第3話:大臣、査定の時間です
「……は? なんだって?」
翌朝、都内超一等地にそびえ立つ、日ノ本テレビ本社のプロデューサー室。
チーフプロデューサーの男は、目の前の革ソファーに腰掛ける若者に、耳を疑うような視線を向けた。
「聞き取れなかったか? 耳がバカになってるなら、天馬グループ提携の最新耳鼻科、今すぐ紹介してやるよ。最優先予約でな」
銀髪を綺麗にセットし、仕立ての良い黒のベストスーツを纏った少年――黒鉄颯太は、ソファに深く背を預けたまま、不敵に笑った。
その隣には、漆黒のロングヘアをなびかせ、清楚で可憐でありながら、どこか底知れない威厳を漂わせる美少女、天馬蓮華が静かに座っている。
「いや、しかし……。明日の『生放送・国政討論番組』の特別ゲスト枠を、今から変更するなんて無理だ! メインゲストは岡部少子化対策特命大臣なんだぞ? そこに、どこの馬の骨とも知らん、ただの十九歳の女子大生をねじ込むなんて、放送事故だ!」
プロデューサーが声を荒らげる。
だが、颯太は全く動じない。懐から、一枚の薄いメモ用紙を取り出し、テーブルの上を滑らせた。
「馬の骨、ねえ。……じゃあ、その馬の骨が、お前の首をいつでも撥ねられる刃を持ってるって言ったら?」
プロデューサーが訝しげにメモに目を落とした瞬間、その顔から一気に血の気が引いた。
そこにあったのは、日ノ本テレビの株式の『30%』が、今朝九時の市場オープンと同時に、天馬グループのダミー会社によって買い占められたことを示す取引明細。
さらに、プロデューサー個人が制作費を私的に流用し、愛人との海外旅行に充てていた裏帳簿のデータだった。
「お前が拒否するなら、今から五分後に、このテレビ局の筆頭株主は天馬になる。ついでに、お前の愛人との素敵なツーショット写真が、他局の週刊誌に一斉にバラ撒かれる。……どっちがいい?」
颯太の銀色の瞳が、冷酷に細められる。
普段は蓮華の隣で気さくに笑っている幼馴染は、獲物を追い詰めた猟犬そのものの顔をしていた。
「あ、あ、ああ……」
「選択肢は最初からないのよ、プロデューサーさん」
それまで沈黙を守っていた蓮華が、鈴を転がすような、しかし極めて冷徹な声で告げた。
「私はただ、少子化に悩む現役の『若者代表』として、岡部大臣にいくつか純粋な質問をしたいだけ。生放送の番組が盛り上がれば、視聴率も取れてあなたも嬉しいでしょう?」
可憐に微笑む蓮華。だが、その瞳の奥には「逆らうな」という絶対的な支配者の光が宿っていた。
プロデューサーは完全に戦意を喪失し、ただコクコクと、壊れた玩具のように首を縦に振るしかなかった。
「……交渉成立だな、お嬢。さすがに金と脅しの二枚看板は、誰も逆らえねえよ」
テレビ局を出て、待機していた黒塗りのセダンに乗り込んだ瞬間、颯太がシートに転がりながら笑った。
「脅しじゃないわ、颯太。これはただの『市場調査と適正な価格交渉』よ」
蓮華はふっと口元を歪め、窓の外を見つめた。
「まあ、何でもいいさ。これで明日の舞台は整った。……で、本番のネタは揃ってんのか?」
「ええ。じいちゃんが遺してくれた『手駒』が、信じられないほどの精度で仕事を終わらせてくれたわ」
蓮華は手元のタブレットを開いた。
画面には、一ノ瀬(元財務省事務次官・源さん)から送られてきた、最高機密レベルの財務報告書が映し出されている。
◆
数時間前。鴉羽商店街の裏手にある、天馬の秘密地下シェルター『黒曜館』。
「一ノ瀬です。岡部大臣の『少子化対策予算』に関する金の流れ、すべて洗いました」
かつて定食屋で唐揚げを揚げていた源さんは、高級な三つ揃いスーツに身を包み、冷徹な大蔵官僚の顔でタブレットをタップした。
「日ノ本皇国が少子化対策として計上している年間予算、約三兆円。そのうちの一・五割――約四千五百億円が、岡部が実質的に支配する『一般社団法人・未来の子供を守る会』へ流れています」
「年間四千五百億円……。随分と大胆に抜くのね。そのお金は、何に使われていることになっているの?」
蓮華が眉をひそめる。
「名目は『AIを導入した最先端託児システムの開発と、その維持費』。そして『地方自治体への導入補助金』にございます」
今度は、町工場の頑固親父だった神崎(拓さん)が、不敵にキーボードを叩いた。
「そこを俺が、天馬の自律型クローラーで裏からハッキングして、システムの実態を洗ったんだが……お嬢、笑うなよ? 中身はただのゴミだ」
巨大モニターに、システム構成図が映し出される。
「開発費に三百億かけたっていう託児管理システムの実態は、五年前のフリーソフトのソースコードを適当にコピペしただけのもの。監視カメラの映像をAIで解析して『子供の危険を検知する』って謳ってるが、実際は、カメラの映像が止まってようがバグってようが『問題なし』と報告書を自動生成するゴミプログラムだ。実態報告書も、全部AIによる捏造にございます」
「つまり……中身のない幽霊システムに、毎年何千億もの税金が消えている。そして、その大半が、海外のペーパーカンパニーを経由して、岡部個人や、彼を支持する世襲議員たちの懐に還流しているのね?」
「その通りにございます」
一ノ瀬が深く頷く。
「口座の完全な取引履歴、金の流れのログ、そして偽造報告書の証拠データ。すべてこのタブレットに集約いたしました。お嬢様のご下命一つで、いつでも東京地検特捜部を動かせるよう、乾(元警察庁長官・鉄さん)がすでに現場の捜査幹部の首根っこを押さえております」
「素晴らしいわ、みんな。……乾(鉄さん)、その証拠、地検にはまだ出さないで」
「お嬢様の合図があるまで、特捜部の動きは完全に掌握しておきます。誰一人、岡部の退路を塞ぐ不届き者に見逃しはさせません」
駄菓子屋のじいさんだった鉄さんが、恐ろしい凄みを湛えた笑顔で一礼した。
完璧だった。
財務の最高権力者と、警察、そして世界最先端のハッカー。
自分を育てるためだけにじいちゃんが集めた『狂ったスペックの使用人たち』は、国家の闇を、ものの数時間で完全に解剖してみせたのだ。
「テレビの生放送。言い訳も、官僚による握り潰しも、一切通用しない全国ネットの舞台」
蓮華はタブレットの画面を消し、胸の奥から湧き上がる冷たい愉悦を噛み締める。
「あの強欲な世襲議員が、自分の『偉大なる実績』を満面の笑みで語っているその瞬間――すべてを、引きずり下ろすわ」
傍らに立つ銀髪の幼馴染が、獲物を見つけた狂犬のように、牙を剥いて獰猛に笑った。
「はっ! 最高にエグいな、お嬢。明日の電波ジャック、俺も最前列で特等席を拝ませてもらうよ」
(第3話・了)




