第2話 初めての地下世界
爺さんにお礼を言い、小屋を出ると、リアンナが待っていた。
リアンナの精霊はどんな見た目をしているのだろうか。あいにく契約した本人にしか精霊の姿は見えないらしい。
「おめでとう。これで地下世界に入ることが出来る」
リアンナについていくと、一層のゲートに並ぶことになった。
そこには自分たち以外にも『地下世界』に入ろうとする者たちが並んでいた。一層だけでもいくつかのゲートがあり、そのどれかに入ることが出来れば『地下世界』と呼ばれる魔物の現れるエリアに侵入することになるらしい。
「いい? 私たちは仲間。それを強く思って」
そうリアンナが言うとアラトの手を握った。同じゲートをくぐったとしても、本当に同じ場所に飛ばされるとは限らないらしい。
同じ場所に飛ぶことが出来るのは仲間だけ。それも人数が限られている。
いよいよ順番が来て、リアンナに握られた手にも汗がにじんだ。それでもリアンナの手はしっかりと握りしめられていて放してはくれそうにない。
ゲートをくぐる。パッと白い光の中を通り抜けたと思えば、緑色の世界にいた。
草木が立ち並び、足元には土がある。
穴の側面を通りぬけ、地下の中にもぐりこんだと思えば、天から降り注ぐ陽の光が木々の隙間から漏れていたのだった。
「気を付けて、すぐに魔物が現れる」
足元に小さな茶色い獣がいた。ツチノコか、或いはモグラのようだがじっとこちらを見て、動かない。
「ドムグリ」
リアンナは一言だけ魔物の名前を呟くと槍を振り下ろした。
ドムグリという魔物はこちらを警戒しているのか、リアンナの槍を見てさっと回避することに成功した。
「むう」
小さい獣のように見えるが、そんなに大ぶりでないと倒せないのだろうかとアラトは見守る。
何度か槍を地面に突き刺し、三度目の攻撃でようやくドムグリを倒すことが出来た。
探索者の精霊と契約して手に入れた能力は『投石』というものだった。
よく見ると足元に石ころが転がっている。それを一つ掴み取り、握った。
リアンナが再び魔物に向かっていくのを手で止めると、石を握りしめ投げつけた。
運が良かったのか遠くからの攻撃は回避できないのか、ドムグリに石があたる。それだけで倒すことはできなかったが、リアンナが追撃するとあっさり倒すことが出来た。
リアンナはいつもこの魔物に攻撃を当てるのに苦労していたらしい。
この一層に現れるドムグリという魔物は子どもでも倒せるくらい弱い魔物だが、気配に敏感で攻撃を回避するのが得意なのだそうだ。
二層や三層にもなると危険性がましてくる。当然魔物なのだから反撃してきたり、急に飛び出しこちらを攻撃してくることもある。
それからは順調に魔物を倒していく。
この一階層は一本の獣道。どこかの森の中なのか、視界は鬱蒼とした自然に囲まれていた。
行き止まりには再びゲートがありそこを通り抜けると地下世界を抜け、穴の側面にある足場に戻るのだった。
「今日はたくさん魔物を狩れた。二人だと楽」
直接魔物を倒したのはリアンナだったが、アラトは大人に近づいたような気がしたのだった。
『興味深い。あなたの能力も少し強化されたみたいね。魔物を狩ることで、精霊の力が強くなる? それとも契約者自身の能力が上がっているのか……不思議』
夜になって寝静まったころになってもユニカの独り言は止まらなかった。
しばらくはその独り言を聞いていたが、リアンナがいる手前返事をするわけにもいかなかった。彼女にはユニカのことが見えていないらしいからだ。
いつのまにかリアンナがアラトの背中にくっつくように眠ってしまうと、アラトも途端に睡魔が押し寄せてくる。
翌日もアラトとリアンナは二人で一層のドムグリを倒しに出かけた。
アラトが石を投げると、ドムグリは大げさにひっくり返り、隙だらけになる。そこをリアンナが槍を使って攻撃を放った。
「どうして槍なんだ?」
ふと、気になってそんなことを聞いてみた。リアンナの体格からすると槍を振り回すには中々大変である。子どもの体型のリアンナは短いショートスピアを持ち歩いているけれど、それでもリアンナが扱うには少し難易度が高いのではないかと思った。
リアンナは少し迷ったような表情を見せる。
「私のお母さんが槍を使ってた。それだけ」
リアンナは両手で短槍を握りしめるとスッと魔物に向かって槍を突きだす。
その動きは熟練の動きが垣間見えるような鋭い一撃だった。
ドムグリは回避する間もなく、槍先で突き刺されると、キュウと断末魔を上げながら力尽きた。
地下世界から抜け出し、魔物を倒して手に入れた魔石を換金する。
昨日はリアンナが一人で行ったけれど、今日はアラトもついていくことにした。
「ギルド?」
「そう。ならず者たちが集まる『ならず者ギルド』」
「ならず者?」
魔物の狩りをする人間が『ならず者』と呼ばれるのが不思議だった。それともならず者と呼ばれる人間はアラトのような浮浪児や身元が不確かな人間なのか、と色々と考えてしまう。
ギルドの受付にならび、順番が来るとリアンナが魔石を取り出す。
小さな袋に詰め込んだ暗い血の色をした石だ。
コロコロと受付の女性が魔石を転がしながら数えていく。
差し出された金額に頷いたリアンナは、小袋の中にいくつかの小銭をしまった。
リアンナとアラトがギルドを抜けて出口に向かう。
がやがやと騒がしい酒飲みたちの会話が耳障りに聞こえてくる。じろりと見下ろされる視線に、アラトは鳥肌がたった。
小さく弱い身体が恨めしい。
気付けば外に出ていた。ならず者ギルドは、地上にあるが穴のすぐそば。
いつのまにかリアンナに手を引かれいつもの三層、リアンナと隠れ住むいつもの場所に戻ってきていた。
「あんなところに一人で行ってたの?」
「あんなところって?」
「ギルドのこと。他に魔石を買い取ってくれるところは?」
リアンナは、うーんと考えてから首を振った。
「あそこくらいしか買い取ってくれない」
食べ物を買ってくると言って、リアンナは再びどこかへ行ってしまった。ここからだと五層が近いが、リアンナが向かったのは上に向かう階段だった。
『あんたがぼんやりしてるから』
白衣の女がこちらを見て言う。
アラトがしっかりとしていないからリアンナがわざわざ一度ここまで戻ってきたのだと、言いたいのだろう。
アラトにだってわかっているが、どうすることも出来なかった。
リアンナが買ってきたのは、硬いパンと焼いた肉だった。どちらも一層に並ぶ露店で購入したものだ。
なんの肉かは分からないが、少し硬く臭みもある。独特な味の濃いソースがかけられているため食べられないほどではない。それにいつも食べなれた肉ではある。パンだって硬い。手のひらに乗るくらいの大きさだが、ぎゅっと詰まっているのか硬くて重い。
人に投げたら結構痛そうだとアラトは思った。
水と一緒にゆっくり噛みながら食べていく。
食材はどこにいけば手に入るのだろうか。そもそも火を使ってよいのか、よくわからない。恐らく怒られるのだろう。
建物には中央に向かってパイプのようなものが取り付けられていた。そこからモクモクと煙が出ていることもある。
そこで人が生活しているなら当たり前のことだが、邪魔な排出物は全て中央の穴に向かうことになっていた。
厠、あるいはトイレなんかも一層や五層に公衆の場所があったりする。当然無料で利用などできない。
穴に向かってする奴もいるが、後ろからドンと押されて穴に落ちていくところを見たことがあった。
それからアラトは毎回一層まで行くことにしている。五層は少し割高なのだ。
「二層や三層にもゲートがあるけど、そこにはいかないの」
「危ないから。一層は安全」
確かに一層に現れるドムグリは回避するばかりで攻撃をしてこない。
全部で二十体ほどの魔物を倒すことが出来た。いつもはこれの半分も倒せば良いとリアンナは言う。
アラトは石を投げただけだが、それでも効率が良くなったのかもしれない。
それから数日ほど、同じようにして魔物を狩りながら生活することになった。
リアンナに連れられて、一層の露店も周った。
ならず者ギルドで見かけた、ガラの悪い男たちや、地上で見かけた小奇麗な人間たちも混在している。
人が多く、食べ物を買うにも一苦労だった。
一層の足場には穴に落ちないように手すりまでつけられている。
「今日は槍士のスキルを教えてもらいに行ってくる」
食事を終えたリアンナが、そんなことをいう。この日も魔物を狩りに行くのかと思っていたので肩透かしを食らったアラトだった。
「スキル?」
「アラトも探索者のところに行った方が良い。魔物をたくさん倒したから新しい技を教えてもらえる」
アラトの手のひらに数枚の大銅貨を渡す。食事をするのにこんなには使わない。
最近は金銭の感覚もだいぶ分かるようになってきた。大銅貨は銅貨十枚分。
食べ物を買うには銅貨数枚もあれば足りるのだ。
『精霊の能力は魔物を倒して強化され、スキルと呼ばれる技能は経験者に学ぶ、という仕組みなのかも』
リアンナが立ち去ったあとにユニカが思案しながらつぶやく。
こうしていても仕方がないので、再び探索者の爺さんがいるあの小屋まで向かうことにした。
場所は入り組んでいるし、初めて行ったときには散々迷ったが、不思議と今回はすんなりたどり着くことが出来た。
爺さんは静かに何かを作っている。小屋の中には鞄や短剣、そしてボウガンなどが並んでいる。
これらは探索者の標準的な装備らしく、今も爺さんが鞄を作っているところだった。
アラトを見た爺さんは眉をピクリとあげた。
「スキルを教えてもらいにきました」
「そうか」
低い声で一言だけ呟くと、なにやら語りだす。
「探索者というのは敵を素早く見つける、これが基本の力だ。地形を理解し有利な場所で魔物と戦う。これだけでも戦いを有利に運ぶことが出来る」
無口だと思っていた爺さんが滔々と語る姿に最初は圧倒されたものの、これまで知識を学ぶ機会も少なかったせいか、一度集中すると爺さんの言葉を聞き逃すまいと真剣になる。
「この鞄は物を詰め込むのにちょうど良い。探索者というのは地下世界にある素材を正確に見つけることが出来る。それらを探し出しこの鞄に詰め込めばそこらの入れ物に入れるよりもより多くの物を持ち運べるようになる」
爺さんが作っていた鞄は、どうやら探索者が活用するための鞄だったようだ。鞄の大きさも値段によって変わるらしい。小さい鞄でさえも大銅貨が何枚も必要だった。おそらくこの金額は相当安いのだと思われる。
露店で見かけた武器や防具の類は、銀貨や金貨が必要なのが当たり前だった。露店の金額が割高だとしてもこの鞄は安いような気がした。
「あとはこれだ」
爺さんが取り出したのは短剣とボウガンだった。
「探索者はあまり大振りな装備は持たない。だが探索者の能力ならこれらでも十分に活躍できるはずだ」
そうして爺さんは武器の扱い方を教えてくれる。
「今のところお前さんにはこんなところだろう。この石に触れろ」
爺さんに言われるまま、以前も見た精霊石に触れる。
アラトが精霊石に触れるとぼんやりと虹色に光った気がした。
アラトの精霊がふわふわとそちらに向かうとすぐに戻ってくる。
爺さんは「これで終わりだ」とふいと顔を背けて鞄の製作に戻ってしまった。
「ありがとうございました」
「……金が貯まったら、装備も買うことだ」
帰り際に爺さんの助言を聞いた。爺さんが売ってる装備をちらりと見る。確かにいつまでも石ころを投げているばかりでは魔物は倒せないだろう。
「分かりました。また来ます」
装備。確かに重要だ。けれども今はそれほど重要ではない。なぜなら強くなっても二層や三層から得られる魔石は一層と変わらない。
五層ともなるとさすがに一つ一つの魔石が大きくなり、換金額も当然変わってくる。
こどもの小銭稼ぎが、大人の食い扶持くらいになる。その分魔物も強くなり危険が伴うだろう。
一層でも十分稼いではいる。最近では食事をもう少し良いものにしたり、量を増やしたりしているが、それでも貯まっていくのだった。
さすがに大きい金額は、ギルドで大銀貨などに交換してもらい、リアンナが持っている。それでも不安は付きまとうのだが。
そんな不安をリアンナに相談すると「ギルドに登録すればいい」と返ってきた。
ならず者ギルドは、ならず者同士の決闘などを禁じている。理由があるならともかく一方的な搾取はされにくくなると言う。
「だったら、登録して装備を整えた方が良いかも」
アラトの武器や、前衛で槍を構えるリアンナに防具を用意したいと考えていた。
探索者の爺さんが作っていた鞄や装備の話をする。
「鞄はあった方がいい。それにボウガン? 買おう」
アラトはリアンナの言葉に戸惑う。武器はアラトにとってみたら最後の予定だった。投石というスキルがある限り、今のところ問題ないし、早いところ防具を揃えた方が良いと思っていたからだ。
「まずはブーツとか靴じゃないか?」
「それも買う」




