王都編2-7 作戦会議
開門したばかりの王宮は、まだ人影もまばらだった。
そんな朝早く、ルシアンとジークは揃ってレオンハルトの執務室へ呼び出されていた。
何か事件でも起きたのだろうか。
執務机の前へ立つ二人を見やり、レオンハルトはゆっくりと口を開いた。
「シャールから聞いたんだが、四人でデートをするらしいな」
――なんだ、その話か。
ルシアンとジークは顔を見合わせる。
「シャールから、エルナ嬢とルシアンを誘って観劇へ行きたいと言われました」
「私もだ」
ルシアンも小さく頷いた。
「王立劇場の演目だな?」
「ええ」
レオンハルトは、以前エリーゼと観劇した時のことを思い返し、わずかに眉をひそめた。
あれは、間違いなく妹が好む内容だ。
そして、観に行くと決まった以上、ジークは既に下調べを済ませているに違いない。
「……ジーク。終盤の台詞だけは、絶対に真似するなよ」
「もちろんです」
「嘘だな」
「まさか」
柔らかな笑みを浮かべるジークを見て、レオンハルトは小さくため息をついた。
こちらは放っておいても勝手に進む。あとはシャールの決心を待つだけだ。
問題は、その隣で何事もないように立っている男だった。
「ルシアン。お前、エルナ嬢と観劇へ行ったことはあるのか?」
「去年、『北天に誓う剣』を観た」
「……歴史劇ですよね?」
「そうだ」
婚約者との初めての観劇としてはどうなのだろう。
そう思わなくもなかったが、昨年一番の話題作だったこともまた事実だった。
「ちなみに、その時はどう過ごした?」
「観劇の後は近くの茶屋で過ごし、そのあと少し散歩をして送り届けた」
「意外とまともだな」
レオンハルトが思わず呟く。
「どんなお話をされたのですか?」
ジークに尋ねられ、ルシアンは当時を思い返した。
「……劇では、兵站や民の避難について簡略化されていたから、そのあたりの話をした」
「……どういうことだ?」
「もし実際に同じ状況になった場合、どう対応するかという話にもなったな」
「…………」
「…………」
何がおかしいのか分からないと、ルシアンは二人を見た。
「北方の戦場を想定して、民の避難が間に合わなかった場合の話だ」
「それ以上は言わなくていい」
レオンハルトが額を押さえた。
「……なるほど。そうなりますよね」
ジークは静かに目を伏せる。
「何がだ?」
「エルナ嬢のお話ではなく、あなたは何を話したのですか?」
「今、説明しただろう」
「説明されていません」
何がおかしいのか分からないと首を傾げるルシアンを見て、レオンハルトとジークは静かに顔を見合わせた。
「いいか。まず、一緒に観られて楽しかったと言え」
「内容が楽しければな」
「違う。観終わったら最初に言うんだ」
「面白くないものを楽しいと言う意味があるのか?」
首を傾げるルシアンに、ジークは小さくため息をついた。
「女性は、何を観たかよりも、誰と過ごしたかを大切になさる方も多いですよ」
「そうなのか?」
「少なくとも、シャールはそうですね」
「リゼもだ」
そういうものなのか、とルシアンは素直に頭へ叩き込む。
「次に、まずはエルナ嬢のお話を聞いて差し上げてください。途中で補足したくなっても、最後まで聞いてからです」
「お前、絶対途中で『史実では』なんて言うなよ」
「わかった」
珍しく素直に頷くルシアンに、レオンハルトは少しだけ安堵した。
「求められない限り、解説はするな。聞かれたら答えろ」
「聞かれたとしても、最初は一言二言で十分です」
「全部話した方が理解が深まる」
「だからだ」
レオンハルトがぴしゃりと言い切る。
「では、何を話せばいい?」
珍しく困ったように尋ねるルシアンへ、ジークは少し考えてから口を開いた。
「劇中で印象に残った場面などをお話しされると良いかと」
「演出についてか?」
「違います」
どうやら別の伝え方をした方が早そうだ。
「エルナ嬢のお気持ちに共感して、そのうえで、ご自身がどう感じたのかをお話しになるのです」
レオンハルトも頷く。
「お前だったら、エルナ嬢にどうしてやりたいかを話してもいい」
「なるほど」
今度こそ納得したように、ルシアンは深く頷いた。
婚約者のこととなれば、誰よりも真剣に考える男だ。
ここまで伝えれば、さすがに大丈夫だろう。
あとは当日、ジークが自分の婚約者に夢中になりすぎなければ、適度に軌道修正してくれるはずだ。
「……お前たちはいいよな」
二人を見比べながら、レオンハルトはぽつりと漏らした。
「どうした?」
「何かありましたか?」
王太子が弱音を漏らすとは珍しい。
ここ最近、レオンハルトが頭を抱えるような事件は起きていないはずだった。
「婚約者と外出するだけで済むお前たちが羨ましい」
「……世継ぎか?」
「その鋭さ、エルナ嬢に向けてやれ」
「向けている」
即答するルシアンに、レオンハルトはさらに深いため息をついた。
「リゼがこの国での暮らしに慣れるまでは、急がなくていいと思っていた」
アウレリア王国の南方、海を越えた先にあるリュミエール王国。
エリーゼは、わずかな侍女だけを伴い、遠い故郷を離れて嫁いできた。
「環境が一変したんだ。まずは安心して暮らせるようになってほしかった。そのために、最初にそう伝えた」
王宮に庭園を整えたのも、その一つだった。
妹は実の姉のようにエリーゼを慕い、母はリュミエールと縁のある令嬢たちを招いて茶会を開いた。
そこへオリヴィアが加わり、今では情報通のクレアと、エルナもいる。
「だが、三年目になった途端、母上も祖母上も『まだか』だ」
エリーゼは、この国のためによく務めてくれている。
だからこそ、もう少しだけ穏やかな時間を過ごしてほしかった。
しばし静寂が流れる。
やがてジークが穏やかに口を開いた。
「殿下も、大切に思われているからこそのご判断でしょう」
「ああ。リゼもそう言ってくれた」
「でしたら、それで十分ではありませんか」
「……そうだな」
少しだけ肩の力を抜いたレオンハルトを見て、ジークも静かに笑った。
その空気を破ったのは、ルシアンだった。
「それで、観劇の話だが」
「まだ続けるのか」
思わず額を押さえるレオンハルト。
「当日は、劇中の話だけをすればいいんだな?」
「……頼むから、それだけは忘れるな」
「承知した」
ルシアンは真剣な面持ちで頷く。
その返事を聞いたレオンハルトとジークは、なぜだか胸騒ぎを覚え、揃って顔を見合わせた。




