第13話 王弟家の政略
評議そのものは、思ったより早く終わった。
ただ、レオン殿下によれば、相当荒れたらしい。
まず、北方男爵家への疑いが崩れた。
リシュアンに用意させた王都搬入の記録が認められたのだ。
毒が北方から運び込まれたとされる日付と、実際の街道記録が合わない。
さらに、リエネの両親が王宮内の一室に留め置かれ、外部との連絡を断たれていたことも明らかになった。
一応、身柄は安全らしい。
そこだけは、心底ほっとした。
次に、ローデン領襲撃の件も問題になった。
第一王子府の名で兵が動いていたことは認められた。
アルベール殿下は、火を放つ命令はしていないと訴えたという。
だが、第一王子府の名で兵が動き、地方領を襲った事実までは消えない。
その時点で、アルベール殿下の立場は大きく揺らいだ。
だが、本当に場が変わったのは、その後だった。
王弟ヴィクトル殿下が、国王陛下の崩御について、新たな証言があると言い出したのだ。
「近頃、陛下の身の回りに仕えていた侍女の一人から、新たな証言が得られました。陛下のお薬に、本来混ぜられるはずのないものが加えられていたと」
証言だけではなく、薬室の控えと、王妃宮付きの女官の出入り記録まで出されたらしい。
「馬鹿なことを……わたくしが陛下を害するなど、あるはずがないでしょう!」
王妃イザベラは、そう言ったという。
「ヴィクトル殿下。そもそも、北方男爵家に疑いがあると申したのは、あなたではありませんか」
「ええ。あくまでも疑いでしたから」
ヴィクトル殿下は、穏やかに笑っていたという。
その隣で、アルベール殿下は呆然としていたらしい。
「母上が……父上を?」
しかし、そう漏らしたきり、何も言えなかったそうだ。
「まだ、そうとは申し上げておりません。ですから、確かめる必要があるのです。王家の名において」
レオン殿下の話では、そこで評議の流れが変わったらしい。
結果、王妃イザベラは、調査が終わるまで王妃としての権限を停止され、離宮へ移されることになった。
第一王子アルベール殿下も、第一王子府としての政務権限を一時停止された。
本人の関与はまだ分からない。だが、その名で兵が動いた以上、政務に戻すわけにはいかない、という判断だったらしい。
王妃も第一王子も、その場でまともに動けなくなったわけだ。
レオン殿下は最後に、こう付け加えた。
「一番落ち着いていたのは、叔父上でした」
落ち着いてる?
笑ってた、の間違いじゃないのか。
俺は、しばらく何も言えなかった。
レオン殿下は、表情を変えずに話していた。
父子の間柄が淡白だったとは聞いている。
それでも、こんな話を平気で聞けるはずがない。
「……大丈夫、ではないよな」
思わずそう聞くと、レオン殿下は目を伏せた。
「そうですね。自分で思っていたより、堪えているようです」
膝の上で組まれた手が、かすかに震えていた。
「父を殺した理由は、まだ分かりません。ですが、もし……王位継承に関わることなら」
そこまで言って、レオン殿下は言葉を止めた。
俺は、その肩に手を置いた。
「深く考えるな、なんて無理だと思う。だが、これだけは言える。お前は悪くない」
「ですが……私が、もっと早く王位に目を向けていれば……」
「それは分からんだろ。悪いのは殺した奴だ。お前が気に病むことじゃない」
レオン殿下は、何も言わなかった。
「それに、俺なら嫌だね」
「……何がでしょうか」
「俺が死んだあと、レオノーラやリシュアンが、自分のせいだって責めてたらたまらん」
レオン殿下の手が、さらに強く握られた。
「それに陛下は、喜んでるだろ。お前がやる気になったこと」
「……そうでしょうか」
「知らん。会ったこともないしな」
俺は、わざと肩をすくめた。
「だが、父親なら、誇るんじゃないか」
レオン殿下は、長く黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……そうだったら、いいですね」
その時初めて、俺はこいつがうなだれるところを見た。
一通り話を聞いたあと、俺はそっとレオン殿下に切り出した。
「……リエネの両親に会いたいのだが」
レオン殿下は、少しだけ表情を和らげた。
「短い時間であれば、面会できます。今はまだ、重要証人として扱われますが、旦那様に会うことは許されています」
近衛に案内され、俺とレオン殿下は王宮の奥へ向かった。
会うのは、久しぶりだ。
王都には、何かと理由をつけて来ていなかった。
いや、来たくなかったわけではない。
領地が忙しかったのだ。
季節の挨拶もしていたし、贈り物は送っていた。
贈り物は俺がずっと選んでいる。
だから、会いたくなかったわけではない。
ないのだが。
いや、気まずいな。
こんな再会。
王宮の奥へ向かう途中、少年が回廊の向こうから駆けてきた。
「あ、兄上」
レオン殿下が足を止める。
「ユリウス」
「戻られたんですね」
少年――ユリウス殿下はそう言うと、ちらりと俺を見た。
「……兄上、なんで戻られたのですか?」
レオン殿下は、少しだけ黙った。
「……王宮から逃げていても、終わらないと分かったからだ」
「兄上が、王になるのですか?」
レオン殿下はわずかに表情を硬くしたが、目は逸らさなかった。
「ああ」
「なりたいからですか?」
「いいや。だが、逃げたくはなくなった」
ユリウスは、しばらく黙っていた。
「ふうん」
それだけ言って、また別の回廊へ駆けていった。
レオン殿下は、去っていく背中を見送った。
「……変わらないな」
それだけ言って、また歩き出した。
兄弟仲は、あまりよくないと聞いていた。
それにしたって、久しぶりに会った兄へ向ける顔としては、ずいぶん薄い。
見ているこっちが、少し寂しくなった。
案内されたのは、王宮東奥の控えの間だった。
扉の前で、近衛が足を止める。
「こちらです」
通された部屋は、客間としては十分すぎるほどだった。
厚い絨毯が敷かれ、壁には紺色の織物が掛けられている。
窓際には小さな机が置かれ、中央には低いテーブルと長椅子があった。
奥には、休めるように寝台まで用意されている。
だが、窓の外には近衛の影が見えた。
閉じ込められているわけではないが、出ようとすれば止められる部屋だ。
……精神的にはきついだろ。
「久しぶりだな」
声のした方へ顔を向けると、リエネの父上と母上が長椅子に座っていた。
二人とも、数年前とそれほど変わっていなかった。
けれど、記憶の中の二人より少し痩せて見えたのは、気のせいではないだろう。
「お義父上。お義母上。お久しぶりです」
俺は深く頭を下げた。
「よく、来てくれた」
その一言で、胸の奥に詰まっていたものが緩んだ。
「……何て言うと思ったのか?」
……のは、気のせいだった。
リエネの父上は、長椅子に座ったまま、じろりと俺をにらんだ。
「王都に来るなり、馬で王宮へ突っ込んだそうだな」
「いや、それは、その……」
「そのうえ、レオンハルト殿下まで連れてだ」
「ええと……」
「こんな派手な戻り方があるか。殿下を危険な目に遭わせて、何を考えている」
「殿下が……行くと仰いまして」
「なら止めろ」
「でも、そうしなければ……」
「他の方法はなかったのか」
うん。
これは駄目だ。
謝罪が吉だ。
「申し訳ございません……」
隣で、リエネの母上が息を吐いた。
「あなた。そのくらいにして差し上げて。まずは無事を喜ぶところでしょう」
「……殿下がご無事で何よりだ」
リエネの母上は、眉を下げた。
「……ご心配をおかけしました」
リエネの母上は、首を横に振った。
「リエネは……あの子と、子どもたちは無事なのですね」
「はい。領地にいます。子どもたちも無事です。皆、お義父上とお義母上のことを心配していました」
「そう……よかった」
リエネの母上は、ようやく肩の力を抜いた。
「あなたにも、ごめんなさいね。何も言わずに巻き込んでしまって」
「いえ……」
「リエネには、あなたに先に相談すべきではないかと聞いたのよ」
母上は、少し困ったように笑った。
「けれど、あの子が言うの。レオノーラに好きな人ができただけでもショックを受けるのに、その相手が王子だなんて知ったら、あなたがすぐ北方から追い出すかもしれないって」
……当たってる。
何も言い返せないのが、つらい。
その時、扉が叩かれた。
少しだけ時間を置いてくれたのだろう。
近衛が扉を開けると、レオン殿下が入ってきた。
リエネの父上と母上が、すぐに立ち上がる。
「殿下、よくぞご無事で……」
「申し訳ありません」
レオン殿下は、深く頭を下げた。
「私のことで、お二人を巻き込みました」
「殿下が謝ることではございません」
リエネの父上は、首を振った。
「王家に仕える者として、できることをしたまでです」
そう言ってから、リエネの父上は俺をちらりと見た。
「もっとも、娘婿が殿下を馬で王宮へ突っ込ませるとは思いませんでしたがな」
俺は身を縮めた。
レオン殿下は少しだけ苦笑したあと、すぐに表情を引き締めた。
「どういう経緯で留め置かれていたのですか」
リエネの父上が、口を開いた。
「陛下の崩御に関わる記録について、確認があると王宮文書局から呼び出されました。ただ、取り次ぎに来たのは王妃宮付きの文官でした」
「王妃宮……記録というのは、北方から王宮へ入った品についてですか」
「はい。私たちは、記録官として確認に応じるよう命じられました」
「それで、そのまま?」
「確認が終わるまで王宮内で待機せよ、と。外部との連絡も禁じられました」
「何か、証拠を見せられたのですか?」
俺が聞くと、リエネの父上は首を横に振った。
「いいや。具体的な記録は見せられなかった」
「それで閉じ込めたのか」
「重要な確認が終わるまで、王宮内で待機せよ。だ、そうな」
「同じことじゃないですか」
「同じだがな、王宮では言い方を変えれば罪にならないと思う者が多い」
俺は額に手を当てた。
ああ、これだから面倒なんだよ。
王宮のいざこざは。
レオン殿下は、評議で決まったことを手短に説明した。
「すぐに自由に、とは申し上げられません。ですが、必ず安全は守ります」
レオン殿下がそう言うと、リエネの父上は頷いた。
「殿下、王弟殿下には、お気をつけください」
「私が王都を離れている間に、何かありましたか」
「王弟殿下の周りに人が集まり始めておりました」
リエネの父上は、声を落とした。
「文書局にも、財務にも、近衛にもです。正式な命ではありません。ただ、王弟殿下の名を出す者が増えた」
リエネの父上は、窓の外に立つ近衛の影へ目をやった。
「王宮では、命令書が出る前に、人の動きが変わります」
レオン殿下は、しばらく黙っていた。
「兄上が足場を失った今……本格的に、叔父上は動き出すでしょう」
その時だった。
扉が叩かれ、近衛が外の者と短く言葉を交わした。
「王弟ヴィクトル殿下がお見えです」
……噂をすれば、だ。
扉が開き、穏やかな笑みを浮かべたヴィクトル殿下が姿を見せた。
リエネの父上と母上が立ち上がり、深く頭を下げる。
「そのままで結構。皆、無事で何よりです」
ヴィクトル殿下は軽く手を上げ、二人を制した。
「王宮内で不自由をさせてしまったようで、心苦しく思っています」
「叔父上。わざわざ、こちらへ?」
レオン殿下が一歩前へ出た。
「もちろん、見舞いもあります。ですが、それだけではありません」
ヴィクトル殿下は、目を細めた。
「先ほどの評議で、考えさせられたのです」
そう言って、目を伏せる。
「国王は崩御され、王妃は疑われ、王太子は権限を止められた。王家が揺らげば、王都も地方も揺れる」
「……何をおっしゃりたいのですか」
「あなたが立つべきです、レオンハルト殿下」
……は?
俺は、思わずヴィクトル殿下を見た。
「ユリウス殿下は、まだ幼い。ならば、混乱を収められる王族はあなたしかいない」
「私に、即位しろと」
「ええ」
ヴィクトル殿下は頷いた。
「あなたには、すでに王都の外に声があります。今日、それを皆が見ました」
嫌な言い方だ。
というか、俺も思っていたことを言っている。
「ですが、王都の中には、まだあなたの座る椅子がない」
ん?
どういう意味だ?
「そこで、ひとつ提案があります」
ヴィクトル殿下は、レオン殿下を見た。
「我が娘、エスメラルダとの婚約をお考えください」
レオン殿下の目が、細くなる。
俺は完全に固まった。
「エスメラルダ嬢と」
「ええ。あなたと王弟家が結べば、宮廷は落ち着く。第一王子派の者も、王妃宮に残る者たちも、無用な抵抗は控えるでしょう」
「国のため、ということですか」
「王家のためです。そして、あなたが王になるために必要なことです」
俺は、思わずレオン殿下を見た。
これは、どうすべきなんだ?
でもこいつ、絶対に乗っ取る気満々だぞ。
「叔父上のお考えは、分かりました。ですが、この場でお受けすることはできません」
「なぜですかな」
「王家の者として、背を向けるつもりはありません」
ヴィクトル殿下の笑みが、わずかに薄くなった。
「ですが、私の婚約を、この場の取引で決めるつもりもありません」
「取引とは、穏やかではありませんな。私は提案したまでです」
「ならば、その提案は正式な場で議すべきことです。王弟家と私の間だけで決めることではありません」
俺は、息を止めた。
「それに、私は王になるために誰かを選ぶつもりはありません」
ヴィクトル殿下は、しばらくレオン殿下を見つめてから、にこりと笑った。
「なるほど。慎重でいらっしゃる」
「そうありたいと思っています」
「よろしいでしょう。今すぐ返答を求めるつもりはありません」
嘘だな。
待つ気などないだろ。
お前、実はせっかちだろ!
ヴィクトル殿下は、落ち着いた声で言った。
「ですが、覚えておいてください。王都を治めるには、王都の支えが必要です」
「ご忠告として、承ります」
「ええ。どうか、賢明なご判断を。王都は、待つことが苦手ですから」
そう言って、ヴィクトル殿下は丁寧に一礼した。
扉が、音もなく閉まった。
しばらく、誰も口を開かなかった。
俺は閉じた扉を見つめたまま、思わずレオン殿下へ視線を向ける。
「……どうするんだ、殿下」
レオン殿下はすぐには答えず、やがて意を決したように顔を上げた。
「大丈夫です。ただ、選べる道が狭いだけです」
それ、詰んでるのでは?
「叔父上の力は必要です。ですが、叔父上と私の間だけで話を決めれば、即位する前から王弟家に道を握られることになります」
「じゃあ、どうするんだ?」
「評議に、王宮文官、近衛、街道諸侯を正式に呼び、謝罪します」
「……謝罪?」
「王家の名で動いた命令が、地方を傷つけた。その責任を、王家の者として認めます」
「それで王になれるのか?」
俺が思わず聞くと、答えたのはリエネの父上だった。
「王になるための空気を作るためだ」
「空気?」
「地方諸侯は、王家に頭を下げさせたいだけではない。
自分たちが受けた被害を、王家がなかったことにしないかを見ている」
「……そうすると地方は、殿下を立てるか」
「少なくとも、王弟殿下の娘と婚約して宮廷を押さえるよりは、ずっと受け入れやすい」
レオン殿下は、そこで初めて少しだけ笑った。
「今回で分かりました。私を支持してくださる方は、思っていたより多い」
あー……。
ベルク侯爵家の夜会でも、こいつは妙に人に囲まれていた。
もちろん打算もあるだろう。
だが、打算だけなら、わざわざ王宮前まで兵を出さない。
リエネの父上は、さらに続けた。
「それに、王都の貴族も皆が王弟殿下に乗りたいわけではありません」
「そうなのか?」
「王弟家が宮廷を握れば、第一王子派だった者たちは、そのまま王弟家の下につくことになる。面白いはずがない」
「……ああ」
「地方貴族の支持を得る姿を見せれば、様子見の者たちは動きます」
分かる。
そりゃ、上を潰した相手の下にはつきたくはないよな。
「空気とは、そういうものだ」
リエネの父上は、淡々と言った。
「誰かが王になると決まってから従うのでは遅い。決まりそうだと思った時点で、人は集まり始める」
なるほどな。
前世の選挙も、そうだったな。
レオン殿下は、少し困ったように笑った。
「だからこそ、間違えられません」
レオン殿下がそう言ったあと、俺は立ち上がった。
「よし、俺は手紙を書く」
「……手紙ですか?」
「リエネに、お義父上とお義母上が無事だと、早く知らせてやらないと」
リエネの母上が、息をのんだ。
「……お願いできるかしら」
「もちろんです。子どもたちも心配しているでしょうし」
俺はそう答えてから、レオン殿下へ視線を向けた。
「それと、レオノーラに殿下は無事だとも……」
「どうしましたか」
「……自分で送りたいか?」
レオン殿下は、一瞬だけ目を見開いた。
「……よろしいのですか」
「よろしいも何も、俺が書いたら『殿下は無事だ』で終わるぞ」
「それだけでも、十分ありがたいです」
俺は息を吐いた。
「レオノーラがどれだけ心配してると思ってる」
レオン殿下は、何も言わなかった。
けれど、その耳が少し赤くなった気がした。
……おい。
こっちが恥ずかしくなるわ。
「自分で知らせろよ」
「……はい。書きます」
こいつは、レオノーラの時だけ年相応の顔をするよなぁ。
◆
控えの間を出たあと、レオンハルトは近衛を一人だけ伴って回廊を進んでいた。
評議の準備はまだ続いている。
文官たちは慌ただしく行き交い、遠くでは近衛の足音が響いていた。
角を曲がると、足音がふっと遠のいた。
そこだけ、人払いでもされたように空いている。
「レオンハルト殿下」
回廊の先に、エスメラルダが立っていた。
口元に淡い笑みを浮かべ、扇を揺らしている。
「お父様から、お話はお聞きになりまして?」
「伺いました」
「でしたら、これから長いお付き合いになりますわね」
「そのような話を受けるつもりはありません」
「まあ……殿下はまだ、選べるおつもりでいらっしゃるの?」
レオンハルトの目が細くなる。
「どういう意味です」
「王族ですもの。夢を見る年頃は、とっくに過ぎておりますでしょう?」
エスメラルダは、扇で口元を隠し、声を落とした。
「まさか、まだあの田舎娘を王妃にできるとお思いですの?」
「レオノーラを侮辱するな」
「侮辱ではありませんわ。事実ですもの。きっと王都の者たちには、こう見えますわ」
エスメラルダは、扇の奥で目を細めた。
「北方男爵家が、王都から離れていた殿下を囲い込み、娘を使って王家に入り込もうとしている、と」
「言葉を慎め」
「わたくしは、教えて差し上げているのです。王妃教育を受けたこともない地方の令嬢が、王妃の座にふさわしいと、皆が素直に認めるとお思いですか?」
「彼女を……あなたの言葉で語るな」
「あら。わたくし、見落としていたのかしら」
エスメラルダは、扇の奥で目だけを細めた。
「では、レオノーラ様は賢い方なのですね。王になる殿下の隣に立つという意味を、きっとお分かりになるでしょうから」
レオンハルトは、すぐには答えなかった。
エスメラルダは答えを急かさず、扇の奥で目を細めていた。
「……彼女が何を選ぶかを、あなたが決めるな」
レオンハルトは、低く言った。
「私は、彼女の代わりに決めるつもりはない」
「ふふ……それに殿下は、ご存じないのですね」
エスメラルダは、目だけで笑った。
「わたくしを悲しませた令嬢が、その後、社交界でどう扱われるか」
近衛が、わずかに身じろぎした。
だが、レオンハルトは視線を逸らさなかった。
「脅しているのか」
「いいえ。忠告ですわ」
エスメラルダは、柔らかく微笑んだ。
「清らかな令嬢ほど、汚れた噂はよく映えますわ」
そして、通り過ぎざまに、レオンハルトだけに聞こえるほどの声で囁いた。
「殿下だけが、愛する方と結ばれて幸福になるなど……そんな都合のよい物語、王都にはございませんわ」
エスメラルダは、何事もなかったように一礼した。
「では、また後ほど」
柔らかな足音が、回廊の奥へ遠ざかっていく。
レオンハルトは、遠ざかる足音が消えても、その場を動けなかった。
長椅子「すまんな……なるべく気を張らなくて済むよう、ふかふかにしておいたんだが……力及ばず、癒やせなかった……くっ」




