第十三話
彼の声がして、ばっと振り返った。そこには、見慣れた着物を着た、見慣れた苦手な綺麗な顔。
間違いなく、彼だった。
「よ…かげ…?」
「そうだよ。やっと名前を思い出してくれたんだね」
嬉しそうに笑う顔は、ずっと見たかった顔。
彼の顔を見たら、嬉しさやら後悔やらで色んな感情が混じり合い、どういう顔をすればいいのか分からなかった。
でも多分、泣きそうな顔をしているのは間違いない。
「…小夏ちゃん」
昔より少し低くなった声で、名前を呼ばれた。泣きそうになるが、泣いてたまるものか。
彼が苦笑しているのが分かるが、泣くのを堪えるのに必死で彼に何も答えることができない。
「会いたかった、小夏ちゃん」
そう言って彼が抱きしめるものだから、私の涙腺はいとも容易く決壊してしまったのだった。イケメンの抱擁、恐ろしい。
とりあえず泣き止むまで彼が抱きしめてくれていて、私は有り難くそれを享受していた。していたが、感情の高ぶりが落ち着いてきたあたりで羞恥心が込み上げてきて、彼の腕の中から逃れて二人でいつものベンチに座った。
冷静さを取り戻すと、やっと会えたのに謝りもせず、いきなり泣き出し醜態をさらすという結果になってしまったことに血の気が引いた。私は何をやっているんだ。
泣いている場合か、謝れよ自分。だがしかし、ベンチで生暖かい眼差しをくれる彼に今この空気で謝罪する勇気は私にはなかった。どうしたらいいんだ、誰か助けて。
どうしたらいいか分からず、挙動不審に視線を彷徨わせている私を見て、彼は苦笑しながら会話を切り出してくれた。
「小夏ちゃん、僕に言いたいことは?」
ちょっと怒ったような、でもどこか困ったような顔でそう言う彼。
これは、彼がチャンスを与えてくれているのでは?ならばこの機を逃す訳にはいかない。
私はすかさずベンチの上で土下座をし、謝罪をした。
「この度は本当に申し訳ありませんでした!」
一度謝罪を口にしてしまえば、思っていたことが口から溢れ出てきた。
「約束を破りベンチから離れただけに飽き足らず、夜陰さんを見てダッシュで逃走するという過去の自分をも凌ぐ失礼な態度、本当に大変申し訳ございませんでした!嫌いな同級生がベンチに近づいてきたものですから、ベンチから避難しようとしたら夜陰さんを見つけたので声を掛けようとしたのですが、姉が夜陰さんに話しかけている所を目撃してしまい、大変動揺いたしましてそのままその場から逃走致した次第です!夜陰さんとの連絡手段もないことにも気付かず、浴衣も借りっぱなしで帰宅してから大変後悔しておりました!申し訳ございません!」
普段ほとんど喋らないのに、こういう時だけ言葉がスルスルと出てきて正直自分でも驚いた。しかも言葉遣いなんだよこれ。誰やねん。
そう思いつつも、私の謝罪の言葉は止まらない。
「謝罪と浴衣の返却の為に神社に夕方頃に訪れたのですが、夜陰さんがいらっしゃらなかったので今まで謝罪もできず、申し訳ありません!ちなみにもう会えないのではないかという思いから今日は浴衣を持ってきておりません!申し訳ありません!大変お怒りだとは思いますが、もう一日、私と明日会ってはくれませんでしょうか!必ずや浴衣はお返しいたします!」
自分でももはや何を言っているのか分からないくらいだった。でも謝罪しなきゃという一心で言いたいことは全部言いきったと思う。頑張った、私。
彼から返事をもらうまで、じっと土下座をしてベンチに額を擦り付けて待機する。
「…小夏ちゃんの気持ちは分かった」
少しの時間のはずなのに、永劫のような時間を待機していた私は彼の声に反応し、ばっと顔を上げた。
彼は、もう怒ったような顔はしておらず、眉を下げてひたすらに困ったような顔をしていた。
「おでこ、赤くなってるよ」
「私の額などお気になさらず!」
「さっきから思ってたんだけど、その言葉遣いどうしたの?」
「自分でもよく分かりません!分かりませんが、いつものようなきつい物言いで謝罪するなんて真似は流石の私にもできず、こうなっている次第です!」
「意味わかんないけど、面白いね」
必死に笑いを堪えているつもりだろうが、凄い笑ってるのが伝わってくるんですが。でも今回はこちらに非があるのでいつもみたいに怒る気にはなれなかった。というか私に怒る資格などない。
結局堪えきれずにいつものようにひと笑いする彼に、どこか安心した。自分が思っていたよりは怒っていないのかもしれない。
ひとしきり笑った後、息を整えてから彼は私の方を見た。目と目が合って、凄く恥ずかしいのに、逸らせない。
「小夏ちゃんが凄い喋ってくれて嬉しいのに、それが謝罪の言葉っていうのが悲しかったけど、気持ちは伝わったよ。ごめんね、こっちの都合で会いに来れなくて。そのせいで君に余計な心配をさせちゃったみたいだ。僕は怒ってないよ、小夏ちゃん」
そう、か。彼は、怒っていないのか。
知らず知らずのうちに強張っていた私の身体は、彼のその言葉で力が抜けた。
「ねえ、また抱きしめてもいい?」
「だだだ、駄目です!」
せっかく力が抜けたはずなのに、突然の彼のとんでもない提案に、私の身体はまた強張った。
「なんで?」
「やっぱりあなたは女の敵だ!色んな女子にそういうこと言っているんでしょう!恐ろしい!」
まずい、焦りからか心の声まで漏れてしまった。こんなのただの嫉妬じゃないか、みっともない。
恥ずかしさと後ろめたさで目を逸らそうとすると、いきなり彼に肩をがっしりと掴まれた。そして顔を私の顔に急接近させる。やめろ、鳥肌が立つ!
苦手で鳥肌が立つのに嬉しいとか、私はどうしたらいい!早く解放してくれ!
「こんなこと言うの、小夏ちゃんだけだよ!だから僕、君の、女の敵じゃないよね!?」
「え、あ、はい」
なんでこの人はこういうとんでもない発言をさらっとするんだろうか。おかげでパニックになっていた私の頭が急に冷静さを取り戻したよ。真顔になったよ。
「僕、君の敵にだけはなりなくないから気を付ける。けど分かっていてほしい、君が女の敵だっていった行為は、全部今は君にしかしてないから」
やはりこいつ、私をゆでだこにする天才である。もう顔真っ赤だよ、なんて答えたらいいの、私はどうしたらいいの。恋愛経験値のある人、誰か教えてぇ!
「わわ、分かりました…。けど今抱きしめるのはやめて下さい。恥ずかしいです」
「せっかく再会できたのに、抱擁もなしじゃ寂しい」
「い、今までだってしてなかったじゃん!」
「今はもう、全部思い出したんでしょ?」
彼が確信を持った顔をして、真剣な目で私を射抜くものだから、私は頷くしかできなかった。
「じゃあこれが、本当の意味での君と僕との”再会”なんだ。記念にね、お願い?」
「もういい、分かったわ!」
もはや開き直るしか私には出来なかった。
されるがままに彼の抱擁を受け入れ、一向に低下する様子のない体温のせいで夏の暑さも相まって、私は汗だくになっていた。
汗臭くないだろうか、なんて気にしてしまうのは、彼が好きだと自覚してしまったからだろうか。
しばらくすると満足したのか、嬉しそうな顔をして私を解放した。
ずっと土下座スタイルのままだった私は、いい加減足が痺れてきたのでベンチから足を下ろし、軽く足のストレッチをした。たった今まで抱きしめられていたという事実から少し現実逃避をする為でもあった。
ストレッチをしていると、彼が寄りかかってくる。このイケメン、自分が美形であることをいいことに自分の魅力を最大限に使って可愛さアピールをしてくる。夜陰、恐ろしい子!
そんなくだらないことを脳内で考えていると、少し真剣なトーンで彼が言葉を紡いだ。
「…僕がどういう”存在”かっていうのも、思い出した?」
「…妖怪、なんだよね?」
「……うん」
どこか、何かを恐れるような彼の声は昔、その秘密を打ち明けてくれた時の彼の声によく似ていた。
「僕と君は、同じじゃない。それでも君は、僕のことを嫌いにならない?」
彼は、まだそんなことを心配していたのか。おかしくて笑うと、彼の方がびくりと揺れたのが伝わってきた。私の答えなんて、昔から変わってないよ。
…いや、正確には同じ言葉ではあるが、昔と少し意味は違うが。
彼がこんなに勇気を出して言ってくれているのだ、私も勇気を出して彼に気持ちを伝えてみよう。
たとえ彼が、姉に惹かれているかもしれなくても。
「例えあなたが、夜陰が妖怪であっても、夜陰が夜陰であることに変わりはないよ」
彼がハッとしたように寄りかかっていた体を起こし、こちらを向いた。
綺麗な黒い瞳。あなたが何を考えているのかは分からないけど、伝えるよ。
あなたが変えてくれた私の、気持ち。
「好きだよ、夜陰」
最終話まで書き終わったので毎日一話ずつ投稿していきます。第十五話が最終話になります。
ちなみにまだ予定ですが、夜陰視点のお話もいくつか番外編という形で投稿したいなと思っておりますので、彼がなにを考えていたのかを知りたい方は、是非読んでみて下さい。




