第十五話
彼と別れて以降、私は元の生活に戻った。
学校生活に戻れば、変わらない日々。帰宅すれば、いつもと変わらぬ光景。
だけど、変化もあった。
まず私は、姉を避けるのをやめた。全てが姉に奪われるわけじゃない、そう気付いたら、自然と避けなくなっていた。少しずつではあるが、姉と会話をするようになってきている。あの症状も全く出なくなっていた。
私が避けるのをやめてから、姉は凄く嬉しそうだった。姉の喜びようを見ていると、今までの姉への態度に罪悪感を感じるが、それもこうして変われたからこそ感じられるのだと思うと少し嬉しかった。
姉と比べられるのも、苦ではなくなっていた。何かが、あの夏で吹っ切れたのかもしれない。
母とは夏祭りの日から打ち解けていたので、父への態度も改め、夕食も家でとるようになった。ぎこちなくはあるが、少しずつ、私が捻くれる前の家族の姿に戻っていっている。
次に、友人とどこか一線を引いて付き合っていたのを、やめた。未だに怖くはあるが、こんな私に構ってくれる貴重な友人たちには心を開いて付き合うようになった。友人たちは最初驚いていたが、気のせいでなければどこか嬉しそうにしてくれていたと思う。
少しずつではあるけれど、友人たちとの距離が縮まっていくのを感じている。
クラスメイトとは相変わらずだが、そこは変える必要を感じていない。友人ではない同級生なんて、そんなに人生において関わることはないだろうから、そこまで距離を縮める必要性を未だに感じない。
だけど、むやみやたらに相手に対して壁を作るのはやめた。そのおかげか、少しずつ話しかけてくれる人が増えた。
彼には感謝してもしきれない。
私の生活は、少しずつだけど、でも大きく変化している。勿論良い方へ。
彼は今、元気だろうか。
季節は秋になり、冬になり、春になった。
私はいつの間にか高校二年生になり、姉は卒業して京都の大学へ進学することとなった。流石だな、と素直に思う。
姉が一人暮らしのために引っ越し、姉のいなくなった生活というのはとても新鮮だった。姉がいなくなり、姉とあまり比べられる機会もなくなった。
昔は待ち望んでいたその環境に置かれても、特に何も感じなかった。喜びも、解放感も。
姉と少し仲良くなった今は、少しの寂しさを感じる程度だ。
友人には、凄く変わったと言われる。何があった、と聞かれるぐらいには変わったらしい。
確かに、変わるきっかけはあったが、友人たちには何もなかったと言っている。彼のことは私と彼だけの秘密にしている。
ただし、母にはばれているが。彼に会った最後の日、母に私が彼と付き合うことになったと伝えたのだ。その時の母の喜びようときたら。当の本人よりよっぽど嬉しそうであった。
あの後母から姉と彼についての話を聞いた。姉は彼に昔と一緒で一目惚れしたそうでその日のうちに告白したらしい。(なんという行動力)
しかし、好きな人がいると姉は振られて意気消沈して帰ってきたと言っていた。嬉しいような、恥ずかしいような気持だったが、一番大きかったのは安堵だった。
本当に、彼は私を好きでいてくれたんだという、安堵。
部屋に戻ってからちょっとだけ泣いたのは、皆には秘密である。
私が変わってから、なんと私が告白されるという吃驚仰天な出来事もあった。話しやすくなった私を、なんと好きになってくれたと言うのだ。
勿論告白はお断りした。お付き合いしている人がいると言って。そのせいで友人たちに彼のことについて根掘り葉掘り聞かれることとなったのだが、遠距離恋愛(実際次元的な意味で遠距離なので)をしているといってなんとか誤魔化した。
この告白事件のせいで私が変わったのだろうと友人たちが察してにやにやしているのが非常に苛立たしいが、今はそれは置いておこう。
もうすぐ、夏がやってくる。
彼は、会いに来てくれるだろうか。
◇ ◇ ◇
夏休み初日、宿題を片付けていた私は空が夕暮れに染まっていることに気付き、慌てて教材を机にしまって家を出た。
久しぶりに来る神社は、相変わらずどこか暗くて、物寂しさを感じる所だった。参拝をしてからベンチに座り、ぼーっと空を見上げた。
オレンジ色の空は地面に近い所が紫に変わりつつあり、所々星が輝き始めている。
たまに、あの夏休みの逢瀬は夢だったんじゃないかと思ってしまう。彼は違う世界の住民で、夏しか会えなくて。現実味のない、ファンタジーの世界の話みたいで。
でも、あの浴衣を見る度に、あれは現実だったんだって、思い出す。事実は小説より奇なり、とはこのことか。
彼が本当に私を好きで、自分の世界に帰ってからも私以外の恋人がいない保障なんてない。確かめようがないし、考えたってしょうがない。だけど、不安になると、どうしても考えてしまう。
でもそれはきっと彼も同じで、夜空みたいな綺麗な黒い瞳を思い出すと、彼を信じてみようと思えるのは、あの夏の間に出来た、彼との絆みたいなもののお陰かもしれない。
ひと夏の友人。
それが私と彼の関係だった。今は形は違えど、私は彼が友人であることには変わりないと思っている。
恋人兼友人とでも言えばいいのだろうか。上手く言えないが、そんな感じだ。
ひと夏の友人に、ひと夏の恋をして。
三つの季節を跨いでもまだ、その恋は消えずに私の心に残っている。
生温い風が頬を撫でた時、喉が非常に渇いていることに気付く。何か飲み物でも買ってこようかと自販機へ向かう為にベンチを立ちあがると、懐かしい声がした。
「もう帰るの?」
驚いて声の方を恐る恐る振り返ると、去年よりも少し大人になった、彼がいた。
「久しぶり、小夏ちゃん」
「夜陰!」
今年の夏もまた、私たちはこの神社で出逢う。きっと来年も、再来年も。
久々に会う夏限定の友人であり恋人は、とても嬉しそうな顔をしていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
明日も同じ時間に、夜陰視点の番外編を載せます。
よろしければ、読んでみて下さい。




