第8話:黒鉄颯太の「交渉術」
「――オーケー、ミスター・ハワード。あんたの言いたいことはよく分かった。だがな、その金額じゃ、うちの特区の『一等席』は売れねえよ」
天馬財閥の極秘シェルター『黒曜館』。
無機質な金属壁に明滅する数十台のサーバーラックの光に照らされて、黒のベストスーツを纏った颯太が、モニターのカメラに向かって獰猛な笑みを浮かべていた。
画面の向こうに映し出されているのは、米国シリコンバレーに本拠地を置く、世界最大の自動運転メーカー『アトラス・モーターズ』のCEO、ハワードだ。
その隣で、蓮華は優雅に紅茶を傾け、楽しそうに幼馴染の『実務』を見守っている。
『ミスター・クロガネ、我々はすでに二千億ドルの出資を提示している! 我が社は世界の自動運転のリーディングカンパニーだぞ。これ以上の要求は強欲がすぎる!』
ハワードが画面の向こうで真っ赤になって怒鳴る。
「強欲? はは、買い被るなよ。俺は単に、対等な取引がしたいだけだ」
颯太は銀髪を軽くかき上げ、キーボードをいくつか叩いた。
アトラス社の基幹サーバーから引き抜いた、極秘の構造バグデータをモニターに並べて見せる。
「あんたら、こないだカリフォルニアの公道テストで、歩行者を認識できずに衝突しかけたろ? あの走行データ、必死に隠蔽してるみたいだけどさ……」
『な、なぜそれを……!? あのデータは極秘中の極秘で、社外に漏れるはずが――』
「俺の技術を舐めるなよ。じいちゃんの『庭』で、世界最高峰のセキュリティをハッキングするゲームを毎晩やらされてたんだ。あんたら程度のファイアウォール、紙切れみたいなもんだよ」
颯太の銀色の瞳が、冷酷に、しかし極めて魅力的に細められる。
「あんたらが世界で勝てないのは、技術が足りないからじゃない。
既存の道路交通法や安全規制が厳しすぎて、まともな『極限環境での実証データ』が取れないからだ。
だが、うちの西海県(エデン特区)は違う。
信号機も、道路標識も、すべての道路インフラをAI専用に書き換える。
さらに、事故が起きた時の『メーカー責任を一切問わない』、世界で唯一の【超法規的免責】を、日ノ本の大臣様(蓮華)が公式に保証してやる」
ハワードが、生唾を飲み込む音がスピーカー越しに聞こえた。
世界中の老人が、24時間アトラスの自動運転シャトルに乗って移動する。
そのすべての走行データ、生体の利用データが、リアルタイムでアトラス社のサーバーに送られるのだ。
このデータを手に入れれば、競合他社をすべて置き去りにして、世界の覇者になれる。
その価値が、たった二千億ドルのはずがない。
『……要求を、聞こう』
「五千億ドルの初期投資。それと、特区内で稼働する自動運転車両の十年間、完全無償提供だ。
嫌ならいいぜ? 隣のドイツの自動車メーカーが、すでにこの条件でサインする準備をして待ってるからな」
『……わ、分かった。アトラスはその条件を受け入れる。今すぐ契約書を送ってくれ!』
「毎度あり、ミスター・ハワード。賢い選択だ」
画面が切れた瞬間、颯太は首を軽く回し、満足そうにふぅとため息をついた。
「どうだ、お嬢。世界のテック最大手から、計三兆円規模のインフラ資金と自動運転車両を、タダで巻き上げてやったぜ。これで西海県の自動運転化は、天馬の金を一円も使わずに完了だ」
「お見事ね、颯太。さすがは私の盾であり、最高の共犯者だわ」
蓮華は手元のタブレットを開き、美しく、そして冷徹にそろばんを弾く。
「これで老人の『足(交通インフラ)』を完全無料にしても、私たちの収支はプラス。
アトラスから毟り取った五千億ドル(約六十兆円)の投資金があれば、特区の医療自動化システムも一瞬で完成するわ。
浮いた社会保障費は、すべて予定通り、西海県の若者たちの財布へキャッシュバックしましょう」
「国から一円も引っ張らず、海外のクソデカ企業から巻き上げた金で、お年寄りを救い、若者を豊かにする。……おいおい、どっちが本物の『少子化対策大臣』か分からなくなってきたな」
二人の不敵な笑い声が、黒曜館の地下に響く。
世界の巨頭すらも手玉に取る「狂犬」の牙は、エデンの建設を、凄まじい速度で加速させていった。
(第8話・了)




