第14話 父、揺れる
※お知らせ
6月13日登場人物紹介に、年齢を追記しました。あわせて、少しだけ改稿もしています。
よろしければ、読み返しがてら覗いていただけるとうれしいです。
俺が机に向かって手紙を書いていると、控えていた侍女が茶を運んできた。
リエネの母上はそれを受け取り、俺の前へ置いてくれた。
「あ、すみません」
俺はペンを止め、少し迷ってから口を開いた。
「殿下が……王都のことが落ち着いたら、レオノーラを迎えに行くそうです」
リエネの母上は、目を見開いたあと、ゆっくりと頷いた。
「……そう」
……それだけ?
「いえ。殿下があの子を大切に思ってくださっていることは、分かっていました。レオノーラも……」
「そうですか……」
「第二王子殿下としてなら、まだ、考えようもありました」
リエネの母上は、手元の茶器に視線を落とした。
「けれど、王になる方となると、話が違います」
リエネの父上は、黙って茶器を置いた。
「違いすぎる」
「……難しいんですか」
「宮廷貴族は反発する。第一王子派の残党も、王弟家も、王妃宮に連なる者たちも、必ずそこを突いてくるぞ」
「……何をです」
「北方男爵家は、第二王子殿下を救った恩を盾に、王家へ食い込もうとしている。娘を王妃に据え、北方を守るためにな」
俺は、すぐには言い返せなかった。
正直なところ、その通りだ。
俺だって、レオン殿下が王になれば北方は守られると思っている。
だけど――
「それは……レオノーラの幸せがあってのことです。レオノーラが悲しむなら、俺は何も望みません」
リエネの父上は、しばらく黙っていた。
「正直に言えば、私は反対だ」
はっきりと言われて、胸がずんと重くなる。
「お義父上……」
「恋慕だけで進んでいい道ではない」
「殿下は……本気です」
「本気なら苦労が消えるのか」
即座に返され、言葉が止まった。
「殿下の誠意を疑っているのではない。だが、誠意だけで宮廷は黙らない」
「……」
「軽々しく迎えに行くなどと言わせるな」
リエネの母上が、膝の上で指を握った。
「レオノーラは、良い子よ」
その声は、少し震えていた。
「だからこそ、怖いのです。良い子は、自分を後回しにしてしまうから」
――わたくしは王妃なんてなれません。
あの時のレオノーラの声が、耳の奥に残っていた。
レオノーラ。
あれは、お前の本心だったのか?
……いや、それだけじゃなかったはずだ。
「俺は、レオノーラが笑う顔をよく知っているつもりでした」
俺は、手元のペンを見下ろした。
「でも……殿下と一緒にいる時のあいつは、本当に幸せそうだった。あんな顔は、見たことがありません」
リエネの父上も母上も、黙って聞いていた。
「それに、王妃にはなれないと言った時の、あの悲しそうな笑みも……初めて見ました」
俺は顔を上げた。
「俺は……レオノーラの幸せの中に、殿下がいるんだと思うんです」
リエネの母上は、しばらく黙っていたが、泣きそうな顔で少しだけ笑った。
「……そう。あの子、そんな顔をしていたのね」
「はい」
「なら、なおさら簡単には渡せませんね」
「え」
リエネの母上は、茶器に触れたまま言った。
「幸せそうだったからこそ、守らなければ。でしょう」
リエネの父上も、頷いた。
「殿下が本気なら、まず王として立つことだ。その上で、レオノーラが頷ける道を示すしかない」
リエネの母上が、顔を上げた。
「あの子に、逃げ道を残してあげてください。王妃になる道だけでなく、断っても愛される道があるのだと、教えてあげて」
「……わかりました」
「それでもあの子が選ぶなら」
母上は、少しだけ目を伏せた。
「その時は、泣きながら送り出します」
◆
リエネの父上と母上の部屋を出たあと、俺は近衛に案内されて回廊を歩いていた。
けれど、足取りは重かった。
レオノーラに、逃げ道。
断ってもいいと思える余地。
額に手を当てながら歩く。
やっぱり、俺の考えが甘かったのか。
俺は一度も、レオノーラが殿下にふさわしくないなどと思わなかった。
それはレオン殿下も同じだろう。
だが、レオノーラといい、リエネの両親といい、あの反応だ。
……リエネは、どう思っていたんだろうな。
そういえば、聞かなかった。
「……でもなぁ、夫婦ってのは――」
「北方男爵」
不意に呼ばれて振り向くと、廊下の先に第三王子ユリウス殿下が立っていた。
表情の薄いまま、じっとこちらを見ている。
「王宮を馬で走ってた」
「……ああ、はい。まあ、走りましたな」
「すごかった」
「そ、そうですか」
褒められる話ではないがな。
ユリウス殿下の視線は、まだ俺から外れない。
え。
何か顔についている?
俺はユリウス殿下に合わせるように、少し身をかがめた。
「顔の傷が気になりますか」
「どうしたの、それ」
「戦に出た時の怪我です」
「兵士だったの?」
「はい。その時の働きで、爵位をいただきまして」
「王家を恨まないの?」
「へ?」
思わず間抜けな声が出た。
「だって、王家のくだらない命令で戦に出たんでしょ」
「く、くだらない……」
あながち、間違ってはいない。
俺が出たのは、隣国との国境沿いで起きた小競り合いだった。
砦ひとつ、森ひとつをどちらが押さえるかという、王都の人間からすれば地図の上の線の話だ。
だが、現場にいたこちらからすれば、草の根を踏み分け、泥の中で眠り、矢を受ける話だった。
その微妙な線引きのために、仲間も死んだ。
俺も怪我をした。
恨んでいない。
そう言い切るのは違う。
それでも。
「……ですが、褒美もいただきました。今の暮らしは、あの戦があったから手に入ったものです」
「ふうん」
「それに、私も生活のために兵士を選んだのですから」
ユリウス殿下は、しばらく俺を見ていた。
「ついて行っていい?」
「いいのですか?」
武装して王宮へ突っ込んだ男について行くのか。
王家として、それはいいのか。
「兄上の護衛でしょ」
「一応、そうですが」
「それに、父上を殺したのは王妃なんでしょ」
「まだ、そう決まったわけでは……」
「でも、みんなそう思ってる」
あっさり言うなぁ。
自分の父親の話なんだろ。
ユリウス殿下は、俺の横に並んで歩き出した。
「なんで兄上を助けたの?」
「ええと……うちの娘が殿下の知り合いでして」
「それだけ?」
恋人と言っていいのか。
言っていいのか、それ。
「……いや、殿下のお人柄を見て、ですかな」
「どんな?」
「真面目で、誠実で……危なっかしいので、つい手助けしたくなる……」
ユリウス殿下が、わずかに目を細めた。
「それは、兄上のいいところです」
「そうでしょうな」
「でも、欠点でもあります」
「……え」
「それだけでは、王宮では生き残れません」
あ。
この子もやっぱり王子だ。
むしろ、レオン殿下より王子らしいかもしれない。
そのまま一緒に控えの間へ戻ると、ギデオンとバーデンがこちらを振り返った。
「あらぁ。お客さん?」
「暇だそうだ」
「あ、槍を持っていた人だ」
ユリウス殿下は、迷いなくギデオンの前に立った。
「今は持ってないの」
「預けております」
「馬も?」
「はい」
「もう一度、王宮を駆け抜けて」
「できません」
「馬、連れてくるから」
「駄目です」
「あらぁ、懐かれてるわねぇ」
バーデンが楽しそうに笑うと、ギデオンの眉間に皺が寄った。
「……バーデン」
「やぁねぇ。あたしに振らないでちょうだい」
少しほっとした。
よかった。
この子も、ちゃんと子どもなんだな。
「うちの兵は無事か?」
俺が聞くと、ギデオンはユリウス殿下に袖を掴まれたまま答えた。
「全員、命に別状はありません。トマが腕にかすり傷を負いましたが、手当ては済んでいます」
「大丈夫かあいつ……痛がりだろ」
「本人は平気な顔をしております。むしろ、武勇伝にすると言っていました」
「あとで黙らせろ」
「承知しております」
少しだけ、息を吐いた。
「兵たちは、王宮前の指定された場所にまとめております。近衛の監視はついていますが、拘束はされておりません」
「まあ、突っ込んだとはいえ……護衛だしな。あくまでも」
「はい。それに、昨日の広場で黒外套の連中を押さえるのに手を貸しましたので、強くは出ておりません」
「そうか……捕まえた連中は、調べ終わったのか?」
「まだだそうです。ただ、近衛に事情を聞かれた際、押収品を見せられました」
「押収品? 何だ?」
「短弩です。捕らえた者の何人かが持っていたと」
「ああ。あれか」
兵が正面から構える弓ではない。
小さく隠しやすく、近い距離で不意を突くための武器だ。
王宮前広場の警備で、兵が持つようなものではない。
「軍務局の刻印もありませんでした」
ギデオンが言った。
「そりゃそうだろうな。正規装備なわけがない……なら、あの連中を誰が用意したかだよな」
近衛副長一人で用意できるものではない。
あいつにできるのは、せいぜい見張りの穴を作ることくらいだ。
穴を作ったところへ、誰かが人と武器を流し込んだ。
しかも、あの連中の動きは、王宮の正規兵とは違っていた。
足の運びも、互いの距離の取り方も。
だが、戦うことには慣れている。
「第一王子派のどこかが出した手の者か」
俺が呟くと、ギデオンは短く頷いた。
「その可能性はあります」
「……近衛ではできないことを、あいつらにさせるために配置したか」
「はい。正規兵ではないので、切り捨てることもできます」
嫌な話だ。
弟を消す気が強すぎるだろ。
バーデンが、茶器を指先で回しながら言った。
「もっと嫌なことを言えば、それも第一王子に責任を被せるためだった、とも考えられるわねぇ」
「……お前、それを言ったら……」
「分からないわよ? それすらも、誰かのせいにさせるためかもしれないし。第一王子派が気を利かせたのかもしれない」
俺は頭を抱えた。
だから政治は嫌なんだ。
そこで、ギデオンがユリウス殿下を抱えながら言った。
「それと、あの短弩には見覚えがあります」
「え?」
「まったく同じ物とまでは申しません。ですが、国境沿いで流れている型に似ています」
俺は顔を上げた。
「隣国の武器か?」
「断定はできません。傭兵崩れや私兵が手に入れやすい型、という程度です」
「少なくとも、王都の正規工房の癖ではないわねぇ」
「分かるのか?」
「近衛が確認に来た時、あたしも横から見たのよ。王都の工房品なら、検査印か工房印が残ることが多いの。あれには、それがなかったの」
「じゃあ、隣国から流れた品か?」
「まだ、はっきりとは言えないわよぉ」
バーデンは、指先で茶器の縁をなぞった。
「でも、表の兵舎に置いてある品じゃないのは確かね。貴族家の蔵に眠っていたのか」
「国境沿いの傭兵や私兵から買い取ったものか……」
「そういうこと。調べても、簡単には出ないでしょうねぇ」
俺は、息を吐いた。
「助けてくれた王都軍の兵たちは?」
「レオンハルト殿下が、処罰されないよう動いておられるそうです。さきほど近衛から聞きました」
「……俺らを助けたからか?」
「王宮前広場で、武装した地方兵に道を開けたという扱いにされれば、形式上は命令違反になります」
「そりゃあ、形だけ見ればそうだが……」
ひどい話だ。
あの場で動かなければ、死人が出ていたかもしれない。
それでも、書類の上で罪にされる。
「街道諸侯の兵は、まだ王宮前に控えています。あれが――」
「ねぇ、外でなら馬、いいでしょ?」
ユリウス殿下は、まだギデオンに担がれている。
ギデオンはしばらく黙っていたが、諦めたように息を吐く。
「近衛の許可がおりましたら」
「大丈夫だよ。僕が許可してるんだもん」
「……旦那様。少し失礼いたします」
「ああ。まあ、お前も疲れてるんだ。無理はするな」
「心得ております」
ギデオンはユリウス殿下を抱えたまま、回廊へ連れて行った。
扉が閉まると、控えの間に少しだけ静けさが戻った。
バーデンが、ふう、と息を吐く。
「奥様のご両親は大丈夫だったの?」
「ああ。閉じ込められていたから、少し疲れてはいたがな」
「なら安心ね」
「安心……とはいかん」
俺は椅子に腰を下ろした。
「王弟殿下が来た」
俺は、さっきあったことを手短に話した。
王弟ヴィクトル殿下が、レオン殿下に即位を勧め、そのためにエスメラルダ嬢との婚約を持ちかけたこと。
バーデンは一瞬だけ黙ったあと、口元に笑みを浮かべた。
「あらぁ。婚約指輪じゃなくて、首輪をかける気満々ね」
「だよなぁ。でも殿下は断ったぞ」
「レオノーラちゃんと結婚する気だから?」
「まあな……」
「でも、そこへ行くまでが難物ねぇ」
「……お前もそう思うのか?」
バーデンは肩をすくめた。
「敵は家の当主だけじゃないわよぉ。むしろ面倒なのは、その家の娘たち」
「娘たち? なんでそこで娘が出てくる」
「そりゃそうでしょう。あの顔で、性格も悪くない。おまけに王様になるかもしれない男よ? 王都の令嬢たちが、黙って見ていると思う?」
俺は、ぽかんとしてバーデンを見た。
「……そういうものか」
「そういうものよぉ。まして相手が、地方男爵家の令嬢となればね」
俺は、はっとした。
前世でも今世でも浴びた。
あの、冷たい女たちの眼差し。
あれを、レオノーラも受けるのか?
「奥様のご両親の気持ちは分かるわぁ。あたしだって心配だもの」
「……」
俺が黙ると、バーデンはくすっと笑った。
「でも、レオノーラちゃんは旦那様に似てるから」
「ん?」
その時、ノックが響いた。
扉が開き、侍女が茶器を載せた盆を運んでくる。
その後ろに、翠のドレスをまとった令嬢が立っていた。
親子揃ってタイミングよすぎないか?
「お疲れでしょうと思いまして。香草茶をお持ちしましたの」
エスメラルダ嬢は、にこりと微笑んだ。
あれ。
この女、こんなふうに笑うのか。
「これは……ご丁寧に」
俺が立ち上がろうとすると、エスメラルダ嬢は白い手をそっと上げた。
「いいのです、北方男爵様。どうか、そのままで」
「ああ、すみません」
侍女が目配せひとつで動き、俺とバーデンの前に香草茶を置いた。
「少しでもお気持ちが休まればと思いまして」
「ありがとうございます」
エスメラルダ嬢も向かいに腰を下ろした。
その仕草は、腹立たしいほど絵になっていた。
悔しいが、優雅だ。
「レオンハルト殿下がご無事で、本当によかった……」
「従兄君ですものね。ご心配だったでしょう」
俺がそう言うと、エスメラルダ嬢は少しだけ頬を染めた。
「ええ。それもありますわ。それに、わたくしはずっと、レオンハルト殿下のお戻りをお待ちしておりましたの」
バーデンが吹き出しかけた。
俺も、固まった。
は?
嘘だろ。
この女も、レオン殿下が好きだったのか。
「レオンハルト殿下は、北方で静かに暮らしたかったのでしょう。けれど、戻ってきてくださって、わたくしは本当にうれしくて……」
エスメラルダ嬢は、そっと胸に手を当てた。
え。
え?
こいつ、悪役令嬢じゃないのか。
慎ましい女だったのか。
ちょうどその時、扉が開き、レオン殿下が入ってきた。
「……エスメラルダ嬢」
その声を聞いた瞬間、部屋の温度が少し下がった気がした。
「どうしてこちらに」
エスメラルダ嬢は、花がほころぶように微笑んだ。
「北方男爵様もお疲れでしょうと思いまして。香草茶をお持ちしましたの」
「お気遣い、痛み入ります」
レオン殿下は言った。
「ですが、北方男爵は私の客人です。今後、私の客人へ用がある時は、私を通してください」
「まあ。わたくしは、ただお見舞いを」
「見舞いなら、十分いただきました」
レオン殿下は、視線を逸らさない。
「ありがとうございます。どうぞ、お戻りください」
俺は、思わず息を止めた。
丁寧だ。
でも、完全に拒絶している。
エスメラルダ嬢は、緩やかに立ち上がる。
「……わたくしは、お邪魔だったようですわね。では、失礼いたしますわ。レオンハルト殿下。また、正式な場で」
「私から申し上げることは変わりません」
レオン殿下は、低い声で返した。
エスメラルダ嬢は、困ったように眉を下げ、一礼した。
そして侍女を連れ、部屋を出ていった。
扉が閉まっても、しばらく誰も口を開かなかった。
レオン殿下は、俺へ向き直った。
「飲みましたか」
「え?」
「香草茶です」
俺は茶器を見下ろした。
「いや、まだだ」
「では、そのままに」
「やだ。毒入りだと思うの?」
バーデンが、わざと軽い声で言った。
「思いたくはありません。ですが、今の王宮で、無防備に口にしてよいものではありません」
俺はぞっとした。
「あの顔で持ってきて、それを疑わないといけないのか」
「はい。それが、王宮です」
その一言に、俺は何も言えなくなった。
「北方男爵。エスメラルダ嬢の言葉を、そのまま受け取らないでください」
「え……」
「あらぁ。そうなの?」
バーデンが、わざと間延びした声を出した。
「感じのいい雰囲気だったわよぉ。少なくとも、旦那様ならころっと信じそうなくらいには」
おい。
え?
俺は、ばっとバーデンを見た。
レオン殿下は、香草茶の入ったカップを見下ろしていた。
「……そうであれば、よかったのですが」
嘘だろ……。
俺以外、誰も信じていないのか?
今のは演技なのか?
「……そういえば、ギデオン殿はどちらに?」
俺は戸惑いが消えないまま答えた。
「ああ、ユリウス殿下の相手をしに出ていったぞ」
「ユリウスが……?」
「馬に乗ってくれと言っていたわ。大丈夫よぉ。ギデオンは子どもの扱いに慣れているから」
「……申し訳ありません。ユリウスは、気に入った相手には遠慮を知らないところがあります」
気に入ったのか。
表情が薄いから分からなかった。
レオン殿下は目を伏せた。
「父を亡くしてから、あの子も落ち着かないのでしょう」
……やっぱり。
そうだよな。
父親を亡くして、何も感じないわけがないか。
「レオン殿下。次の評議はいつ開かれるの?」
バーデンが、茶器から視線を上げて聞いた。
「明朝です」
「明日? そんなに早いのか」
「今ここで王宮が曖昧にすれば、明日の夕方には別の話になっていますから」
「どういう話になるんだ」
「地方兵が王宮へ押しかけ、第一王子を追い落とした。そう言い換える者が出ます」
「……最悪だな」
どんな変換機能だよ。
「だから、先に王家が認めなければなりません」
「しかも第一王子も王妃もあの有様でしょう。王宮としても、空白を長く置けないわねぇ」
レオン殿下は、閉ざされた扉へ一瞬だけ視線を向けた。
「それに叔父上も、動くでしょう」
そうだよな。
さっきの婚約話だって、放っておけば外堀を埋められかねない。
「……なぁ。もしかして明日、レオノーラのことを話すつもりか?」
俺が聞くと、レオン殿下はすぐに首を横に振った。
「え? しないのか」
「今、彼女の名を出せば、彼女を政争の場に引きずり出すことになります」
「……そうか」
あ。今、俺。
ちょっとほっとした。
駄目だろ。
俺まで弱気になったら。
それをかき消そうとして、俺は頭を振った。
「男爵殿……どうかされましたか」
「……いや、虫がいた気がしてな」
俺はごほんと咳をしてから、話を戻した。
「それで……レオノーラへの手紙は書いたのか?」
レオン殿下が、はっとした顔をした。
「あ……まだです」
「まだかぁ。俺は書き終わったぞ」
「あら。奥様に恋文?」
バーデンが、にやにやしながら言った。
「なんでだよ。近況報告だ」
なぜ分かる。
いや、恋文ではない。
ただ最後に、少しだけ書いただけだ。
「旦那様、顔に出てるわよぉ」
「出てない」
「旦那様、顔が赤く……」
「なってない!」
レオン殿下は、少し困ったように俺たちを見ていた。
それから、机の上の手紙へ視線を落とす。
「では、そちらはお預かりします。私の手紙も、書き次第、一緒に出させましょう」
「おお、頼む」
俺は封をした手紙を差し出した。
レオン殿下はそれを受け取ったが、すぐには懐へ収めず、封じられた手紙をしばらく見つめていた。
「殿下?」
「……いえ」
レオン殿下は、手紙を懐へ収めた。
「私も、書いてきます」
「ああ」
レオン殿下は部屋を出ていった。
手紙「え〜、旦那様ったらそんなことまで書くの? その顔で意外〜。ふふ、早く奥様に読んでもらいたいわぁ」




