122 魔王様と情報
「マオ殿」
「あ、シノ。おつー」
そろそろ様子でも聞こうかな?と影に意識を向けたのとタイミングを同じくして影が揺らめきシノが姿を表した。
背後には例の死の影もいる。
「改めましてこんにちは、魔王さん。シノちゃんが 随 分 と お世話になってるみたいですねぇ」
なんかすぐにケンカを売って来ない程度には大人しくなっているが、代わりに俺への言葉が刺々しい。
セスとの戦闘でそれなりに疲れてるから、物理攻撃してこないなら何でもいいんだけどさ。
「まぁ良いです。僕もこれからお世話になりますんで」
「…………はい?」
お世話になるとは思えない威嚇感満載の気配をまとわせた死の影が不意に変な事を言った。
「貴方はシノちゃんの主なんでしょう?シノちゃんと一緒に住む代わりに、貴方を主として尊重してあげます」
「???」
どこまでも上から目線の死の影。
お前、尊重って意味知ってる?
てか今更だけど「シノちゃん」って。
随分仲良くなったな。
「仲良くなどないでござる。取引に応じたまでのこと」
「取引?」
至極嫌そうなシノが死の影を横目で見ながら口を開く。
「でござる。拙者からは空想物を生み出すコツを、死の影からは死の影としての基礎を。互いに劣る部分を享受し合おうと言う話に乗ったのでござる」
「そうそう!」
隣で大きく頷く死の影。
シノも嫌そう、とは言っても話に乗る程度には満更でもないのだろう。
とか微笑ましく思っていたら、シノからもトゲトゲした気配を向けられた。
「残念ながら死の影は二体しか存在しない故、コヤツとつるむのは死の影としての力を使いこなす為に仕方なくでござる。“シノちゃん呼び”もレティ殿が呼んでいるのを聞いて勝手に…!」
「どーどー、落ち着いて」
「あぁー怒った顔も可愛いよぉ」
シノが何をしても「可愛い可愛い」と言い続ける死の影を眺めながら、成程これはウザそうだ。とちょっと納得した俺だった。
でも無害だから諌めない。
「で?そいつも始まりの町に?」
「否。こやつの根本は変わっていないでござるから、人間は餌なんて宣う危険人物を町には連れて行けないでござるな」
「確かに」
俺、納得。
「故に、こやつは魔王城に置くでござる」
と、シノの中で決定事項化している事柄に俺は待ったをかけた。
「いやいや、いくら魔物は対象外でも異常個体は危ないからヤだよ。うちには非戦闘型も多いんだから」
来る者拒まずな魔王城ではあるが、身内の危険まで省みずに誰彼構わず受け入れてはいない。
弟がうちにいるであろうセスだって、一応は「異常個体じゃなくなった」という判断の元立ち入り許可をしたのだ。
ただでさえシノは始まりの町と行き来している身。
死の影が個人行動しても大丈夫だと証明されない限りは許可はできまい。
「僕に暴走の不安があると?」
「端的に言うとそう」
ぴく、と反応した死の影が俺に問うてくるので肯定する。
セスの時より理解が早いのは単純に助かるな。
「それならばご心配なく。異常個体だからといって僕は暴走しませんよぉ」
「なんで言い切れるんだ?」
妙な自信で胸を張る死の影に俺は怪訝な声で返す。
いくら今までが平気だからといって、今後も平気なんて根拠も無く言われても困る。
「そりゃあ、愛ですよぉ」
「………はい?」
ドヤ、と言わんばかりに断言する死の影。
隣のシノとの温度差は計り知れない。
「僕はシノちゃんを愛しています。故にシノちゃんと一緒にいたい!それを邪魔するものは何であれ、ねじ伏せます!暴走だって例外ではありません!」
「って言われても…」
根拠どころか突拍子もなくなった。
いけない、脳筋より話が早くていいやと思ったのは間違いだった。
脳内お花畑は脳筋より手に負えないぞ。
「すまぬ、マオ殿。やはりこやつは今ここで斬り伏せるにござる」
チャキ、と短刀を構えたシノが真顔で述べる。
得物がいつものクナイじゃないあたりに本気を感じるな。
「もー照れないでよぉ」
「…」
死の影は目が悪いのか、シノの冷たい眼差しに気付かなかったらしい。
当のシノさんは殺気も滲ませてるんですけど?
「ま、冗談はさておき」
しれっとシノの殺意を受け流した死の影が両手をひらひらと持ち上げる。
降参のポーズにしては気の抜ける奴だな。
とか思っていたら、死の影の手からドロ、と真っ黒なものが溢れ出してきた。
あれは…瘴気?
しかも、
「そ、異常個体を産み出す変な魔素がコレです」
垂れ流す瘴気は地面に着く前に舞い上がり、死の影の身体へ戻ろうとする。
「君達ならわかっているだろうけど、僕が操っているわけじゃないよ」
「…みたいだな」
言葉どおり死の影は手から瘴気を垂れ流しているだけだ。
その先、身体に戻ろうとしているのは魔素自身の力。
それは【索敵】ができれば誰でも見分けが付くだろう。
まるで別人の様に死の影と手から出る瘴気が別々の気配を纏っているのだ。
「で。これを、こうする」
にこ、と死の影が笑みを浮かべると同時に瘴気の気配が変わった。
死の影に「乗っ取れた」。
身体に戻ろうとしていた動きをピタリと止めた瘴気は、死の影の手のひらでティーカップの形に収まった。
「ご覧の通り。この変な魔素も僕達人型を侵せる程の力は無いんですよぉ」
カップから上に伸びた瘴気が今度はポットへと姿を変える。
確かに。
魔素はしっかり死の影に主導権を握られているようだ。
「貴方の相手をしていた狼娘ですら魔素を追い出せたのでしょう?まぁつまり、人型ならばこの程度の魔素は都合の良い餌でしかない。という事ですねぇ」
「まぁ、彼女は意図的に自身の魔素への変換まではできないようですが」としめた死の影が、最後にはクッキーの形にした魔素を齧って不敵に笑ってみせた。
ここまで自在に操る姿を見せられれば、疑う余地はない。
「ま、この魔素をくれた方は魔素で僕達でも操れると驕っていたようですが」
「え?」
…………
……………………
──商人?女?…ああ忘れていました。シノちゃんと存分に殺り合う為にとっくに開放しましたよ。
そんな死の影の軽い言葉と共に当初の目的を果たした俺は、シノ達と別れユウ達のいる宿屋へ戻って来た。
そしたら本当にアリクはピンピンしているではないか。
目覚めてからは、皆を前に自慢の商品の売り込みをしていたらしい。
いつからこの状態だったのか、皆が少し疲れた様子なのは気のせいではないのだろう。
「あんさんも見てき聞いてき!命の恩人やからな、特別価格で提供したるわ」
「あ、タダではないんだ」
俺が帰った時のアリクの開口一番がコレ。
別に構わないのだが。
商魂に感心してしまった。
「アハハー、冗談やって。今回はお代はいただきません。恩人ってのもそうやけど、更に今回買ったんは“情報”やからなぁ。今回の商品に満足できたら今後ご贔屓にってことで!」
はじめて情報が売れたと言って喜んでいるアリクの傍らで、ミクニがこっちをチラ、と見て来る。
「マオさんが帰ってくる前に決めちゃってごめんなさいなの。それも私の勝手で…」
「いや、全然いいんだけど」
申し訳無さそうにするミクニにフォローを入れつつ適当なところに座る俺。
ユウやメメも構わない、と言ってミクニを慰めていた。
余談だが、そもそもメメの求めるヒトクイの情報はなかったようだ。
アリク曰く、自分が話を聞いていないという事は、自分がまだ足を運んでいないアシオスの方にいるのではないか。という見解らしい。
しかしそれはあくまでも推測であって情報ではないので、商品には数えずに教えてくれたんだとか。
「で?ミクニは何の情報を買ったんだ?」
ミクニの方を向き首を傾げる。
隣のミクニは相変わらず真っ赤な顔であわあわしていた。
俺以外はもう知ってんなら、そんな恥ずかしいもん買ったわけじゃないだろうに。
相変わらずミクニは小動物のようだ。
「にひひー。なんなら恋まじないの情報もおまけに付けたろか?別売りのポーションもおすすめやで」
「いっ!いりません!」
愉しげに笑うアリクに新たな商品を買わされそうになったミクニは、勢いよく振り返りそれを拒否していた。
ミクニって優しいけどちゃんとノーが言えるタイプだよな。
変な詐欺に引っかからないで済みそうで何よりである。
「…本当に要らんか?自力だと先行きは途方もなさそうなんやけど」
「う…で、でもこれは物に頼らず頑張りたいの…」
真摯なトーンで問うアリクに少し心が揺らいだミクニだが、それでもちゃんとお断りしていた。
やっぱり情に訴えるタイプの売り文句の方がミクニには効くらしい。
アリクはここで引いてくれたが、危ない商売人に引っかからないよう、もしもの時は俺がしっかりせねば。
「所でその恋なんちゃらって魔物同士とかでも効くの?」
「使っちゃダメ!絶対!なの!」
「お、おう…」
でもちょっと面白そうだから魔王城に帰ったらうちの奴らと遊んでみようかとか思ってアリクに問いかけたら、アリクの前にミクニから凄い剣幕で止められた。
「確かに魔物間で三角関係とかで同士討ちになったら面白いね」
「そのたたかいかた、ちょっとやだ」
対面のユウとメメからは対極な感想をもらう。
いや別に攻撃手段に使おうとか思ってないよ?
自分を含めた魔物、とは弁解できないから黙ってるけど。
「あははー。うちもそこまではわからんなぁ。魔物に使うって考えは無かったわ」
快活に笑うアリクが「それも有りか!?」とか呟いてんのは気のせいだと思いたい。
なんだかんだ言って、意思を捻じ曲げるのは異常個体で懲り懲りだ。
「ま、その話は置いといて。聖女さんが購入したんは“ノカトリア様への会い方”っちゅー情報や」
「ノカトリア様への会い方、ねぇ」
ぴん、と指を立てたアリクが得意げに言う。
俺はその言葉を反芻しながら、そう言えばアリクが倒れる前にそんな事を話をしていたな。と思い返した。
ノカトリア様。
ミクニの友達兼唯一神。
「マオさんが“会わせてやる”って言ってくれたことは忘れたわけじゃないし信用もしているの。でも、だからせめて何処にいるのかくらいは知れたらなって」
俺に無断で話を進めた事に罪悪感があるのか、手をパタパタさせながら弁解するミクニ。
その言葉尻は小さくなっていったが、別にそんな事気にしなくていいのに。
神託は聞こえても会ったことの無いノカトリア様にミクニは会いたがっている。
俺もできることなら会わせてやりたいけど、手掛かり一つない今、それは中々難しい。
俺だってミクニの友達に会ってみたいのだ。
頼れるものは頼るに限る。
「うんうん。青春やなぁ」
と、アリクはなんかおっさんみたいな事を頷きながら頷いていた。




