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第12話:国家を買い叩く

 降伏勧告。

 首相官邸の最奥にある、普段は国家の最高機密を扱う特別会議室。

 円卓の片側には、日ノ本皇国のトップである西園寺総理、そして青ざめた顔で虚空を見つめる九条をはじめとする、閣僚たちが居並んでいた。

 対するもう片側には、漆黒のタイトドレスに身を包んだ天馬蓮華が、まるで本物の『女帝』のように君臨している。

 そのすぐ後ろには、銀髪を揺らし、不敵な笑みを隠そうともしない黒鉄颯太。

「――条件は、三つよ。西園寺総理」

 蓮華の透き通るような、しかし一切の妥協を許さない声が、静まり返った会議室に響き渡る。

「一つ。西海県を、日ノ本皇国から完全に切り離した【完全独立特別自治区・エデン】とすること。

 今後、政府はいかなる理由があろうとも、自治区内の税制、警察権、行政、インフラに介入することを一切禁じます。エデンの最高決定権は、この私にありますわ」

「こ、国家の分裂を認めろというのか……っ!」

 西園寺が、机を叩いて声を絞り出した。

「そんなことを認めれば、内閣はおろか、日ノ本そのものの主権が揺らぐ! 憲法違反だ!」

「不服かしら? だったら、このまま国ごと破綻なさい」

 蓮華は優雅に紅茶のカップを口元に運び、冷徹に微笑んだ。

「国債の引き揚げと、医療システムの停止。あと一時間もすれば、世界中の市場から日ノ本への信用は消滅し、完全なデフォルトを迎えます。

 憲法を守って国を滅ぼすか、私の条件を呑んで国を生き長らえさせるか……。どちらが『大人の政治』かしらね、総理?」

 西園寺は言葉を失い、血の気が失せた顔でがたがたと震えるしかなかった。

「……二つ目の条件は、なんだ」

 九条が、死人のような掠れた声で問いかける。

「二つ目。エデン自治区内における、すべての住民税、所得税、法人税、固定資産税の【恒久的な免除】。

 特区に入居する老人、ならびにそこで働く若者たち、投資を行う世界各国の企業は、未来永劫、日ノ本政府に一円の税金も支払う必要はありません。すべては特区独自の『データ利用料』として、天馬グループが管理いたします」

「それは……国家の税収への壊滅的な打撃だ……!」

 一人の閣僚が悲鳴を上げたが、颯太が冷酷な視線でそれを射すくめた。

「打撃? おいおい、勘違いするなよ。

 今まであんたらが老人の社会保障費に年間何兆円も注ぎ込んで、若者から搾り取ってた税金だろ?

 それを俺たちのAI技術でコストカットしてやるんだ。あんたら政府は、最初から存在しなかった金だと思えばいい。

 老人は無料で世界一の医療と介護を受け、若者は重税の鎖から解放されて手取りが倍になる。……お前らの汚いポケットに金が流れないってだけで、国民にとっては何も困らねえよ」

 颯太の言葉に、官僚たちはぐうの音も出ない。

「最後、三つ目よ」

 蓮華はタブレットの画面を西園寺に向けた。

「現在、国家予算として計上されている社会保障費のうち、年間二兆円を【エデン自治区への永年補助金】として毎年無条件で送金すること。

 お前たちが今までシステム開発費や幽霊NPOを経由して懐に横流ししていた予算。それを、これからは本物のお年寄り、そして若者たちの未来のために、私がすべて適正に、有効に使って差し上げますわ」

「……くっ、そ、そんな、デタラメな……!」

「一分よ、総理」

 蓮華は立ち上がり、机の上にペンを置いた。

「一分以内に、その手元にある『国家特区譲渡誓約書』に署名し、国印を押しなさい。

 さもなければ、市場のパニックは予定通り実行されます。日ノ本皇国が崩壊するその瞬間を、私たちはエデン高台の廃校から、特等席で見物させていただきますわ」

 完璧な、逃げ場のない『チェックメイト』。

 時計の針が刻む音だけが、執務室に冷酷に響く。

 三十秒。四十秒。

 西園寺総理は、ついに魂が抜け落ちたように深くうなだれ、震える手でペンを取った。

 サラサラと、誓約書に国印が押され、歴史が完全にひっくり返った。

「……これで、満足か、天馬大臣。いや、西海特区の……『女帝』陛下」

「ええ。ご協力、感謝いたしますわ、西園寺総理」

 蓮華は誓約書を御子柴に手渡し、振り返って、不敵に佇む颯太と視線を合わせた。

 二人の瞳には、絶対的な勝利の光、そして、おじいちゃん子だったあの頃の、どこか温かい決意が宿っていた。

「さあ、帰ろう、颯太。私たちの、お年寄りと若者たちのための『天国』へ」

「了解、お嬢。今日からあの土地は、誰にも邪魔されない俺たちの『庭』だ」

(第12話・了)

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