父ちゃんと国王陛下
即位式から数日後の夜。
俺は、レオンハルト陛下の私的な居間へ呼ばれた。
卓の上には、酒瓶が一本と、二つの杯が置かれている。
その向こうで、陛下が自ら酒を注いでいた。
「いいのか? 忙しいんだろう」
「少しくらいは大丈夫です」
陛下は、俺の前へ杯を置いた。
「それに、あなたとは北方以来、落ち着いて話していませんでしたので」
「まあな」
俺も酒瓶を取り、陛下の杯へ注いだ。
「こうして二人で飲むのは、バーデンの酒場以来だな」
「ええ。あの酒場で出されたお酒が懐かしいです」
「あの癖のある酒のことか? お前、よく飲めたよな」
「慣れれば、あれはあれで悪くありませんでした」
陛下が、わずかに笑った。
今夜は、国王として人前に立つときの重々しい装いではない。
仕立てのよい濃紺の上着をまとってはいるが、昼間よりもずっと、北方にいた頃の青年に近く見えた。
俺は杯を持ち上げ、一口飲んだ。
「……美味いな」
酒場で飲んだものとは、まるで違う。
舌を刺すような癖もなく、口に含めば、芳醇な香りがゆっくりと広がっていく。
リエネとたまに酒を飲むことはあるが、こんな上等なものを口にする機会は滅多にない。
「気に入りましたか?」
「ああ。今まで飲んだ中で、一番かもしれん」
もう一口飲んでから、俺は陛下の顔を見た。
「……お前に、こんないい酒を奢ってもらう日が来るとはなあ」
「何かおかしいですか?」
「北方にいた時は、思いもしなかったんだよ」
「確かに。あの頃の私は、身一つのようなものでしたから」
陛下も杯を傾けた。
ゆっくりと香りを確かめてから、酒を口に含む。
その仕草は、妙に様になっていた。
「……」
「どうかしましたか?」
「いや」
俺は、手の中の杯へ目を落とした。
「……そろそろ、俺も口調を改めんとな」
陛下が、わずかに眉を上げた。
「今さらですか?」
「国王陛下に向かって、お前呼ばわりはまずいだろ」
「改められる方が、落ち着きません」
「俺が不敬罪で捕まったら、どうしてくれるんだ」
「私が許しているのですから、誰も捕まえませんよ」
「そういう問題じゃあないだろ」
「それに、あなたはいずれ、私の義父になる方です」
……義父。
そう言えば俺も、そういう立場になるんだった。
「急に他人行儀にされても、困ります」
陛下は、また杯を口にした。
俺はその横顔を見ながら、しばらく黙った。
「……お前も、俺の息子になるのかぁ」
陛下の目元が、ゆっくりと和らいだ。
「……嬉しいのか?」
「はい」
陛下はそう言って、目を伏せた。
「あなたのような方を、父と呼べるのですから」
その言葉に、俺は何も返せなくなった。
こいつにとって、父親はずっと国王だった。
父と子である前に、王と王子だったのだろう。
俺は杯に残っていた酒を、一気に喉へ流し込んだ。
それを見た陛下が、目を瞬く。
「そんな飲み方をする酒ではありませんよ」
俺は、空になった杯を卓へ置いた。
「言っておくけどな。変な理想の父親像を求めるなよ」
「え?」
「俺は短気だし、口は悪い。嫁には頭が上がらんし」
「それは知っています」
「お前な」
陛下は、穏やかに笑った。
「あなたがどんな方かは、一緒に過ごして見てきましたから」
「……まあ、そうだったな」
「だから、レオノーラがあなたの娘だということにも、納得しています」
またこいつは、そういうことをさらりと言う。
陛下は酒瓶を取り、俺の空になった杯へ酒を注いだ。
「これからも、よろしくお願いします。義父上」
注がれていく酒を見ながら、俺は何とも言えない気分になった。
こいつが、俺の息子になる。
しかも、国王がだ。
……荷が重すぎないか?
俺は、そんな大層な人間ではない。
陛下は、酒の量を確かめるように瓶を傾けながら言った。
「そういえば、あなたの父上とも、今度ゆっくりお話ししてみたいですね」
俺はその顔を見ながら、杯を持ち上げた。
政治の話をされても、まともな助言などできそうにないし、厳格な言葉なんぞ言える自信もない。
「……じゃあ、今度みんなで飯でも食うか」
「食事ですか?」
「ああ。父上たちも呼んで、リエネとレオノーラも一緒に。ユリウス殿下も呼べばいい」
陛下の顔が、ぱっと明るくなった。
「いいですね。ユリウスも喜ぶと思います」
「王宮じゃ落ち着かんだろうし、父上の家を借りるか」
「ぜひ。王宮で会うより、ゆっくりお話しできそうです」
「でも、母上ははしゃぎそうだな……」
「ただの食事だと、お伝えした方がよさそうですね」
「お前が来る時点で、ただの食事にはならんだろ」
「では、なるべく目立たない格好で伺います」
「格好の問題じゃないんだよ」
陛下は楽しそうに笑い、俺もつられて笑った。
この先、国王の義父として、立派なことをしてやれる気はしない。
それでも、王でも王子でもない、ただの息子として迎えてやることくらいはできる。
せめて、こいつには普通の父親でいてやろう。
俺はそう思いながら、陛下が注いだ酒を、今度はゆっくりと口に含んだ。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます!
番外編をもう少し続けるか迷っています。
面白かった、もう少し読みたいと思っていただけましたら、評価で応援していただけると嬉しいです。
いまひとつだったという方も、理由を感想で一言いただけると、今後の参考になります。
すでに応援してくださっている皆様、本当にありがとうございます!
酒瓶「ちょちょちょちょっ、旦那様! 飲み方が雑すぎ! もっと味わって飲んでや!」




