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王都編2-22 反省会

 王宮の門が開いて間もない朝。


 執務室では、珍しくルシアンが機嫌よく書類へ目を通していた。


 数日前に催されたヴァレリオン公爵家の夜会は、予想以上の好評を博した。


「見事な夜会だった」という評価は例年のことだ。


 だが今年は、それに加えて「心地よかった」「自然と長居したくなった」という声まで聞こえてくる。


 その理由を、ルシアンは誰よりも知っていた。


 ――エルナだ。


 料理の提供方法から飲み物の温度、花の香りに至るまで、招待客が心地よく過ごせるよう細やかに気を配った。


 あの夜会は、エルナの努力があってこその成功だった。


 次期公爵夫人として、彼女は着実に周囲から認められ始めている。


 そのことが、自分のことのように誇らしかった。


 もうすぐ社交シーズンも終わる。エルナが辺境伯領へ帰ってしまうのは少し寂しい。


 それでも冬になれば、公爵領でまた会える。そう思えば、不思議と仕事にも身が入った。


 さらさらとペンを走らせていると、不意に執務室の扉が勢いよく開く。


 ノックはない。


 入ってきた顔を見れば、理由を尋ねるまでもなかった。


「問題でも起きたのか?」


 手を止めることなく問いかけるルシアンへ、レオンハルトは慣れた様子で机まで歩み寄る。


「いや。ただの世間話だ。お前のところの夜会が、ずいぶん評判だったらしいじゃないか」


 その言葉に、ルシアンのペン先がぴたりと止まる。


「エルナのおかげだ」


 迷いなく返した声には、わずかな誇らしさが滲んでいた。


「エルナは向上心が高い」


 どれだけ準備を重ねても、終われば必ず反省点を探す。


 今朝も、「最後までご挨拶できなかった令嬢がおりました」と気に病んでいたほどだ。


 あれだけの夜会を成功させながら、それでもなお改善点を探そうとする。


 そこまで思いを巡らせられるだけで、十分すぎるほどだった。


 レオンハルトとジークは顔を見合わせる。


「そのエルナ嬢のことなんだが」


 レオンハルトは苦笑しながら肩をすくめた。


「シャールが、お前たちのことを気にして毎日のように聞いてくるんだ」


「夜会でもエルナ嬢と話したかったようですが、結局ほとんど時間が取れなかったそうです」


 ジークも苦笑を浮かべる。


「進展しましたの?」


「婚約者として順調なんですの?」


「もちろん両想いですわよね!?」


 シャルロットは事あるごとにそう尋ねてきた。


 その隣では、エリーゼまで何か言いたげな視線を向けてくる。


 レオンハルトは腕を組み、じっとルシアンを見つめた。


「まさかとは思うが……喧嘩なんてしてないよな?」


「していない」


「……だよな」


 この二人に限って、喧嘩など考えられない。


 それでもレオンハルトは、シャルロットとエリーゼが何かを気に掛けるだけの理由があるのだろうと感じていた。


「夜会の準備でお忙しかったとは思いますが、エルナ嬢とはゆっくりお話しされましたか?」


「していない。エルナは夜会の準備に集中していたからな」


 ルシアンは迷いなく首を横に振る。


 そこでふと、準備の最中にエルナから投げ掛けられた言葉を思い出した。


「そういえば、おかしなことを聞かれた」


「ほう?」


「何でしょうか」


「『自分との婚約を、どう思っているのか』と聞かれた」


「…………」


 執務室に沈黙が落ちた。


 レオンハルトとジークは思わず顔を見合わせる。


 それは、かなり危うい質問ではないだろうか。


 喧嘩はしていないと言う。


 だが、いったい何があればエルナがそんな問いを口にするのか。


 レオンハルトは慎重に尋ねた。


「……何と答えた?」


「婚約は祖父同士の約束だが、婚約者はエルナだと伝えた」


「そうか……」


 最低限、伝えるべきことは伝えているらしい。


 少しだけ胸をなで下ろす。


「エルナ嬢は?」


「『婚約に異存はありません』と」


 その返答を聞き、二人はさらに安堵した。


 おそらく、ルシアンの言葉足らずにエルナが不安を覚え、それをエリーゼやシャルロットが察したのだろう。


 婚約そのものが揺らいでいるわけではなさそうだった。


「エルナ嬢と二人で過ごす時間も、大切になさってください」


 ジークが穏やかに言う。


「夜会の片付けが終わってから、一緒に踊った」


 ルシアンは淡々と答えた。


「ダンスも褒めた。最後まで踊ってくれた」


 その時のことを思い返し、自然と表情が和らぐ。


「ちなみに、その後は?」


「部屋まで送った」


「……それだけか?」


「ああ」


 あまりにも迷いのない返事に、レオンハルトとジークは再び視線を交わした。


 どう考えても、以前からあまり進展していないように思える。


 レオンハルトは額へ手を当てる。


「夜会で一緒に踊れなくて寂しかった、とか……そういうことは言わなかったのか?」


「エルナも主催者だ。会えないことくらい理解している」


「そうじゃなくてだな……」


 思わず苦笑が漏れる。


「たまには思っていることを、そのまま伝えてやれ」


「伝えている」


 ルシアンは即答した。


 エルナは唯一無二の婚約者だ。最後に一緒に踊りたいと思ったのも本心だった。何も偽ってはいない。


 だから、問題はないはずだった。


 レオンハルトは苦笑いを浮かべた


「女性は、ときに理屈より感情を大切にするものだ」


「後回しにすると、あとで取り返すのが大変ですよ」


 ジークも肩をすくめながら苦笑する。


 互いに妻と婚約者を思い浮かべて顔を見合わせると、2人はそのまま執務室をあとにした。


 静けさの戻った部屋で、ルシアンはふとペンを止める。


(確かに……二人でいる時間は大切だな)

 

 思ったことは伝えている。夜会の最後には一緒に踊った。

 

 だが、その後は疲れているだろうと思い、すぐ部屋まで送ってしまった。


 もうすぐ社交シーズンも終わる。エルナは辺境伯領へ帰ってしまう。


 冬まで会えないのなら、今のうちに少しでも同じ時間を過ごしたい。


(そういえば、新しくできた菓子屋が美味しいと聞いたな)


 甘いものは嫌いではないと言っていた。きっと、エルナも喜んでくれるだろう。


 そうと決まれば、まずは仕事を終わらせよう。


 ルシアンは再びペンを執り、静かに書類へ向き直った。

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