第186話 真鍋沙織
気がつくと沙織は、玄関から続く廊下に立っていた。その奥にあるダイニングから、あご出汁の香りがぷ〜んと漂ってきた。
「信一、冷蔵庫から柚子胡椒取って!」
「あいよ〜」
母の声と、なんとも気の抜けたような弟の返事が聞こえてきた。
「ゆ、夢だよね?」
沙織は、自分のほっぺたをつねってみた。
「痛い…もしかして、ディアナ様のスキルなの?」
『沙織、聞こえる?』
「ベアトリーチェ様?」
『ディアナのスキルで一時的に異空間にあなたとあなたの家族を転移させて、ひき会わせているの』
「ディアナ様は?」
『ディアナは魔力を全部放出させて、気を失っているわ。頻繁に使えるものでは無いと言う事よ。沙織、しっかりお別れしてらっしゃい』
「わかりました…」
沙織は意を決して、ダイニングに続く廊下を歩き出した。ジャラジャラと音を立て珠のれんをくぐり、沙織は元気よく声を張り上げた。
「ただいま!もうお腹ペコペコ〜!今日のご飯は何?」
その声に、祖父と父が座っていた椅子から立ち上がり、ご飯をよそっていた母は茶碗を手から落とした。
「「沙織!!」」
弟・信一の隣の席には、沙織の茶碗にご飯が盛ってあった。
「私が居なくなってから、こうやって影膳をしてくれていたんだ?」
椅子に座って手を合わせ「いただきます」と言う。箸を取り、味噌汁を底からかき混ぜ、一口すすった。
「あ〜美味しい。やっぱり味噌は島●の田舎みそに限るわ」
「沙織!今迄どげんしとったとや!?」
沙織は箸を置き、家族に向かって事故後の話を始めた。
異世界に転移した事。その世界は中世期程度の文明で、魔獣が存在する剣と魔法の世界である事。
一時は死を覚悟したが、転生者であるディアナに助けられ、今は王家に連なる家で保護され、里子として大切にしてもらっていることを明かした。
「やっぱ、言うた通りやったやん?遺体が見つからんとか、おかしかと思うたっちゃん!」
信一の言葉に、「そんな漫画みたいな話…」と父親が言った。
「でも、本当の話なの」
沙織は、ステータスボードを開示させた。
家族は驚き、目を見開いた。
「姉ちゃん、聖女様になると?」
「なりたいと思ってる。病気や怪我で苦しむ人を一人でも多く助けたい。その為に経験を積みたくて、王女様や侯爵令嬢と冒険者やってる」
「元気でやっとるとならよか。そげんことなら、安心たい」
祖父が涙ながらに笑顔を見せた。
沙織は、メモ用紙に一緒に異世界に飛ばされた者達の名前を書き、その行く末を書き加え父親に託した。
「信じて貰えないかも知れないけど、皆元気でやっていると伝えて欲しい」
「わかった。やってみるよ」
「そろそろ、お別れの時間みたい。ごめんね…跡を継げなくて…」
「沙織、待ちんしゃい!これば、持っていかんね!」
話している間中、母が何やらごそごそしていると思ってはいたが、おにぎりとおかずがみっちりと詰められた重箱を渡されるとは思っていなかった沙織は、苦笑いした。ステンレスボトル2本には、沙織が大好きな玉ねぎの味噌汁も入っていた。
「生れ代わる事があるなら、またこの家族の元に生れて来たい。だから…またね?」
沙織は笑顔で手を振って別れを告げた。
「沙織、おかえりなさい」
ベアトリーチェに強く抱きしめられた沙織は、途端に泣き崩れた。
落としそうになった重箱をすんでのところでロイズがキャッチし、事なきを得た。重箱を抱え込んだロイズまで、涙を流していた。




