王都編1-3 はじめての茶会
華々しいデビュタントの舞踏会から数日。
ノルドガルド辺境伯邸には、連日のように色とりどりの封筒が届けられていた。
エルナ宛の茶会への招待状。
そして、ぜひ令嬢もご同伴いただきたいという、辺境伯家宛の夜会への招待状。
「本日は三件でございます」
執事が机の上へ封筒を並べる。
エルナは慣れない手つきで一通ずつ封を切り、招待状へ目を通していった。
主催者の名。日時。会場。そして参加予定者。
まだ読み慣れない文字を追っていると、聞き慣れた声が静かに落ちてくる。
「それは、デビュタントを迎えた令息令嬢のための恒例の茶会だ」
いつの間にか隣へ立っていたルシアンが、一枚の招待状を手に取った。
「こちらへ出席しよう。他の二件は今回は見送ればいい」
今日もまた、公務と執務を終えた足で辺境伯邸へ立ち寄ったらしい。
エルナに招待状が届いたと聞けば、その日のうちに顔を出す。
そして、やることはいつも決まっていた。
主催者。参加者。年齢層。婚姻状況。
必要な情報へ素早く目を通すと、静かに結論を出す。
「こちらは今回は見送ろう」
「こちらへ出席するといい」
「夜会は辺境伯へ確認しよう。エルナが出席するものなら、私も参加する」
「はい」
エルナは迷うことなく頷いた。
一度だけ、執事と侍女から、
「本当によろしいのですか」
と尋ねられたことがある。
その時も、エルナは不思議そうに首を傾げるだけだった。
ルシアンは昔からこうだった。
困らないように。
寂しくないように。
必要なものは何でも用意し、いつも自分を気に掛けてくれる。
今も、その延長に過ぎない。
執事と侍女は顔を見合わせたものの、当の本人が嬉しそうに笑っている以上、それ以上何も言うことはできなかった。
「今回の茶会は、デビュタントした同年代の令息令嬢と、王太子妃殿下が先輩として選ばれた方々だけが招かれている。私も出席予定だ。安心して楽しむといい」
王太子妃からの招待状には、舞踏会ではゆっくり話す時間がなかっただろうから、茶会で親睦を深めてほしいと綴られていた。
「お兄様もお呼ばれしていらっしゃるなんて、さすがですわ」
「大したことではない」
次期公爵ともなれば、招待状など日常茶飯事だった。
「お兄様がいらっしゃれば、安心ですわ」
「……そうか」
その一言に、ルシアンはほんの一瞬だけ動きを止める。
だが、すぐにいつもの穏やかな表情へ戻った。
「楽しみです」
エルナの脳裏へ浮かんだのは、デビュタントの舞踏会で声を掛けてくれた令嬢たちの姿だった。
あの時は挨拶回りで、ほとんど話すことができなかった。
同年代の貴族とゆっくり話す機会など、これまでほとんどない。
どんな方々なのだろう。
期待に胸を弾ませながら、エルナは嬉しそうに微笑んだ。
◇ ◇ ◇
王宮の一角。
大きなガラス窓から春の日差しが降り注ぐサロンには、白いテーブルクロスを掛けた円卓がいくつも並べられていた。
卓上には季節の花々が飾られ、焼き菓子や色とりどりの茶器が、これから始まる語らいを待つように整えられている。
各卓には、王太子妃が先輩として選んだ令息令嬢が一人ずつ席に着き、これから訪れるデビュタント組を迎えることになっていた。
少し早めに到着したルシアンとエルナを出迎えたのは、主催者である王太子妃エリーゼだった。
「辺境伯令嬢、ようこそお越しくださいました。ルシアン公子も」
陽光を受けて輝く金糸のような髪。
新緑を映した瞳は穏やかな笑みを湛えながらも、王太子妃としての揺るぎない気品を宿している。
まるで天上の使いのような美貌に、エルナは思わず息を呑んだ。
「エリーゼ王太子妃殿下におかれましては、ご息災のこととお慶び申し上げます」
ルシアンが優雅に一礼する。
その姿に我へ返ったエルナも慌てて続いた。
「本日はご招待いただき、ありがとうございます」
「どうぞ肩の力を抜いて楽しんでくださいね」
エリーゼは柔らかく微笑むと、それぞれの席へ視線を向けた。
「ルシアン公子は、あちらの令息方のお席へ」
続いてエルナへ視線を移す。
「辺境伯令嬢は、アーヴェル伯爵令嬢のお席へどうぞ。とても博識で、聞き上手な方ですよ」
「ありがとうございます」
エルナが嬉しそうに頷く。
ルシアンは小さく目配せをすると「また後ほど」と穏やかに微笑み、それぞれ別の方向へ歩き出した。
案内役の侍女に続いてサロンを進むと、円卓には参加者の名が記されたメモスタンドが置かれている。
自分の名前を見つけたエルナが足を止めると、席に着いていた一人の令嬢が、ゆっくりと立ち上がった。
「ノルドガルド辺境伯令嬢ですね。私、クレア・アーヴェルと申します」
席を立った令嬢が、穏やかに微笑む。
赤毛はゆるやかな三つ編みにまとめられ、眼鏡の奥では紅茶色の瞳が優しく細められていた。
その穏やかな眼差しは、エルナだけではなく、この場に集う誰もを静かに観察しているようにも見える。
「はじめまして、クレア様。エルナ・ノルドガルドと申しますわ」
互いに一礼を交わすと、クレアは微笑みながらエルナの席を示した。
「どうぞお掛けください。皆様がお揃いになるまで、お話でもいたしましょう」
「ありがとうございます」
向かい合って席へ着くと、侍女が二人の前へ紅茶を注いでいく。
その間に、エルナはクレアの膝の上へ目を留めた。
革張りの小さな手帳と一本のペン。
「私も手帳とペンを持参した方がよろしかったでしょうか」
「いいえ」
クレアはくすりと笑う。
「これは、あくまで私の趣味です」
「そうなのですね……」
エルナは小さく頷いた。
ルシアンが茶会へ手帳を持参している姿は見たことがない。
では、他の方々はどうなのだろう。
気になって周囲を見渡すと、どの卓でも先に到着した先輩令息令嬢たちが、それぞれ穏やかに談笑していた。
その様子を眺めていると、不意にクレアが口を開く。
「気になりますか?」
「え?」
「ルシアン公子様です」
眼鏡の奥の瞳が、そっと細められる。
「ご一緒のお席の方が、よろしかったですか?」
その問いに、エルナはすぐさま首を横へ振った。
「いいえ。ルシアン様は令息方のために王太子妃殿下がお招きになったのです。私がご一緒するわけにはまいりませんわ」
少し考えてから、言葉を続ける。
「それに、ルシアン様と同じお席では、その分、お近づきになれる方が少なくなってしまいますもの」
「……なるほど」
クレアは小さく頷き、眼鏡の位置をそっと直した。
(これはまた、予想以上ですね)
そんな思いは胸の内へしまったまま、穏やかに微笑む。
「後半は自由に席を移ることができます。」
「そうなのですね」
「では、皆様がお揃いになるまでは、同じ卓になる方々をご紹介いたしましょうか」
「ありがとうございます!」
ぱっと花が咲くように笑うエルナを見て、クレアもまた柔らかく笑みを返した。
招待客が揃うと、サロンは静かに落ち着きを取り戻した。
王太子妃エリーゼがゆるやかに立ち上がり、参加者たちへ穏やかな笑みを向ける。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。デビュタントを迎えられた皆様にとって、今日が新たなご縁を結ぶ一日となれば幸いです」
優しい声音がサロンへ心地よく響く。
「各卓には、社交界で活躍されている先輩方へご協力いただきました」
エリーゼは順に視線を巡らせた。
「王女シャルロット殿下。ヴァレリオン公爵家嫡男、ルシアン公子。アイゼンベルク公爵家嫡男、ジークフリート公子。ローゼンベルク侯爵家令嬢、オリヴィア嬢。ーヴェル伯爵家令嬢、クレア嬢」
そのほかにも、侯爵家や伯爵家の令息令嬢たちが、それぞれの卓へ配されている。
いずれも年齢が近く、社交界で信頼を集める者ばかりだった。
「どうぞ肩の力を抜いて、お楽しみください」
エリーゼが席へ戻ると、各卓で和やかな挨拶が始まる。
エルナたちの卓でも、互いに名乗り終えたところで、クレアが静かに口を開いた。
「皆様、少し緊張も解けてきた頃でしょうか。」
穏やかに卓を見渡し、微笑む。
「最初は王都で訪れたお店のお話はいかがでしょう。冬にできた菓子店は、果物をふんだんに使ったお菓子が評判なのですよ」
その一言で、令嬢たちの表情がぱっと華やぐ。
「私、お姉様と一緒に行きましたわ。小さなタルトの中に苺や柑橘がたくさん詰まっていて、とても美味しかったですの」
「まあ、素敵!」
「私も今度ぜひ伺いたいですわ」
「焼き菓子も評判だと聞きました」
エルナもその話には頷いた。
「焼き菓子には、ドライフルーツがたくさん使われておりましたわ」
「召し上がったことがおありなのですか?」
「はい」
にこりと笑う。
ルシアンが届けてくれた菓子のことだろう。
(さすがお兄様ですわ)
きっと今日のような日のために、先に用意してくださっていたのだ。
そんなことを思いながら、エルナも穏やかに話へ加わる。
話題は菓子店から服飾店、書店、宝飾店へと移り、王都で訪れた場所について賑やかな会話が続いていった。
「エルナ様は、どちらのお店がお気に入りでしたの?」
隣に座る令嬢の問いに、エルナは申し訳なさそうに首を横へ振った。
「皆様のように実際に伺ったことがありませんので、残念ながらお答えできませんわ」
「……え?」
「まだ、ヴァレリオン公爵邸しか伺っておりませんの」
「え?」
「……?」
その一言で、卓の空気がぴたりと止まった。
令嬢たちは互いに顔を見合わせ、クレアも静かに眼鏡の奥の瞳を瞬かせる。
王都へ来てから、一度も外出していない。
そんな令嬢は聞いたことがなかった。
皆が言葉を失う中、話を補足した方が良いのだと思ったエルナは、そのまま続ける。
「王都へ参ってからは、公爵夫人が淑女教育の復習をしてくださいましたから」
「毎日ですか?」
「はい」
「では、公爵夫人がお留守の間は?」
「カーテシーやダンスの練習をしたり……」
エルナは楽しそうに続けた。
「ルシアン様が、去年からの『王都広報』と『王都時報』を取っておいてくださっていたので、そちらを読んでおりましたわ」
「王都広報」は王宮が月に二度発行する公的な読み物で、王家の公式行事や法令、人事、外交などを扱う。
一方、「王都時報」は民間の印刷所が週に一度発行し、夜会や舞踏会、新しい劇、商会や工房の話題など、王都の流行を幅広く紹介していた。
「……一年分、ですの?」
クレアが思わず聞き返す。
「はい。最新号を読みながら、去年読めなかった分も順番に読んでおりますので、まだ半分ほどしか読み終えておりませんの」
わからないところは、ルシアンがすぐに教えてくれる。
だから、とても勉強になる。
そう締めくくって微笑むエルナを見て、令嬢たちは再び顔を見合わせた。
「ですが、エルナ様はお菓子も服飾も、とてもよくご存じでしたよね?」
すかさずクレアが尋ねると、エルナは素直に頷いた。
「お菓子もドレスも、ルシアン様がご用意くださったので、知っているだけですわ」
「まあ……」
「公子様が、そのようなことまで……」
思わず感嘆の声が漏れる。
しかし当のエルナは、不思議そうに首を傾げた。
「ルシアン様は昔からお優しいのです」
それが当たり前だと言わんばかりの笑顔だった。
クレアは思わず眼鏡の位置を直す。
(それを『お優しい』の一言で済ませてしまわれるのですね。)
そんなことを考えていると、エルナはさらに続けた。
「ですが、皆様のように実際にお店へ足を運ぶことも、大切なのだと思いましたわ」
その茶色の瞳が、きらりと輝く。
「皆様を見習って、私も今度は直接伺ってみます」
デビュタントでは誰よりも美しい所作を披露し、未来の公爵夫人として申し分ない姿を見せた令嬢。
だからこそ、誰もが落ち着いた大人の女性を想像していた。
けれど実際のエルナは、知らないことを知るたびに素直に驚き、良いと思ったことはすぐに取り入れようとする。
その飾らない姿に、令嬢たちの胸へ芽生えたのは羨望ではなく、「この方、大丈夫かしら……」という、小さな心配だった。
一方、クレアは膝の上の手帳を静かに開き、さらさらとペンを走らせる。
・王都での外出経験ほぼ無し。
・流行は公子経由。
・本人に自覚なし。
一拍置いて、小さく書き足す。
・極めて素直。
インクが乾くのを待ちながら、クレアはそっとエルナを見つめた。
(思っていた以上に、大切に育てられてきた方なのですね。)
◇ ◇ ◇
後半は自由に席を移って歓談を楽しむ時間となった。
クレアが「少し席を外しますね」と微笑んで立ち上がったので、エルナも周囲を見回しながら席を離れる。
誰に話しかけようかと迷っていると、後ろから弾むような声が響いた。
「お久しぶりですわ、エルナ様!!」
振り返ると、そこには王女シャルロットが立っていた。
ゆるやかに波打つ黄金色の髪。
青空を映したような澄んだ青い瞳は、再会の喜びにきらきらと輝いている。
精巧な人形のように整った容姿とは裏腹に、その笑顔は幼い頃と少しも変わっていなかった。
「シャルロット様、お久しぶりです」
互いに挨拶を交わすと、シャルロットは嬉しそうに一歩近づいた。
「エルナ様がデビュタントされる日を、ずっと楽しみにしておりましたの! こうしてまたお話しできて、本当に嬉しいですわ!」
「ありがとうございます。私もシャルロット様のデビュタントのお話は伺っておりました。たいへん華やかだったそうですね」
その言葉に、シャルロットは照れくさそうにはにかむ。
「華やかだったのは周りだけですわ。私は緊張でいっぱいでしたもの」
去年のことを思い返し、小さく笑った。
「前の日には、やっぱりやめたいと駄々をこねてしまって……」
「まあ」
「でも、ジーク様が朝早く王宮まで来てくださったのです。」
その瞬間、シャルロットの頬がふわりと桜色に染まる。
「『シャールなら大丈夫だ』ってお花を贈ってくださって……。その一言だけで、私、頑張ろうって思えましたの」
恋する乙女そのものの表情だった。
「エスコートの時も、ダンスの時も、ずっと手を取ってくださって、『大丈夫』と励ましてくださいましたわ」
思い出すだけで幸せなのだろう。
胸の前で手を組み、自然と笑みがこぼれている。
「ジーク様は、シャルロット様をとても大切になさっているのですね」
「ええ!」
迷いのない返事だった。
「……ですが。」
シャルロットはいたずらっぽく笑うと、今度はエルナを見つめる。
「デビュタントの日のルシアン公子も、とても素敵でしたわ」
王宮や夜会で見かける、公爵家嫡男としての完璧な姿とは違う。
エルナへ向ける眼差しは、誰が見ても優しかった。
その姿を見ていた兄は、隣で肩を震わせながら笑いを堪えていたほどだ。
シャルロットは少し身を乗り出す。
「エルナ様は、そう思いませんでした?」
その問いに、エルナは嬉しそうに何度も頷いた。
「はい。とっても素敵でした」
シャルロットの瞳がぱっと輝く。
「やっぱり!」
「皆様に人気のお方なのだと、改めてよく分かりましたわ」
「……え?」
「立ち居振る舞いも、気遣いも、本当にさすがはルシアン様です」
尊敬の念を込めて語るエルナに、シャルロットの笑顔がぴたりと止まる。
「そう……ですわね」
「はい」
にこにこと笑うエルナ。
一方のシャルロットは、小さく首を傾げていた。
(……おかしいですわ)
何かが噛み合っていない。
恋する人の話をしていたはずなのに、返ってくる言葉はどこか違う。
そんな違和感を覚えた、その時だった。
「楽しそうなお話ですこと」
穏やかな声とともに、一人の令嬢を伴ったエリーゼが歩み寄ってくる。
「お義姉様! オリヴィア様も!」
シャルロットはぱっと表情を明るくすると、二人のもとへ駆け寄った。
そして背伸びをするようにエリーゼへ耳を寄せ、小声で何かを囁く。
それを聞いたエリーゼは、穏やかに目を細めた。
隣ではオリヴィアが、ほんのわずかに眉を寄せる。
「辺境伯令嬢」
エリーゼが柔らかく微笑んだ。
「こちらはローゼンベルク侯爵家の令嬢、オリヴィア様ですわ」
「はじめまして、エルナ様」
優雅に一礼したオリヴィアへ、エルナも裾を摘み、一礼を返す。
「はじめまして、オリヴィア様」
艶やかなブルネットの髪が、窓から差し込む陽光を受けて静かに揺れる。
夜空を思わせる深い蒼の瞳には、揺るぎない自信と洗練が宿っていた。
その場に立つだけで空気が引き締まり、まるで舞台の中央へ一輪の花が現れたような存在感がある。
落ち着いた、少し低めの声音が静かに響いた。
「クレア様から伺いましたわ。王都へいらしてから、公爵邸でたいへん熱心に学ばれているそうですね」
探るようでもなく、褒めるようでもない。
ただ事実を確かめるような問いかけだった。
その眼差しと声に、エルナは思わず背筋を伸ばす。
(……どのようなお話をなさる方なのでしょう)
自然と視線はオリヴィアへ向けられていた。
「エルナ様は、もし自由に外出できるとしたら、何をなさいますの?」
オリヴィアの問いに、エルナは先ほど令嬢たちと交わした会話を思い出しながら微笑んだ。
「皆様のように、お菓子屋さんや本屋さんへ行って、仕立て屋さんものぞいてみたいですわ。可愛いリボンのお店にも伺ってみたいです」
「……公子様と?」
一瞬だけ、オリヴィアの瞳が鋭く細められる。
だがエルナは、その変化に気づくことなく首を横へ振った。
「いいえ。ルシアン様はお忙しいですもの。一人で参りますわ」
「……そう」
「辺境伯領よりも立派で素敵なお店ばかりなのでしょうけれど、侍女もおりますから大丈夫ですわ」
迷いのない笑顔だった。
オリヴィアは何も言わず、静かにエリーゼへ視線を向ける。
その一瞬で、互いの考えは一致した。
「エルナ様、それでは――」
シャルロットが思わず一歩踏み出す。
しかし、その肩へそっとエリーゼの手が添えられた。
「シャール」
穏やかな声だった。
けれど、その一言だけで、シャルロットはぴたりと足を止める。
「はい、お義姉様」
「本日は、今年デビュタントを迎えられた皆様のためのお茶会です」
エリーゼは優しく微笑みながら、ゆっくりと続けた。
「辺境伯令嬢とは、また日を改めて、ゆっくりお話しいたしましょう」
その声音は柔らかい。
だが、それは提案ではなく、王太子妃としての決定だった。
シャルロットはぱっと表情を明るくする。
「はい!」
「エルナ様、また近いうちにお会いしましょうね!」
オリヴィアも静かに一礼した。
「私も、その時を楽しみにしております」
天使のような気品を纏う王太子妃エリーゼ。
舞台の中央に立つだけで周囲を圧倒する侯爵令嬢オリヴィア。
そして、感情を隠さず微笑む王女シャルロット。
三人の視線が、一斉に自分へ向けられている。
「……は、はい」
エルナは思わず背筋を伸ばした。
にこやかな笑顔のはずなのに、なぜだろう。
祖父と山へ入った時に感じた、あの妙な胸騒ぎとよく似ている。
(……こういう時は)
祖父の言葉が脳裏をよぎる。
「罠は、外れる瞬間を待つか、隙を見つけて逃げろ」
(お祖父様……)
果たして、この三人は逃がしてくれるのだろうか。
そっと助けを求めるように視線を巡らせる。
少し離れた令息たちの輪の中では、ルシアンが静かにこちらを見つめていた。
その表情はいつもと変わらず穏やかだったが、長年彼を知る者なら分かる。
(……目をつけられたな)
間に入る理由がない。
いや、入れば余計に話が大きくなる。
ルシアンは小さく息を吐き、静かに視線を逸らした。
その少し離れた場所では、令嬢たちとの談笑を終えたクレアが、手帳を閉じながら一連の様子を見守っていた。
エリーゼ。オリヴィア。ルシアン。そして、きょとんと首を傾げるエルナ。
四人の表情を順に見比べると、クレアは小さく微笑む。
(……また近いうちに、お会いできそうですね)
春の陽射しが差し込む王宮のサロンで、新たな縁は静かに動き始めていた。




