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今世で勝ち組だった俺、娘のために王家の喧嘩を買ったら、悪役令嬢まで出てきた  作者: 福嶋莉佳


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第11話 開かれた門

王宮西翼の控えの間には、ここ数日、夜更けになっても灯りが残っていた。


長卓の上には、北方街道の地図が広げられたままだった。


第一王子アルベールは、その地図の上に置かれた駒を見下ろしたまま、しばらく動けずにいた。


ローデン領に置かれた駒は、倒れていた。


「ローデン領で……火を入れた……?」


報告に来た兵は、床に膝をついたまま、顔を青ざめさせている。


「……誰が命じた」


「分かりません……」


「第一王子府の兵が、地方領の穀倉を焼いたのだぞ……」


アルベールは、ゆっくりと兵へ体を向けた。


「誰が命じたのか分からないで済むと思っているのか!」


兵は、さらに深く頭を下げた。


王妃イザベラが、閉じた扇を握りしめる。


「ローデン男爵は抵抗したのですか」


「……いえ。むしろ、当初は確認に応じる姿勢でした」


「では、なぜそのようなことになった!」


アルベールの怒声が、控えの間に響いた。


兵の肩が、びくりと震える。


「た、ただ……火が回り始めた時、ローデン領の者たちは水桶を運ぼうとしておりました」


兵の喉が鳴った。


「ですが、隊長が……ダリウス隊長が、それを止めさせました」


「何?」


「穀倉へ近づくな、と。命令に従わぬ者は、第二王子殿下と北方男爵家に通じた者として拘束する、と……」


アルベールは、兵を見下ろしたまま、ゆっくりと息を吐いた。


「お前は、それを見ていたのか」


「……はい」


「ならば、なぜ止めなかった」


兵は答えられず、床に額を擦りつけるようにして震えている。


アルベールの手が、長卓の縁を掴んだ。


「ダリウスはどこだ」


「……戻っておりません」


「なんだと?」


「第二王子殿下の一行とローデン領の兵に囲まれ……その後は、確認できておりません」


イザベラの扇が、かすかに音を立てた。


「第二王子……ですと?」


「レオンハルトが……ローデン領に現れたのか」


「はい……。第二王子殿下は、ローデン男爵とともに領主館へお入りになりました」


「誰といた」


「ローデン男爵、それから……ヴァルグレイヴ男爵を名乗る男が」


「ヴァルグレイヴ?」


アルベールの眉が寄った。


「北方男爵ではないのか」


「分かりません……。ただ、その男が声をかけると、周囲の兵たちが動いていたように見えました」


「そのような家名、王都の諸侯名簿にありましたか」


部屋に控えていた文官が、慌てて顔を上げる。


「少なくとも、王都へ頻繁に出入りする家ではございません。古い領名、あるいは私称かと……」


「この状況で、素性も定かでない男がレオンハルトを連れているというのか」


「……は」


報告の兵は、答えられずに頭を下げた。


イザベラは、扇を握る手に力を込める。


「では、ローデン領へ使者を。いえ、兵を添えなさい。ダリウスを回収し、事情を確認するのです」


「お待ちください」


それまで黙っていた近衛副長オズワルドが、口を挟んだ。


「今、ローデン領へさらに兵を向ければ、口封じと見られます」


オズワルドは、地図の上の駒へ視線を落とした。


「そもそも、第二王子殿下の一行が、まだローデン領主館にいるとは限りません」


アルベールが眉を寄せる。


「もう移動したと?」


「当然、移動しているでしょう。足止めに失敗した時点で、相手もこちらが次の手を打つと考えます」


「では、追わせればいい」


「追う兵を出せば、また同じです」


「では、どうしろと言うのです」


イザベラが鋭い声で言った。


オズワルドは、地図の王都北門を指した。


「王都へ入るなら、止める場所は限られます」


「北門か……」


アルベールが呟く。


「護衛兵を、王都内へ入れることはできません。第二王子殿下の護衛を外させましょう」


「――なるほど。殿下を拒むのではなく、迎え入れる」


その声に、部屋の中の者たちが一斉に振り返った。


扉の前には、いつもの穏やかな笑みを浮かべた王弟ヴィクトルが立っていた。


「叔父上……」


ヴィクトルはゆっくりと室内へ入り、長卓の地図へ視線を落とした。


「よい考えですな。都には都の秩序がある。地方領主の兵を連れて王宮へ上がるなど、認められるはずもない」


「……」


「第二王子殿下を拒む必要はありません。むしろ、丁重にお迎えすればよろしい」


「まるで、こうなると分かっていたようなお言葉ですこと」


イザベラが冷たく言った。


ヴィクトルは、指先で袖口を整えた。


「王宮の混乱を避けるために、考えを巡らせていただけです」


「まあ。いつから王宮のことまで、あなたが取り仕切るお立場になりましたの」


「おや。レオンハルト殿下は、私の甥にあたります。無事を案じるくらいは、叔父として当然のことでは?」


その言葉に、アルベールの顔が強張った。


ヴィクトルは、それに気づかぬふりをして続ける。


「すでに、第一王子府の名で出た兵が問題を起こした。これ以上兵を動かせば、中央貴族たちも不安に思いましょう」


「私が命じたわけではない」


「ええ。もちろんです。ですが、名は残ります」


「っ……」


「しかし、第一王子府の名で続けて通達を出すのは、少々目立ちますな」


「何がおっしゃりたいの」


「よろしければ、私の方から王都守備司令官へ話を通しておきましょう。第二王子殿下の保護と、王都内の混乱防止。その名目なら、角も立ちません」


「……第一王子府の名に傷をつけて、ご自分だけ手柄を拾うおつもりかしら」


ヴィクトルは、わずかに首を傾けた。


「まさか。第一王子殿下も、王妃陛下も、王家のためにお心を砕かれたのでしょう」


「……」


「私はただ、その後始末をお手伝いするだけです」


「後始末、ですって……!」


イザベラの声が、低く震えた。


「いや、言葉が過ぎましたな。ですが、今は誰の失態かを争っている場合ではございますまい」


「く……」


「叔父上」


アルベールが、立ち上がった。


「勝手な真似は許しません」


ヴィクトルは振り返り、穏やかに微笑んだ。


「もちろんです。すべては、王家のために」


その言葉だけを残して、王弟は控えの間を出ていった。



控えの間を出ると、回廊にはエスメラルダが立っていた。


ヴィクトルは足を止めた。


「聞いていたのか」


「扉の外まで、よく響いておりましたもの」


エスメラルダは小さく会釈すると、ヴィクトルの隣へ並んだ。


「まさか、殿下がローデン領にまでお戻りになるとは思いませんでしたわ」


「しかも、足止めを抜けた」


「ええ」


エスメラルダは、廊下の先へ視線を向けた。


「……田舎女の入れ知恵かしら」


「エスメラルダ」


「失礼いたしました」


エスメラルダは、扇で口元を隠した。


「ですが、お父様。こちらも備えておくべきではありませんか」


「……レオンハルトは、王都の規則を破るとは思えぬが」


「ええ。殿下はお優しい方ですもの。けれど、殿下の周りにいる者たちまで、同じとは限りませんわ」


ヴィクトルは、目を細めた。


「ヴァルグレイヴ男爵、でしたか。素性の知れぬ男。ローデン領の者。北方の者……誰が何をするか、分かったものではございません」


「万が一、第二王子殿下が不穏な者たちに押し立てられ、都を騒がせるようなことになれば」


エスメラルダは、柔らかく微笑んだ。


「王家として、民を守らねばなりませんでしょう?」


ヴィクトルは、娘を見た。


「……王都守備だけでは、手が足りぬかもしれんな」


「お父様。お手を貸して差し上げるべきではありませんか」


「私兵をか」


「ええ。きっと、人手が足りませんもの」


その時、廊下の向こうから、小さな足音が近づいてきた。


「殿下、お待ちくださいませ。もうお休みのお時間です」


侍女の困り果てた声が響く。


そのすぐ後ろから、寝衣に上着だけを羽織ったユリウスが姿を見せた。


「眠くない」


ユリウスは、頬を膨らませたまま言った。


そして、ヴィクトルの姿を見つけると、ぱっと表情を明るくする。


「あ、叔父上。エスメラルダもいる」


エスメラルダは、目を細めた。


「ごきげんよう、ユリウス殿下」


「叔父上。また兵士たちのところへ遊びに行ってもいい?」


侍女が、青ざめた顔で小さく首を振った。


「殿下、そのようなことをなさっては……」


「だって、みんな暇そうにしてたもん。この前も、剣を見せてくれたし。あと、兜をかぶらせてくれたよ」


ヴィクトルは、苦笑した。


「兵は、お前の遊び相手ではないぞ」


「でも、叔父上の兵でしょう?」


ユリウスは首を傾げた。


エスメラルダは、微笑みを崩さない。


「今夜はお休みなさいませ、殿下」


エスメラルダは、甘やかな声で言った。


「明日になれば、また楽しいものが見られるかもしれませんわ」


「本当?」


「ええ。きっと」


ユリウスは嬉しそうに笑った。


ヴィクトルは、その頭に軽く手を置く。


「分かった。だが今夜は寝なさい。明日、少しだけ見せてやろう」


「約束だよ、叔父上」


「ああ。約束だ」


ユリウスは満足したように頷くと、侍女に促されて廊下の向こうへ戻っていった。


その背中が角を曲がって消えるまで、エスメラルダは微笑んでいた。


やがて、足音が遠ざかったところで、エスメラルダは口元の笑みを薄くした。


「……お可愛らしいこと」


「不満か」


「いいえ」


エスメラルダは、ユリウスが去っていった方へ視線を向けたまま答えた。


「いずれ、わたくしの夫になっていただく方ですもの」



翌朝の王宮西翼の控えの間。


昨夜から、誰もまともに眠っていない。

ローデン領からの報告は途切れ途切れで、運び込まれる話はどれも断片的だった。

同じ出来事を伝えているはずなのに、細部が合わない。


そこへ、王宮文官の一人が青い顔で入ってきた。


「ベルク侯爵家の夜会に出席していた領主より、報告がございました」


アルベールが顔を上げる。


「昨夜、ベルク侯爵家の夜会に、第二王子レオンハルト殿下が現れたとのことです」


「なぜベルク侯爵家が出てくる。あの家が、レオンハルトに場を貸したというのか」


「はい。ローデン男爵も同席しておりました。それから、北方男爵も」


「北方男爵……? 間違いないのか」


「報告した領主は、街道取引で北方男爵と面識があるとのことです。間違いない、と」


「ならば、なぜ捕らえなかった」


文官は、言葉に詰まった。


「……第二王子殿下が同席しておられたことに加え、ローデン男爵、ベルク侯爵家の者、それから北方男爵の護衛兵が周囲にいたとのことで……」


「つまり、恐れて何もできなかったと」


イザベラの声が冷えた。


「……それだけではございません。街道諸侯の一部が、証人護送の護衛として兵を出したとの話もございます」


「護衛だと……? それは、第二王子についたということではないか!」


「いえ……。あくまで、ローデン領襲撃の証人と記録を王都へ届けるための護衛、との名目です」


「名目など、どうでもよい」


イザベラは、長卓の上の地図を睨んだ。


「兵を出したことに変わりありません」


その時、扉の外が騒がしくなった。


オズワルドが顔を上げる。


「何事だ」


扉が開き、王都守備兵が駆け込んできた。


「王都北方より急報! レオンハルト殿下の一行が、北街道を南下しております」


「何? もうそこまで来たのか」


「はい……護衛兵も多数」


「多数では分からん。どのくらいだ」


「正確には掴めておりません。ただ、先触れの報では、兵だけで三百を超えるとも」


控えの間がざわめいた。


「三百……?」


「さらに街道沿いで合流する者があるようで、数は増えているとのことです」


アルベールは、地図の北街道を見下ろした。


「レオンハルトが……あいつが、一晩で兵を集めたというのか?」


「早すぎる……地方諸侯が、そんなに早く兵を出せるはずがありません」


「ですが、現に――」


「黙りなさい」


文官は口を閉ざした。


その時、再び扉の外から声が上がった。


「王弟殿下がお見えです」


アルベールの表情が硬くなる。

返事を待つより早く、扉が開いた。


ヴィクトルが、昨夜と同じ穏やかな顔で控えの間へ入ってきた。だが、その目だけは地図の北街道へ向いていた。


「守備司令官より、急ぎの知らせが入りました。第二王子殿下の一行が、想定よりずいぶん早く近づいているようですな」


「……見れば分かる」


アルベールの指が、地図の北街道を叩いた。


「しかも、兵を三百も連れているという。都へ戦を仕掛けるつもりか」


「三百では、王都は落とせません」


オズワルドが言った。


「ならば、何のための兵だ」


オズワルドは、地図の北門を指した。


「第二王子殿下はお通しできます。ですが、地方兵まで門内へ入れるわけにはまいりません。そこは、相手も承知しているはずです」


「ならば、守備兵が止めればいい」


「ですが、相手が三百を超える護衛を伴っているとなれば、北門外での押し問答だけでは済まぬ恐れがあります」


「押し切るつもりだと?」


「少なくとも、簡単には引かぬという意思表示です」


イザベラの扇が、ぱちりと音を立てた。


「王都の門前で、地方兵が騒ぎを起こすとでも?」


「第二王子殿下が、そのような命を下されるとは思えません。しかし、兵が、どこまで殿下の意に従うかは分かりません」


ヴィクトルが、穏やかに頷いた。


「では、どうするべきかな。副近衛長」


オズワルドは、ほんの一瞬だけヴィクトルを見た。


「……止めるのは危険です」


オズワルドは、地図の北門を見下ろした。


「第二王子殿下がその場におられる以上、門前で刃を抜くわけにはまいりません」


「では、入れるというのか」


「はい。ただし、道を選ばせてはなりません」


オズワルドは、北門から王宮へ伸びる大通りを指でなぞった。


「王宮へ続く北大通りだけを通し、脇道は封鎖します。市民の混乱を避けるため、という名目で」


「……誘導するのか」


「はい。止めるのではなく、流します。流す先をこちらで決めます」



王都の北門が見えてきた頃には、隊列は出発した時よりもずいぶん長くなっていた。


最初は、うちの護衛とローデン男爵家の者、それからベルク侯爵家から出された兵だけだった。


それが、街道を進むうちに増えた。


「……思ったより集まったなぁ」


俺が呟くと、バーデンが横で笑った。


「みんな不満があったみたいねぇ。ここぞとばかり派遣してくれたみたい」


「腕章外してるからな。どの家か分からんしな」


「そうそう。責任は旦那様に押しつけられるものねぇ」


「……嫌な言い方するなよ……」


先ほど通り過ぎた守備兵の詰所では、誰も俺たちを止めなかった。

この数に怯んだのか、それとも通すこと自体が作戦なのか。

どちらにせよ、ただの好意ではない。


レオン殿下は、ベルク侯爵家から借りた馬に乗っていた。


黒鹿毛の、いかにも高そうな馬である。

なんかキリッとしてる。


馬の姿勢がいいのか、乗っている殿下の姿勢がいいのかは分からない。

様になってる。


「殿下、いけそうかー?」


声をかけると、レオン殿下は馬上でこちらを見た。


「交渉次第です」


「この人数で押しかけて、交渉で済むのかしらねぇ」


「済ませます」


レオン殿下は前を見た。


「この者たちは、王都へ戦を仕掛けるために来たのではありません。証人と記録を王宮へ届けるための護衛です」


「殿下の護衛でもあるわけねぇ」


「はい。私が同行を求めた護衛です。王都側も、簡単には拒めません」


「……殿下も、嫌な言い方が上手くなってきたなぁ」


「褒め言葉として受け取っておきます」


王都北門が近づくにつれ、街道の様子が変わっていった。


普段なら、荷馬車や商人、旅人でごった返しているはずの道に、人影がほとんどない。


北門の前には、王都守備兵が並んでいた。

道の両脇にも兵が立ち、荷馬車の列は脇へ寄せられている。


ただし、槍は構えていない。


――北門は、開いていた。


「歓迎されてるのか?」


「ある意味、歓迎されてるのでは?」


開かれた門の向こうには、王都の大通りが見えた。


だが、その大通りも不自然なほど人がいない。

脇へ続く道には、荷車が横づけされ、兵が立っている。


市民を避けさせている、という名目なのだろう。


だが。


「通す気ですね」


ギデオンが低く言った。


「ただし、道は選ばせない」


「まあ、そう来るよなぁ。この先は王宮だよな?」


「はい。真っすぐ進めば、王宮前広場に出ます」


「……分かりやすくて助かるな。殿下は前に出過ぎないように」


「はい」


「準備はいいか?」


ギデオンが剣の柄に手を置き、バーデンが短く息を吐くと、後ろの荷馬車の幌の奥で、弓弦の鳴る音がした。


「いいですよ、旦那様」


バルドの声が、幌の奥から返る。


俺は、開かれた北門と、その向こうにまっすぐ伸びる大通りを見た。


「行くぞ!」


俺が言うと同時に、馬たちが地を蹴った。

馬「やだ……第二王子を乗せてるだけで、あんなに様になるの……!?」

馬「前から毛並みはよかったが……出世したな」

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― 新着の感想 ―
とても楽しく読ませてもらってます。 ランキングから、色んな話を読ませてもらってる読み専ですが、自分に刺さる話を見つけるとホクホクしてしまいます。このお話も、その中のひとつ。 テンプレ的な話がランキング…
作者さんが書きたい話を最後まで読みたいなと思います。 続きもお待ちしてます!
 ダリウスさんとやらを介し、アルベールさんの評判が下がりかねない謀をしておきながら、ふてぶてしく意見を言いますな、ヴィクトルさん。  そして、レオンハルトさんも清濁織り混ぜた言い回しが身についてきまし…
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