第10話:牙を剥く中央のハイエナども
「天馬大臣。大局を見たまえ、大局を」
首相官邸の大ホール。
天井に吊り下げられた絢爛豪華なクリスタルガラスのシャンデリアの下、長テーブルの対面に座る西園寺総理は、卑屈な笑みを浮かべていた。
だが、蓮華が視線を向けたのは、その総理のさらに後ろ。
日ノ本政界を裏で牛耳る老害政治家――九条元首相の姿だった。
八十歳を過ぎ、特権階級の傲慢さだけを肥大化させた九条は、手に持った葉巻の煙を深く吐き出しながら、蓮華をねめつけた。
「西海県の『エデン』が、世界のテック企業から年間数兆円規模のデータ利用料を得ているのは知っている。
だがな、一財閥がそれほどの巨富と、国家の医療・交通のインフラデータを独占するのは非常に危険だ。
よって、エデンを強引に強奪する『エデン国有化法案』、ならびに、特区の売上に八〇%の重課税を行う『緊急特別措置案』を、明日の国会で強行採決することに決定した」
「……それが、日ノ本皇国の国民のためになるとおっしゃるのですか? 九条先生」
蓮華は表情を一つも変えず、御子柴が淹れた紅茶を優雅に啜った。
その清楚な佇まいは、まるで嵐の前に静まり返る夜の海のようだ。
「当然だ。国家の財政再建のためだ」
九条は傲慢に鼻を鳴らし、さらに威圧するようにテーブルを叩いた。
「天馬がどれほど国債を握っていようが、国会で過半数を占める我々が法案を通せばそれまで。
言う通りにするなら、天馬グループの既存の利権は守ってやろう。……小娘、これが『大人の政治』というものだ」
西園寺総理は、九条の影に隠れて、気まずそうに目を逸らしている。
彼らにとって、蓮華はまだ、脅せば泣き寝入りする「一人の若いお嬢ちゃん」にすぎないのだ。
だが、蓮華の隣に直立していた銀髪の少年――黒鉄颯太が、ポケットからゆっくりと手を取り出し、くつくつと低く笑い出した。
「くっ……ははっ! おいおい、九条のじいさん。大人の政治、ねえ。
自分たちで耕したわけでもねえ他人の畑から、法律の紙切れ一枚で野菜を丸ごと横取りする泥棒行為を、中央(東京)ではそう呼ぶのか?」
「何だと!? 無礼者、そこの不届きな護衛を今すぐ叩き出せ!」
九条が激昂し、傍らに控える官邸警備のSPたちに指示を出す。
だが、SPたちはピクリとも動かない。
それどころか、全員が引き締まった表情のまま、颯太に向かって静かに頭を垂れた。
彼らもまた、駄菓子屋のじいさん――元警察庁長官の鉄(乾鉄心)の息がかかった『天馬の使用人』たちだった。
「な、なぜ誰も動かん……!? どうなっている!」
「九条先生。私たちは、あなた方に懇願しに来たのではありませんわ」
蓮華はカップをソーサーに置き、ゆっくりと立ち上がった。
その瞬間、清楚な美少女の仮面が完全に剥がれ落ちる。
全身から放たれた、この世のすべてを見下ろすような絶対的な「女帝」の覇気に、九条と総理は息を呑み、まるで金縛りに遭ったように動けなくなった。
「私たちは、あなた方を『査定』しに来たの。
この国を動かす長老たちが、交渉に値する人間かどうかをね。……でも、完全に期待外れだったわ」
蓮華は夕日に染まる窓の外を冷徹に見つめ、容赦のない声を響かせた。
「明日の朝までにその強行採決を全面撤回し、私達に全面降伏しなさい。
さもなければ……あなた方が法律一枚で私のエデンを奪うように、私は、この国ごと買い叩かせていただきますわ」
女帝による、国家への宣戦布告。
強欲なハイエナたちに対し、天馬の牙が、今度こそ完全に突き立てられた。
(第10話・了)




