第4話 初めての宿
経験値は精霊のレベル。熟練度はスキルに対する強度。
『例えば今アラトたちが、一層で得られる経験値はほとんどない。だからどれだけ倒しても力が強くなったり素早くなったり、そういった能力は変化しない。熟練度は得られる最低値があるようで、たとえ一層の魔物でもスキルの熟練度は上がっていく』
『その逆に四層の魔物相手では、得られる経験値が高くなる。スキルの熟練度の上がりやすさも上昇するけれど、経験値ほどではないみたい』
同じドムグリ相手でも、一層と四層では強くなり方が違うらしい。つまり同じ大きさの魔石だからと、一層の方で楽をしているといつまでたっても強くなることはない、ということらしい。
確かに最近はようやく、階層を進むようになったが、それまでは長らく能力も停滞していたような気がしていた。
『それとね。こっちが実は本題なのだけど』
ユニカにしては、勿体ぶった言い方をする。
今はリアンナが槍士の新たなスキルがないか、ひとりで行動しているところだ。普段リアンナがいる間は、ユニカもそれほど話しかけてはこない。
どうせアラトに話しかけても返事はないことが多いので一人の時にしか話かけてこなくなったのだ。
アラトが改めてユニカの方を見る。少し困ったような表情を浮かべていた。
『どうにもあなたがこちらに転生したときに、付与された能力も、精霊と同じような扱いがされているみたい』
「念動力の力もレベルや熟練度があるということ?」
『どうやらレベルはアラトの精霊に依存してる。だから熟練度だけ。他に人には一つの精霊しかいないのに、あなたには二つ目があるようなもの』
そう言われると非常に強力なような気がした。
念動力と異次元ボックスの他に、新たに『コラプスキューブ』という特技を得ることが出来た。しかし今のところ、いまいち使い道が発見できていない。
大きさは小さな石ころ程度で、透明で四角い形をしたものだ。それを投げつけたり念動力で飛ばすこともできる。魔物にあたれば確かにダメージは与えられるが、それほど威力が高いわけでもなかった。
今までアラトが攻撃する手段はそれほど多くなかった。しかし最近購入したボウガンと比較すると少し威力も心もとないものだ。
ふとユニカの方を見ると、なにやら不満気なようすだった。
「どうしたんだ?」
「私が精霊と同じ扱いされているようでなんだか複雑なだけ」
アラトはそれを聞いて、少し笑った。確かにアラト以外に見えていないし、声も届かない。それはいつもふわふわと漂っているこの精霊と似たような性質を持っている。もちろん精霊は会話をすることなどできないが、立場としては似たような存在であることは確かだった。
そもそもユニカは、アラトをこちらの世界に送った本人であるという。
そのことについて、今まで深く考えていなかった。目の前の生活や生きることに必死だったため、考える余裕もなかったのだった。
最近では金銭の余裕出てきた。アラトが持つ異空間ボックスの中には換金して価値の高い硬貨が何枚もたまってきている。
リアンナの持つ分もアラトが預かっている。ユニカが計算して管理していくれているから、面倒な計算もしなくて済むのが非常に助かっていた。
実はならず者ギルドには金銭を預かってくれる仕組みもあるようだが、活用したことはなかった。
普段いる三層から一つ降りた四層は、三層よりも綺麗な階層である。
五層や一層ほど活気があるわけではないが、広い足場には宿屋があったり、雑貨屋が店を構えていたりする。
五層ともなると、地下世界から得られる魔石の価値があがったり、地上から物資を運ばなければならない関係上、さまざまな物の価値が上昇している。
さすがに五層で買い物をするのは勿体無い気がして、わざわざ一層まで行くことが多いが、四層にある宿に泊まるくらいならそろそろ良いのではないかと、アラトはリアンナと相談することにした。
「良いけど。泊まれないかも」
リアンナは子どもの見た目や薄汚い恰好であることを懸念しているのか心配そうに言う。しかし地下の階層を歩く人間は大抵ならず者ばかりで、地上で見かけるような小綺麗な見た目をしている人間は少ない。
お金を出して二人で泊まりたいと、宿屋の主に確認する。
あまり客は多くないのか、すんなり泊まることが出来た。
二つの部屋を取ろうとしたが、リアンナが一つで良いと譲らなかった。
部屋の中に入り、木枠の窓を開けると穴の中心が部屋から眺めることができた。
宿の建物は二階建ての構造だった。ちょうど屋根の部分が三階層の足場のギリギリの状態だった。
三層足場を誰かが走ったりすると足音が聞こえるほどだ。
窓からは五層の賑やかな活気が聞こえてくる。
四層は少し日光の日差しからは少し遠い。しかし、三層よりも明るいのは五層からの光が漏れているからだ。
リアンナの方をみると部屋の中をうろうろしている。ずっと三層の足場を寝床にしていたため、こうしたちゃんとした部屋はもしかしたら落ち着かないのかもしれない。
宿主に頼んで水を桶一杯に注文した。穴の深い階層でも水道管のようなものが下の方まで続いているらしく、お金を払わなければならないが、宿屋などでは水も買うことが出来た。
宿屋の店主は水を軽くあっためてくれたようで、温かい。
手ぬぐいを使って身体を洗う。しばらく三層で生活していたが、時折地上にいって身体を洗ったりしていた。
ちゃんとしたお風呂にも入りたいが、地下暮らしには考えられないくらい贅沢なことだ。
アラトの背中をリアンナが拭いてくれる。今まであまり気にしていなかったが、こんな部屋のなかで身体を洗いあうのは初めてのことだ。環境が違うせいか今まで何も気にしていなかったのに、少し胸の鼓動が高まるのが分かった。
リアンナの様子も少し変だ。褐色の肌を隠してはいないが、顔は妙な表情を浮かべている。
リアンナの番になって、アラトが背中を拭いてやると、戸惑うような仕草を見せた。これはやっぱり部屋を分けた方がいいかもしれない。
アラトの身体も大きくなって、リアンナの身長を抜いた。大人に近づいているのだ。アラトの予想ではもう少し大きくなる。
リアンナは未だ少女らしい身体をしているが、本人の年齢はおそらく二十歳を超えているはずだ。無駄な会話をしない落ち着いた性格ではあるが、身体を思うと年上には思えなかった。
元より、日本での生活を含めると、大して変わりはしないはずだ。
日本での生活していたころを思い出すこともあるけれど、何気ない日常のことばかりだ。今では記憶も朧気で、生まれ変わる直前にどんな暮らしをしていたかなど、覚えていないものも多かった。
「これから五層で少し買い物でもしてみないか」
「買い物?」
「そろそろ服とかも買ってもいいんじゃないかな。しばらくこの宿を拠点にしていくつもりだから、荷物が増えても問題ないだろ?」
「分かった」
宿の店主に声を掛けて、宿を出る。
巨大な穴の側面にある足場を歩いていく。途中で降りるための階段があり、そこを下ると五層だ。
五層は街灯のような灯りがたくさん灯されている。太陽の明るさはもう陰っているのか、地下階層はすでに暗さが深みを増している。
地下世界を探索していたならず者たちがガヤガヤと酒を楽しんでいる姿が多くみられた。なんだかんだと楽し気な空気が五層を包んでいる。
出店なども多く構えられ、片側だけの商店街が、穴を囲うようにして並んでいた。
リアンナと二人並ぶ店を眺めながら、商品を見ていく。
いつのまにかリアンナに手を取られ、人込みの中を進む。
アラトはいくつかの下着や、地上で着るような綺麗な服をリアンナのために買った。
これがあれば、街中に出てもそれほど悪目立ちをしないだろうと思えた。
エルフの耳を隠すためのフード付きのマントも購入することになった。今更のような気もするが、これから五層や更にその下に行くならあった方がいいと考えたのだ。
これは地下世界でも使える装備品の一部なようで、それなりの値段もしたが、一年で貯めたお金は結構余裕があった。
リアンナは買った服を大事そうに抱えていた。
宿では簡易的な食事しか出してくれないらしく、朝食か、小腹がすいたときに注文すれば出してくれるだけで、値段を考えても少し割高である。
そのため、食事も五層で済ませることにした。
最初は適当な出店で買った食べ物を宿まで持って帰ろうかと思ったが、それでは今までと変わらない。
値段と客層を見て、あまりうるさくなさそうな食堂を選んだ。
食堂の店員はアラトたちの背格好を見て少し眉をひそめたがそれだけだった。
身体を拭いただけで、服装はこれまでと大して変わらない。今は装備や防具を身にまとっていないだけ、よりみすぼらしく見えたかもしれなかった。
リアンナは緊張しているのか、普段から余計な口を開かないのが、さらにも増して口数が少なかった。
それほど格式ばった食堂でもないはずだ。見た目はそれほど綺麗なわけではないし、店員もやる気があるのかないのか分からない態度だ。
それはアラトが日本で暮らしていた記憶があるからそう思うだけなのかもしれないと、途中で思い直す。リアンナには少し悪いことをしたような気になって適当な食事を済ませると、さっさと宿に戻ることにしたのだった。
夜になって、二人でベッドに横になる。夜になると季節に関係なく肌寒いのが二人にとっての当たり前だった。
アラトにとってみれば、それほど良いベッドではない。けれども暖かい毛布に包まれて寝ることが出来るというだけ、ありがたい。ようやくここまで来ることが出来た。
リアンナは最初のうちこそなれない環境で緊張していたのか、背中を向けて横になっていたが、いつのまにかアラトにくっ付いて寝入ってしまったようだ。
アラトが眠る少し前、視界にぼんやりと白い服の人間をみた。
こちらを見ているらしい。遅れてユニカのことだと気が付いたが、結局それだけで、アラトも気が付いたら眠ってしまっていた。
翌朝目が覚めて、部屋の中を見るが、ユニカの姿は見えなかった。
ぽわぽわと浮かんでいる精霊がいるだけだ。なんとなく触れてみると、驚いたような動きを見せる精霊。
思っていたよりも表現豊富なその姿にアラトも少し笑顔になった。
四層の地下世界はそれから何度か挑戦することになった。
アラトがボウガンで一撃で倒すか、投石を投げ怯んだところにリアンナが追い打ちを素早くかけることで、ドムグリに攻撃をさせずに倒すことが出来るようになった。
ボウガンで一撃で倒すには念動力で威力を増すしかない。念動力は気力と呼ばれるスキルを使うための力を使うため、連続では使用できなかった。
この世界のスキルを使用するには、気力や魔力などが必要である。
その気力も、レベルが上がることによって、使える回数が増えたような気もするのだった。
リアンナの槍士は、どうにも地味なスキルが多いようで、突きや振り下ろしといった攻撃スキルから、構えや防御に対するスキルが今のところほとんどのようだ。
どれも派手さはなく、本当にスキルを使用しているかも分かりにくい。
大きな大技はともかくそれらのスキルに集中力はあまり使わないようで、リアンナも普段からスキルを使用していると語っているので、本当に基礎的な技がほとんどなのだ。
ドムグリは強くなったが、魔石の大きさは変わらない。なんだか騙されているような気分になるが、強くなることを考えれば、四層の魔物を狩るのが良いはずなのだ。
五層にもなると魔物の強さも一段上がることになる。魔石の価値が高くなっても、一日に狩れる数が極端に減ってしまっては意味がない。
数日間四層で魔物を狩っていると、いつの間にかリアンナもアラトの手助けなしで魔物を狩れるようになった。ドムグリが回避する素早さをリアンナの攻撃する素早さを上回ったのかもしれない。
その上、リアンナが二連撃で攻撃するスキルを覚えた。
一撃目で回避されても、二撃目は確実に当てることができた。大抵のドムグリはそれで倒れるが、個体によっては体力が残っているものもいた。
そんな時はアラトがボウガンでトドメを差す。念動力も使わずにボウガンの矢だけで倒すことができるのだった。
地下世界の探索を終えて、五層で買い物をしていると、遠くにポツンと建っている鍛冶屋を見つけた。
穴の円の大きさは大きく、街と隣接している部分はほんの一部で、三分の一ほど隣接しているかどうか。階段もその近くにあり、当然人の通りはその周囲や地下世界のゲート付近が精々だ。
足場は十数メートルほどの広さしかないものの、小さな店が壁際に並ぶだけでも十分すぎるほどの土地がある。だから活気のある五層と言えども、静かな場所は当然あった。
その鍛冶屋の店前には無造作に武器が並んでいた。値札はついていないが、価格の高い物なら無防備にすぎる。
店中をちらりと見ると、身体のがっちりしている背の低い男がいた。
低いといっても、今のアラトくらいはあるので、それほど小さくは見えない。リアンナのドワーフという小さなつぶやきを耳で捉えたアラトは、なるほどと納得してしまった。
「何の用だ」




