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第7話:女性知事の涙、女帝のそろばん

「天馬大臣! お待ちください!」



 西海県の外れ、潮風が吹きすさぶ廃校の校庭。

 急ブレーキの音と共に停車したセダンの前に、息を荒らげ、スーツの膝を泥で汚した一人の若い女性が立ちはだかった。



 深山みゆ、三十歳。

 消滅寸前と言われる西海県を救うため、泥水をすする思いで県政を支えてきた、生真面目で愚直な女性知事だ。



「深山知事。急に車の前に飛び出すなんて、危険ですわ」

 ドアを開けて降り立った蓮華が、静かに深山を見つめる。



「危険なのは、あなたたちのやり方です!」

 深山は悔しさに唇を噛みしめ、大粒の涙を瞳に溜めながら叫んだ。

「県議会の老人議員たちは、財政再建だと浮かれて契約書に判を押しました。でも、私は騙されません! あなた方はこの県の土地を二束三文で買い叩き、お年寄りたちを追い出して、産業廃棄物の処分場か、あるいは金持ち向けのメガソーラーでも作る気でしょう!? これ以上、故郷を、お年寄りたちを切り売りする真似は、絶対に許しません!」



 彼女の涙は、本物だった。

 お年寄りや故郷を守りたいという、ただそれだけの、不器用でまっすぐな誠実さ。



 だからこそ、蓮華は彼女を切り捨てるのではなく、自らの「算盤そろばん」を見せることに決めた。



「深山知事。産廃処分場? ……とんでもない。彼らを追い出すどころか、この西海県に住むお年寄り全員を、私たちは世界一幸せな『楽園』で包み込むつもりよ」



「楽園……? 嘘を言わないでください!」



「嘘かどうか、これを見なさい」

 蓮華は手元のタブレットを深山に差し出した。

 画面に表示されたのは、産業処分場などではなく、豊かな緑と調和した、SF映画に出てくるような美しいスマートシティの設計図だった。



「天馬の老人特区『エデン』。

 ここに入居するお年寄りたちは、水道光熱費、食費、そして最新の医療や介護ケア、さらには移動のための交通費まで、すべて『永久に、完全無料』で提供されます。

 買い出しに困る限界集落の自宅には、天馬のAIドローンが毎日、温かい食事と日用品を無料で配送しますわ」



「な、何ですか、そのデタラメは……!」

 深山は頭を激しく振った。

「そんなことをしたら、いかに大財閥の天馬グループといえど、数ヶ月で破産します! その天文学的な維持費は、一体どこから湧き出てくるんですか!」



「世界中からよ、深山知事」

 セダンの車体に寄りかかったまま、銀髪の颯太がポケットに手を突っ込んで不敵に笑った。



「今、世界中の先進国が少子化による『医療・介護費の爆発』に怯えてる。だが、どの国も一般の公道で自動運転シャトルを24時間走らせたり、老人の生体データをAIで常時遠隔監視して病気を未病で防ぐような、過激な実験はできない。既存の法律が邪魔をするからだ。

 だから、俺たちがここでそれを行う。

 特区内の老人が暮らす生きたライフデータを、世界の巨大IT・医療テック企業に超高額で売り飛ばす。老人は自分のデータを提供するだけで、衣食住のすべてを『無料』で保障される。これが、世界の少子化マネーを吸い上げる天馬のビジネスモデルだ」



「そ、れが本当なら……お年寄りたちは、社会のお荷物から、世界の先端医療を支える『パートナー』に生まれ変わる、というのですか?」



「それだけじゃないわ、深山知事」

 蓮華は一歩、深山へと歩み寄り、その涙を湛えた瞳をまっすぐ見据えた。



「お年寄りにかかっていた県全体の年間三千億円の医療・介護補助金。これが自動化によって二千七百億円浮くわ。

 私はその浮いた血税を、西海県で暮らす『若者世帯』に、毎月一五万円の『配当金』として全額、直接還元する。

 若者が子供を持てない最大の理由は、老人の社会保障費のために手取りの半分が税金で奪われているからよ。

 老人の介護をAIで効率化し、浮いたお金を若者の財布に戻す。老人は無料で救われ、若者は重税から解放されて、余裕を持って新しい命を育める。……これが、私の描くエデンよ」



「あっ……」



 深山みゆは、息を呑んだ。

 ただの冷酷な企業買収だと思っていた。

 だが、この目の前の一九歳の大臣が描いているのは、現代の日本が、誰も解決できなかった『世代間対立』を、テクノロジーと冷徹なそろばんで完全に和解させる、本物の救国計画だった。



「……信じられない。でも、もしそれが本当に、本当にできるのだとしたら……!」



「本当かどうか、あなたのその生真面目な目で、私のすぐ隣で監視しなさい。

 深山知事。西海県の若者とお年寄りのために、私たちの『右腕』になりなさい」



 蓮華が優雅に差し出した手を、深山みゆはしばらく見つめ、そして、もう一度流れた涙を手の甲で拭うと、今度は力強く、その手を握りしめた。



(第7話・了)


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