王都編2-6 提案
「あの二人は重症よ……」
エリーゼの庭園では、季節の花々が色鮮やかに咲き誇っていた。
花に負けない華やかさを纏うエリーゼ、シャルロット、オリヴィア。
そしてクレアは、花々へ視線を向けることもなく、いつものように手帳へペンを走らせている。
エルナが到着するまで、まだ少し時間があった。
この場には似つかわしくないため息とともに口を開いたのは、オリヴィアだった。
「エルナ様は、自分だけ特別扱いされているなんて、これっぽっちも思っておりませんわ」
先日の夜会でのことだ。
「エルナ様へのように、もう少し親しくお話しになれば」と尋ねれば、ルシアンは迷うことなく「その必要はございません」と答えた。
他の令嬢へ同じように接する気など、初めからない。
それほどまでに特別扱いしているというのに、当のエルナは「ルシアン様は皆様にも丁寧ですわ」と、どこまでも穏やかな笑みを浮かべていた。
「どうして、ああも伝わらないのかしら」
クレアは手帳を開き、淡々と読み上げる。
「昨日の夜会では、ルシアン公子がエルナ様と踊られたのは二回。会話を交わされたのは六回。ルシアン公子が自らエルナ様のもとへ向かわれたのは九回。エルナ様がルシアン公子をご覧になったのは十六回。ルシアン公子がエルナ様をご覧になったのは三十七回です」
「そこまで数えていらしたのですか?」
シャルロットが目を丸くする。
「暇でしたので」
「嘘ですわね」
オリヴィアが即座に返すと、クレアは何事もないように眼鏡を押し上げた。
「半分は記録、半分は趣味です」
「趣味になっておりますわ……」
シャルロットが思わず呟く。
エリーゼは紅茶を口元へ運びながら、小さく笑った。
「お互いを大切に思っていることだけは、誰の目にも明らかなのですけれどね」
「肝心のお二人だけが、お気づきではありませんもの」
オリヴィアが肩をすくめる。
四人が揃ってため息をついた、その時だった。
シャルロットが、ぱっと顔を上げる。
「思いつきましたわ!」
三人の視線が一斉に集まる。
「今度、四人で観劇へ参りましょう!」
満面の笑みを浮かべるシャルロットに、オリヴィアがゆっくりと口角を上げた。
「……詳しく聞かせてくださる?」
待っていましたと言わんばかりに、シャルロットは大きく頷いた。
◇ ◇ ◇
エルナがエリーゼの庭園へ到着すると、既に四人は席についていた。
「皆様、いつもお早いのですね」
エリーゼとシャルロットは王宮にいるのでわかるが、オリヴィアとクレアまで毎回先に来ている。
「私も、いま席に着いたばかりですよ」
「私もよ」
平然と答えるエリーゼとオリヴィアに、クレアも静かに頷く。
「そうだったのですね」
誰一人として疑うことなく、エルナは席へ着いた。
「オリヴィア様、先日は素敵な夜会をありがとうございました」
「どういたしまして。公子様は、いつもエルナ様へお優しいのね」
「はい。ルシアン様は、誰にでもお優しいですよ」
にこりと微笑むエルナを見て、ほらご覧なさい、とオリヴィアが三人へ視線を送る。
エリーゼは思わず苦笑し、シャルロットは口元を押さえ、クレアは静かに手帳を閉じた。
やがて香り高い紅茶が運ばれてくると、エリーゼが穏やかに口を開く。
「今日は、シャールからエルナ様へ提案があるそうですよ」
「私に、ですか?」
エルナが首を傾げると、シャルロットは待っていましたとばかりに身を乗り出した。
「エルナ様、皆で観劇へ参りましょう!」
「皆様とですか?」
エルナが四人を見渡すと、シャルロットはぶんぶんと首を横に振る。
「違いますわ!」
ぱっと笑顔を咲かせて続ける。
「私とエルナ様、それからジーク様とルシアン公子の四人です!」
「四人で、ですか?」
なぜその組み合わせなのだろう。
ますます首を傾げるエルナへ、シャルロットは満面の笑みで言い放った。
「ダブルデートですわ!」
「……でぇと?」
目をぱちぱちと瞬かせたまま、エルナの動きがぴたりと止まる。
その反応に、シャルロットも思わず言葉を失った。
「ご存じありませんの?」
眼鏡を押し上げるクレアへ、エルナは首を横に振った。
「知っていますわ。恋人同士が二人で外出することですよね」
「では、エルナ様はルシアン公子とデートをされたことはございませんの?」
エルナは一度首を傾げ、記憶を辿るように少し考えてから口を開いた。
「……婚約者ですから、いつもしておりますわ」
四人は顔を見合わせた。
――それは違う。
誰もが同じことを思ったものの、どう説明すればよいのかわからず、誰一人口を開けない。
沈黙を破ったのは、シャルロットだった。
「……とにかく!」
勢いよく身を乗り出し、両手を握りしめる。
「私はダブルデートがしたいのです!」
押し切るような勢いに、エルナは素直に頷いた。
「殿下のお誘いですもの。もちろんお受けいたしますわ」
「約束ですわ!」
「もちろんです」
さすがは王女殿下、とクレアは密かに感心した。
あのまま説明を続けていては、いつまで経っても話が進まなかっただろう。
「最近話題になっている、王立劇場の演目でよろしいのでしょうか?」
エルナが尋ねると、シャルロットは嬉しそうに頷いた。
「そうですわ! お義姉様はお兄様と初日にご覧になったそうですし、オリヴィア様も、もうご覧になったそうですわ」
「クレア様は?」
「台本をいただきましたので」
「……へぇ?」
オリヴィアが意味ありげな視線を向けるが、クレアは聞こえなかったかのように静かに紅茶を口へ運んだ。
どうやら内容を知らないのは、エルナとシャルロットだけらしい。
(それならば、シャルロット様が私を誘ってくださるのも納得ですわ)
「どういうお話なのですか?」
エルナが尋ねると、シャルロットは嬉しそうに口を開いた。
「それは――」
「当日のお楽しみにいたしましょう」
答えようとしたシャルロットを、オリヴィアがにこやかに制する。
「予備知識がない方が、より楽しめるものですよ」
クレアも口角をわずかに上げながら頷いた。
「そういうものなのですね」
素直に納得したエルナを見て、シャルロットは待ちきれないと言わんばかりに笑みを浮かべる。
「楽しみですわ!」
期待に胸を弾ませるシャルロットを見て、エリーゼが柔らかく微笑む。
「きっと、素敵な一日になりますよ」
その笑みを見て、エルナはふと首を傾げた。
「殿下、今日は少しお疲れですか?」
なんとなくだが、いつもより口数が少ない気がする。
「最近、少し忙しかっただけよ」
「そうなのですね。……お食事は、ちゃんと召し上がっていますか?」
昨夜の夜会で、食事を取る暇もなく人に囲まれていたルシアンの姿が脳裏をよぎる。
王太子妃も同じように忙しいのではないかと、エルナは気になった。
「お義姉様は、私と違って夜会でも満遍なく召し上がりますわ!」
「あなたは、デザート以外も食べなさい」
「私は良いのです!」
思わず吹き出したオリヴィアにつられ、皆の笑い声が庭園へ広がる。
その後は、それぞれお気に入りの夜会料理の話で盛り上がり、今日もあっという間に時間が過ぎていった。
◇ ◇ ◇
帰りの馬車の中。
エルナはふと、お茶会での話を思い返す。
(ダブルデートとは……何をすれば良いのでしょう?)
帰邸してヒルダへ尋ねてみたものの、「やったことがないから、わからないわ」と首を傾げられた。
ソフィーも、「王都ならではの遊びなのでしょうか……?」と同じように首を傾げるばかり。
(皆様と賑やかに楽しめば良いのでしょうか)
結局、その答えはわからないままだった。




