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今世で勝ち組だった俺、娘のために王家の喧嘩を買ったら、悪役令嬢まで出てきた  作者: 福嶋莉佳


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第10話 王冠が似合う者

「捕らえた隊長は話したか?」


俺が尋ねると、ギデオンが答えた。


「まだです」


「そりゃ困ったな」


隊長格の男は、ローデン領の兵に両腕を押さえられていた。

煤で汚れた顔は青ざめているが、まだ口元には妙な余裕が残っていた。


「……ギデオン」


「はい」


「聞けるか」


「聞きます」


「そうか、じゃあ任せた」


それだけで、隊長の顔色が変わった。


「な、何を――」


「こちらへ」


ギデオンは男の腕を掴むと、そのまま廊下の奥へ歩き出した。


ローデン男爵が、思わず声を上げる。


「あ、あの、男爵殿……」


「それよりこっちは被害の確認を優先しないと」


「しかし……」


ローデン男爵の視線が、隊長を連れていくギデオンの背中へ向く。


隊長は何かを叫ぼうとしたが、ギデオンにそのまま部屋へ押し込まれた。


「……大丈夫なのですかな」


「ギデオンは、加減できる男ですし」


横にいたバーデンが笑った。


「ええ。死なせない加減はね」


「……」


「ローデン男爵」


レオン殿下が、口を開いた。


「被害を確認させてください。補填の手配をしますので」


「そ、そのようなことを殿下に――」


「私が狙われた結果、あなたの領が焼かれた。ならば、私が責任を取ります」


ローデン男爵は、言葉を失った。


窓の外には、まだ細く煙が上がっていた。


焼けたのは、南宿駅と脇にある穀倉、馬糧小屋だった。


そこは、周辺の村へ配る種麦と、街道を行く馬のための馬糧を置いていた倉だった。

食うための麦なら、金を出して買えばまだいい。

だが、蒔くための種は時期を逃せば終わる。


たった一カ所だ。

けれど、その一カ所を焼かれただけで、この領の春は大きく狂う。


「ローデン男爵。家令か記録係を呼んでくれ。うちから出せる分も照らし合わせる」


「しかし、男爵殿にそこまで――」


「うちの街道でもある」


俺は、窓の外へ視線を向けた。


「ここが潰れたら、荷が止まる。次に困るのはうちだ」


「……そうでしたな。すぐに呼ばせます」


その時、扉が叩かれた。

入ってきたのは、バルドだった。後ろにはトマもいる。


トマの顔は青い。

さっきまで火消しと負傷者運びを手伝っていたせいで、髪にも頬にも煤がついていた。


「怪我をした兵の手当ては一通り済ませました」


「死にそうなやつは?」


「今のところはおりません。ローデン領の医師が見ております」


「そうか。話は聞けたか?」


バルドは顔をしかめた。


「下っ端は、たいしたことを知りませんな」


「まあ、そうだろうな」


「ただ、揃って言っていることがあります」


「何だ?」


「命じられたのは、南宿駅と穀倉を押さえること。荷と記録を確認すること。第二王子殿下と北方男爵家一行が来たら足止めすること」


バルドは、そこで一度言葉を切った。


「火を放て、と正式に聞いた者はいないそうです」


ローデン男爵が、顔を上げた。


「では、なぜ……」


「抵抗されたら多少荒く扱っても構わない、と。穀倉を押さえられなければ、使えぬようにしろとも。そこまで聞かされていた者が何人かいたようです」


「使えぬように……なんてことを……」


トマが、悔しそうに拳を握る。


「ひどいです。穀倉ですよ。武器庫でもないのに」


「そうだな……」


ふと、レオン殿下が目に入った。


レオン殿下は何も言わず、外の煙を見ていた。冷えた横顔に、今は声をかけない方がいいと思った。


ギデオンが隊長格を尋問している間、部屋の中では被害の確認が始まった。


ローデン男爵の家令が、震える手で被害内容を書き出していく。

俺はそれを見ながら、頭の中でうちの倉の在庫を思い出していた。


「トマ、近隣の宿駅に早馬を出せ。馬糧と種麦の余りを聞け。借りる形でいい。金はうちが一旦持つ」


「分かりました」


「明細ももらってくれ。後で王都に突きつける」


「……殿下はあのように補填するとおっしゃってくださいました。ですが、いざ請求書を出したところで、王都がそれを認めますかな」


ローデン男爵が、ため息をついた。


「王都の方々は、これは現場の混乱だとおっしゃるでしょう。あるいは、当家が抵抗したせいだと……」


「言うだろうな」


「ならば、補填など……」


「だから明細を残す」


「残してなんの意味が」


ローデン男爵は、はっとしたように俺を見た。


「……まさか」


「ああ、反逆扱いされないためだ」


ローデン男爵の顔から、血の気が引いた。


「放置すれば、あれこれ難癖つけられるぞ」


「……家令に、詳しく書かせます。それにしても……はあ……まさか、こんな形で巻き込まれるとは……」


「……すまんな」


「男爵殿が謝ることではありません……謝るべき方々は、王都で温かい茶でも飲んでおいででしょう」


「ワインかもしれんな」


「なおさら腹が立ちますな」


その時、廊下の奥で扉が開く音がし、ゆっくりとした足音が近づいてきた。


ギデオンだった。


先ほどと変わらない顔で部屋へ入ってくる。

ただ、白いはずの手袋が汚れていた。


「ご苦労さん。早かったな」


「嘘を吐く余裕はなかったようです」


あ、うん。

仕事が早くて何より。


「なんだって?」


「火について、別に指示があったようです」


「誰からだ」


レオン殿下が尋ねた。


「王弟殿下の控えの間にいた男から、と」


「叔父上の……」


「南宿駅と倉を押さえた後、確保が難しければ、中途半端に残すなと言われたそうです」


「なんだ、そのあやふやな命令は」


「第一王子殿下の命として、使える状態で渡すな、と」


「……それを、隊長は火を入れろと受け取ったわけか」


「受け取ったと言うより……そう受け取るように言われたのでしょう」


俺は、思わず額を押さえた。


第一王子の名で兵を動かし、

その兵に、王弟家の者が火を入れさせる。

燃えた責任は、第一王子派と現場にかぶせる。


最悪だ。

政治か、これ。

いや、ただの陰謀だろ。


「命令の場には?」


レオン殿下が尋ねた。


「王弟家の文官が一人。それから、護衛らしき男が二人いたそうです」


「王弟殿下は?」


「隊長は見ておりません」


「……まあ、そうだよな。隊長の証言だけで、王弟家まで届かないのか?」


俺が尋ねると、レオン殿下は首を振った。


「王弟殿下本人まで責任を問うのは、難しいです」


「だめかぁ……なあ、殿下」


俺は、ふと気になっていたことを口にした。


「これで殿下は即位できるのか? ……王都へ行くだけじゃあ、難しいよな」


「……旦那様、今さらそれ聞いちゃう?」


「だってなぁ……」


王弟と娘がこんな面倒くさいとは思わなかった。

クソ真面目なこいつが、どうやったらあの悪役共に勝てるんだ。


レオン殿下は、すぐには答えなかった。


「……今回のことで、はっきりしました」


レオン殿下は、煙の残る窓の外を見た。


「兄上の周りは、地方が命令に従って当然だと思っている。王弟殿下の周りは、必要なら地方を焼く」


「……否定は、できませぬな」


ローデン男爵が低く言った。


「これで兄上の立場は弱くなるでしょう。けれど、そのままなら兄上の派閥は、次の旗を王弟殿下に移すだけです」


「なんでだ?」


「彼らは、兄上を支えたいわけではありません。王都の中枢に残りたいだけです」


「……つまり、勝ち馬に乗れれば誰でもいいってことか」


「乱暴に言えば、そうです」


レオン殿下は苦く笑った。


「別に、お前でもよくないか」


俺は思わず言った。


「お前が王位に就けば、自分たちの立場を守れると分かれば、寄ってくる奴もいるだろ」


「ですが、私には後ろ盾がありません」


「あー……」


そうだった。

こいつ、味方もいない王宮で、殺されかけて逃げてきたんだった。


「私が王都へ行って王位を望むと言っても、その場で潰されます。押し通すだけの数が要ります」


……ほんとだ。


こいつの後ろ盾って、今のところ俺くらいじゃないか。


俺も街道なら多少顔が利く。

だが、王都の大貴族どもと正面から殴り合うには、どう考えても札が足りない。


「じゃあ、どうするんだ?」


「地方諸侯に力を借りたい」


「……なるほどねぇ」


バーデンが、ぽつりと言った。


「今回のことを、地方諸侯に知らせるんでしょう?」


「ああ、そういうことか」


ローデン男爵は、苦い顔で目を伏せた。


「我々は、軽々しく王都に逆らうものではありません」


「普通はそうでしょうねぇ」


「だが、自領の倉を焼かれるかもしれんとなれば、さすがに知らん顔もできんだろう」


レオン殿下が、ローデン男爵へ向き直った。


「あなた方の被害を、諸侯を動かすために使うことになります。……申し訳ない」


「……殿下が謝られることではございません」


「ですが、あなた方の痛みを、また王家の争いに持ち出すことになります。それを当然とは思えません」


「当領は、すでに焼かれました」


ローデン男爵は、窓の外へ視線を向けた。


「当家は、被害者として立たねばなりません。そのために殿下の道へ加わるというなら……少なくとも、黙って泣き寝入りするよりはよろしいでしょう」 


「だけど、どうやって諸侯に知らせるの?」


「私から、諸侯へ書状を出します」


レオン殿下が言った。


「証言と被害記録を添えて、街道沿いの諸侯へ――」


「ちょい待ち」


俺は手を挙げて制した。


「読まれなければ終わりだ。それにな。読んだところで、では賛同しようと、紙一枚で思う奴は少ないぞ」


「……では、どうすれば」


俺はローデン男爵を見た。


「今日、この辺りで夜会か会合はないか?」


「今夜……ベルク侯爵家で春の親睦夜会がございます。当家も、本来なら出席するはずでした」


「そこに、王都側の人間は?」


「いえ。この辺りの諸家だけのはずです」


「ちょうどいいな」


俺はレオン殿下を見た。


「殿下、そこへ行け」


「……私が、夜会へ?」


「そうだ。書状で知らせるより、殿下がその場で話した方が早い」


レオン殿下は、黙って俺を見ていた。


「それに、殿下は顔を見せて声を聞かせた方が人を動かせる」


「……私に、それができると?」


「意外と自覚ないんだな……」


バーデンが、肩をすくめる。


「そうよ。王都兵だって、殿下の話を聞いてから、証言すると言い出した者が何人もいたじゃない」


「少なくとも俺は、殿下の話を聞いて、無視する気にはならなかった」


俺は少しだけ視線を逸らした。


「……レオノーラは、まあ、きっかけだ」


レオン殿下はしばらく黙っていたが、やがてゆっくり口を開いた。


「分かりました」


その声は、よく通った。


「ベルク侯爵家へ向かいます」



ベルク侯爵家の夜会に来るのは、初めてではない。


街道沿いの領主が集まる春の親睦会には、俺も何度か顔を出したことがあった。

ここの料理はうまい。


広間の壁には、古い狩猟絵と、先祖代々の肖像画が並んでいた。

燭台の数は多いが、光はどこか柔らかい。

金はかかっているはずなのに、やたらと眩しくはない。おっさんの目にはありがたい。


集まっている顔ぶれの中には、見覚えのある者もちらほらいた。


街道沿いに領地を持つ子爵家、橋と渡し場を押さえる男爵家、宿駅の維持費に毎年頭を抱えている小領主。


顔を見れば、だいたい何に困っている家か分かる。

どの家も、街道に荷を通すうえで無関係ではいられない。


その広間に入った瞬間、空気が変わった。


「ローデン男爵……?」


本来なら夜会用の上着をまとっていたはずのローデン男爵は、まだ煤の匂いを残していた。

しかも礼装ではなく、急いで着替えただけの上着だった。


ローデン男爵には、あえて着替えさせなかった。

本人には悪いが、きれいな服で説明するより、その姿で入った方が早い。


その後ろに、俺たちが続く。


俺たちも旅装に外套を羽織っただけで、護衛たちは弓を担いだまま控えていた。


うん。物騒だ。


そして、レオン殿下が広間へ足を踏み入れたとたん、ざわめきが引いた。


「第二王子殿下……」

「北方男爵と……?」


広間の奥から、白髪交じりの男が歩み出た。


ベルク侯爵だった。


白髪交じりで、背は高くないが、背筋は伸び、目つきは鋭い。


この辺りの諸侯のまとめ役で、慎重で、簡単には動かない男だ。


ローデン男爵が、小さく頭を下げた。


「ベルク侯爵。突然の無礼、お許しください」


「ローデン男爵……その姿は、どうされた」


「南宿駅が襲われ、穀倉と馬糧小屋も焼かれました」


広間のあちこちで、ざわめきが起きた。


「南宿駅だと?」

「ローデン領の?」

「なぜ、そんな場所を」


ベルク侯爵の目が細くなった。


「誰がやった」


「私から、お話ししてもよろしいでしょうか」


レオン殿下が、一歩前へ出た。


ベルク侯爵は、しばらくレオン殿下を見た後、頭を下げた。


「第二王子殿下。ここは王宮ではなく、地方諸侯の親睦の場にございます」


「承知しています」


「この場での御発言を、王命として扱うことはできません」


「構いません」


レオン殿下は、広間の中央へ進んだ。


「私は、命じに来たのではありません」


その声は大きくない。

それなのに、広間の奥まで届いた。


「今、王宮の争いは、もう王宮の中だけでは済まなくなっています」


誰かが息を呑む音がした。


「北方男爵家は、父王暗殺の疑いを着せられました。ローデン男爵領は、捜査協力を拒んだという名目で、宿駅と穀倉を焼かれました」


ざわめきが、また広がりかける。


だが、レオン殿下が一度だけローデン男爵へ視線を向けると、ざわめきはそこで途切れた。


「今日焼かれたのは、ローデン領です。ですが、明日、同じ名目で兵を向けられるのが、あなた方の領ではないと、誰が言えますか」


誰も答えなかった。


そうだよな。

俺だって、予想外だ。


「爵位があれば守られる。王宮に従っていれば害されない。そう信じられる王宮であれば、私はここには来ませんでした」


レオン殿下は、広間に集まった諸侯を見渡した。


「けれど今の王宮では、王印なき命令が王命のように扱われています」


ベルク侯爵の眉が、わずかに動いた。


周囲の小領主たちは、互いに顔を見合わせている。


どの家も、他人事ではいられない。


「私は、王宮へ行きます」


レオン殿下は言った。


「王都兵を死なせた責任を問うため。北方男爵家への疑いを晴らすため。そして、ローデン領を焼いた者を裁くため」


そこで一度、言葉が切れた。


「そして、二度と王都の都合で、地方の民に害が及ばぬようにするために」


レオン殿下は、まっすぐ前を見た。


「私は、王位から逃げません」


先ほどまで互いの顔色をうかがっていた諸侯たちの視線が、一斉にレオン殿下へ集まる。

誰も、酒杯に手を伸ばさなかった。


……うわ。

鳥肌立つわ。


「この国を、兵を捨てる者にも、責任を取らぬ者にも、地方を駒としか見ない者にも渡さない」


レオン殿下は、深く頭を下げた。


「どうか、力を貸してください」


広間は静まり返っていた。


「証言を。道を。兵を。そして、あなた方の領民を守るための判断を、私に貸してください」


広間の奥で、誰かが小さく息を吐く。


その音を合図にしたように、ベルク侯爵が一歩前へ出た。


「殿下……そのお言葉は、第一王子殿下と王弟殿下の双方に弓を引くものと受け取られます」


「その覚悟で申し上げています」


「この場にいる者が殿下に力を貸せば、王都は我らを、王宮の命に背いた者として扱うでしょう」


「それは違います。王印なき命令を、王命として扱うことこそ誤りです」


レオン殿下は、顔を上げた。


「第一王子殿下の名であれ、王弟家の差配であれ、王命の名を騙る命令に従うことこそ、王家への背信です」


「ベルク侯爵」


俺は、広間の奥に立つ侯爵へ向き直った。


「兵を貸してくれ」


「……それは、当家に殿下のため戦えという意味ですかな」


「戦わせたいんじゃない。数が欲しい」


「数……?」


「相手は、王印もなしに兵を動かす。次に同じことをされた時、こっちが少人数なら、また押し切られる」


ベルク侯爵は、すぐには答えなかった。


広間にいる小領主たちの視線が、ローデン男爵へ向いていた。


「だから、王都まで兵を貸してくれ」


俺は言った。


「名目は、北方男爵家が雇い入れた証人保護でいい」


ベルク侯爵はしばらく俺を見ていたが、やがてゆっくりと広間を見渡した。


「当家だけが兵を出せば、ベルク侯爵家が第二王子殿下へ兵を貸した形になる」


侯爵の声に、広間のざわめきが薄く広がった。


「だが、街道沿いの諸家がそれぞれ護衛を出すならば、話は変わる」


それから、ベルク侯爵はレオン殿下へ向き直り、頭を下げた。


「殿下に臣従を誓うとは、まだ申しませぬ」


レオン殿下は、頷いた。


「ですが、今回の事実を聞かなかったことにはできません」


ベルク侯爵は、広間にいる諸侯を見渡した。


「各家、出せる護衛の数を申せ」

上着「大丈夫です、旦那様! 煤で汚れても男前です! 着こなし、キマってます!」

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― 新着の感想 ―
人物紹介読んでたから、王都で「飲んでるのはワインかもな」ってことに「余計に腹が立つ」ってローデン男爵のセリフが生きてます。 スピンオフならリシェルかなー。この父と母と姉と一緒に家を守るまだ子供の要素…
地方諸侯の重鎮登場で良い具合に人物が回り始めましたね。 話の厚みも出てきて先がワクワクします。
 死なせない加減が必要な事についてやら、嘘を吐く余裕を奪う手法やらについては、詳しく聞かない方がいいんでしょうね(苦笑)  番外編などで読みたいキャラの話……可能でなければ、読まなかった事にして構い…
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