121 忍と影
三人称視点
「影分身の術!」
シノの掛け声でボブン!と煙幕が彼等の姿を隠す。
「なっ!?」
足下に浮かび上がる魔法陣でもスライムの様な分離でもない馴染みのない煙に視界を遮られた死の影は、今日何度目とも知れない驚愕の表情を浮かべた。
「行くでござるよ!」
煙が晴れたシノの背後には、ずらりと並ぶ人影、人影、人影、人影。
彼等が一斉に死の影に飛び掛かる。
「目障りですねぇ…!」
死の影が疎ましそうに傘と杖で彼等の攻撃を弾き飛ばしていく。
人影を殴ると相変わらず一旦丸太に変化してから消え、そのシノのこだわりは「忍者」を知らない者からすれば不可解かつ邪魔、まさに目障り以外の何物でもなかった。
四方から飛んで来る無数の手裏剣は、流石の死の影でも捌ききれずに服を裂き黒い霧をそこから滴らせていく。
「く…っ」
杖を伸ばし、否、仕込み刀の鞘を投げ捨てた死の影が影を斬る。
「貴族にはそんな暗器を持った者もいるでござるか。興味深いでござる」
「君に気に入っていただけるなら、もっと早く見せればよかったですねぇ!」
余裕を見せるシノの言葉に、防戦一方でも死の影は律儀に答える。
「んー?ふむふむ、これはなんでしょうねぇ…?」
と、違和感に気付いた死の影が、襲い来る影を斬り分け歩みを進める。
そして一体の影の前で立ち止まると、躊躇なくそれも斬り捨てた。
すると斬り捨てた影には今までにない手応えが確かにあった。
刀に割かれ、丸太にならず消える影。
そして複数のまだ触れてもいない影が煙幕と共に消失する。
「他よりちょっとだけ強い気配のする影…これが術者ですねぇ?」
死の影は忍術はわからない。
それでも人間の魔法には多少覚えがある。
「成程成程。最初の三人を主格にこの魔法を再現しているのですねぇ?」
「…魔法ではなく忍術でござる」
死の影は人間の魔法が扱えるわけではない。
それでも「真似る」ことはできる。
影で表せるものであればなんだって。
だから何十体もの人影を生み出すことはできなくても、何百体の分身を作り出す術者一人ならば生み出せる。
「何が違うのですか」
一つ違いを見出した死の影の対処は早かった。
人波に紛れるもう一体も捜し当て、更に空間の裏に隠れるもう一体も仕留められるのに時間はかからなかった。
どんなに巧妙に幕の裏に隠れようと、その後ろに忍者は潜んでいる。
膜ごと貫かれれば成すすべはなかった。
「身代わりと分身…二つの術を同時に使うのは難しいでござるな…」
「やっぱり魔法と同じじゃないですかぁ」
闇の中で人影が改めて二つになる。
「もう逃しません」
「ぐ…っ」
舌打ちするシノとの距離を瞬時に詰めた死の影の手がシノの首を捕らえた。
「同じ姿をしたら、君も死ぬんですかねぇ?」
ニコニコと微笑みながら手に力を込める死の影。
細腕に見合わない尋常ならざる力で絞め上げられ、シノも必死に藻掻くが力の差は埋まらない。
「試してみましょうか」
見知らぬ紳士のロマンスグレーの髪が黄味を帯びながらずるずると伸びる。
身体は衣装ごと粘土のように形を変え、貴族風の装いはこの世界ではシノしかその身に纏っていない忍び装束へと変化する。
死の影は人を喰らうから人を模す。
魔物は喰らわないから模す必要が無い。
しかし喰らう気ならば?
その壁を、死の影は壊そうとしていた。
ただ一点、シノへの執着によって。
「………」
死の影の身長がシノと同じになり、シノの足が辛うじて下に付くようになっても形勢は変わらない。
「………ふ、」
しかし、口もとに笑みを浮かべたのはシノだった。
「?…っ!?」
その不可解な笑みに死の影が首を捻る前に、一筋の閃光が二人の間を走った。
明らかに死の影を、シノを捕えていた腕を狙って飛んで来た閃光を避け後方に飛び退く死の影。
突き放されたシノも死の影から距離を取り息を整える。
「光…!?」
咄嗟に紳士の姿に戻った死の影は、我が目を疑った。
ここは影の世界だ。
光はない。
そして自分達もまた、影だ。
光は生み出せない。
人の魔法の、その形を模すことはできても、本物の光を再現する事はできないはずだ。
しかし今、自身の目の前を横切ったそれは眩い光を放つ、正しく「光」だったのだ。
「すまぬな、死の影」
影の世界に光が走った事に驚く素振りもなく、シノは死の影を見据える。
「拙者、“人間かぶれ”で御座るからして」
「は、」
死の影がシノへと意識を向けた刹那。
今度は鞭の様にしなやかな光が死の影に巻き付き、体の自由を奪った。
「この魔法…まさか…っ、」
闇から伸びる光の線。
その光の“入り口”が移動し、シノの脇で止まる。
「かたじけない、レティ殿。助かったでござる」
死の影から視線をはずさないまま、シノは足元へと声をかけた。
「いえいえ~良いのよ。こっちからじゃ全然目視ができないから、上手く行ったなら良かったわ」
足元からは聞き慣れた声。
影の向こう、始まりの町の自室で自身の影に向かって微笑むレティが光の端を掴んでいた。
「なん…、」
「拙者、人間かぶれでござるからして。人間と群れるのも共闘も“ばっち来い”なんでござるよ」
そう言って光の線に似た紐を影から作り出したシノが、それを死の影に巻き付け拘束を強める。
「人間の輪に入るのは本当に面白いでござる。色んなものが見聞きできる」
死の影に歩み寄るシノ。
光と影の拘束は丈夫でしなやかなものだった。
特に魔法に対する対抗策の乏しい死の影には、この二人分の拘束を破るのは中々に骨。
それでも不可能ではなかった。
「しかしこのご時世、当然冒険者と相対することも多いのでござるよ」
死の影の戦意を削いだのは、フ、と笑みを浮かべたシノの「警告」。
「だから勿論“こういった物”も見聞きの例外ではないでござる」
「…成程、まだまだ奥の手を隠し持っている。という事ですかぁ」
シノの背後に現れたのは傘や杖などではない。
剣、弓、槍と、視界を埋め尽くさんばかりの無数の武器。
圧倒的に剣をかたちどった物が多いが、中には死の影が見たことのない武器も多い。
死の影には力が有る。
しかし仲間はいない。
人の動きを模した影を生み出すことも、シノ程のクオリティではできない。
シノ本人に精巧な三体の影、それに人間の掩護。
死の影の戦意を削ぐには充分だった。
「ひとつだけ聞かせてください」
背後に生み出した人影で両手を上げた降参のポーズをとる死の影が苦笑する。
「何故はじめから、それ等を出さなかったのですかぁ?」
無数の武器を見渡しながら死の影は問う。
それは単純な疑問。
だからシノも単純な答えで返した。
「可愛くないからで御座る」




