王都編1-19 辺境伯令嬢茶会
きっかけは、シャルロットの純真なひと言だった。
「今度、エルナ様のお茶会にお呼ばれしたいですわ!!」
「私のお茶会……ですか?」
「はい!!」
いつものように庭園で会話を楽しんでいたエリーゼ、オリヴィア、クレアは、また始まった、と顔を見合わせた。
つい先ほどまでアイゼンベルク公爵家での夜会について話していたはずなのに、いつの間にかシャルロットの心は、友人の家へ遊びに行きたいという気持ちでいっぱいになっているらしい。
きょとんと首を傾げるエルナに、シャルロットが両手を合わせる。
「私、ノルドガルド辺境伯家へ伺ったことがありませんもの。どんなところなのか、とても興味がありますわ!」
「王宮と比べると、かなり地味ですよ?」
「見たいですわ!!」
きらりと輝くシャルロットの瞳に、エルナは圧倒された。
「ええと……」
何か言おうとするエルナより先に、シャルロットが続ける。
「それに、エルナ様のお屋敷ですもの! きっと素敵ですわ!」
「でも……私、お茶会を主催したことがないのですが……」
「今のエルナ様でしたら、ご自分でお客様をお迎えすることもできますでしょう?」
「そうなのでしょうか?」
「ええ、もちろんですわ!」
迷いなく頷くシャルロットに、エルナは戸惑うように視線を泳がせた。
いつかは自分で主催しなければと思っていた。
けれど、自分にできるのだろうか。
そんなエルナの様子を見て、エリーゼがカップを置いて穏やかに頷いた。
「予定が合えば、私もぜひ伺いたいですわ」
「エルナ様がお招きくださるのでしたら、喜んで伺いますわ」
楽しそう、と言わんばかりに、オリヴィアの蒼い瞳が輝く。
「私も楽しみにしております」
クレアも穏やかな笑みを浮かべた。
「皆様……」
エルナが四人を見渡す。
すると、シャルロットがぱっと顔を輝かせた。
「では、決まりですわ!!」
「えっ?」
「エルナ様のお茶会ですわ! 楽しみですわね!」
「いえ、あの……まだ私、主催すると申し上げて――」
「まあ、では早速どんなお菓子にするか考えなくてはいけませんわね!」
「シャルロット様!?」
シャルロットの中では、どうやらすでに話が先へ進んでいるらしい。
エリーゼ、オリヴィア、クレアは顔を見合わせ、くすりと笑った。
はしゃぐシャルロットを前に、エルナは困惑しながらも、次第に胸の奥が温かくなっていくのを感じていた。
自分の家に、皆を招く。皆でお茶を飲んで、ゆっくり話をする。
そう考えると、少しずつ楽しみな気持ちが湧いてくる。
そして――その期待に応えたいと思った。
「私……皆様にご満足いただけるよう、頑張りますわ」
エルナがしっかりと頷くと、シャルロットが嬉しそうに笑う。
その隣で、三人もまた楽しみだと微笑んだ。
◇ ◇ ◇
辺境伯邸へ帰ったエルナは、さっそく母に相談した。
「お母様。私、今度お茶会を開いてみたいのです」
「あらあら、楽しそうねぇ」
辺境伯夫人は目を細めると、嬉しそうに微笑んだ。
「もちろん、いいわよ。せっかく仲良くなったお友達ですもの。ぜひお屋敷へお招きなさいな」
二つ返事で許可をもらい、エルナはほっと胸を撫で下ろす。
次に相談したのは、ルシアンだった。
「茶会を?」
「はい。初めてなので、あまり大きなものにはせず、親しくしていただいている方々をお招きしようと思っています」
「そうか」
ルシアンは頷き、穏やかな笑みを浮かべた。
「エルナなら、きっと大丈夫だ」
「……本当でしょうか?」
「ああ。これまでいくつもの茶会や夜会に出てきただろう。今度は、自分が招く側になるだけだ」
そう言われると、少しだけ自信が湧いてくる。
もっとも、実際に準備を始めてみれば、招く側には考えることが多いとすぐに気づくことになった。
招待する相手を決め、席次を考える。
招待状の文面を整え、当日の進行を組み立てる。
用意する菓子や茶の種類を選び、それぞれの数や提供する順番まで書き出していく。
エルナが作ったリストを、公爵夫人が一つひとつ確認していった。
「こちらの方とこちらの方は、同じ席でもよいでしょう。ただ、関わり合いが少ないと思いますから、最初に話題を振って差し上げるとよいかもしれませんね」
「なるほど……」
「それから、お茶はこの組み合わせですと少し香りが強すぎます。こちらを一つ加えておくと、好みに合わせて選んでいただけますわ」
「はい!」
公爵夫人の助言を聞きながら、エルナは手帳へ次々と書き込んでいく。
招待客のことを考えれば考えるほど、準備することは増えていった。
一方、辺境伯邸での会場準備については、辺境伯夫人が引き受けてくれた。
「お客様がお座りになる場所はこちらでよろしいかしら?」
「はい。こちらに四つほど……」
「では、テーブルの間隔は少し広めにしておきましょう。エルナが皆様のところへ行きやすいようにね」
「……私が、ですか?」
「あら。主催者なのだから、皆様のところへご挨拶するでしょう?」
「そう、でした……!」
エルナは慌てて手帳へ書き加える。
そうして二人の夫人に助言をもらいながら、エルナは少しずつ準備を整えていった。
そんなある日のこと。
「これを試してみるといい」
「まあ……?」
ルシアンが持ってきたのは、王都でも評判の菓子店から取り寄せた菓子だった。
「茶会で出す菓子の候補にするといい。実際に食べてみたほうが選びやすいだろう」
「ありがとうございます、ルシアン様!」
エルナは嬉しそうに菓子を受け取った。
「以前、辺境伯家の夜会のときにも差し入れをくださいましたよね」
「今回も頑張っているようだからな」
それだけ言って、ルシアンは微笑む。
エルナが知らないところで、ルシアンは菓子だけでなく、茶会当日の動線や給仕についても使用人に確認を取っていた。
けれど、主催するのはエルナ自身だ。
必要以上に口を出すことはせず、尋ねられれば助言し、あとは静かに彼女の準備を見守っていた。
「どうだ?」
「はい! とても美味しいですわ。こちらなら皆様にも喜んでいただけそうです!」
そう言って笑うエルナを見つめながら、ルシアンもまた満足そうに頷いた。
母からは会場について、公爵夫人からは社交について、そしてルシアンからはささやかな応援をもらいながら。
エルナは一つひとつ、自分の手で初めての茶会を形にしていった。
そして――ついに、茶会当日を迎えることとなった。
◇ ◇ ◇
ノルドガルド辺境伯邸は、質実剛健な佇まいの屋敷である。
けれど今日は、エントランスに赤や橙、白の花々が飾られ、訪れる客人を明るく出迎えていた。
茶会が開かれる一室には柔らかな日差しが差し込み、四つのテーブルには、それぞれ赤、黄、橙、桃色の花々が生けられている。その間には白や水色の小さな花が添えられ、色とりどりの花が卓上を彩っていた。
テーブルクロスとティーセットは同じ種類のもので揃えられているものの、卓ごとに花の色に合わせて少しずつ色合いが変えられている。
三段スタンドには、一目で甘いものと分かる焼き菓子や小さなケーキと、果物を使ったさっぱりとした菓子が並んでいた。
紅茶は香りの強さが異なる三種類から選べるようになっている。
華やかで、少しだけ遊び心がある。
けれど、どこかほっとするような安心感もある。
初めて茶会を主催するエルナが、招いた客人たちに楽しんでもらいたいと考え、母や公爵夫人の助言を受けながら選んだものだった。
そんな会場で、エリーゼ、シャルロット、オリヴィア、クレアが同じ卓を囲んでいる。
その卓だけは、いつもの庭園での茶会と変わらない。
けれど、それ以外の卓では、招待された令嬢たちが皆、どこか畏まった様子で席についていた。
王太子妃と王女、そして社交界の華として名高い侯爵令嬢が、同じ茶会に集まっている。
しかも、ここは王宮でも侯爵家でもない。
自分たちと同じように招かれた令嬢の家なのだ。
何故、自分がこの場にいるのか。
そんな戸惑いを隠せないまま、令嬢たちはそれぞれの席で姿勢を正していた。
「やはり私たちがいると、皆様畏まってしまいますわね」
エリーゼが小さく呟くと、クレアがそれに応えた。
「エルナ様が殿下と繋がりがあることは、皆様ご存じでしょうが……まさか今日、この場にいらっしゃるとは思わなかったのでしょう」
招待状には、まもなく社交シーズンも終わってしまうため、少人数で気軽に今季の出会いに感謝しながら語らいたい、と記されていた。
「招待された令嬢方を見る限り、ただエルナ嬢がご自身でお呼びしたい方を招いたようにしか見えませんわね」
オリヴィアが室内を見渡す。
四つの卓には、それぞれ異なる顔ぶれが揃っていた。
ヴィオラは会話の弾みやすい令嬢たちと、ミレイユは日頃から控えめな令嬢たちと、そしてアデルはアイゼンベルク公爵家の夜会で意気投合したのであろう武家の令嬢たちと卓を囲んでいる。
派閥や爵位ではなく、それぞれの趣味や性格を考えて席を決めたのだろう。
「エルナ様らしいですわ」
シャルロットが、にこにこと微笑んだ。
けれど、三つの卓では、令嬢たちがなかなか会話を始められずにいた。
視線の先にあるのは、エリーゼ、シャルロット、オリヴィア、クレアが囲む卓。
王太子妃殿下と王女殿下、そして社交界で名の知れた侯爵令嬢が、同じ茶会に揃っている。
どこまで気軽に話してよいのか分からず、皆、行儀よく席に座ったままだった。
当の四人も、それに気づいてはいた。
「……少し静かすぎますわね」
エリーゼが周囲を見渡す。
「皆様、エルナ様をお待ちしているのでしょう」
クレアが答える。
「まあ、そうでしょうね」
オリヴィアが頷いた。
四人の卓から聞こえる声も、普段の庭園での茶会よりずっと小さい。
そんな中、ようやく扉が開いた。
最後の令嬢を伴って、エルナが姿を見せる。
「まあ、皆様、お待ちくださっていたのですか!?」
エルナは少し驚いたように目を瞬かせた。
「先にお話しいただいて、よかったのですよ」
周囲を見渡すエルナの瞳に、困った様子はない。
ただ、初めてノルドガルド辺境伯邸を訪れる方もいるのだろうし、自分が初めて主催する着席の茶会なのだから、皆、少し緊張しているのだろうと思っただけだった。
「皆様、どうぞお掛けくださいませ」
エルナは最後の令嬢を席へ案内すると、自分もいつものようにシャルロットとクレアの間へ腰を下ろした。
やがて、それぞれが希望した紅茶が淹れられる。
エルナは目の前のカップに一度視線を落とし、それから顔を上げた。
「それでは、皆様」
椅子から立ち上がると、エルナは室内にいる令嬢たちを見渡して、にっこりと微笑んだ。
「本日は、私のお茶会へお越しくださってありがとうございます」
「もうすぐ社交シーズンも終わってしまいますけれど、今季はたくさんの素敵な方々とお知り合いになることができました」
エルナは少し照れたように笑う。
「今日は難しいことは何も考えず、皆様で楽しくお話ができればと思っております」
そして、明るく言葉を続けた。
「どうぞお気楽になさってくださいませ。せっかくこうしてお集まりいただいたのですもの。今日は皆様と、たくさんお話ししたいですわ」
挨拶を終えると、エルナは席につかず、エリーゼへ微笑みかけた。
「殿下は以前、葡萄のクリームがお気に召したと仰っておりましたでしょう。こちらの葡萄クリームのサンドイッチ、ぜひ召し上がってみてください」
「あら、覚えてくださっていたのですね」
「皆様のお好きそうなものを、揃えさせていただきましたわ」
サーブのために控えていた使用人もいるというのに、エルナは気にする様子もなく、自らエリーゼの皿へ葡萄クリームのサンドイッチを取り分けた。
「私は桃のタルトが食べたいですわ!」
シャルロットがすかさず声を上げる。
「そう仰ると思いましたわ」
エルナはくすりと笑い、桃のタルトを取り分ける。
続いてオリヴィアにはマカロンを、クレアにはナッツのクッキーを。
「こちらもどうぞ」
「まあ、嬉しいですわ」
「ありがとうございます」
四人がそれぞれ好みの菓子を手に取り、和やかに言葉を交わし始める。
その様子を見ていたヴィオラ、ミレイユ、アデルは、それぞれの卓越しに顔を見合わせた。
(殿下方に、あんなことを……!?)
(エルナ様ですから……?)
(私たちも……良いのですよね?)
ほんの少しだけ、張りつめていた空気が和らぐ。
やがて、それぞれの卓で用意された菓子や紅茶へ手が伸び始めた。
すると、どこかの卓から小さな声が上がった。
「葡萄クリームのサンドイッチ、珍しいですわね」
少し離れた場所にいたエルナが、すぐにこちらを振り向く。
「これだけは、我が家の料理長に作っていただきましたの。たくさん召し上がってくださると、料理長が喜びますわ」
屈託のないエルナの声が、明るく室内へ響く。
それをきっかけに、別の卓からも声が上がった。
「まあ、それではぜひいただいてみたいですわ」
「私もいただいてみます」
「こちらの紅茶は、どんなお茶なのかしら?」
エルナは嬉しそうに振り向きながら、一つひとつの声に答えていく。
いつの間にか、先ほどまでの畏まった空気はどこかへ消えていた。
四つの卓で、それぞれに会話が始まる。
そうして、エルナが初めて主催した茶会は、少しずつ和やかな時間へと変わっていった。
つつがなく茶会の時間が過ぎていく。
中盤を迎える頃には、どの卓でもすっかり令嬢たちが打ち解け、それぞれの会話に花を咲かせていた。
エルナは一つの卓に長く留まることなく、順番に顔を出しては、皆の話に耳を傾けていた。
そうしてミレイユの卓へ挨拶に立ち寄ったとき、その胸元に結ばれたリボンへ目を留める。
ヴィオラの茶会でも身につけていた、淡い菫色のリボン。
そこには橙色の糸で、四角い刺繍が施されている。
「まあ、ミレイユ様は本当にそのリボンがお好きでいらっしゃるのね」
「ええ。大切な友人からの贈り物なので」
そう答えたミレイユは、少しだけ頬を染め、はにかむようにオリヴィアへ視線を向けた。
エルナはその視線を追い、今度はヴィオラを見る。
ヴィオラの胸元にも、リボンが結ばれていた。
淡い橙色に、菫色の糸で丸い刺繍が施された、少し年季の入ったリボン。
「まあ、ヴィオラ様のリボンも素敵ですわね。お二人ともリボンがお好きなのですね」
屈託のない笑みを浮かべるエルナに、ミレイユとヴィオラが顔を見合わせる。
その意味を、エルナだけが理解していない。
「エルナ様」
少し離れた卓から、クレアが静かに声をかけた。
「はい?」
「……あの二人を、ただのリボン好きでまとめてはなりません」
「え?」
きょとんとするエルナの横で、オリヴィアがとうとう堪えきれず、くすりと笑いを漏らした。
エリーゼも口元に手を添え、笑みを隠そうとする。
一方、シャルロットだけは二人のリボンを見比べながら、首を傾げていた。
クレアの言葉を聞いたエルナは、一拍ほど考えるように瞬きをした。
そして、何かに気づいたようにぱっと顔を上げる。
「ヴィオラ様には、オリヴィア様ですね!!」
「……は?」
あまりにも迷いのない声に、オリヴィアが間の抜けた声を漏らした。
けれどエルナは気にする様子もない。
「こちらへいらしてくださいな」
「ちょっと、お待ちになって――」
使用人へ指示を出すと、すぐにそれぞれの卓へ追加の椅子が運ばれていく。
わけが分からないまま、オリヴィアはエルナに手を取られた。
「オリヴィア様、ヴィオラ様がお好きそうなお話を、たくさんご存じでしょう?」
「ええ、まあ……」
「では、ぜひお願いしますわ」
にこりと笑うエルナに手を引かれ、オリヴィアはそのままヴィオラの卓へ連れて行かれる。
「……新しく、小物に刺繍を入れてくれるお店ができたのはご存じかしら?」
オリヴィアが話し始めると、ヴィオラの表情がぱっと明るくなった。
「まあ、そうなのですか? 私、最近そのようなお店へ行けていなくて……」
「でしたら、今度訪れてみてはいかがです?」
「ぜひ!」
二人の会話が弾み始めたのを確認すると、エルナは満足そうに頷いた。
そして、次の卓へ向き直る。
「ミレイユ様、レースを編み始めたと仰っておりましたよね」
「はい……」
「エリーゼ殿下は、とても器用なんですよ」
「……え?」
ミレイユが目を丸くする。
エリーゼも一瞬だけ目を見開いた。
けれど、すぐにすべてを察したように微笑むと、静かに立ち上がる。
「まあ。では、少しお話をいたしましょうか」
「えっ……」
新しく設けられた椅子へエリーゼが腰を下ろす。
すぐ隣に王太子妃がいる。
その事実に、ミレイユの頭が真っ白になった。
「今は、どのような物を編んでいらっしゃるのかしら?」
「あの……ええと……今は、ですね……」
柔らかなエリーゼの声に促されるように、ミレイユはおずおずと口を開く。
最初は途切れ途切れだった言葉も、エリーゼが時折頷きながら耳を傾けてくれるうちに、少しずつ増えていった。
その様子を見届けたエルナは、今度は勢いよく立ち上がった人物へ目を向ける。
「私はどのようなお話をすればよろしいのかしら!?」
シャルロットだった。
すでに自分の出番を待っていたらしい。
「シャルロット殿下には、近衛や王国騎士団、アイゼンベルク家の騎士様のお話をお願いしたいですわ」
「もちろんですわ!!」
シャルロットの顔がぱっと輝く。
「皆様、どのような騎士様がお好きかしら?」
「剣の腕が立つ方が気になります」
「私は、逞しい方が……」
「部下を大切にされる方が素敵だと思いますわ……」
恐る恐る返された言葉に、シャルロットは嬉しそうに何度も頷いた。
「まあ! 皆様が気になりそうな騎士様、おりますわ!!」
「私もお聞きしたいです」
いつの間にかエルナまで隣に座っている。
シャルロットが楽しそうに騎士の話を始めると、アデルたちも少しずつ身を乗り出していった。
その一連の光景を、少し離れた場所から見つめていたクレアは、口元を扇で隠した。
――主催者によって、社交界の頂点にいる方々が次々と席を移動させられている。
しかも、本人はいたって真面目である。
オリヴィアは流行の話題を求められ。
エリーゼはレース編みの講師にされ。
シャルロットに至っては、とうとう自分から「次は私ですね」とばかりに立ち上がった。
クレアの肩が、ほんのわずかに震える。
笑ってはいけない。
ここで笑えば、さすがに失礼だ。
けれど。
クレアはとうとう耐えきれず、手帳へ視線を落とした。
さらさらとペンを走らせながら、必死に笑いを堪える。
――今日もまた、興味深い記録が増えそうだ。
エリーゼたちがすっかり打ち解け、和やかに話している様子を見届けると、エルナはクレアの残る卓へ戻ってきた。
「クレア様は、どちらの卓がお好みですか?」
「私にとっては、このままの方が都合が良いとご存じでしょう?」
「そうですわね」
クレアの答えに、エルナは素直に頷く。
そして、そのままクレアの隣へ腰を下ろした。
もはや、茶会が始まったばかりの頃の緊張感はどこにもない。
それぞれの卓で、令嬢たちは楽しそうに言葉を交わしている。
王太子妃も、王女も、オリヴィアも。
身分も家格も忘れたかのように、ただ友人同士のように笑い合っている。
「皆様に楽しんでいただけたようで、何よりですわ」
ほっとしたように微笑むエルナを、クレアはしばらく眺めた。
「あなたのお茶会だからですよ……」
「そうなのですか?」
「ええ」
エルナは少し目を丸くしたものの、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
「それなら、よかったですわ」
そう言って、紅茶を一口飲む。
その横顔を眺めながら、クレアは目を細めた。
(ご自身がなにをされたのか、全く自覚がございませんね)
人を惹きつけようとしているわけでもない。
自分が目立とうとしているわけでもない。
ただ、皆が楽しく過ごせるようにと考えて、相手の好きなものを思い出し、話の合いそうな人を隣へ座らせただけ。
その結果が、今の光景だった。
王族と令嬢たちが、これほど自然に笑い合っている。
派閥も家格も関係なく、誰もが自分の好きな話をしている。
そして、その中心にいるはずのエルナは――
「皆様、楽しそうですわね」
嬉しそうに笑いながら、ただその様子を眺めている。
まるで、それが自分の手柄だとは思っていない顔だった。
クレアは小さく息を吐き、手帳へ視線を落とす。
今日の茶会で、エルナ自身は何を得たのだろう。
きっと、友人が増えたことを喜んでいるだけだ。
けれど。
この茶会をきっかけに、彼女へ向けられる視線は、きっと少しずつ変わっていく。
「エルナ様のお茶会なら、行ってみたい」
そう思う令嬢が、これから増えていくことだろう。
そんなことなど何も知らず、エルナは紅茶を飲みながら、にこにこと皆の笑顔を眺めていた。
その姿を見つめ、クレアはもう一度だけ、目を細めた。
(――本当に、面白い方ですね)




