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ひと夏の友人  作者: 遊々
本編
14/23

第十四話

 息が苦しい。何故苦しいのかというと、目の前の男が私を力いっぱい抱きしめているからである。力が強すぎて苦しいんですが。


「く、苦しい…」

「あ、ごめん!」


 自分でも力を入れ過ぎていたのだと気付いたのか、抱きしめる手が緩められた。離してはくれないのか、そうか。


「僕、嬉しくて!僕も小夏ちゃんのこと、ずっと昔から好きだったよ!」

「む、昔から!?」

「だって君は僕の、初恋の人だから」


 これ以上爆弾発言をするのはやめてくれ!

 …まて、もしそれがほんとうのことだとするならば。


「…夜陰は、お姉ちゃんに話しかけられてたけど、好きにはならなかったの?」

「ん?ああ、あの人がお姉さんだったんだね。別に好きにはならなかったよ。僕が好きなのは、君だけだ」

「ええええ!?あんたそれでも男か!?」


 あの完璧な姉に惚れない男がいるなんて!私の常識が覆された気がした。

 彼も私と同様、驚いているがどうやら驚きの意味は違うようである。


「小夏ちゃん、僕が君のお姉さんに惚れたと思ってたの!?心外だ!僕は君しか見ていない!」

「だ、だってお姉ちゃんは私から見ても完璧な姉だよ!?皆と言っていい程皆、私と仲良くなった人は最終的にはお姉ちゃんの方に行くんだ!好きになるんだ!なんでならないの!?それでも男!?」

「好きな人がすでにいるのに、なんでその人以外を好きになるのさ!?」

「た、確かに…」


 動揺し過ぎてとんでもないことを口走っている気がする。

 でも、彼に言われて気付いた。皆が皆、姉のものになる訳ではないのか。母が、言っていた通りだった。私が勝手に怯えて、現実をきちんと見ていなかっただけで、いや、そういう人間関係を気付いてこれなかっただけで、彼のように姉に靡かない人だって、きっといるのだ。

 彼の存在は、その事実を力強く肯定してくれていた。


「君と両想いになれるなんて…!」


 彼が溢れんばかりの喜びを声に乗せてそう言った。

 両想い…はっそうか!私たちは、両想いになったのか!その事実を無意識にスルーしていたが、彼の発言によって気づかされ、私はまたゆでだこになった。私の体温はしばらく低下しそうにない。


「異種族間の恋愛なんて、叶わないと思ってた。所詮、僕らは住む世界が違う。今年だってもう、明日からは会えない」

「え!?」


 両想いの喜びに浸る暇などなく、とんでもない事実をさらっと告げる。


「あ、会えなくなるってどういうこと?」

「僕にも詳しくはわからないけど。分かっているのは僕の世界のほうに、隙間のような空間が出来る。その隙間、次元の狭間みたいなものかな?が存在しているのが夏だけで、期間が君にとっての夏休みの間くらいしかないってこと。しかもその隙間が開くのが、こちらでいう夕方から夜の間だけ」

「明日からは会えないっていうのは?」

「もう、隙間が閉じかけてる。僕はずっとこの世界にいると存在が消えてしまう。実際、昔君と会えなくなってしまった夏祭りの後こちらに数日滞在してみたことがある。そしたら僕の体は半透明になっていって、慌てて隙間ができた時に元の世界に戻ったら、体も戻った。もし君が僕の世界に来ても同じだと思う。だから、今年はもう会えない」

「そんなことって…」


 色々、常識では考えられないことの連発で、もう私の頭はうまく動かない。それでも必死に頭を働かせようとするのは、どうにかして彼にまた会えないかと思ってしまうから。


「じゃあ、浴衣は?」

「浴衣は、小夏ちゃんが持っていて。来年も僕と君が会うための()()として」

「…分かった」


 何もかもが分からないことだらけの私には、そう返事をするしかなかった。

 俯いてベンチの木目を見ていた私は、泣いてしまいたいような、怒ってしまいたいような、けどどこか諦めるしかないというような。そんな気持ちで一杯で、複雑な私の心は、もう何を思っているのか自分でさえ分からなかった。


「ねえ、小夏ちゃん」

「…なに」


 力なく俯いていた顔を上げると、真剣な表情をした彼と目が合った。

 吸い込まれそうなその黒には、何かしらの決意を宿した焔が宿っていた。


「難しいことは十分わかってる。僕たちが一緒になれないことは十分わかってる。夏しか会えないことは、十分わかってる。それでも、僕は君が諦められない。僕の、恋人になってくれませんか?」


 気持ちは通じ合ってる。彼も私も、同じ気持ち。それはさっき互いに確認した。

 でも、私はなんて返事をすればいい?

 彼と私は、ずっと一緒にいることはできない。毎年、夏の、限られた時間の間しか一緒にいられない。それでも彼は、私に恋人になってほしいと言ってくれている。

 私は、私はなんて答えたら…。

 悩んでいる間にも、時間はどんどん過ぎてゆく。私を包む彼の身体は、時間が経つにつれ少しづつ震えている。私は彼を、ぎゅっと抱きしめ返した。


 私は、紛れもなく彼に恋をしている。まだ自覚して間もない、小さな恋を。

 彼は、私以上に私を想ってくれているのだろう。それくらい、私にも分かった。

 だったら私は…正直に今の気持ちを伝えよう。


「夜陰…正直、色々頭がついて行かないし、いきなりいろんなことを受け入れろって言われても、受け入れられないと思う」


 びくり、と彼が身体を揺らす。

 私はそれを気にせず言葉を続ける。


「でも、きっとこれからも一緒にいれば、少しずつ受け入れていけると思う。私はあなたのことを、あまり知らない。あなたの世界のことに関しては、全然わからない。次元の狭間とか、夏しか会えないとか、はっきりいって意味が分からないことだらけだ」


 正直未だによく分かっていない。

 それでも。


「それでも…私もあなたが、夜陰が好きだよ。だから、これから、毎年夏しか会えなくても、普通の人たちより一緒にいられなくても、少しずつ互いを知っていけたらいいと思う」

「小夏ちゃん…」

「だから私、夜陰の恋人に、なりたいです」


 この決断が正解かどうかなんて、分からない。私と彼は、本来交わるはずのない世界の住民同士なのだ。それでも、私は私を変えてくれた彼と、一緒にいたかった。


「ありがとう、小夏ちゃん。これからよろしくね」

「こちらこそ、ありがとう。そしてよろしく」


 彼がぎゅっと抱きしめてくれると、バクバクと鳴っている心音が聞こえてきた。彼のものなのか、私のものなのか、あるいは二人のものなのかもしれない。それはとても心地良くて、しばらく私たちはその心音が落ち着くまで抱き合っていた。







 夜も更けてきて、いつもは帰宅しているはずの時間をとっくに過ぎていた。

 彼と今年会える、最後の日だ。連絡もしていないので家族は心配しているかもしれないが、たまにはこういうのもいいよね。

 彼は心配だからと私を家まで送ってくれるというので、有り難く送ってもらうことにした。本当に昔に戻ったみたいだ。

 ゆっくりと互いに歩きながら、他愛もないことを話した。今年会える最後の日とは思えないくらいに、いつも通りに。

 一つだけ聞きたいことがあったので、それだけは聞いておくことにした。


「ねえ、夜陰。あの浴衣の花って、意図して選んだの?」

「そうだよ」


 けろっとした顔で当たり前のように肯定する。この男は…!羞恥心というものがないのか!


「だって僕のこと、思い出して欲しくて。忘れて欲しくなかったから」

「お、お前という奴は羞恥心は持ち合わせていないのか!」

「小夏ちゃんに対しては素直でいたいからね」

「こ、こいつ…!」


 培養イケメンではなく天然イケメンという奴は、やはりとんでもないことをサラッと言う。恐ろしい子!


「小夏ちゃん、あの浴衣、来年返してくれる()()って言ったけど、もらってくれないかな?」

「え?なんで?」

「約束を取り付ける必要がなくなったから」

「必要が…なくなった?」

「恋人同士になれたから、もう会えなくなる不安がなくなって、必要なくなったんだ」

「おおお、お前という奴は…!」


 もう浴衣のことには触れまいと、私はその後誓った。


 そんなことを言い合っているとあっという間に家に着いてしまった。

 彼とはもう、今年は会えなくなってしまう。その事実が現実味を帯びて、私の胸を苦しめた。顔に出てしまっていたのか、彼は私の気持ちを察して優しく手を握ってくれた。


「来年の君の夏休みに、また会いに来る。どうかそれまで僕のことを、忘れないで」

「うん…」

「僕は君を忘れない。僕を忘れそうになったらあの浴衣を思い出して。絶対に、会いに来るから」

「分かった。私も、あなたを忘れない…」


 そう言うと、最後に優しく抱きしめてくれた。

 名残惜しそうに私を離す彼に、私も名残惜しさを感じた。


「じゃあまた、来年」

「じゃあまた、来年」


 そうして私たちは、共に自分の生活へと戻っていった。



誤字修正。

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