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第13話:枯れ葉たちのエデン

 国家買収から、一年。

 日ノ本皇国から完全に切り離された独立特区『エデン』――かつての西海県は、世界で最も「優しく、温かい」笑顔に満ちた、老人と若者のための理想郷へと生まれ変わっていた。

 海を見下ろす美しいテラス。

 白いパラソルの下で、お年寄りたちが最新のウェアラブルデバイスを身につけ、談笑しながら楽しそうにお茶を飲んでいる。

 彼らが立ち上がれば、アトラス社製のスマートシャトルが音もなく芝生の上を滑るように近づき、ドアを静かに開けた。

 上空を見上げれば、白い自律型ドローンが、温かいスープや日用品を積んで、各家庭のベランダへと吸い込まれるように降りていく。

「本当に……夢を見ているようです、お嬢様」

 高台の廃校のバルコニーから、眼下に広がる街を見下ろしながら、深山みゆ知事がしみじみと呟いた。

 彼女は今や、エデン特区の現地総責任者として、住民たちの暮らしを一番近くで守る、蓮華の最も信頼する右腕となっていた。

「エデンにおける高齢者医療費・介護費の無駄遣いは、AIによる予防医療の徹底で『ゼロ』になりました。

 そして約束通り、浮いた二千七百億円の予算は、すべて『若者生活配当金』として完全に還元されました……」

 お年寄りの介護を効率化して浮いた予算を、すべて若者世帯へ毎月一五万円の『配当金』として還元した結果、特区内での三十代以下の婚姻率、そして出生率は、去年の【五〇〇%】を記録しています。

 お年寄りの笑顔が、若者たちの財布を直接潤し、若者たちの手取りを倍にする。……この街は、世界で唯一、少子化を克服した土地になりました」

「当然の帰結よ、みゆ」

 潮風に黒髪をなびかせながら、蓮華はふっと美しく目を細めた。

「老人が若者の未来を潰すのではない。老人の効率化された暮らしが、若者の財布を潤し、新しい命を育む。これこそが、じいちゃんの遺言にあった、この国の正しい循環だもの」

 現在、世界の先進国や巨大テック企業は、この「エデンの奇跡」を買い取るため、毎日何千億という莫大なデータ利用料を天馬グループに支払い続けている。国会から一円の税金をもらわずとも、エデンは世界の富を吸い上げる巨大な心臓として動き続けているのだ。

 ふと、広場に目を向ければ、見慣れた顔がいくつかあった。

 元財務次官の「源さん」は、エプロンを外して老人たちの囲碁仲間となり、自慢のそろばんを弾いて笑い合っている。

 元警察トップの「鉄さん」は、駄菓子屋の軒先で子供たちに将棋を教え、元AI研究所長の「拓さん」は、自律ドローンの前で若者たちと技術を語り合っていた。

 彼ら『天馬の特級使用人』たちも、今は黒スーツを脱ぎ捨て、エデンの住人として、穏やかで幸福な余生を満喫している。

 もう「蓮華を育てるための役者」ではない。彼らは心から蓮華を愛する、ただの温かいご近所さんに戻ったのだ。

「……なぁ、お嬢。約束、守れたな」

 夕暮れのオレンジ色の光が海を染め上げる中、隣に立つ銀髪の幼馴染――黒鉄颯太が、手すりに背を預けながら不敵に笑った。

 その腰には、かつてのような警戒心に満ちたSP警棒はなく、蓮華の隣で穏やかに佇んでいる。

「ええ。じいちゃん、ばあちゃん。……約束、守ったよ」

 蓮華は、胸の奥にあるじいちゃんの手紙をなぞり、海の向こうの空を見つめた。

 貧しかった、あの築五十年のボロアパートでの生活。

 糊の匂いと、油に塗れたおじいちゃんとおばあちゃんの背中。

 だけど、そこには確かに温かい愛があった。

 その愛が、今、このエデンの中で、何万人もの孤独だったお年寄りたちの笑顔となって、美しく花開いている。

「颯太」

「ん? なんだ、お嬢」

「これからも、私の盾として、私の隣にいてくれる?」

「当たり前だろ」

 颯太は蓮華を振り返り、いつものように不敵に片目を瞑ってみせた。

「俺はあんたの共犯者だからな。世界中の枯れ葉たちを救うために、明日もまた、がっぽり世界の少子化マネーを買い叩いてやろうぜ」

「ふふ、そうね」

 夕日に照らされる、可憐な女帝と、牙を剥いた狂犬。

 二人の共犯者による、世界で最も優しく、そして容赦なく冷徹な「国家買収」の物語は、ここに美しく、完璧なハッピーエンドを迎えた。

(「国家買収から始める老人エデン」・完結)

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