王都編1-15 若手貴族茶会
王宮の一角では、若手貴族たちを集めたエリーゼ主催の交流会が開かれていた。
庭園へ通じる扉が開け放たれた室内には、青葉を揺らす風が心地よく吹き込んでいる。
室内の卓で落ち着いて話すもよし、庭園へ出て立ち話に興じるもよし。堅苦しい席次は設けられず、思い思いに交流を楽しめる自由な形式の茶会だった。
昼食を挟むこともあり、壁際には軽食や菓子、飲み物が用意されている。
今日はシャルロット、オリヴィア、クレア、レオンハルト、ジークの姿も見え、エルナもルシアンとともに出席していた。
「こちらの庭園は初めてなので、少し見てみたいですわ」
「では、行こうか」
交流会の時間はたっぷりある。少しくらい庭園を眺めても問題はないだろう。
そう思い、エルナはルシアンとともに庭園へ出た。
庭園では、すでに数組の若者たちがあちらこちらに集まり、談笑している。
「王宮の庭園は、どこも手入れが行き届いていて素晴らしいですわ」
花壇へ目を向けるエルナだったが、ふと、話しかけたそうにこちらを見つめている令息や令嬢たちに気づいた。
エルナがにこりと微笑んで頷くと、遠慮がちだった彼らが、少しずつこちらへ歩み寄ってくる。
「私はもう少し奥を見に行ってまいりますわ」
「あまり遠くへは行くなよ」
「もちろんですわ」
エルナがルシアンから離れると、入れ替わるように令息や令嬢たちがルシアンへ話しかけ始めた。
夜会では当主と話すことに時間を費やすことも多い。こうした機会に、次期公爵であるルシアンとゆっくり話したいと思う者も多いのだろう。
気づけば、ルシアンはあっという間に数名に囲まれていた。
(さすがはルシアン様。人気者ですわ……)
エルナは微笑ましくその様子を眺め、それから自分はどうしようかと周囲を見渡した。
同じように一人でいる令嬢にでも声をかけようか。
そう考えていたところ、ふと見覚えのある姿が目に入った。
ミレイユだった。
(ミレイユ様は……先日のことがあるので、私から声をかけないほうがよろしいですよね?)
エルナは足を止めた。
エリーゼに教えられたばかりのことを思い出す。
今回は、どうするべきだろう。
他の令嬢に話しかけようと、エルナが視線を移した。
そのとき――隣から声を掛けられた。
「まあ、エルナ様、お一人ですの?」
「はい……」
声の方を向くと、エルナよりも先に社交界へ出ていた令嬢が三人立っていた。
何度か夜会でルシアンに話しかける姿を見たことがあるが、エルナとはこれまであまり関わりのない令嬢たちだ。
「先日のハルトマン伯爵家のお茶会のお話、伺いましたわ」
「……はい」
今日まで、茶会や夜会でその話題に触れられることはなかった。
エルナは少しだけ身構える。
「セドナ伯爵令嬢のお席を、エルナ様が用意されたとか」
「ええ。ミレイユ様とお話ししたかったものですから」
「まあ。随分とお優しいのですね」
にこやかな言葉とは裏腹に、令嬢の瞳には探るような色が浮かんでいた。
「ですが……少々、驚きましたわ」
「何がでしょう?」
「伯爵家同士の事情に、あそこまで踏み込まれるなんて」
「……」
エルナは一瞬だけ言葉を探した。
以前なら、「困っている方がいたのですから」と即答していただろう。
けれど、今は違う。
「……そうですわね。少し考えが足りなかったのだと思います」
「あら。ご自覚がおありなのですね」
「はい。エリーゼ殿下にも教えていただきましたわ」
素直に頷くエルナに、令嬢はわずかに目を見開いた。
「それでしたら、これからはお気をつけになったほうがよろしいですわね」
「そういたします」
いつか誰かに蒸し返されるだろうと思っていたエルナは、大人しく相手の言葉に同意した。
せっかくエリーゼが用意してくれた場を、乱したくはない。
「公子様の婚約者ともなれば、なおさらでしょう?」
「……はい」
「ヴァレリオン公爵家ともなれば、これから多くの家と関わることになりますもの。ひとつの家を助けたつもりが、別の家との関係を悪くするようなことになれば……」
「それは困りますわね」
エルナは素直に頷く。
「ルシアン様にご迷惑をおかけしたくありませんもの」
伯爵家で正論を押し切ったエルナのしおらしい姿に、令嬢たちは顔を見合わせた。
「でしたら、今後はもう少し慎重になられたほうが――」
「はい。気をつけますわ」
あまりにも素直に受け止めるので、令嬢たちは逆に言葉を続けにくくなる。
だが、一人が意を決したように口を開いた。
「……エルナ様は、公子様の婚約者として、これからもそのようなことに関わっていかれるおつもりですの?」
「そのようなこと、とは?」
「ご自身で手を差し伸べることですわ」
「……どうでしょう」
エルナは少し考えた。
「それは、そのときになってみなければ分かりませんわ」
令嬢たちは顔を見合わせる。
エルナは困ったように微笑んだ。
そっとルシアンへ視線を向ける。
けれど、彼はまだ令息や令嬢たちに囲まれ、談笑しているようだった。
「……公子様も、さぞご心配でしょうね」
令嬢の一人が、探るような声音で口にした。
「婚約者が他家の事情にまで首を突っ込まれるとなれば、公子様のお立場も難しくなりますもの」
「……それは」
エルナは言葉を詰まらせた。
自分のことを言われるのであれば、まだいい。
けれど、ルシアンまで悪く言われるのは嫌だった。
「ルシアン様は、私の行いを責めたりはなさいませんわ」
「まあ。随分と信頼していらっしゃるのですね」
「ええ」
エルナは頷いた。
「ですが、だからといって、ルシアン様にご迷惑をおかけしてよいわけではありませんもの」
「でしたら――」
「そのくらいでいいだろう」
静かな声が割って入った。
振り返ると、いつの間にかルシアンがすぐ近くに立っていた。
「ルシアン様……」
「話は聞こえていた」
穏やかな声音だったが、令嬢たちへ向けられた視線は冷静だった。
「エルナが先日の件について反省していることは、今の話を聞けば分かる。これ以上、同じことを繰り返し尋ねる必要はないだろう」
「……申し訳ございません」
令嬢たちは揃って頭を下げた。
ルシアンはそれ以上追及することなく、エルナへ視線を移した。
「エルナ」
「はい」
「先日の件について、私から言うことはない」
「……はい」
「エリーゼ殿下から何を教わったのかも分かった。なら、それで十分だ」
その言葉に、エルナは小さく頷いた。
自分のために、ルシアンが口を挟んでくれた。
それだけで胸が温かくなる。
けれど同時に、やはり自分が未熟だったのだと改めて思った。
「……ありがとうございます。私、もっと気をつけますわ」
「そうか」
ルシアンはそれ以上何も言わなかった。
ただ、その場を離れるようにエルナへ手を差し出す。
「こちらへ」
「はい」
エルナがその手を取ろうとしたところで、ふと足を止めた。
「あの……」
令嬢たちへ振り返る。
「先ほどは、私のことでご心配をおかけして申し訳ありませんでしたわ」
「……」
令嬢たちは黙ってエルナを見つめる。
「ですが、皆様のお気持ちをきちんと察することができず、重ねてお詫びいたしますわ」
「……お気持ち?」
「はい」
エルナは首を傾げた。
「そもそも、まだ皆様のお名前を伺っておりませんでしたもの」
「…………」
「ご実家のご事情も存じ上げませんので、私が皆様の心中を察することができず、ごめんなさい」
悪意の欠片もない、まっすぐな茶色の瞳。
令嬢たちは言葉を失った。
「次にお会いしたときは、きちんとご挨拶をいたしますね」
にこりと微笑む。
「それでは、失礼いたしますわ」
「……ああ」
隣で聞いていたルシアンは、わずかに口元を緩めた。
令嬢たちの顔を見れば、これ以上何かを言う必要もない。
エルナは自分が最後に何を言ったのか、どこまで相手に刺さったのかも分かっていない。
ただ、自分が未熟だったから迷惑をかけてしまった――そのことを気にしているだけだ。
「ルシアン様?」
「何でもない。行こう」
「はい」
エルナは素直に頷き、ルシアンの隣を歩き出した。
残された令嬢たちは、しばらく何も言えなかった。
その後、一部の令嬢たちの間では、こんな噂が囁かれるようになった。
『辺境伯令嬢の前では、どんな結び目も両断される』




