王都編1-21 認識
王都での出会いに別れを惜しむのは、貴族たちだけではなかった。
エリーゼの庭園に招かれたエルナは、エリーゼ、シャルロット、オリヴィア、クレアとともに、今シーズン最後の茶会を楽しんでいた。
「今年はエルナ様のデビュタントで、社交界がずいぶん賑やかになりましたわ」
「そうでしょうか……?」
エルナが首を傾げると、オリヴィアがくすりと笑って頷いた。
「エルナ様がいらっしゃると、話題に事欠きませんでしたからね」
「同意見です」
クレアも手帳を眺めながら頷く。
ハルトマン伯爵家の茶会の一件以来、特に話題になるようなことをした覚えのないエルナは、いまだに首を傾げている。
その様子を見たエリーゼが、微笑ましそうに口元を緩めた。
「シャールの時は、賑やかすぎて収拾が大変でしたから」
「もう! お義姉様!?」
「まあ、シャルロット殿下ったら」
「エルナ様まで!」
皆でひとしきり笑い合う。
やがてエリーゼが、改めてエルナへ尋ねた。
「初めての社交界は、いかがでしたか?」
「皆様がたくさん支えてくださったおかげで、とても楽しかったですわ」
家族やルシアン、公爵夫人。
そして、この場に集まった四人からも、多くのことを学んだ。
エルナは感謝を込めて、深々と頭を下げる。
「本当に、ありがとうございました」
「こちらこそ、エルナ様と過ごせて楽しかったですわ」
シャルロットが笑い、オリヴィアとクレアも頷いた。
エリーゼも目を細める。
「公子も、さぞお喜びでしょうね」
「はい!」
エルナは嬉しそうに顔を上げた。
「婚約者として、お認めいただけましたわ」
「…………」
ぴたり、と。
それまで賑やかだった庭園に、妙な静寂が落ちた。
エリーゼが瞬きをする。
オリヴィアも、クレアも。
シャルロットまで、揃ってエルナを見つめている。
「……?」
なぜ皆、そんな顔をしているのだろう。
エルナは不思議そうに四人を見回した。
「どうかなさいましたか?」
誰も答えない。
四人の頭の中に、まったく同じ疑問が浮かんでいた。
――それは、今季の成果として報告することなのだろうか。
「……それは、どういうことかしら?」
初めに我を取り戻したのは、エリーゼだった。
その問いに、エルナは自分が言葉足らずだったことに気づく。
「あら、申し訳ありません。私、ずっとルシアン様のことを『お兄様』と呼んでおりましたでしょう?」
「ええ」
四人が揃って頷く。
あの時も、今と同じような空気だった気がする。
エルナは少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「皆様にご指摘いただいて、私も気づいたのです。いつまでも『お兄様』とお呼びしていては、真の意味でルシアン様の婚約者にはなれないのではないか、と」
「……と、言いますと?」
エリーゼが促す。
エルナは真剣な表情で続けた。
「ルシアン様は、私が『お兄様』と呼ぶことに反対されたことはありませんでした。それはきっと、私がまだ未熟で、妹のような存在だと思っていらっしゃったからなのでしょう」
もう子どもではないと、何度ルシアンへ言ったことか。
けれど、自分がそう思っているだけでは足りない。
婚約者として相応しい自分にならなければならない。
そう、エルナは考えた。
「そこで私は、『ルシアン様』とお呼びさせていただくことを決めました。そして同時に、そうお呼びするに相応しい婚約者になろうと決意したのです」
その言葉に、四人は黙ってエルナを見つめている。
勇気を出して自ら社交界へ飛び込んだ。
行くべきだと思った方向へ進み、時には失敗もした。
けれど、そのたびに新しいことを学ぶことができた。
「そうして、少しずつ自分でできることが増えていきました」
エルナは嬉しそうに笑う。
「そして先日の舞踏会で、ルシアン様が私を婚約者としてお認めくださったのです」
沈黙。
どう反応していいのか分からず、シャルロットはとりあえず、小さく拍手をしてみた。
ぱち、ぱち。
「……おめでとうございます?」
「ありがとうございます!」
満面の笑みで返される。
シャルロットはそっと手を下ろした。
エリーゼ、オリヴィア、クレアと顔を見合わせる。
四人とも、同じことを考えていた。
――どうやら、話を聞く前から、何か大きく食い違っていたらしい。
エルナだけが、何の疑問も抱かずに微笑んでいる。
彼女にとっては、「お兄様」から「ルシアン様」へ。
それこそが、婚約者として一歩進んだ証だったのだ。
呼び方が変われば、必然的に二人の関係も進んでいくのだと思っていた。
エルナと共にいる時のルシアンは、『薄氷の貴公子』という二つ名が嘘のように、温かな表情を見せる。
先日の王宮の舞踏会でも、息の合ったダンスを披露していた。誰がどう見ても、仲睦まじい婚約者同士である。
けれど――。
どうやら、自分たちが思っていた以上に、エルナはルシアンを『婚約者』としてしか見ていないらしい。
「ちなみに、エルナ様は公子様をどのように思っておりますか?」
クレアが慎重に尋ねる。
「ルシアン様は、素晴らしい方ですわ」
エルナは、迷うことなく笑みを浮かべた。
「利益の問題をあっさり解決されたり、ほんのひと言で私を助けてくださったり。いつもたくさんの方に囲まれて、お一人お一人と丁寧にお話をされているのに、私のこともよく見てくださっておりますわ」
「……エルナ様ですからね」
クレアは、ぽつりと呟いた。
「私も、ルシアン様に恥じないよう、これからも精進させていただきますわ」
「………」
四人の間に、沈黙が落ちる。
想像以上に重症だった。
社交シーズンは、もう終わってしまった。
これ以上の進展は、当分見込めない。
――いったい自分たちは、何を見せられていたのだろう。
四人は、無言のまま顔を見合わせた。
そんな四人を見て、エルナは不思議そうに首を傾げるのだった。




