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第4話:小娘と呼んだな?

「本番三分前でーす! 出演者の方々、位置にお願いします!」



スタッフの甲高い声が、日ノ本テレビで最も広い『スタジオA』に響き渡る。

眩いばかりの照明が、巨大なひな壇型のセットを照らしていた。



メインゲストの席にどっかりと腰掛けているのは、少子化対策特命大臣、岡部。

高級スーツの隙間から太い首を覗かせ、お抱えのメイクに顔のテカリを抑えさせながら、ふんぞり返っている。



その視線が、対角線上にある「若者代表・特別ゲスト席」へ向けられた。



そこに座るのは、白いワンピースをまとった天馬蓮華。

およそ政治とは無縁に見える、清楚で、どこかおどおどした風を装った美少女だ。

その斜め後ろには、インカムを装着し、微動だにせず控える銀髪の護衛――黒鉄颯太の姿がある。



岡部は鼻で笑い、近くの秘書に聞こえるように囁いた。



「テレビ局も落ちたものだな。政策討論に、あんな素人の小娘を呼んでどうする。視聴率稼ぎの飾り人形か」



マイクがその声を拾っているとも知らず、岡部は下卑た笑みを浮かべる。

蓮華はそれに気づかないふりをして、手元に置いたタブレットを見つめたまま、小さく身を震わせてみせた。怯えているように見せるためだ。



「お嬢、肩が揺れてんぞ。笑いこらえるの、そろそろ限界か?」



後ろの颯太が、マイクにギリギリ乗らない声で囁く。



「静かにして、颯太。本番中に吹き出しそうになったら、あなたの足を踏み抜くから」



「おいおい、そりゃ勘弁してくれよ」



二人の密やかな会話の直後、スタジオのランプが鮮やかな赤に染まった。



「本番、行きます。5、4、3……」



ディレクターの指が、カメラに向けられる。



『――サンデー・オピニオン。本日も生放送でお送りいたします』



司会者のアナウンサーがカメラに向かって滑らかに喋り出す。

番組は順調に滑り出した。少子化に悩む地方のVTRが流れ、スタジオの有識者たちがもっともらしい意見を述べる。

そして、いよいよ主賓である岡部大臣のターンが回ってきた。



「我が国の少子化対策は、今や『次世代AIの導入』によって劇的な転換期を迎えています」



岡部は得意げに胸を張り、カメラに向かって力強くアピールする。



「今回、私が主導した『最先端AI託児監視システム』は、年間約四千五百億円の予算を投じ、地方の保育現場の負担を極限まで減らすことに成功しました。これにより、我が国の少子化問題は大きく改善されると確信しております!」



スタジオに、台本通りのまばらな拍手が起きる。

司会者が蓮華に話を振った。



「さて、現役の学生であり、若者代表としてお越しいただいた天馬さん。この最先端の政策について、どう思われますか?」



テレビカメラが一斉に蓮華を捉える。

全国の数百万人の視聴者に向けて、彼女の可憐な顔がアップで映し出された。



蓮華は少し緊張したようにマイクを引き寄せ、おずおずと口を開いた。



「あの……素晴らしいシステムだと思います。ただ、無知な私には、少しだけわからないところがありまして……」



「ははは、お嬢さん、何でも聞きなさい。若者の疑問に答えるのも、大臣たる私の務めだ」



岡部が、度量の広い大人の男を演じるように笑う。



「ありがとうございます。あの……年間四千五百億円という莫大な予算が使われているそうですが、そのシステムを運営している『一般社団法人・未来の子供を守る会』のホームページを見ました。……代表理事のお名前が、岡部大臣の『実の弟さん』になっているのは、どうしてでしょうか?」



「――っ」



スタジオの空気が、一瞬で凍りついた。

岡部の眉が、ぴくりと跳ねる。



「……それは、偶然の一致だろう。あるいは、名前が似ているだけの別人にすぎん。第一、システムの公募は完全に公正なプロセスで行われた」



「そうなんですか。良かったです」

蓮華はどこまでも無邪気な笑顔で頷いた。

「でも、おかしいんです。そのシステムが導入されているという地方の『託児施設』の住所を調べてみたのですが、そこ、ただの寂れた雑居ビルで、中にはタブレットが一台置いてあるだけでした。カメラすら繋がっていません」



「な、何を馬鹿なことを……!」



岡部の額に、じわりと嫌な汗がにじみ出る。

司会者やスタッフたちが、慌ててインカムで何事かを話し始めた。生放送のスタジオに、異様なざわめきが広がる。



「生放送だからって、根も葉もないデマを流すのはやめなさい! そのシステムは世界最高峰のAIが――」



「開発費に三百億円、維持費に毎年数百億円。……でも、使われているソースコードは、ネットに無料で転がっている五年前のフリーソフトですよね?」



「き、君! いい加減にしたまえ!」

岡部が激昂し、テーブルを叩いて立ち上がった。

「小娘が聞きかじった知識で大臣を愚弄するな! 放送を止めろ! 誰だ、この娘を呼んだのは!」



「小娘、ですか」



蓮華の、おずおずとした態度が、一瞬にして消え失せた。



すっと背筋を伸ばし、妖艶に、そして氷のように冷たい微笑みを岡部に向ける。

その圧倒的な威厳とオーラに、立ち上がった岡部が、気圧されたように言葉を失った。



「……では、難しいお話をしましょうか。岡部大臣」



蓮華が、手元のタブレットをカメラに向けた。



「岡部大臣が実質的に支配する『未来の子供を守る会』から、スイスのペーパーカンパニーを経由して、あなたの個人口座、ならびに支持議員十名に還流された『裏金』の一覧です。合計、二千四百億円。すべての送金履歴、口座名義、日付のログが、今、私の手元にあります」



タブレットの画面が、スタジオの巨大モニターに、そして全国の家庭のテレビ画面に大写しにされた。

無数の銀行取引記録。そこには、はっきりと岡部個人の署名と口座番号が並んでいる。



「な、捏造だ! こんなもの、ただの嫌がらせ――」



「捏造かどうかは、彼らが判断するわ」



蓮華が、スタジオの入り口をスッと指さした。



防音隔壁の重いドアが開き、十数人の男たちが雪崩れ込んできた。

全員が、襟元に『秋霜烈日』のバッジを光らせている。



「……な、東京地検、特捜部……!? なぜ、ここに……!」



「岡部。お前の退路は、最初から塞がれているんだよ」



蓮華の背後に立つ銀髪の少年――黒鉄颯太が、インカムを外し、獲物を噛み殺したばかりの獣のような笑みを岡部に向けた。



「乾の鉄さん――いや、元警察庁長官の鉄さんが、地検の特捜部長の首根っこを掴んでな。生放送で証拠が出た瞬間に現行犯で踏み込めって、最初から網を張ってたんだよ」



特捜部の男たちが、真っ青になって震える岡部の両脇を固める。

カメラは、日ノ本皇国の大臣が、全国放送の生中継で「連行」されていく歴史的瞬間を、一秒の逃げ場もなく捉え続けていた。



「……少子化対策、ですか」



カメラに向かって、蓮華がもう一度、この上なく可憐に微笑む。



「税金を貪るハイエナたち。……その予算、次は私に、もっと有効に使わせていただきますね」



テレビ画面の向こうにいる、数百万人の視聴者。

そして、政界の老害たちへ。

日ノ本最大財閥の『女帝』が、最初の獲物を食い殺した瞬間だった。



(第4話・了)


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