第3話 異次元ボックス
これには困った。さすがにそこまでいくつも買うことは出来ないだろう。いや安い物ならば、二人分の靴と鞄くらいなら今でもいけるだろうか。
なぜリアンナはそれほど乗り気なのだろうか。そもそも今まで装備を整えていなかったのはなぜなのか。
「あった方が便利。だけどお金なかった。今はお金があるけど、なにから買えばいいか分からない」
陽が落ち、退屈しのぎにリアンナに文字を教えてもらう。リアンナ自身、それほど詳しくないというが、店に書かれている文字くらいは読めるようだった。
いつの間にか寝てしまったリアンナをよそに、ユニカが話かけてくる。
『色々調べていたら、こちらの能力も上がってるし新たな力も使えるようになってる』
念動力は今でもたまに練習している。リアンナもアラトが不思議な力を使えるのは知っているが、それほどおどろきは無いようだった。
「そうなのか」
リアンナも寝ているし、小声で答えていく。
ユニカが言うには小さな空間の中に物をいれておくことが出来るようになったのだという。
ユニカはこれを『異次元ボックス』と名付けた。
ユニカに名前を聞いたら、確かに新しいスキルのようなものを理解したような気になった。
アラトは頭の中にある使い方の通りに空間に手を差し出すと、小さなほころびが出来た。
ほんの小さな大きさだ。コップが一つ入る程度の四角い箱。
その中に手持ちの銅貨をいれてみる。そして空間を閉じると、銅貨は見えなくなってしまった。
『驚いた。本当にそんなことが出来るなんて。その銅貨はどこにいったのかな』
ユニカも驚いている。使い方を教えてくれた本人でさえ理解の及ばない力らしい。
再び空間に手を差し出し『異次元ボックス』を開く。
中には銅貨が一枚残されていた。それが分かって邪魔な硬貨は異次元ボックスにしまうことにした。
どうやら他人にはこの異次元ボックスが見えていないようで、翌日にリアンナに見せたら非常に驚いていた。
何もないところから銅貨を取り出すマジックのように見えたらしい。
『アラト! さっきの硬貨がこちらに来てるよ。どういうこと』
どうにもただ便利な箱というだけの機能ではないらしかった。
一層にある防具が売っている露店を確かめていた。値段もピンからキリまでたくさんある。
確かに品質もそれぞれ違うもののようだが、どれがどれだけ良い物なのかいまいち分からなかった。
アラトとリアンナは共に素足だった。これでは石を踏めば痛いし踏ん張りが効きづらい。
せめて前衛で戦うリアンナにはしっかりとした革靴やブーツを履かせて、どうにか戦う体裁を整えたいところだ。
「アラトの物を先に」とリアンナは言うが、アラトは成長期だ。買うにしても安物で十分である。
リアンナのブーツは革製のしっかりとしたブーツを購入した。露店で並ぶ靴にリアンナは戸惑いながら履いていき、サイズを調整してもらう。
どうにも不思議なことに店主が少し調整するとリアンナの足にぴったりとはまるようになった。
アラトは布製の靴を買った。雑に使ったらすぐボロボロになってしまいそうだが、これからアラトの身体は大きくなる。履けなくなるころに、また新しいものを買うとリアンナを納得させた。
最後に探索者の爺さんの小屋に行き、鞄を買うことにした。ボウガンを買うには少しお金が足りないし、アラトが使いこなせなければ意味がないとし諦めることにした。
その代わり短剣を買う。小さいサイズのものだがアラトには十分な大きさに思えた。
短剣もそれほど安いものではなかった。しかしリアンナの短槍で魔物から魔石を取るのはかなり面倒な作業なのだ。
これがあれば楽に魔石をとることが出来るし、アラトが魔物を攻撃したり防いだりすることも出来る。
探索者の爺さんが並べている短剣も安い物からそれなりの金額がするものまであった。
爺さんから手入れの仕方を教わった後、一層の魔物狩りに向かうことにした。
地下世界に入ると、リアンナがぴょんぴょんと跳ねる。ブーツを買ったのが嬉しいのか、足を確かめながら短槍を振り回したりしている。
石を拾い探索鞄にいくつか詰めこんだ。
リアンナが跳ねまわった勢いのまま槍を魔物に向ける。最近ではリアンナがドムグリに回避されることも少なくなった。
投石を当てるのがやっぱり早いが、リアンナの槍の扱いも上手くなっているらしい。
アラトも投石の力も強くなっている気がしている。投石だけで倒すまでは行かないが、勢いが増しているような気がするのだった。
その上飛距離も伸びている。以前まではあまり遠すぎると当たらないことが多かった。ドムグリという魔物はあまり大きくないし、近い距離でさえ当てられるということに自分自身驚いていたくらいだった。
力が強くなったと言えば、アラトの念動力の力も増している。魔物を狩るようになってから物を浮かせたり動かしたりする速度が上がっている。
以前までは動かせなかったものも浮かせられるようになっていたのだ。
アラトが石を投げる。それほど力を入れず当てることを意識した。ひゅっと飛んでいく石になんとなく念動力を使い勢いをつけてみた。
ドンとドムグリにあたる。きゅうと倒れて動かなくなった。いつもならひっくり返り無防備になるドムグリだったが、絶命するまではいかない。
念のためリアンナが槍で突きさすが、すでに魔物は息絶えていた。
ドムグリを短剣で解体し魔石を取り出す。この魔石を取り出す時間がスムーズになり、一日で狩ることの出来る数が更に増えたのだった。
取り出した魔石は血に濡れている。鞄に仕舞うと汚れてしまうが、それらの血は地下世界から脱出すると綺麗になっていた。
二人でならず者ギルドに行き、アラトの登録と魔石の換金を行った。
ならず者ギルドに登録するのに必要な金額は銅貨二枚だった。二人で食べるパンを買えるくらいの金額だ。
小汚いならず者たちの視線に震えながらも、なんとかやり過ごした。
リアンナは慣れたものなのかあまり気にならないらしい。
こうして一日が終わると、アラトとリアンナはくっついて眠る。
そんな生活が一年が続いた。
その日も魔物を狩りに出かけようと準備をする。徐々に生活が豊かになり、持ち物も増えてくると荷物のことを気にしなくちゃならなくなった。
『いい加減どこかに泊まったらどう』
ユニカが呆れたように口にする。最近までそんなことも考える余裕はなかった。それにまともな宿などリアンナとアラトの姿を見て追い払われるだろうと予想された。
『最近は見た目もまともになってきたじゃない』
そうなのだ。一年もこんな暮らしをしていると、リアンナやアラトの装備はそれなりになってきていた。
アラトはボウガンを購入したりいくつかの防具を装備するようになった。
リアンナはブーツだけでなく小手や皮鎧まで纏うようになった。
二人ともあまり大げさな防具は付けたくないと考えていたので、革製の物ばかりだが、細かい防具も揃えられると、中々立派な見た目になってきていた。
その上、アラトの身長も今はかなり伸びている。食事が改善されたおかげか、リアンナの身長を追い抜き、大人の身体に近づいている。
そのことを言うとリアンナはむっとして、自分も伸びていると言い張る。確かにリアンナも大きくなっているらしいのだが、その伸び方自体はゆっくりだった。
とくにリアンナのように幼少から森を出て自然に囲まれていないエルフは、中々大きくなることができないらしい。
『それにアラトは忘れてるかもしれないけれど、人探しをお願いしてるの。思い出した?』
ユニカの言葉を聞いて、確かにそんなことを言われたことがあったと、今更ながらに思い出すのだった。
『アラトも記憶を取り戻した頃は、弱っていたし仕方ない。けれどそろそろ動き出せるはず』
二層は角の生えたウサギが出現する地下世界だった。
見渡す限りの草原のなかにぽつんとゲートから放り出されたときは思わず放心してしまった。
草の中からぴょんと飛び出すウサギは、飛び出してくるまで足元をよく見ていないとリアンナには見つけることが出来なかった。
探索者の能力なのか、なんとなく敵の位置が分かる。草の中に隠れていても集中すれば魔物がいるのが分かったのだった。
二層はそんなところだ。魔石自体もそれほど稼げない割りに、怪我をする可能性もあった。リアンナは槍でウサギを叩き落とすのが得意なようだが、それでも一層ではなく、二層にわざわざ行くのは、ウサギの肉が欲しい時だけだろう。
探索者や狩人のような所属の人間は、魔物を狩り解体すると魔物の肉や素材を得ることが出来ることがある。
角ウサギは肉を得ることが出来た。
露店などでよく売っているのはこの肉のことだったようだ。
最近は三層にも行くようになった。三層も大して効率は変わらない。
魔物は大ネズミという名前で、本当にネズミを少し大きくしたような魔物だ。この魔物もこちらを攻撃してくる割りにすばしっこく、攻撃が当てにくい。さすがの投石スキルも、動いている相手の所為か当てるのが難しく、外れることも多かった。
リアンナはうまく大ネズミの攻撃を叩き落してくれるが、攻撃があたらなければ中々倒せない。
その上数も多く、倒しても次から次へと現れる魔物をどうにかしなければならないと装備を整えることにしたのだった。
ボウガンを買ったのも、大ネズミに初弾を確実に当てるためだ。
ボウガンで狙いを定めて、発射する。飛んでいく矢に念動力の力を追加して威力を上げる。
この念動力はとくに、投射物の威力を上げるのが効率が良いのだった。
短剣などを振るときにもアラトは使用してみたが、いまいち威力はあがらなかった。
大ネズミはアラトが放った矢の一撃で討ち取ることもあった。当たり所が良いことがあるのか、与えるダメージに幅があるようだ。
そんなときは素早くリアンナが追撃する。
アラトが攻撃したあとに素早く追撃するリアンナは攻撃を外したことがない。
そんな日々を過ごしようやく四層の地下世界に足を踏み入れることにしたのだ。
五層より先に向かうなら、五層を攻略しないといけないらしい。五層にいくだけならば一層から四層は何も律儀に攻略しなくとも問題はないらしいのだ。
けれども、アラトたちは着実にゆっくりと進むことにしている。
「リアンナ。リアンナは何もついてこなくてもいいんだ。他にやりたいことはないのか?」
「ない。アラトと一緒にいく」
リアンナが悲しそうな顔をしてしまった。いつまでもアラトのことに囚われている生活でいいのかと、心配になったアラトから出た言葉だったが、言ってから後悔するはめになった。
四層の地下世界は一層と似たような場所だった。出てくる魔物も『ドムグリ』で小さな獣道を歩くことになる。
リアンナが素早く槍を向けて攻撃した。最近では一層のドムグリ相手でも回避されることが少なくなった。
しかし、四層のドムグリはリアンナの槍を直前で回避するのだった。
ムキになったリアンナが再び攻撃を重ねる。
ドムグリがなにやらもぞもぞとし、なにかを仕掛けてくる気配を見せた。
しかし噛みついたり引っかいたりする様子もない。
黙って様子を見ていたアラトは投石をしようと石を掴む。すると地面から何かが飛んでくるのに気が付いた。
「いてっ」
思わず腕で防ぐも、飛んできた何かの攻撃を食らってしまった。
どうやらドムグリの魔法を使った攻撃のようだが、アラトが攻撃されたことにリアンナは慌ててしまった。
アラトと魔物を交互に見ながら焦るリアンナ。
アラトも攻撃に参加すればよかったと後悔しながら、ボウガンを発射する。
なんとか倒したものの、リアンナは落ち込んでいる。アラトも気にしなくていいと言うがあまり効果は無かった。
『精霊のことについて少し分かったことがある』
この一年ただ魔物を狩っていただけではなかった。
ユニカはアラトが持つ精霊について、ユニカの居る世界から調べていたらしい。ユニカ自身は科学的な推論に基づいて、精霊を調べているとかなんとか言っていたが、アラトにしてみればどちらも理解の及ばない領域であることには変わりなかった。
『魔物を倒すと、強くなる。これは間違いない』
『レベルのようなものがあって、それがあがっていくと新たな特技を覚えることがある』
『それらの特技やスキルにおいても技量度合いがあるみたい』
「スキルも使えば使う程強くなる、ということか。それともそのスキルで魔物と戦わなければならないのかな」
『どちらも正解。なにも地下世界で魔物相手にスキルを使わずとも、繰り返し練習すればそのスキル自体も強くなるらしい。しかし魔物相手に使用すれば、より効果的だと思う』
言葉にすると確かにと納得できる部分はあった。よく使う『投石』は最初のころより上手くなっている。石を見つけて投げるまでの速度、正確性などを考えると一層で戦っていたころよりもどれも良くなっているのだ。
探索者のスキルは、自分の意思で発動するものが今のところ『投石』くらいしかない。索敵の能力も集中すれば敵の居る位置が分かりやすくなるが、意識せずとも常に発動している能力とも言えた。
当然索敵の能力も覚えたての頃よりは敵の見つけられる距離も、見つけるまでの速度もよりよくなっているのは確かだった。
『あとは魔物よっても、得られる経験値や熟練度は変わるみたい』




