつま先が水面に吸い込まれる。

 

(入った!!)


 足は一度に水の中へ。リュカ様がざぶざぶと波を立てておりてきた。体が震えているのは寒さではなくトラウマのせいだろう。呼吸も浅く回数が多いところもみてとれた。


「リュカ様、手を」


 僕はあえて手を求めた。彼の硬直した心をほぐすため、微弱ながらぬくもりを優先したのだ。手がするりと伸びてきて、そのまま指を弄ばれる。絡めるように結べば、リュカ様は目を閉じて、深呼吸ができるまでになった。


「一人でも立てますか?」

「なんとか。だが泳ぐのも、まして水に入るのは難しいな……」

「構いません。今回は漂うだけでいいです。これを使ってください!」


 待ち受けていた僕は秘密兵器を取り出した。その名も。


「おい待て。ほんとうにそれ使うのか……?」


 リュカ様はハチドリ柄の橙色をした浮き輪を嫌そうにみていた。


「どうしてそう嫌そうなんですか!」


 リュカ様は難しい顔をして例の浮輪を持ちたがらない。僕がおずおずと差し出すと、ため息をつかれてしまった。あんまりしつこくしてさっきみたいな言い合いに発展しても怖いので、そこで止めると、一言。

「……ダサいだろ」

(さすがエマ様の血!)


 センスに手厳しいんですね、と僕は苦笑した。しかし違ったらしく、神妙な顔つきでリュカ様は言い直した。


「こどもじゃあるまいし浮輪なんて……」


 頬をそめて拒絶する素振りは、どうやら彼のプライドが許さないだけだったらしい。たちまち、くすくすと笑いながら「ようは恥ずかしいんですよね」と口にした瞬間、浮輪で弾かれてしまった。顔というか体にぶつけられ、「ぐへえ!?」とかわいくないうめき声が僕から漏れる。軽い感触で痛くはないが、もしかしてリュカ様って暴力趣向なのか? 切実にやめてほしいなあ……。主人の手がでる判断の早さが年々上がっていることに、僕はしみじみと泣きそうになった。事実、涙がこぼれたかもしれない。


「ほら、ボーっとしてないでさっさとプールに浸かるぞ」


 あっけにとられていると、リュカ様のほうから急かしてきた。


「待ってくださいって、そんなやけくそなノリでいいんですか!?」

「こうでもなきゃやってられるか!」


 なんかほんとうにこのまま突っ走るみたいだ。どうしても水が苦手らしい。仕方なく僕は怒りでも憤りでもいいからこの際利用してしまえと付き合う。


「ではリュカ様、頭からすぽっと被って、そうそう、いいですね! あとはざぶーんと……」


 ちゃぷん、またまたかわいい水音。おそるおそる浮き輪にはまって水に半身沈み込んだリュカ様。浮き輪が大きくてその表情が読めないまま数秒。反応が皆無なことに焦った僕は、水中から浮き輪の中の様子を探る。


 リュカ様は水面をながめていた。ゆらゆらと立つ光の柱は波によって揺れるカーテンのよう。美しい水中グラデーションをたのしむかのように、くつろいでいる。

 水に顔をつけられたわけでもない。それでも彼の、懐かしい光景に遭遇し童心の頃を思い出したような、水との再会、それだけで僕は十分な成果と思えた。


 ハイタッチを終えた僕とリュカ様は浮き輪のなかでこそこそしゃべったり、波間をぷかぷか漂ったりした。ずっと立ちっぱなしだったのでふくらはぎが痙攣している。意外にもつかれたようだ。


「そろそろ帰りますか」


「いいのか? 俺に付き合わせてプールでまともに遊べてないだろ」

「一人じゃできることもないですし、あ! それなら、僕もご褒美がほしいです」

「は? 急に何の話だ。いや待て俺がいつ褒美をもらった」

「ちゃーんと最後まで付き合ったでしょう? いいですよね? ね? たまにはぷ、ぷぷ……したいなあ」

「そこまで積極的なのにプレイ(・・・)って言えないのはなんなんだ?」

(それは羞恥心ってやつに決まってますよ)


 もじもじしながら上目遣いで彼にアピールする。もどかしい思いで手を取ると、リュカ様がため息を吐きながら言った。


「申し込みは1名のみ可能、なお早いもの勝ちだ」

「はいはい、はーい! 僕がエントリーします!!」


 やる気をみせて挙手をする、そんなじれったい僕を横目にリュカ様は苦笑した。


「ふは、超乗り気! そういえば久々だな。ふたりきりで街に出かけたホテル・ルーステリア以来か。もう帰るし、どうせなら風呂であったまりながらプレイするぞ」

「いいですね〜〜! あったかいお風呂で、きもちいいこと〜〜!」

「急に上機嫌になったな、おわ、転ぶなよ」

「大丈夫……っ!? だ、大丈夫でしたぁ〜〜」

「ちっともだいじょばないが?」


 と、まあのんきな僕は喜び勇んで荷物を片付け、別荘の浴場で裸になって、はたと気づいた。


(あれ、一緒に入る?)


 やけに疑問が引っかかる……? すると違和感の正体に突然気づいた僕はうろたえた。衝撃だ。なんせ、屋敷のお風呂がいくら広くても使用人たる自分と主人は同じお風呂場さえ使えなくなったのだ。それこそ二年前までは家族同然だったが、それでも同じ風呂に入るという経験は……幼少期にしか覚えがない……だったはず。その頃より筋肉にも厚みがついたリュカ様とその頃より恋心を抱いている僕側の事情が重なるわけで。よりいっそう……。


(――い、い、いたたまれないんですけどお!?)


 と、脱衣所で発散できない気持ちを胸中で叫ぶ僕の動揺は続く。




 目が乾く勢いでまばたきをする。

 現状を確認し、浴室へ続く扉から退避するも、手遅れ。


「どうした。って、何持ってるんだ?」


 これはカレンにおしつけられたアヒルのおもちゃだ。白い羽毛に映える黄色いくちばしの鳥さんをみつめる。僕はまだ湯上がりじゃないのにのぼせそうだ。


「それ入れたいのか?」

「いえ、っあ」

「入れたいんだろ。かまわん」

「え、あ、ちが」


 ひったくるように手の中から奪われてしまったアヒルさん1号(仮)。リュカ様の手の中からこちらをのぞき込んでいる。その後ろ姿がまるで『覚悟を決めるんだ、ルナ』と呼びかけるようだった。


 リュカ様の手によって、浴場の横開きの扉が開けられた。

 視界が煙る蒸気とほのかに香るアロマのせいで、僕の心拍数は異常そのものだ。平常心と、落ち着けようと唱えるが効果は悲しいほど乏しい。あんまりにも効かない呪文に唇を噛んだ。


「早く来いよ」

「いえですね……じつは、」と拒否する理由を探していると「そんなに拒絶されると傷つくんだが……。お前が距離を取っているのは俺がだめなとこばっかみせたせいか?」と、苦笑するリュカ様の表情が目に入ってしまった。

(これは! うう、拒否なんてできません……)





「体洗ったら、湯船でやるぞ」

「え、ええ。わかってますよ……」


 話を聞くもどこかぼーっとしてしまう。現実味がない彼の上半身を眺めると、風呂用の椅子に座った彼。申し訳程度の下半身のタオルを取ると体を洗い始めた。

 もちろん、普段はタオルなど持ち込まない。これはあくまでふたりで入るから、という処置である。

 そう、僕の視線がまかり間違ってまかり間違うのを防ぐためでもあるのだ。でも眼力がグっと入ってしまった。だってリュカ様の太ももがたくましいから!! そんなのつい見ちゃうじゃん!


「じゃあコマンド使うぞ――」


 苦悶の末、僕らは湯船につかっている。僕はちゃぷんと肩まで入って付き合う。耳元までしっかり湯につかり、リュカ様と向き合っている。対面したまま、リュカ様はこちらの反応をうかがっている。どうか期待してるのがバレませんように!


「――『Come(おいで)』!!」


 びくんと体が一瞬硬直する。耳ざとく反応した体だが、拍子抜けするほど体はふつうだ。ありのまま、思い通りで、リュカ様のコマンドが素通りしていく。

(あれ? 僕、なんか間違えた?)

 疑問に首をかしげた僕。ところがリュカ様はそんな余裕すらないようで、焦ったようにコマンドを繰り返した。しかしどれも耳から耳へ抜けていくだけで、効果はない。


 ぐるぐる、ぐるぐる。


 リュカ様は目に見えてパニックに陥る。ついには拳をおろしてコマンドを発するのさえやめてしまう。そしてリュカ様はいう。「やっぱり駄目なのか」、と。


 うまく機能しないコマンドのせいで動揺するリュカ様。その目元の雲行きが怪しい。頼りなさげにどこかおろおろと宙をさまよった目。それでも、彼は平常心になろうと努めている。胸元を叩く手がその冷静さのあらわれだ。


 だから僕は、今度こそ自分から、言った。


「僕が導きます。だから、リュカ様は安心してまかせてください」

「だが……」


 そのさきは唇を封じて奪ってしまった。

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