王都編2-14 報告会
早朝。
開門したばかりの王宮は、まだ人影もまばらだった。
それにもかかわらず、ルシアンの執務室だけは朝から文官たちで埋め尽くされている。
部屋の主は今日も淡々と書類へ目を通し、次々と決裁印を押し、指示書を書き上げていく。
会議など特別な予定がなければ、昼過ぎには公爵邸へ戻ってしまうルシアンに追いつくため、文官たちも自然と開門と同時に登城するようになっていた。
閉門間際まで付き合わされるよりは、朝早い方が遥かにましである。
そんな慌ただしい執務室へ、今日もまた二人の訪問者が遠慮なく入ってきた。
緊急案件かと顔を上げたルシアンだったが、その表情を見た瞬間、大した用件ではないと判断する。
「聞いたぞ。エルナ嬢と白鳥湖へ行ったそうだな」
「エルナに誘われたからな」
「ヴァレリオン公爵が、あなたの代わりに随分ご活躍されたそうですね」
「父上に追い出されただけだ」
どうやら公爵夫妻が気を利かせて、二人きりの時間を作ったらしい。
視線だけで何やら会話を交わすレオンハルトとジークを見て、ルシアンは眉をひそめた。
「……わざわざ朝一番に来るほどの話か?」
「お前、何もなければ昼には帰るだろう?」
「この時間しか捕まらないんです」
二人に言われると、反論の余地はなかった。
「それで、どうだった?」
レオンハルトが口角を上げる。
「楽しめたのか?」
「もちろんだ」
ルシアンは淡々と話し始めた。
湖へ入りたいのを我慢して、水遊びだけで満足していたこと。
速駆けを好む馬を自分で見つけ、嬉しそうに乗っていたこと。
葉舟を作っては負け、次こそ勝つと闘志を燃やしていたこと。
料理長が作った動物のサンドイッチを、目を輝かせて喜んでいたこと。
――昼寝の話だけは、なぜか省いた。
「また行きたいと言っていた」
「そうか」
「だから、今度は貸し切りにできないかと思っている」
「……お前たち二人のためだけに景勝地を貸し切れるわけがないだろう」
呆れたようにため息をつくレオンハルトへ、ルシアンは真顔で続ける。
「なら、エリーゼ殿下やシャルロット殿下、ジークを含めた六人なら問題ないだろう」
「シャールは喜びそうですね」
ジークが頷く。
「父上へ相談するのは私なんだが?」
「野盗が立て籠もったことにして周辺を封鎖しましょう」
「水質調査による立入禁止でもいい」
「……お前たち、職権乱用という言葉を知っているか?」
「もちろん」
息ぴったりに頷く二人を見て、レオンハルトは額へ手を当てた。
「話を戻すぞ」
軽く咳払いをすると、改めてルシアンへ向き直る。
「お前自身は楽しかったのか?」
「もちろん」
迷いのない返事だった。
レオンハルトは、以前ジークから聞いた観劇の日の報告を思い出す。
「エルナ嬢には、『楽しかった』と伝えたのか?」
「言っていない」
「景色が綺麗だったとか。今日は一段と可愛らしかったとか。一緒に来られて嬉しかったとか。そういう話は?」
「……相槌は入れた」
二人は揃って深いため息をついた。
「相槌以外に何を話した?」
「野草、河川、葉舟、白鳥、昼食――」
「もういい」
レオンハルトは片手を上げて制した。
「お前、本当に散歩へ行ってきたんだな」
「散歩だ」
「……そうか」
妹や妻から話を聞くたび思う。
この二人は、どうしてこう肝心なところだけ抜けているのだろう。
見ているこちらの方がもどかしくなる。
「ルシアン」
レオンハルトが静かに名を呼ぶ。
ルシアンが顔を上げた。
「思ったことは、ちゃんと言え」
「……行動で示している。エルナも楽しんでいた」
「言葉にしなければ伝わらない」
今回は珍しく、レオンハルトの口調が強かった。
「いつか勘違いされるぞ」
「エルナに限って、それはない」
「そう思っているのは、お前だけだ」
肩をすくめるレオンハルトを前に、ルシアンは本気で首を傾げた。
その様子を見ていたジークが、小さく笑う。
「まあ、その話はひとまず置いておきましょう。もうすぐ、我が家の夜会です。今度は私が主催側ですから、どうぞお手柔らかに」
「ここ数日、シャールが毎日アイゼンベルク邸へ通って準備を手伝ってるんだ。きっと良い夜会になる」
頷くレオンハルトへ、ルシアンも同意した。
「シャルロット殿下ならやり遂げてくださる。きっと、エルナにとっても良い勉強になるだろう」
アイゼンベルク公爵家の夜会には、レオンハルトとエリーゼも出席する予定だ。
レオンハルトとジークは、ちらりと互いに視線を交わした。
――今度こそ、何か進展するといいのだが。




