王都編2-18 相談
王宮へ到着すると、馬車を降りるエルナへソフィーがひと言声をかけた。
「お嬢様、楽しんでいらしてくださいませ」
「ありがとう」
いつもなら一礼すると、そのまま控えの間へ下がってしまう。
けれど今日は、どこか嬉しそうに微笑んでいるように見えた。
(何か良いことでもあったのでしょうか)
小さく首を傾げながら、エルナはエリーゼの庭園へ向かう。
庭園へ着くと、四人はすでに席についていた。
「皆様、お暑いでしょうから、今日は紅茶と冷たい果実水をご用意いたしました。お好きな方をお選びくださいませ」
エリーゼが穏やかに微笑む。
「私はいつものように、紅茶へミルクと砂糖をたっぷりですわ!」
真っ先に手を挙げたシャルロットへ、皆がくすりと笑った。
「私は紅茶をいただくわ」
オリヴィアが優雅に微笑み、
「この季節は体温が上がりやすくなりますので、果実水をお願いいたします」
クレアが静かに続ける。
「エルナ様は?」
「私は果実水をいただきますわ」
「では、私も果実水を」
エリーゼもそう答えると、それぞれの前へ飲み物が運ばれてきた。
涼やかな果実水へ口をつけたエルナは、ほっと小さく息をつく。
やはり冷たい果実水は美味しい。
「さて、まずはシャール」
エリーゼが優しく微笑んだ。
「アイゼンベルク公爵家の夜会、本当によく頑張りましたね」
「ジーク様にも褒めていただきましたわ!」
シャルロットは嬉しそうに胸を張る。
「シャルロット様、本当に素晴らしかったですわ。私も見習わせていただきます」
「まあ!」
尊敬の眼差しを向けられたシャルロットは、照れくさそうにはにかみながらも、とても嬉しそうに笑った。
シャルロットと夜会の準備について話が弾むエルナへ、エリーゼが穏やかに声をかけた。
「エルナ様も、もうすぐヴァレリオン公爵家の夜会ですね。公爵家ともなると、ご準備も大変でしょう?」
「お心遣いありがとうございます。辺境伯家より規模が大きく、覚えることも多いですが、皆様のお力添えのおかげで順調に進めさせていただいております」
公爵夫人。ルシアン。庭師。料理長。そして、公爵邸で働く使用人たち。
分からないことを尋ねれば、誰もが丁寧に教えてくれた。
夜会の準備そのものに、不安はない。
けれど――。
「準備は滞りなく進められているのですが……」
エルナは果実水の入ったグラスを、そっと両手で包み込んだ。
どう伝えればいいのだろう。
少し考え込み、意を決して口を開く。
「私だけ、ルシアン様のことで心が乱れてばかりなのです……」
その言葉を聞いた四人は、一瞬だけ互いに顔を見合わせた。
何がきっかけだったのかは分からない。
けれど、ようやくエルナ自身が、その想いへ気づいたらしい。
「どうしたら、平静でいられるのでしょうか?」
皆なら、何か良い方法をご存じなのではないか。
そんな期待を、真っ先に打ち砕いたのはオリヴィアだった。
「無理ですわ」
「そういうものですわ!」
シャルロットも大きく頷く。
「解決策はございません」
クレアも静かに言い切った。
「…………」
あまりにも迷いのない三人の返答に、エルナは言葉を失う。
助けを求めるように、最後の望みを託してエリーゼへ視線を向けた。
エリーゼは優しく微笑みながら、静かに口を開く。
「リュミエールには、『恋は思案の外』という言葉がありますわ」
諭すような、その穏やかな声。
(そんな……)
では、一体どうすればいいというのだろう。
「何か、策があるのではないでしょうか……?」
戦なら戦術書。事件なら過去の対応事例。
分からないことには、必ず解決の糸口がある。
エルナはそう信じていた。
「一つだけ、ありますわ」
オリヴィアが穏やかに微笑む。
「ぜひ、教えてください!」
ぱっと表情を明るくしたエルナへ、オリヴィアはゆっくりと言葉を続けた。
「想いが通じれば、少し落ち着きます」
「…………」
エルナは四人の顔を順に見つめた。
エリーゼとシャルロットは、すでにレオンハルトとジークと思いを通わせている。
オリヴィアは、意中の相手を惹きつけることなど難しくないだろう。
クレアから男性の話を聞いたことはないが、人の心を見抜く彼女なら、きっと相手の気持ちも分かるに違いない。
やがてエルナは、小さく肩を落とした。
「私だけが、一方通行ですわ……」
そう呟くと、よく冷えた果実水のグラスを手に取り、一口含む。
ひんやりとした冷たさが、少しだけ熱くなった心を落ち着かせてくれた。
「一方通行?」
オリヴィアが意味ありげに首を傾げる。
「絶対に違いますわ!」
シャルロットは勢いよく首を横へ振った。
「本当にそうでしょうか」
クレアも眼鏡をそっと押し上げる。
「昔から、婚約者だから大切にしてくださっているだけですわ」
エルナは迷いなく答えた。
幼い頃、熱い紅茶は飲みにくいだろうと果実水を用意してくれたこと。
「こちらの方が面白い」と絵本を読んでくれたこと。
困れば手を差し伸べ、いつも気にかけてくれたこと。
それらはすべて、婚約者としての優しさなのだと、エルナは信じて疑わなかった。
気持ちを落ち着かせるように果実水へもう一度口をつけるエルナを見つめながら、四人は静かに顔を見合わせる。
――ルシアンならば。
幼い頃からエルナを想い続けていたとしても、何ひとつ不思議ではなかった。




