王都編1-12 男たちの帰領
辺境伯邸の前には、荷物を積み込んだ一台の馬車が止まっていた。
馬車を背に辺境伯とスヴェンが立ち、その周囲をエルナ、辺境伯夫人、そして公爵一家が囲んでいる。
「しばらく会えなくなるな。領地へ着いたら、手紙を送ってくれ」
公爵がそう言うと、辺境伯は苦笑した。
「断る。男からの手紙を読んで、何が楽しい?」
「それもそうだな」
二人は冗談を交わしながら、固く抱擁を交わす。
その隣では、スヴェンがルシアンへ声をかけていた。
「エルナを頼んだ」
「もちろんだ」
短く答えたルシアンと、スヴェンは軽く握手を交わす。
それを見届けた公爵が、辺境伯へ向き直った。
「王都に残る奥方とエルナの心配はいらない。我々がついている」
「よろしく頼む」
北部蛮族への備えを担うノルドガルド辺境伯家は、領地を長く空けることができない。
引退した辺境伯と長男夫婦が残るとはいえ、社交シーズンの間ずっと王都に留まるわけにはいかなかった。
デビュタントを終えたエルナと、その付き添いを務める夫人を王都に残し、辺境伯とスヴェンは早くも帰領することになったのだ。
「着いたら手紙を送る」
「はいはい」
「騎士たちもいるから、安心しろ」
「もちろんですわ」
辺境伯の言葉に、夫人はにこにこと頷く。
その様子を見て、エルナとスヴェンも顔を見合わせて微笑んだ。
「着いたら、お祖父様とアルヴィンお兄様、ヒルダお義姉様にもお手紙を渡してくださいね」
「任せておけ。皆、喜ぶだろう」
ひと通りの別れの挨拶を済ませると、辺境伯とスヴェンは馬車へ乗り込んだ。
やがて馬車がゆっくりと動き出す。
エルナたちが手を振る中、その姿が見えなくなるまで一同は見送った。
やがて馬車が見えなくなると、公爵が公爵夫人へ向き直る。
「私たちも、今日は帰るとしよう」
「そうですわね」
公爵夫人は頷き、辺境伯夫人へ微笑みかけた。
「では、また夜会でお会いしましょう」
「ええ」
辺境伯夫人が応じる。
公爵夫人はそのままエルナへ視線を向けた。
「ルシアンがいなくても、いつでも遊びにいらっしゃい」
「ありがとうございます、奥様」
エルナが丁寧に一礼する。
その隣で、最後にルシアンがエルナへ向き直った。
「何かあれば、すぐに呼んでくれ」
「はい」
迷いなく頷くエルナを見て、ルシアンは穏やかに目を細めた。
辺境伯とスヴェンが領地へ戻れば、これから王都に残るエルナと夫人を支えるのは公爵家だ。 そして、自分もまたその一人である。
そう思えば、ルシアンに不安はなかった。
エルナは王都にいる。 ならば、これまでと変わらず会いに行けばいい。




