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今世で勝ち組だった俺、娘のために王家の喧嘩を買ったら、悪役令嬢まで出てきた  作者: 福嶋莉佳


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第9話 炎上しても、やる連中

クラウゼン領を出てから、数日が過ぎていた。


その間にも、俺たちはいくつかの領地を通っている。


門を開けてくれた領主もいれば、使者だけを出して道を譲った領主もいた。

こちらと目を合わせまいとする者もいたが、少なくとも、正面から道を塞ぐ者はいなかった。


俺たちは荷馬車の列をいくつかに分け、先に出す馬車、遅らせる馬車、あえて脇道を通らせる馬車も混ぜた。


そのどれかに、レオン殿下を乗せている。


王都側が襲ってくるなら、まず殿下の乗る馬車を探すところから始める羽目になるはずだ。


「いい考えだろ?」


「悪くありません。敵が殿下の位置を把握していないなら、襲撃の判断が遅れます」


ギデオンは馬上で淡々と答えた。


「ただし、こちらも護衛を分散させることになります」


「……そのために一応、腕の立つ連中をつけてるだろう」


「数で押されれば、さすがに無理です」


いや、そうなんだけど。

正論です。はい。


「まあ、承知の上だ。だから、信用できる道と領地を選んでる」


俺たちは、王都へ向かう主街道から少し外れた道を進んでいた。


この先で入るのは、ローデン男爵領だ。


王都近郊の領地で、ここを抜ければ王都は目と鼻の先になる。

だからこそ、王宮側もここを押さえたいはずだ。


だが、ローデン男爵とは、それなりに付き合いが長い。


ローデン男爵は、少しぽっちゃり気味で、ワインの分かる男だ。

毎年、ローデン領の祭に顔を出すたび、一緒に飲み明かし、翌朝そろって二日酔いで苦しんでいる。


ローデン夫人には毎回呆れた目で見られ、リエネには帰宅後、笑顔で迎えられる。


目は笑っていない。

怖い。


「ローデン男爵なら、通してくれるでしょうねぇ」


バーデンが言った。


「王都から何を言われているか分からん……が、通してくれるだろう」


俺は前方の道を見る。


「一番厄介なのは、王都兵が待ち構えてることよねぇ」


「その可能性は低いと思います」


荷馬車の中から、レオン殿下が言った。


「兄上は、今、王都兵を動かしにくい」


「なんでだ? すでに動かしただろ」


「だからこそです」


殿下は目を伏せた。


「先日の遭難で、王都兵は多数を失いました。しかも、その兵を北方が救助し、王都へ返している最中です」


「ああ……」


「ここでまた王都兵を動かせば、兄上は二度続けて兵を失わせた王子になります」


「じゃあ、やるなら道中の領主にやらせるってことか」


「おそらくは」


「成功すれば、道中の領主が通達に従っただけ。失敗すれば、その領主の判断が悪かっただけ。……責任を押しつけるには便利ねぇ」


「ずる賢い連中だなぁ」


俺が言うと、レオン殿下は苦い顔をした。


「王都では、それを政治と呼ぶ者もいます」


「……だから政治は嫌なんだ……」


そう思うと、レオノーラが王妃になるのは考えさせられる。


こんなややこしい世界に娘を放り込むのは、親として心苦しい。

いや、あいつはならんとは言っていたが。


でもなぁ……。


「旦那様〜。また考え込んじゃって」


バーデンの声に、俺ははっとした。


「ああ……いや、なんでもない」


「最近多いわよねぇ」


「いや……レオノーラの二十歳の祝いをどうしようかと……」


「え……今、悩むこと?」


「なんだよ、大事だろう。娘の二十歳だぞ」


俺がそう言った瞬間、視界の端でレオン殿下の肩がわずかに揺れた。


「ん?」


俺は、まじまじと殿下を見た。


「今、反応しただろ」


「……」


殿下は、視線を逸らした。


「そういえば、毎年、レオノーラは誕生月になると王都へ行っていたな。リエネの実家に顔を出すとか言って……」


レオン殿下の視線が、さらに逸れた。


「殿下」


「……はい」


「もしかして、祝ってたのか?」


殿下は、しばらく黙っていた。


バーデンが馬上でにやにやし始め、ギデオンまでちらりとこちらを見た。


「……毎年ではありません」


「じゃあ、何回だ」


「……ここ数年は」


「毎年じゃねぇか!」


馬が驚いて耳を動かした。


「申し訳ありません……」


「謝るな! 謝られると、こっちが余計に傷つく!」


「やだぁ。旦那様、年頃の娘なのよ。恋人との思い出くらい――」


「言うな! 傷口を広げるな!」


レオノーラ……。


お前、去年の誕生日に「お父様にお祝いしていただけて、わたくしは幸せです」って言ってたじゃないか。


え?

あの笑顔は、俺だけに向けたものじゃなかったのか?


「何を贈った」


「……大したものではありません。書庫で見つけた古い地図の写しや、地方街道に関する記録の抜粋などです」


「えっ……色気なさすぎだろ……」


「まあ、そうですよね」


しかし、レオノーラの好みを突いてやがる。


うちの娘は、宝石や流行の扇子より、そういうものを喜ぶ。


誰に似たのか。

リエネだな。


「旦那様は何をプレゼントしたの〜?」


「俺はだな、王都で評判のミラベル商会の香水やら、セリーヌ工房に頼んだ髪飾りやら……」


「それ、旦那様のあげたいものじゃなーい」


「いいんだよ。俺が贈らなきゃ増えないからな。今年だって、リュミエールの工房でわざわざ作らせたんだ。イヤリングとネックレスを、もう注文して――」


先を進んでいたトマが、急に馬を止めた。


「旦那様……あれ、煙ではありませんか」


「煙? 炊き出しか?」


俺は目を細めた。


街道の先。

低い丘の向こうに、たしかに煙が上がっていた。


しかし。


「……黒いな」


炊き出しの煙ではない。


黒く、太い。

風に流されながらも、はっきりと空へ伸びている。


「うそだろ……」


バーデンの顔から笑みが消えた。


「場所は?」


ギデオンが地図を広げ、馬上でざっと位置を確認した。


「ローデン領の南宿駅付近かと」


俺は手綱を握り直した。


「馬を急がせる。馬車は止めろ。例の馬車は後ろに下げる」


「承知」


「バーデン、殿下のところへ行け。絶対に前に出すな」


「了解」


バーデンが馬首を返す。


俺はギデオンとバルド、数名の護衛を連れて、煙の方へ向かった。


近づくにつれ、焦げた匂いが強くなった。


木や藁が燃える匂いに、穀物が焦げる嫌な匂いが混じっている。


「……倉か」


呟くと、ギデオンも頷いた。


「おそらく」


緩い坂を越えた瞬間、視界が開けた。


燃えていたのは、ローデン領の南宿駅だった。

その隣にある穀倉と、馬小屋の一部にも火が回っている。


炎が、乾いた藁を舐めるように広がっていた。

男たちが桶を持って走り、女たちが燃え移る前の荷を運び出そうとしている。


「水を! 井戸からもっと運べ!」

「麦袋を出せ! まだ奥は燃えてない!」

「馬を逃がせ! 馬小屋が落ちるぞ!」


怒号が飛び交う中、武装した兵の一人が、桶を抱えて走る若者の前に立ちはだかった。


「動くな! この倉は王宮の調査対象だ!」

「ふざけるな! 燃えてるんだぞ!」

「勝手に持ち出すな!」

「火を消すんだ! どけよ!」


若者が叫ぶが、兵は剣の鞘でその肩を突き飛ばした。


「消火も、搬出も禁じる! 調査が終わるまで動くな!」


桶が地面に転がり、水が土に吸われていった。


俺は眉を寄せた。


「……王都の守備兵だな」


「あの装備は、そうです」


ギデオンが低く答えた。


「ただ、動きが妙ですなぁ」


後ろから、バルドの声がした。


兵たちは、明らかに落ち着きがなかった。


「おい、本当に止めていいのか……?」

「知らん。命令だろ」

「だが、このままじゃ倉が落ちるぞ」


若い兵の一人が、炎に照らされた顔で唇を噛んでいた。


なるほど。

全員が納得しているわけではないらしい。


「ギデオン、数は?」


「三十前後。倉前と井戸周りに多いです。街道側と馬小屋にも分かれています」


「押さえられるか」


「弓兵を配置につければ」


「やれ。まだ撃つな」


ギデオンが短く頷き、手を上げる。

護衛たちが、音もなく左右へ散った。


その時、宿駅の倉の前で怒鳴り声が上がった。


「何をしている!」


丸い腹を揺らしながら、ひとりの男が兵たちの前へ進み出た。


ローデン男爵だった。


顔を真っ赤にし、煤で汚れた上着のまま、兵の先頭に立つ男へ詰め寄っている。


「調査だと言うから、記録を出すと言っただろう! なぜ火消しを止める!」


兵の先頭にいた男が、苛立ったように答えた。


「王宮の命で封鎖している。勝手な搬出は認められん」


「搬出ではない! 火消しだ!」


ローデン男爵の声が裏返った。


「この倉には麦があるんだぞ! 民の食料を焼いて、何が調査だ!」


「北方男爵家と第二王子一行への補給に使われた疑いがあります」


「だから鍵を渡すと言った! それなのに、なぜ水を止める!」


男が顔を歪め、剣の柄に手をかけた。


「王宮の調査に逆らうなら、反逆とみなす!」


「反逆だと? 民の食料を焼いているのは貴様らだろう!」


言い終える前だった。


ぎらりと刃が抜かれる。


「男爵!」


誰かが叫んだ。


男は、ローデン男爵へ向かって剣を振り上げていた。


「逆らうなら斬る!」 


剣が振り下ろされようとした、その瞬間。


ひゅ、と風を裂く音がして、男の手首に矢が突き刺さった。


「ぎゃあっ!」


男の手から剣が落ちる。

乾いた音を立てて地面を跳ねた刃は、ローデン男爵の足元で止まった。


俺は馬上で息を吐いた。


「あぶねぇ……」


間に合った。

ぎりぎりだった。


さすがに抜くとは思わんかったぞ。


兵たちが、一斉にこちらを向いた。


「何者だ!」


「ヴァルグレイヴ男爵だ」


俺が名乗ると、兵たちが困惑した。


しまった……。

勝手に名乗っている名前だった。


ローデン男爵も、こちらを見る。


「男爵殿……!」


「無事か、ローデン殿」


「私は無事です。ですが、倉が……!」


俺は燃える倉へ視線を向けた。


穀倉の片側は、すでに赤く崩れかけていた。

外へ運び出しかけた麦袋が、泥の上に積まれたまま放置されている。


これを蓄えるのに、どれだけ手間暇がかかっていると思っているんだ。


手首を射られた男は、呻きながらこちらを睨んだ。


その横で、別の守備兵が剣に手をかける。


「き、貴様ら、王宮の調査を妨害する気か!」


「領主に剣を向けるのが調査か」


「反逆だ……! 王宮の兵に矢を放った! これは反逆だ!」


男は、血の滲む手首を押さえたまま叫んだ。


「全員、構えろ! 反逆者を鎮圧しろ!」


その声で、剣が抜かれた。


迷っていた若い兵たちまで顔を強張らせ、命令に押されるように数人がこちらへ踏み出す。


「来るのか」


俺は鞍にかけていた弓をほとんど反射で掴み、引くと同時に放った。


矢は、踏み出した兵の足元に突き立った。


「ひっ……!」


兵の足が止まる。


二本目は別の兵の手元をかすめ、剣の鍔を弾いた。


さらに三本目をつがえて放つと、矢は兵の頬をかすめ、背後の倉の柱に刺さる。


「う、うわああっ!」


兵は頬を押さえて尻餅をついた。


「旦那様、相変わらず早いですな」


バルドが、どこか楽しそうに言った。


「褒めるな。照れるだろう」


「いやいや、お見事なものです」


そう言いながら、馬から降り立っていたバルドも弓を引いた。


次の瞬間、三本の矢がほぼ同時に放たれた。


一本は足元へ。

一本は剣を握る手のすぐ横へ。

もう一本は盾の縁へ。


「ぎゃっ!」

「うわっ!」

「な、なんだ今の!」


なんで当たるんだよ。

意味が分からん。


「お前、それどうやってんの?」


「慣れですな」


「俺、いまだにできないんだが」


俺が言う間にも、周囲で弓弦が引き絞られる気配がした。


木々の陰や荷馬車の脇、宿駅の柵の裏に潜ませていた弓兵たちが、すでに構えている。


「弓だ!」

「囲まれているぞ!」

「いつの間に……!」


兵たちは、剣を構えたまま動きを止めた。

何人かは盾を上げ、何人かは上官の顔を見ている。


俺は矢をつがえたまま言った。


「武器を置け」


「ふざけるな! 反逆者が!」


手首を射られた男が叫ぶ。


「我々に逆らった時点で、ローデン男爵家も、お前達も、王宮への反逆――」


その言葉の途中で、バルドの矢が男の兜の縁を弾いた。


男は情けない声を上げて、尻餅をつく。


「次は耳ですな」


怖い。

味方でよかった。


街道側へ回っていたギデオンが、槍を手に馬を進めた。


「武器を置け。火を消す邪魔をするなら、腕を折る」


「貴様ら……!」


「聞こえなかったか。武器を置け」


兵たちは、互いに顔を見合わせた。


誰も死にたい顔はしていないくせに、誰も剣を下ろせない。


こういう時が一番面倒だ。


「……ギデオン」


「はっ」


「押さえろ。殺すなとは言わんが、なるべく生かせ」


ギデオンが片手を上げると、弓兵たちが一斉に射った。


矢は足元に刺さり、剣を握る手の横を抜け、盾の縁を弾いた。


「ぎゃっ!」

「うわっ!」

「手が……!」


剣を抜きかけた者も、盾を構えようとした者も、反射的に後ずさる。

一瞬で足並みが崩れた。


「今だ! 火を消せ!」


俺が叫ぶと、ローデン男爵がはっとしたように振り返った。


「皆、動け! 水を運べ! 麦袋を出せ!」


その声で、固まっていた領民たちが一斉に動き出した。


「無理に奥へ入るな! 燃えてない袋から出せ!」


俺が怒鳴ると、ローデン男爵もすぐに続けた。


「命あっての麦だ! 奥へ入るな!」


ギデオンが馬を進め、剣を落とした兵たちの前に立った。


「火消しの邪魔をする者は、次は足を射る」


その一言で、兵たちは完全に動けなくなった。


俺は、手首を射られた上官らしき男を見下ろした。


「さて」


「……っ」


「王宮の調査だと言ったな」


男は歯を食いしばった。


「……そうだ。王宮からの命だ」


「なら、命令書を出せ」


「貴様ごときに見せるものではない……!」


俺は馬上から身を乗り出した。


「正式な命令なら、誰の命令か言えるだろ」


「……」


「言えないなら、お前らは王宮の名を騙った賊だ」


「違う!」


「なら、所属を名乗れ。誰の命令で動いている」


「……王宮の――」


「王宮の誰だ」


背後から声がした。


「私の前で答えよ」


俺は、勢いよく振り返った。


「殿下……」


レオン殿下は、兵たちの間をゆっくりと歩いてきた。


守備兵たちは、自然と道を空けた。


来るなと言ったのに。

いや、言ってないけど。

言わなくても分かってくれ。


レオン殿下の後ろには、バーデンがいる。


なんかごめーん、という顔をしている。

分かってる。俺もたぶん止められない。


「第二王子殿下……」


レオン殿下は、燃える倉を見て、消火に走る領民たちを見た。


最後に、手首を押さえている男へ視線を向ける。


「その命令書を出せ」


「……殿下、これは王宮の調査で――」


「出せ」


男は唇を噛んだ。

周囲の兵たちが、不安げに上官を見る。


やがて男は、震える手で懐から折り畳んだ書状を取り出した。


レオン殿下はそれを受け取り、封蝋を確かめる。


「……第一王子宮の印。兄上の名だ。だが、王印はない」


レオン殿下は、書状へ目を通した。


「南宿駅ならびに関連倉庫の一時接収。出入り記録、積荷記録、宿泊記録の確認。抵抗する者の拘束」


そこで、殿下は顔を上げた。


「火消しを止めろとも、穀倉を焼けとも書かれていない」


「抵抗があったため、やむを得ず――」


「鍵も記録も出すと言ってただろうが」


俺が被せるように言う。


「そ、それは……」


レオン殿下は、男を見据えた。


「お前の顔には覚えがある」


男の肩が、わずかに動いた。


「……殿下?」


「王弟殿下の控えの間に出入りしていただろう」


男は、初めて口を閉ざした。


炎の音が、パチンと大きく鳴った。

ここまで読んでくださっている皆様へ。


感想やリアクション、ブックマークや評価で応援してくださっている方、本当にありがとうございます。


正直、ブックマークや評価が思うように伸びず、かなり悔しい気持ちもあります。


それでも、応援コメントをいただけたことは本当に嬉しく、何度も読み返しています。

そのおかげで、番外編を書こうかとも考えています。


もし続きを待ってくださっている方、最後まで見届けたいと思ってくださっている方がいましたら、ブックマークや評価で応援していただけると本当に助かります。


いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
寒冷地の貯蔵庫を燃やしたんだ当然王家は補填していたただけますよねえ?・・・まさかまさか兵士が勝手にやったなどという王族という高貴な身分がそんな無能をさらすなんて反乱材料を作りませんよねえ
めちゃくちゃ楽しんでいます 男たちが かっこいいですねぇ ステキな物語をありがとうございます!
短編好きだったのですが、こちらに気づくの遅れてようやく読みすすめました! 悪役も魅力的、読みごたえがあって最高です。 続きも楽しみにしてます。
感想一覧
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